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秘密基地

円柱がある。その底辺の中心に円を描く。そこだけ忘れられたかのように取り残され、それ以外は全て陥没し、やがて止まる。円柱の中に円柱ができた感じだ。

 これが地下層と呼ばれる世界の全貌だ。

 地下層には人が住んでいる。場所は円柱の中の円柱の上底部分で、A層と呼ばれており、彼らはそこでこの世界を覆う茶色の土壁を食べて生活している。

最初は地面――だから陥没していったのだ!――で次に側面。なので最近では、綺麗な円柱ではなく中年太りのおっさんのように側面がもっこり膨らんでいる。このままでは皮下脂肪が溜まり過ぎて(穴が大きくなって)天上部分が重みに耐えきれず崩れ落ち、このままでは人間は絶滅してしまう!

「――そうなったらどうしよう、キセキ!」

 持っていた木の枝を折り、栗色の絹糸のようなさらりとした髪を振り回した少年――セロ=ノートンは、隣で同じく木の枝を持った寝癖が酷い黒髪の少年に問うた。

「はぁぁぁぁん? ぜつめつぅ? なんじゃそりゃ」

 キセキと呼ばれた少年――キセキ=オリジンは振り向きざま怪訝な表情をした。言葉の意味が伝わらなかったようだ。

「みんな死んじゃうってことだよ!」

「しぬぅぅぅぅ? は、セロ。俺はもう六歳だぞ。そんなうそ信じねぇ!」

キセキは鼻で笑い飛ばし、小枝と小枝を慎重に絡ませていく。

「ちがうんだよキセキ! これはうそじゃなくて仮説! 簡単にいえば予想だよ!」

「うるせぇぇぇぇ! 今俺たちがやらなきゃならねぇのは予想じゃねぇ! 仕事なんだよし・ご・と! わかったか!」

 枝から目を離し、セロに唾を飛ばしたキセキが視線を戻すと、枝は真っ二つに折れて垂れ下がっていた。

「……ねぇキセキ。本当にこの仕事明後日までに終わるの?」

「のーきは明日! あさっては本番!」

「仕事とか納期とか、キセキっておっさんくさいね。誰に似たの? あ、もしかして――」

「うるせぇぇぇぇ! いいから仕事しろ!」

「はいはい。まったく、シャウのためだからってはりきりすぎ……」

 そこまで言ってキセキに睨まれたため、セロは口を噤んだ。

 二人が今造っているのは秘密基地だ。A層に生えている貴重な大木の茂みに、二人は無許可で秘密基地を建てている。

 ばれたら説教ものだが、そんなのどうでも良かった。

 シャウが喜んでくれさえすれば。

 シャウが笑顔になってくれれば、それでかまわない。

「おっしゃぁぁぁぁ! 頑張るぞぉぉぉぉ!」

「何を頑張るの、キセキ?」

 茂みの外からまだ舌足らずな女の子の声がした。その声色は可愛らしいのに、口調はとても淡々としていて、そこには有無を言わせない強さが備わっていた。

「この声……もしかして」

「まずい……これはめちゃめちゃまずい」

キセキとセロは互いに目を見合わせて顔を強張らせた。

この声は間違いなくシャウ――シャウ=メリアであり、そしておそらく彼女は怒っている。いや、おそらくではない。完全に、だ。

「ど、どうしようキセキ!?」

 セロは変事に弱い。ここでキセキがしっかりしないとこの秘密基地製造計画が露見してしまう。それだけは避けなければならない。

「……ふぅ」

 意を決して、キセキは茂みから顔だけ覗かせた。

「あ、出てきた」

やはりそこに居たのはシャウだった。顔を上に向け、不思議そうにキセキを見上げている。

シャウもまた、キセキとセロと同じ六歳だ。桜色の艶やかな髪を腰あたりまで伸ばしているが、手入れを怠っていないのかそのすべては滑らかで美しい。顔もすべすべで、服もいつも真新しそうで、一目で親に大切に育てられているのがわかる。

 そして何より、シャウは可愛かった。本当に可愛かった。目が合っただけで赤面し、目線を思わず逸らしてしまうくらいに(キセキ談)。

「よ、よぉ……な、何してんだよこんなとこで」

「それはシャウが言いたいんだけど。そんなところで何してるの? かくれんぼ? シャウもまぜてよ」

 妖精のように愛らしく笑っているが、内心は笑っていない。それだけはまだ年端もいかないキセキにもなんとなくわかった。

「い、いやそれは……だめだ!」

「どうして? どうしてシャウはだめなの? ねぇ?」

 駄々をこねるようにシャウは聞いてくる。段々と目が細くなっていくのがわかった。拗ね始めているサインだ。

「お、俺たちは今秘密の特訓中なんだよ! だからシャウはだめだ!」

「だからどうしてシャウはだめなの?」

「え、そ、それは……女だから!!」

 その瞬間、シャウの丸くて大きな瞳がより大きくなった。そしてそのまま固まる。

「ちょ! キセキそれは言い過ぎだって!」

 後ろから焦った様子でセロが言う。

「いやだってよぉ!?」

 断る理由が思いつかず勢い余って言ってしまったが、確かにこれは言い過ぎである。

「とりあえず謝った方がいいよ!」

「……あーもうわかったよ!」

 俺は悪くない、と言おうとしたが、そんな事をぐだぐだ言っても仕方ない。男なら言った言葉に責任を持たなければならない。後は二の次だ。

「シャ――」

「もういいもん」

 シャウが小さくつぶやいた。いつの間にか顔が俯いていて、前髪が彼女の顔を覆い隠していた。これでは表情が読めない。

 だが次の展開は読めた。

「――もう知らない!! ぜっこうよぜっこう!! あとでばいしょうきんせいきゅうしてやるんだからぁぁぁぁぁ!!!」

 シャウは二人に背を向けて猛ダッシュ!

――その瞬間、派手にすっころんだ。

「う、う、う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「お、おいシャウ待て! せめてばいしょうきんせんきゅーってなんなんのか教えてからに――!」

 シャウは止まらなかった。両手を目の近くに持っていったまま土煙をあげて彼女はその場から去って行った。

 シャウが米粒くらいになってからようやくキセキは茂みの中に頭を引っ込めた。

「シャウ、行っちゃったね。よっぽど仲間外れにされたのが寂しかったのかも」

「まぁ一週間近く遊んでなかったからな。で、ばいしょうきんせんきゅーってなに?」

「……賠償金請求ね。ま、知らなくていいよ。それよりどうするの? 追いかける?」

「んーいや! こうなったら今日泣かせた分もっとかっこいい秘密基地を造って驚かせてやるしかねぇ!」

「そうだね! 明日シャウをめいっぱい驚かせてあげよう!」

 もうすぐ七歳の誕生日を迎える二人は、まだまだ女の子の繊細な心の機微に気づけないただの子供なのだった。

このA層には五つの塔が存在している。

 一つはこのA層の中心に聳え立つ一際大きな塔で、ミリオネアと呼ばれている。白銀のそれは、夜――時間軸で十八時から五時まで――が更けるにつれて段々と輝き始める不思議な塔だ。なぜここに建てられたのか、どうして光るのかなど疑問はあるが何一つわかっていない。

 残りの四つはこのA層を囲むようにして造られたもので、それぞれ東西南北に点在している。それらはミリオネアが輝きを失うのと同時に光り始める。ようは時間軸で朝――六時から十七時――に輝くのだ。それぞれハート塔、ダイヤ塔、スペード塔、クローバー塔と名前が付けられ、それらをまとめてトランプ塔と呼ばれている。

 そのスペード塔の近くにシャウの家はあった。まだ建てられたばかりの一軒家で、屋根の色がシャウと同じ桜色をしている。シャウの家族はピンクが好きだった。

「ねぇママ! 聞いてよ! キセキとセロが私を仲間外れに……」

 一直線に家に帰り母がいるであろうリビングのドアを開け、シャウは勢いよく捲し立てた――だがそれは途中で泡となって消えた。

 ――見知らぬ男が椅子に座っていたからだ。しかも、優雅にティーカップを啜っている。

 そしてその横顔がこちらを向いた。彼は驚きもせず、笑顔でシャウを迎えた。

「こんにちは、シャウちゃん」

 それは異質以外の何者でもなかった。

「だ、だあれ?」

 その男は黒いアイマスクを付け(どうやって外を見ているのかはシャウにはわからない)、黒いハットを被り、背広を着ている(彼はチョッキを着けているがネクタイは省いている)。

「こんにちは、シャウちゃん。僕はエッフェルだよ、覚えてない?」

 エッフェルはすっと立ち上がり、流麗にお辞儀をした。ハットをとって腰にあて、軽く腰を折る――そのすべてが流れるようだった。

 けれど今、そんなことはシャウにとってどうでもいいことだ。それよりも今の言葉。

 ――覚えてない……?

「あら、随分帰りが早いのね。どうしたの?」

 キッチンの奥からシャウの母――サラが顔を出した。どうやら料理を作っているようで、ピンク色のミトンをはめている。それが似合ってしまうほど、彼女もまた愛嬌のある顔をしていた。

「ま、ままの知り合い……?」

 シャウの声は震えていた。何か、不吉な予感が胸をよぎる。

 そしてそれは的中した。

「あら、何言ってるの? 昔からの知り合いじゃない。忘れちゃったの? いやあねぇ」

 けらけらとサラが笑い、エッフェルにごめんなさいねぇと声をかける。その仕草はとても自然なものだった。そしてそれに答えるエッフェルもまた、自然そのものだった。

「サラさん。仕方ないよ。子供は忘れっぽいからね」

 ――刹那、ぞわりとした気持ちの悪い何かがシャウを包む。一瞬にして鳥肌が立った。

「あ……あぁ……」

 怖い怖い怖い怖い――この男が怖い。

「シャウどうしたの? 顔が真っ青よ。具合でも悪いの?」

呑気な声でサラはそんなことを聞いてくる。

 そのとき、エッフェルの手がぬっと伸びてシャウの額に触れようとして、

「いや! 来ないで!」

頭を振って一目散にリビングを飛び出し、二階の自室に駆けこんだ。部屋の扉を勢いよく閉めシャウはその場にうずくまる。小さな心臓が暴れていた。

 エッフェルという男はとにかく怖かった。優しい雰囲気があるのに、それが怖い。

「うぅ……助けて……助けてよ」

 ふわりと浮かぶ一人の少年の屈託のない笑顔。頭の中では、彼は優しくシャウに向かって手を差し伸べていた。

 けれど現実は違う。彼は私をのけ者にしてひとりぼっちにさせる。

 ――どうして助けてくれないの。ねぇ。

 シャウの感情は恐怖から怒りに変わった――そのとき。

 なにかがシャウの目に留まった。

「…………」

 それは彼に送る誕生日プレゼントだった。それが不思議と目から離れない。

 シャウはそれを手に取りこねくり回した。そして、

「キセキのばか」

 シャウは頬を膨らませて誰に言うでもなくつぶやく。

「王子さまなんだからちゃんと助けに来てよね」

 シャウは窓の外を睨んだ。うっすらとミリオネアが光り始めている。

 もうすぐ夜だ。

シャウにはそれがたまらなく怖かった。



 キセキとセロは相変わらず秘密基地製作に没頭していた。

 枝と枝を重ね合わせた一本の棒を、未完成の秘密基地に結いつけていく。ちまちまとした作業だった。

 現在の進行具合は約八割ほど。土台はほぼ完成している。後は補強作業を残すのみだ。

「それにしても、こんなおんぼろ秘密基地を造るのにこんな苦労するなんて思わなかったよ。家を建てる人って凄いんだね。思い知ったよ」

 木の枝とかろうじて太い幹を組み合わせただけの不安定極まりない滑稽な秘密基地を見て、セロはため息をついた。

「そうだな」

 秘密基地を造ろうという案を思いついたときは二人でどんなものにしてやろうかと空想を抱いていたのだが、蓋を開ければこんなものだ。

「まぁでもやるしかねぇだろ。手を動かせ」

「はーい」

 セロは渋々また手を動かしていく。

 ――そのときだった。

 キセキの視線が茂みの外に逸れ、そこから微動だにしなくなる。何かを熱心に見ているようだ。

「どうしたの、キセキ?」

「いや、あれ見ろよ」

 キセキが指差す方向に身を乗り出しながら、セロもまた茂みの外を覗く。

「あれって……」

 この大木の傍を、二人の男と一人の女が並んで歩いていた。内一人の男はまだ幼く二人と大差ない少年だ。

その少年は鎧に身を埋めていて、それは残りの二人も同様だった。顔つきや装備品が似ていることもあり、きっと彼らは家族なのだろう。それはいい。

問題はどうしてその少年が鎧を身に着けているのか、にあるのだから。


 この地下層にはダンジョンがある。


 それは地上層と呼ばれる世界に通じるたった一つの道だ。そこを通らなければ地上層に出ることはできない。

 そしてそのダンジョンはミリオネアの中にある。

 ミリオネアにはこの地下層において二つの意味を持つ。一つは前述した夜を照らす明かりの役目。そしてもう一つがこのダンジョンだ。実際、意味合いとしては此方の方が強い。


 ダンジョン――それは地上に出るという人類の悲願を叶えるたった一つの希望である。


 今現在、このダンジョンを踏破し地上にたどり着いたものは歴史上存在しない。

 だから人々はいつの日か地上に進出することを夢見てダンジョンへと潜る。それは人類における希望への一歩だ。彼らは讃えられ、『レンジャー』と呼ばれてもてはやされ、挙句の果てにお金までもらえる。一種の職業だと言っても過言ではない。

 レンジャーは基本、十二歳を越えてからなれる職業だ。

 何故なら、十二歳を越えないとミリオネアに入ることができない――つまりダンジョンに潜ることができないのだ。

 これは昔からそうらしく、十二歳未満の子供がいると途端にダンジョンに通ずる扉が開かなくなるのだ。

 だから、あの光景はおかしいとキセキは思ったのだ。あの少年は間違いなく十二歳未満だ。

「どうなってんだ?」

キセキが首を傾げる一方、セロは何も言わず三人の様子を見つめていた。

その親子は異様だった。一言も話さず笑いもせず眉間にしわを寄せながら歩いていて、およそ親子とは呼べないほどの荘厳な空気を醸し出していた。まるで今から戦争でも起こりそうな――言うならば一触即発の雰囲気だった。

「もしかすると、貴族なのかもね」

「きぞく? ってなんだ?」

「貴族はね、先祖代々一度もミリオネアで子供を死なせたことがない家系らしいよ。だからなのかわかんないけど貴族にはミリオネアの年齢制限がないんだ」

「んーつまり?」

「何歳からでもダンジョンに入れるってこと」

「まじか……いいなぁ貴族」

 キセキは口を尖らせて羨ましそうにあの親子を見た。

 ――あの少年はいつでもヒーローになれる。自分が今憧れて止まないあのヒーローに。

 もしヒーローになれたら、きっと。

「シャウが喜んでくれるかな、って?」

「おおおおおおうぅぅぅぅぅぅぅ!? ばっかちげぇよ! 変なこと言うな!」

「きせきってほんとわかりやすいね」

 セロは何もかもお見通しだよ、と言わんばかりにくすくす笑う。キセキはバツが悪くなりそっぽを向く。それがまたセロには面白いらしく、笑い声が強くなる。

 ――と、ここでセロが、あ、とつぶやいた。

「そういえばキセキのお父さんはまだ塔の調査してるの?」

「…………」

 途端にキセキの顔が一転し不機嫌な顔に早変わりする。それもまたセロには面白かったがここは笑いを堪えた。

「まだやってるんだね、セインさん」

 キセキの沈黙は肯定だ。それはキセキの顔から滲み出ている。

 キセキの父――セイン=オリジナルは『レンジャー』だった。

 昔は。

なら今彼は何なのかと言うならば、人は口を揃えてこう言うだろう。

変人、だと。

理由は二つある。

一つはセインはレンジャーなのにダンジョンを踏破しようとするのではなくダンジョンそのものを調べているからだ。

ダンジョンを調べる――つまりミリオネアを調べること自体は不思議ではない。なにせ『インベス』と呼ばれる調査員が毎日交代交代で調査を行っているのだから。

ではなにがセインを変人たらしめているのか。

それはダンジョンを進むのではなくその壁をひたすら眺めたり、時には声を掛けたり、もっというと壁に頬ずりしたり壁を壊して喜んだり、時には怒ったりなど、およそ調査と呼べるような調査ではないからだ。端から見れば狂ったおじさんだ。変人だと言われてもおかしくない。

けれど、けれどもそれだと少し噂が立つ程度だ。人々は自身の生活に忙しいのだし、少しくらい性癖が変わった人がいてもまぁそこまで口を揃えて変人だとは言わない。少しは躊躇う人もいるしもしかすると共感する人もいるかもしれない。

もう一つの理由――それこそがセインを本当の意味で変人たらしめているのだ。

それは何かというならば。

「もしそこで死んだらR層行きなのにね、家族が」

R層――それはこの地下層の大きい方の円柱の下底を意味する。つまりはA層の外側だ。先人達が食料確保のためにと掘削してできた輪っか状の穴のことだ。

 そこはトランプ塔やミリオネアの光がほとんど差し込まない薄暗くてじめじめとした空間で、とても人が住めるところではないと聞く。

いわくそこは死んだ人が埋められもせず放置されているらしい。

いわくそこは強盗や殺人が絶えず行われているらしい。

ではなぜセインが死ぬとその家族がR層行きになってしまうのか。

これにはある不文律とこの地下層における法律とが関係している。

「せめてキセキが十二歳になるまで待てばいいのに」

 この地下層の法律にこんな制約がある。

 生まれた子供が十二歳になるまでにその親どちらか一方、あるいは両方がダンジョンで命を落とした場合、その家族は強制的にR層へと移転しなければならない、というものだ。

 故に、こんな不文律が生まれた。

 子を産んだ場合、その子供が十二歳を越えるまではダンジョンに入ってはならない、というものだ。

 例を挙げると、ある家族の子供が十一歳だったとする。このときに親がダンジョンで命を落としてしまった場合、その家族は強制的にR層へと送られる。だが、もしその子供が十二歳になったならば、例え両方の親がダンジョンで命を落とした場合においてもその家族がR層に送られるということはない。

 つまり、子供が十二歳未満で親がダンジョンに潜るのはとてもリスキーなのだ。それも自分一人の問題ではない。家族全員が罰を受ける対象になるのだ。

 だから人々は暗黙の了解として子供が生まれた場合ダンジョンに潜るのを避ける。

 ――なのにセインはキセキがまだ六歳なのにも関わらずダンジョンに潜っている。それも最近の話ではない。キセキが生まれてからずっとだ。

 これがセインを本当の意味で変人たらしめている理由なのだ。

「ほんと、何考えてんだろうな、父ちゃん」

 キセキは俯いた。キセキにとってセインは理解しがたい存在だ。自分を無視してダンジョンに潜るなんて。もし命を落としたらどうするつもりなのか。被害を被るのは死んだ本人ではなくその家族なのに。

 ――ダンジョンと家族どっちが大事なんだよ。

 キセキの心にはいつもその言葉がある。けれどそれを本人に言ったことはない。

 何故ならセインはダンジョンに潜ろうとする時は本当に生き生きとしているから。

 だから言えずに心の隅で宙ぶらりんになっている。

「はぁ……」

 ため息が一つこぼれた。

「うわ、大変だキセキ! ミリオネアが光り始めてる! 早く帰らないと!」

 セロが捲し立てるようにミリオネアを見ながら言う。

 キセキも目を向けるとたしかに光り始めたミリオネアがそこに存在していた。

 気高く、揺るぎのない超然とした塔――これがこの世界の、人々の中心だ。

「なんだ、もうそんな時間か」

 ミリオネアが光る――それは子供が家に帰る時間を表す。

 これもこの地下層においての不文律だ。

 二人は明日の朝またここに集合することを約束し、それぞれ家路についたのだった。

さて翌日の朝。

「ふあぁぁあ……眠い」

 こんなに朝早く起きるなんて久しぶりだった。キセキは閉じかけた瞼を無理矢理開き、気合を入れてベッドから起きた。

 さっさと朝食を済ませて一刻も早く秘密基地を造りに行かなくてはならない。そうしないと間に合わない可能性がある。

 ――だからこんな時間にセインが起きているなんて思ってもみなかった。

「なんだキセキか。おはよう」

「うわぁ!? びっくりしたぁ!」

 キセキはいきなり声を掛けられて肩を震わせた。見るとセインがキッチンで優雅にコーヒーを飲んでいた。その姿は変人とは到底かけ離れた大人の男だ。

「どうしたんだ、こんな朝早く。遊びにでも行くのか?」

「それはそうだけど……父ちゃんこそこんな朝早くどうしたの」

 セインの朝は基本遅い。起きてご飯を食べるとき、それが朝食なのか昼食なのかわからなくなるようなそんな時間帯に彼は起きる。

 だが今は朝だ。もっと言えば早朝だ。なのにセインはもう起きている。まだ寝てない、というわけでもなさそうだった。

「あぁ……いや、ちょっとな」

 セインは言葉を濁して苦笑した。

 それだけの事で、キセキはセインがこれから何しに行くのかがわかった。

「父ちゃん、ダンジョンに行くんだろ」

「う――!! なぜわかった!?」

 図星のようで、セインは言葉に詰まらせてあたふたとする。

 その様子をキセキは冷めた目で見ながら大の大人が何してんだかと心の中で思う。

「いや、少し気になることがあってだな! もちろん無茶をするつもりはないから安心してくれ。今日も怪我なく帰るつもりだからな。任せておけ。これでも父さんは昔は――」

「大丈夫。信じてないけど信じてるから。じゃ」

 キセキは今セインの昔話に耳を傾けている場合ではないのだ。それに、セインの昔話なら本人からも母親からも友達からも聞かされている。これ以上聞くと耳にタコができてしまうくらいには。

「……それって信じてるのか? 信じてないのか?」

「……さぁ。俺もわかんない。んじゃ、行ってきます」

「おう行ってらっしゃい。気を付けてな」

 ――気を付けるのはどっちだ!

 キセキは家を飛び出しながらそんなことを思った。

 早朝の空気は少しひんやりしていて気持ちが良かった。


 キセキが家を出た後、セインはひとりその場でコーヒーを飲んでいた。甘党の彼のコーヒーカップには大量の砂糖が入っている。それをおいしそうにすすりながら、

「それにしても、キセキのやつ急いでたなぁ。まぁきっとあの小さい女の子のためなんだろうな。わかりやすいねぇ。可愛い息子だ」

 キセキと一人の名の知らない少女を思い浮かべて、セインはふと上を向く。

 自分はどうするべきか。自分はどう在るべきか。彼はいつもそれについて悩んでいる。

 けれど家族を優先しようとすると、必ずミリオネアがセインに問いかけてくるのだ。それでいいのか、と。だからセインはミリオネアの調査をやめない。例え家族が危険にさらされようとも、これだけは。

 ――だが、今日は少し事情が違う。今日早く起きたのはたしかにダンジョンに潜るためだが、あることを確認するためだ。そのためにセインはこんな朝早くに起きている。

「どうか、どうかお願いです。何も起きませんように」

 セインのできる限りの祈りを込めて、彼もまた家を出た。

 その時にはもう朗らかな雰囲気は微塵も残されていなかった。



「な、ん、で、い、な、い、の、よ!!!」

 両拳を頭上に高々と伸ばし、シャウはぷんすか頭上に向かって怒っていた。

「なんでこんな朝早くに二人共家に居ないのよ! なんなの! 今日こそは一緒に遊ぼうって思ったのに! あーもう!」

 ずんずんと窮屈そうな家々の隙間を縫うように歩いていく。深い意味はない。

 ――昨晩はよく眠れなかった。このいらいらはそれも原因の一つかもしれない。

 今朝起きると、エッフェルと名乗った怪しい男は消えていた。それがまた、シャウに恐怖を与えた。母には彼の行方を聞くことはできなかった。なんて答えられるかわからなかったからだ。

 ばったりと会いそうで歩きたくなかった。けれど家に帰るとそれはそこに居そうで帰りたくなかった。八方塞がりだ。

 だから早く誰かと一緒に居たかったのに。

 ――なのにあの二人の少年は家に居ない。肝心な時に。どうして。

 シャウはずんずん歩く。何も考えず、ただひたすら足を動かすことに集中する。

そして気づけばシャウは昨日二人が居た大木に行き着いていた。昨日居たから今日も居るはずだと無意識に思っていたのだろう。

パッと見る限りでは、二人が居る様子はない。だが、昨日二人はあの茂みにいた。もしかすると今日もあの茂みの中にいるかもしれない。

 シャウはそっと息を殺して近づいた。今日は逃がさない。

 ――絶対に一緒に遊んでやるんだから!!!

「――――」

 そのとき、キセキの声がした。次いでセロの声。ひそひそと話していたので内容は聞き取れなかったが、二人が居ることに確証が持てた。

「あ――」

 シャウは安心した。二人が居た――ただそれだけのことでなんだか涙が出てきそうになった。

「ね――」

 声を掛けようとして、シャウは思いとどまった。

 もしここで声を掛ければまたシャウは仲間外れにされて独りぼっちになるだろう。それは嫌だった。

 だから静かに近づいて、彼らが何をしているのか下から覗き見ることにした。

 足音を極力殺し、そおっと近づく。まだ、二人にはばれてない。

 もう少し。もう少しで――

「――――!?」

 ――何かが口元を覆った。息ができない。

「~~~~~~~~~~!!??」

 喋ることもできず、シャウは体を思い切り振り回そうとした。

 その瞬間、後ろからがっちりと羽交い絞めにされた。

 ――何なの!?

 心は一杯一杯のはずなのに、それに比例するように体の力が徐々に抜け落ちていく。

 数秒後には、背後にいる誰かに背中を預けるようにして、彼女の視界は暗転した。

 ――その直前、嗅いだことのある甘い匂いと真っ赤な唇がシャウの視界を微かに横切った。


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