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秘密基地、2

秘密基地はもう完成間近である。

「ようやくここまできたな。後は飾り付けだけだ」

 キセキとセロは、太い枝に立って正面にある張りぼての秘密基地を眺めていた。出来栄えは今一つではあるが、気持ちくらいは伝わるはずだ。

「飾り付けってどうするつもりなの?」

「んーできればピンクの花を付けたいところだけど、無いからな。代わりに旗を立てる」

「旗? なにそれ? どんな旗?」

「まあ見とけって!」

 キセキはポケットから何かを取り出した。

 それは割りばしに白い布をくっつけただけの簡素な旗だった。

「……それが旗?」

 思っていた以上に小さくて安っちい旗で、セロはがっかりした。

 だが、キセキは何故か自信満々だった。

 次にキセキはもう片方のポケットから赤いマジックペンを取り出した。

 何かを書くつもりなのかもしれないが、書いただけでその出来損ないの旗がかっこうよくなるわけが。

「この秘密基地に名を授ける」

 キセキはでかでかと白い布に文字を書いていった。

 それは下手くそだった。字のバランスが取れていなかった。

 それなのに。なのに。

 ――とてもかっこよかった!!

「今日からお前の名前はぁぁぁ……」

 屋根のてっぺんにその旗を突き刺した。一瞬、屋根がぐらりと揺れた。

 けれど倒れはしなかった。

「自由の砦だ!!!」

 したり顔でキセキは笑った。健康的な白い歯がよく見えた。

「悪くねぇだろ?」

「――うん!!」

 きっとそれを大人が見れば不格好だと、不釣り合いだと笑うかもしれない。

 それは真実で、正論だ。言い返す言葉もない。

 ――けれどそんなのはどうでもいい。

 これはそういうものだ。

「さて、どうすっかなこれから」

 満足し終えたキセキが何気なく目線を茂みの外へ移したとき、見覚えのある三人の男女が大木の傍を横並びに通っていた。間にはあの少年がいる。

「あれって確か……昨日の」

 セロが言うには貴族らしい親子がまたしても同じ様相でこの大木の傍を通っている。

「ほんとだ。またダンジョンに挑戦するのかな」

 セロもその親子を眺めた。そして気づく。

「ねぇキセキ。あの子、顔色悪くない?」

「うん? あーまあ確かに言われてみれば」

 鎧に包まれた少年の様子が何かおかしい。顔が真っ青だ。親はそれに気づいているのかいないのか特に無反応だ。それに、昨日よりだいぶ目つきが厳しい。なんだか前しか見えていないみたいだった。

「大丈夫かなぁ……」

「ま、危なくなったら親が助けんだろ。大したことねぇよ。それよりよぉ……」

 キセキの歯切れが最後の言葉で急に悪くなった。

 それだけでセロはキセキが何が言いたいのかわかってしまった。

「シャウに会いたいんだね。ならシャウの家に行こっか」

「ば、ばっかちげぇよ!! シャウの野郎がかわいそうだからな……ずっと遊んでねぇし」

「はは。そうだね。僕も賛成だから早く行こうよ」

「まぁセロが行きたいってんならしかたないな」

「……はいはい。まあそれでいいよ」

「あ、言っとくけどまだこの秘密基地……じゃなくて自由の砦はシャウには秘密だからな。誕生日に驚かせてやるんだ!」

 そのときだった。ふと、セロがつぶやいた。

「そういえばさ、明日ってキセキも誕生日じゃなかった? 違ったっけ?」

「……あ? ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 すっかり忘れていた。

シャウが誕生日のその日は、なんとキセキの誕生日でもあったのだ!

「で、俺いくつになるの?」

「中年のおっさんじゃないんだから自分の年くらい覚えておきなよ……七歳だよ七歳」

「ほーん。そうか……七歳か。シャウの誕生日プレゼント……」

「キセキ。顔がにやけてるよ」

「んぐっ! うるせぇ! それより早くシャウの家に行くぞ!」

「あ、待ってよキセキ! ……まったく、何スキップしてるんだか」

 やれやれといった様子でセロはキセキを追い掛ける。

 二人はシャウの家へと向かった。



 シャウは薄らと目を覚ました。まだ視界がぼんやりとする。

「やぁ、お目覚めかなシャウちゃん」

「――――!!」

 その言葉を聞いた瞬間、シャウはびくりと体を震わせて一気に覚醒した。そのまま視界を目の前の男にずらす。

 やはりそこにはエッフェルが居た。優雅に椅子に腰かけて顔をこちらに向けている。アイマスクをしているので目がこちらを向いているのかはわからなかったが、嫌な視線は感じ取れた。

「気分はどうだいシャウちゃん?」

 名前を呼ばれる度に身の毛がよだつ。ただ言葉を発しているだけなのに嫌悪感がシャウから離れない。ここまで来ると尊敬してしまうレベルだ。人の鳥肌を立たせる天才。

「良くないか。良くないよね。だってシャウちゃん鎖でぐるぐる巻きなんだから」

「――!?」

 言われてからその事に気がついた。椅子に座れされ、体にこれでもかというほど鎖が巻かれ、がっちりと椅子に括りつけられている。体が微塵も動かない。

「どうして……こんなことするの?」

 口は封じられていないので、叫ぼうと思えば叫ぶことができた。だが、それよりもどうして自分を拘束するのか、その理由の方が先に知りたかった。

「どうしてだと思う?」

「…………」

 逆に問われてもこちらとしてはまったく身に覚えがないので、言葉が出てこなかった。

「ねぇ、パパとママは?」

「シャウちゃんのすぐ後ろにいるよ」

「え――」

 言われて振り向くと、本当にシャウの親はそこに立っていた。だが、生気がなく目が胡乱でいて、まるで魂を抜かれた人形のようだった。今にもぎくしゃくと動き始めそうな二つの人形は、シャウの心を震え上がらせた。

「返して……パパとママを返して!」

「返してって言われても、貸されてないものを返すことはできないよシャウちゃん」

「……シャウにも同じことするの?」

「必要とあらば。でも彼はそれを望んでいない」

「彼? 彼ってだれ?」

「誰だと思う?」

「わかんない」

「ならシャウちゃんは知らなくていい。それより、そろそろその鎖にも慣れてきたよね。なら、行こうか」

 エッフェルが立ち上がったその瞬間、シャウは恐怖に駆られた。

「――やだ! 助けて! 助けて!」

 身をよじり、鎖の中でもがいた。椅子がぐらりと揺れて横に倒れる。シャウも一緒になって床に倒れ伏した。

 ――動かない。体がまったく動かない。腕が擦れて痛い。血が出そう。それでも逃げなきゃ。逃げなきゃ――

 殺される!!!

「往生際が悪いなぁ。仕方ない。なら僕の役目を果たさなきゃね」

「や、やめて! 近づかないで!」

「近づきはしないよ。こうするのさ」

 エッフェルはアイマスクを上にずらした。目が露出する。

 ――彼の目は真っ白だった。そこにあるはずのものが存在していなかった。

 瞳孔がない。人にあるはずのそれが抜け落ちている。それはシャウにとってありえないことだった。途端、シャウはパニックになる。

「あ――あ……目が、目がぁぁぁぁ!!!」

 エッフェルは人じゃない。人じゃない何かだ。アイマスクはそれを隠すためだ。おかしい。普通じゃない。異様だ。おぞましい。

「さぁおいでシャウちゃん」

 エッフェルはそっとシャウに手を差し伸べた。その手を取ることが物理的にできないと知っていながら。

瞳のない瞳が、シャウの頭をぐちゃぐちゃにして引っかき掻きまわす。洗濯機に入れられているみたいだった。

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 回る。回っていく。世界が回っていく。

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる――

 シャウは物理的に取り得ないエッフェルの手を取った。

「そう――良い子だ」

 鎖が解けていく。これでちゃんとあの方の手を握れる。

 ぎゅっと、シャウはエッフェルの手を握り締めた。その瞬間、何とも言えない多幸感が彼女に生まれ落ちた。もしかすると自分はこの日のために今まで生きてきたのではないかと思う程に。

「シャウちゃんは従順な女の子だね。大丈夫。優しくするからね」

 エッフェルは本当に優しく彼女の手を握り、そっと抱き寄せた。それだけで、シャウの目から涙が溢れる。それは止まることを知らない滝のように滂沱と流れ落ちていく。

 止まらない。彼への愛が止まることを知らない。愛に溺れて沈んで――

 ころん、と何かがポケットから飛び出した。それはころころと床に転がってやがて止まる。

「うん? 何かなこれは?」

 エッフェルはそれを掴んで、そのまま投げ捨てた。それが空を飛ぶ。ゴミ箱に入り音を立てやがて静かになる。

 深層心理が叫ぶ。

 ――あれは大切なもの! あれは――大好きな少年へのプレゼント! 捨てちゃだめ!

「さ、行こうか」

「うん」

 シャウはエッフェルに付き従う。彼に体を向ける。だが、顔はゴミ箱の方を向いたままだ。

「――――」

 温かくて優しい涙が片目から零れ落ちた。量は先程とは比べ物にならない。

けれどその一滴は、何にも変えられない最良の一滴だった。

シャウの家に着いた。呼び鈴を押して誰かが出て来るのを待つ。

「シャウいるかなぁ?」

「いるに決まってんだろ」

「なにその自信……」

 セロが眉を上げてキセキを見たとき、玄関の扉が開いた。

「あら、いらっしゃい」

 玄関のドアを開けたのはシャウの母――サラだった。人懐っこい笑みが特徴的なサラは今日も変わらず愛くるしい。年齢は不明。

「どうしたの? なにかご用?」

「…………?」

 そのときセロは何か違和感を覚えた。

 ――あれ、どうしてシャウママ(二人はサラのことをそう呼んでいる)はそんなことを聞くんだろう?

 シャウの家には何度か行ったことがあるので面識もある。それなのになぜ、何かご用、なんて言葉が出てくるのだろう。

 ――おかしくないか?

「あの、シャウは?」

 キセキはその違和感に気づくことなくやや緊張した面持ちでサラに言う。

「シャウ? ……シャウって?」

 サラはその言葉の意味がわかっていないようで、眉を潜めて首を傾げた。

 セロの喉が急速に渇いていく。

「シャウママぼけちゃったのかよ。シャウだよシャウ。居るんだろ、中に」

「だからシャウってなに? もしかしてそれ、名前なの? ていうかシャウママって?」

 サラは頬に手を当てて本当に困った様子で二人に問う。

「…………」

 サラは本心でその言葉を口にしているのだと、セロにはわかった。

 間違いなく、サラはシャウのことを忘れている。それもど忘れなんてものじゃない。まるで落っことしたみたいに完全に頭から抜け落ちている。

「……冗談だろ?」

「それはこっちのセリフよ。まるで娘でもいるような口ぶりで。私には娘はおろか子供すら一人も居ないんだけど……誰かと間違えてるんじゃない?」

 キセキは言葉を失った。返す言葉が見つからないどころか探すことすら出来なかった。ただただ頭が真っ白になって茫然自失になる。

「もう用がないなら帰ってくれるかな。なんだか……あなた達を見てるともやもやするの」

 サラはまるで逃げるように二人に背を向けて家の中へと戻ろうとした。

「待ってください!」

 セロはその扉が閉まる前に声を張り上げた。サラの手がぴたりと止まる。

「なあに?」

「失礼を承知で言いますが、どうか家にいれて貰えないでしょうか? 野暮なことはしません」

「いやよ」

 サラはセロの言葉を一刀両断し、もう話すことはないと言わんばかりに勢いよくドアを閉めようとした――が。

 ガタン!

「――――!」

 誰かの足がつっかえ棒になり、それは叶わなくなる。

「待ってくれよ、シャウママ」

 それはキセキの足だった。次いで手がドアの側面を押さえて体を中へと押し込む。

「何するのよ! それとその呼び方はやめて!」

「入れてくれ、シャウママ。頼む!」

「嫌よ! 入って何する気よ!」

「シャウを探すんだ!」

「居ないわよ! そんな娘!」

「じゃあなんで俺達のこと知ってんだよ! 家もそんなに近くねぇのに!」

「そ、それは……!」

 サラが一瞬何かを考えてドアの取っ手に加えた力を緩めた。

 その一瞬を狙ってキセキは思い切りドアを引いた。案の定、ドアはサラから離れ、二人を迎え入れる形になる。

「行くぞセロ!」

「うん!」

 二人は小さい体を活かしてサラの横を潜り抜けてすぐさま二階へと上がる。

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 次いでサラが声を荒げながら二階へと上がって来る。

「シャウの部屋へ急ごう!」

「わかった!」

 シャウの部屋は二階の三つある部屋の一番手前だ。

「ここだ!」

「早く開けて! シャウママが来ちゃう!」

「あなた達! いい加減にしなさい!」

 サラはちょうど今階段を上がったところで、二人とはもう目と鼻の先だ。

「許せシャウ!」

 一応謝るだけ謝っておいて、すぐさまキセキはそのドアを開けた。

 そこに広がっていたのは――



 赤銅色の鎧を身に着けた少年が、モンスターと対峙していた。

 そのモンスターはまるで粘液のようにどろどろしていて、体全身をうねうね動かしていた。

 アメーバ――ダンジョンにはこの奇妙なモンスターしか存在しない。階層毎に一体ウイルスと名付けられたボスのような存在がいるが、それ以外は軒並みこのアメーバだ。これ以外のモンスターが出たことは千年の歴史の中で一度もない。

 アメーバは体の形を毎秒変えていく。そのどろどろした透明の粘液を動かし、角を生やしたり足を百足にしたりその形態は様々だ。

 だが攻撃自体は変わらない。彼らは体の至る所から白い液体を放ち、人を溶かそうとする。斬ったり焼いたり叩いたりして殺すのではない。溶かして跡形もなく消すのだ。

 少年――スレイド=キットは恐怖に駆られていた。液体を防ぐ鎧や盾、そしてアメーバを殺す鋭利な剣。戦うには十分すぎるほどの完全武装だ。

「う……うぅ……」

 それにも関わらず、彼の体は恐怖に震えてまったく動かなかった。まるで全身を糸でがんじがらめに拘束でもされたかのようだった。

スレイドは今すぐこの場を逃げ出したかった。けれどそれはできない。何故なら後方で彼の親が自分を品定めしているからだ。

 父と母、二人が求めているのはスレイド自身ではない。その中身――強さだ。と言ってもそれは身体的な強さではない(もちろんそれも含まれてはいるだろうが)。

 二人がスレイドに求めているのは、化物の様相を成しているこのアメーバに立ち向かっていける勇気――つまりは心の強さだ。それがなければいくら強くても意味がない。

 また、身体的な強さは根性でどうにかなると二人は思っている。だが、心の強さだけはどうにもならない。だから二人は品定めをする。

 ――この人間は育てるのに値するか否かを。

 昨日は遠くから様子を見ただけだったのにも関わらず、スレイドは思わず吐いた。それくらい、アメーバという存在は気持ちの悪い形をしていた。もう二度と見たくないと思うくらい彼の心にそいつは深く刻み込まれた。

 そして今日、スレイドは吐くこともせずそのアメーバと対峙している。これだけで凄い進歩のはずなのだが、これで許してもらえるほどあの二人は甘くない。

 ――どうして! どうして僕は!

 そのとき、アメーバが動いた。ぐにゅぐにゅと体が蠢き、やがてそれはサソリの形を取った。そしてその尻尾から白い液体が射出される。

「う、うわぁ!?」

 液体の動きは緩慢だった。弧の字に滑空し、スレイドの元へと飛んでいく。それは目で追う事が出来るくらいの、普通の人なら難なく避けられるくらいのスピードだった。

 だが、スレイドは避けられなかった。彼は縮こまって盾に隠れるようにしてひぃと声を上げた。結果として避けられたが、それは避けたには値しなかった。

 この液体は人間しか溶かさない。だから盾はべっちょりと汚れたが、溶けている様子はなかった。溶けたのは自身の髪の毛の先くらいだった。

 その様子を、スレイドの親は見ていた。酷く、冷えた目つきだった。

「いくら初見にしても酷すぎね。あれじゃ使い物にならないわ。捨てる?」

「そう急くな。まだ一回目だ。もう少し様子を見る。次で三層のアメーバを倒さなければ捨てる」

「……まだ一回目だとか言っておいて次で捨てるって矛盾してない?」

「していない。本来なら次は四層のアメーバだ」

「ほんと厳しいわね。ま、賛成だけど」

「俺が子供のときは初見で五層まで行った」

「それ、あなたが異常なのよ? わかってる?」

「知らん。それより早く連れ戻せ。キットの名の恥だ」

「……はいはい」

 聞こえてくる。聞こえるはずのない声が聞こえてくる。話し声なんて聞こえないくらい遠くにいるはずなのに。まるで耳に直接語りかけられてるみたいだ。

「やだ……捨てられたくない。俺は……あのバルムの息子なんだ」

 キット一家は有名な貴族だ。先祖代々ダンジョンで死んだ者はおらず、またダンジョン攻略にも精力的に関わり、遂にはラプトまで輩出するようになった。

 ラプトとは、階層突破者を意味する。ようは階層毎に一体ずつ存在するウイルスを倒し、次の階層まで推し進めた立役者だ。現時点では三層、四層、五層(このダンジョンでは三層から始まり二層で終わる)しか攻略されていないためラプトは三名しかいない。その中の一人がバルム=キット――スレイドの父親だ。

彼は歴代最強の騎士だと言われている。戦闘センスがずば抜けていたのだ。

だから、その息子であるスレイドにも期待の声は大きかった。

――その結果がこれだ。震え上がる手足をなんとかして戦闘態勢をつくるが、ただそれだけ。相手に向かうこともできなければ満足に防御もできない。

彼は完全に出来損ないだった。

バルムはスレイドに対して諦念していた。きっと彼はこの先使い物にならないだろう。あれだけ震えているのだから、もう戦うことはできない。戦いとはそういうものだ。

――だから捨てよう。あの子は存在しなかった。それでいい。

もうスレイドには見向きもしなかった。あと一人くらい頑張ればつくれそうか。そんな事ばかり考えていた――だから気づかなかった。

「――わあぁぁぁぁぁぁ!?」

 突然湧き出たアメーバの群れに。それは簡単にスレイドを囲んだ。あっという間に彼の体が見えなくなる。

「ちッ……」

 ――やはり弱いやつは面倒だ。

 このまま見捨てるのもやぶさかではないのだが、いかんせん周りには人が多い。ここで簡単に見切りをつけてはキットの名に泥を塗ることになる。それに、いらん噂を立てられるのもよくない。

 あいつは自分の子であって子ではない。だから死んでもキットの名に泥を塗ることはない。けれどそんなの赤の他人から見たらわからないだろう。それくらいはわかる。

「おいシェリル!」

「わかってるよ!」

 シェリルはバルムが叫ぶ前に駆け出しており、そのまま剣を抜きつつ飛び込むようにしてアメーバの中へ入っていった。

 シェリルは強い。きっとすぐさま三層の雑魚アメーバを一網打尽にするだろう――そう思っていた。

「…………?」

 だが、いつまで経っても彼女は出て来ない。しかもアメーバの数は一体も減っていないように見える。

 これはいったいどういうことだろうか?

バルムが無表情のまま考えを巡らせていると、何やら異様な光景が見えてきた。

「おい大丈夫か!?」

「今助けてやるからな!」

 どこからともなくレンジャーが集まり、スレイドを助けるためにアメーバの群れに飛び込んでいく――のだが、出て来ない。一人残らず。

 ――なんだ? 何が起きている?

 レンジャーは次々にまるで何かに導かれるようにそのアメーバの群れに突っ込んでいく。そしてやはり帰ってこない。

「ま、まさか……」

 ある一つの可能性を、バルムは脳内で導き出した。どくんどくんと心臓が脈打つ。

「間違い……ないのか?」

 バルムは少し様子を見ることにしたが、いかんせん人の減り具合が尋常ではなく、このままだと三層にいるレンジャー全員を喰らい尽くしかねない。そうなれば、これはもうちょっとした事件になる。

「ふぅぅぅぅ……」

 バルムはゆっくりと剣を引き抜いた。そしてゆっくりと深呼吸をする。もしバルムの考えが正しければ、おそらくスレイドを助けようとしたら死ぬ。

 ならば、

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 何も考えず、ただひたすら剣を振るった。アメーバはそれに当たっただけだ。

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 バルムは一歩一歩頭を無にして足元だけを見て突き進む。

「う、うぅ……」

 すぐそばで泣き声が聞こえてきた。間違いなくこの声はスレイドだ。バルムはただそれだけ考えて周りに集まったアメーバを叩き斬っていく。

 気づけば、アメーバの群れは消えていた。

「スレイド、立てるか」

 バルムは剣をすっとしまい、彼に問うた。

「え――?」

 スレイドは盾の中にいた。どうやら身を縮こませて隠れていたようだ。盾は粘液でべとべとだがスレイド自身はほとんど無傷といっていい。

 スレイドはおずおずと盾の中から這い出て、眩しさに目を細めながら立ち上がった。そして辺りを見回す。

「あれ……母さんは?」

 スレイドは今の状況を何一つわかっていないのか、きょろきょろとシェリルを探していた――自分で殺したのにも関わらず、だ。

 ――なんて、なんて滑稽なやつなのだろうか、こいつは。

「おいスレイド。お前、ずっとそうしてたのか?」

「え、うん……そしたら母さんや色んな人達の声が聞こえてきて……それで……」

 ずっと隠れていた、とは言えないのか下を向いたスレイド――だがすぐに顔を上げる。

「あれ……あれ……」

 周りを見渡すが、バルム以外に人はいない。スレイドは言及するように強張った様子でバルムを見る。

「いったい、何が起きたの……? ねぇ」

「知ってどうする? 過去はもう変えられないんだ」

「それでもいいから教えてよ、父さん!」

「殺したんだよお前が。助けにきてくれた母さんや数十人のレンジャーも、お前がすべて」

「え――?」

 勘の悪いガキだと、バルムは鼻白む。どうしてこんなやつにこんな驚異的な能力が備わってしまったのだろうか。それとも、だからこそ、なのか。

 だが今はそんなのどちらでもいいしどうでもいい。そんなことより今はこの化物をどうするかだ。

 家では飼えない――なにせ危険が大きすぎる。下手すればキット一家が根絶やしになりかねない。ならばどうするか。

「おいスレイド。お前、今いくつだ」

「……えっと、明日で十歳」

「そうか」

 バルムは考えた。今ここでできる最良の選択を。

 そして彼はこう切り出した。

「スレイド、お前は今日からここで生きろ」

「ここ……? ダンジョンってこと……?」

「あぁそうだ。お前の家は今日からここだ」

 その瞬間、スレイドの目が真っ黒に染まった。絶望の色だ。

 きっと彼は今、捨てられたと思ったのだろう。ここで死ねと、そう命じられたのだとそう勘違いしているのだろう。

 だからこそ、ここが最良のタイミングだ。

「もしお前がここで十二歳まで生き延びることができたとき、お前は晴れて俺の正式な息子だ」

「え――? それ……ほんと? 本当に僕はお父さんの本当の息子になれるの?」

 まだ、彼の目は死んだままだ。もっと、もっと光を与えなければ。

「なれるよ。それは約束する。もしそれを破ったら俺は針を千本呑んでもいい。それくらい真剣なんだ」

「だって俺にはお前しかいないのだから。そしてお前にも俺しかいない。似た者同士だ」

 バルムはにこやかにまるで子を愛する父親のように、これまで一度もしたことがない微笑みを彼に向けた。

「スレイド、お前ならできる。なんたって、俺の息子なんだからな」

「――――!」

 その瞬間、スレイドの目が輝き始めた。彼から生気があふれ出してくるのが手に取るようにわかる。

 ――あぁ、なんて馬鹿で純粋で扱いやすいやつなのだろう! そして俺はなんというペテン! 我ながら自分が恐ろしい!

 笑い転げそうになる自分を必死に食い止め、彼はただ微笑む。今は、それだけでいい。

「もし僕が生きてたら、父さんは僕を認めてくれるの?」

「あぁもちろんだ。約束しよう」

「うん! わかった! 必ず生きてみせるから!」

「その意気だ」

 バルムは笑顔を絶やさない。

 そしてバルムはスレイドを置いてダンジョンの外へと帰っていく。

「また会えるのを楽しみにしているよ、スレイド」

 バルムは振り返らない。その顔は、どす黒く酷く歪んでいた。


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