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穏やかな登校

 春風かおる季節といえば心地いいけど、それは同時に眠くてしょうがないという事でもあった。でも、父さんに言わせば、春は眠いし、夏も眠い、それなら秋も冬も眠い。だから一年中眠たいので朝はゆっくり寝たかった。しかし今日は月曜日・・・


 「詩織! いいかげんに起きなさい! 高校に入ったのだがら自分で起きなさい」


 そうやって母さんにかぶっていた布団をはがされてしまった。わたしは起きなければいけなかった。まあ学校に遅刻するからしかたないけど。


 「詩織、あんた本当に気を付けるのよ! 前みたいにトラックに消防署の前で轢かれるなんてみっともないことをしないでちょうだい! はずかしかったのよ!」


 母さんに弁当を持たされたわたしは家を出て行った。時間はこの時午前八時二十分、普通なら遅刻してもおかしくない時間だけど、私が通う県立高校はすぐそこだった。わたしがその高校を選んだ理由は、ずばり近所だからだった。

 まあ県内でも進学するために必要な学力レベルがそれなりに高かったので、努力はそれなりにしたけど、不思議な事があった。それは高校受験に備え学習塾に行っていた時の事だった。


 わたしは消防署前の横断歩道を渡っていた時に暴走してきたトラックに轢かれたのだ。そのとき、私の身体は宙に舞ってものすごい勢いで落下し、さらに突っ込んできたトラックに押しつぶれたような記憶があった。そのときわたしはここで死んだと思った。胸と頭部がつぶれる音を聞いたからだ。しかも激しい痛みを感じ気を失ってしまった。


 しかし三日後に目を覚ますと身体のあちらこちらが痛いけど、なぜかそれほどひどい怪我をしていなかった。

事故を目撃した消防署の職員によれば、わたしの身体が落下したのは道路わきにあった民家の生垣で、木に突っ込んでだ形になって、それがクッションになって大したけがでなかったということだった。

 ただ、三日も意識を取り戻さなかった理由がわからないとのことだった。だから私は助かったはずだけど、あの自分の身体が潰れた記憶はいったいなんだったんだろうかな?


 それからの私は生まれ変わった気分になったわけではなかった。でも身体の切れはよくなったし、なぜか昔の記憶が相当曖昧になってしまったので、特に人間関係では困ってしまった。小学生の時の記憶が殆ど飛んでしまったからだ。


 そんなことを考えていた私の背中を押す人がいた。彼女は知り合ったばっかりの友人のはずだったけど、彼女によれば小学校の時一緒だったと主張していた。


 「おはよう詩織。いい加減私の事を思い出してくれた?」


 「千尋おはようね。確かに小学校の卒業アルバムにあなたいたわ。でもなんでだろう、わたしって小学校の時の記憶があまりないのよ! 修学旅行も行ったはずなのに・・・千尋から聞いた話覚えていてもおかしくないのに」


 「それって、どういうことなのよ!」


 「うん、わからない。母さんに聞いたらトラックに轢かれた時に記憶喪失にでもなったんじゃないかっていうのよ。だからごめんね」


 千尋と通学路を歩いていた時、心地よい春の風が吹き抜けていった。思えば千尋もわたしも過酷な運命が待ち受けていたとは思ってもいなかった。 

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