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去来する記憶

 詩織は夕方近くになって帰宅した。この家に戻るのはもちろん「高橋詩織」であるが、本物の詩織はもうこの世界にはいなかった。いまここにいるのは偽りの詩織だった。詩織に偽装した機械化女子兵士マリンがその正体だった。


 「ねえちゃん! なにボーとしているの? 早く何か作ってくれない?」


 康彦と宏司の弟二人がテレビゲームをしながら言ってきた。この日は両親も祖母も出かけており、留守を良いことに遊んでいた。


 「あんたら遊んでばっかりせずに宿題したの? あんまり成績が悪いとまたママに叱られるぞ!」


 詩織は言い返したが、いま弟と認識している二人は実際は赤の他人だった。宇宙強襲揚陸艦Γ50210の装備品のひとつ、記憶偽造装置によって関係者全員の記憶が改竄することで詩織として認識されているにすぎなかった。本物の詩織が無数の肉片と化して死んでいるのだ! ここにいる詩織は偽物だった。


 「ねえちゃんも少しはファミコンしないの? やったら楽しいよ!」


 小学六年の康彦が言ってきたが、話すことは出来ないが「マリン」の記憶が蘇っているので、あまりにも初歩的なコンピューターゲームに呆れていた。そんなゲームなんて実戦では役に立ちそうもなかったから。


 「そんなにいうなら少しやろうか」


 そういうと詩織はファミコンのコントローラを持つと猛烈なスピードで連打し始めた。あまりの速さに弟二人はビックリしていた。


 「ねえちゃん、いつの間に名人のような腕をマスターしたの? ねえちゃんって、どんくさかったよね?」


 もう一人の弟の小学四年の宏司はぽかんとしていた。「詩織」の記憶にはないが、どうもオリジナルは相当ゲームの操作が疎かったようだ。いまの「詩織」は元が機械化人間だったので機械とのシンクロ率が相当落ちているとはいえ高かったので出来たようだ。


 「それは・・・」


 何を言おうとしたが詩織はマリンとしての話は出来ないようにプロテクトされてしまった。それもこれも機密保持のためだった。詩織として生活していくために・・・


 「おーい、帰ったよ! 三人とも遊んでないで早く手伝いなさい!」


 母親の和子の声が聞こえてきた。それで詩織は夕食の支度の手伝いをすることになった。料理をテーブルに乗せている時の事だった。和子が気になる事をいった。


 「ねえ詩織」


 「ママ、どうしたの?」


 「あんたって事故で本当に変わったと思うよ。事故に遭うまでは不愛想で暗かったし手伝いなんか絶対しなかったのに、いまはよく手伝ってくれるし」


 「それで?」


 「いつも、ありがとね」


 詩織マリンはドッキとしていた。今の詩織のパーソナル設定にはオリジナルのものは一切インプットされていないからだ。データがないってこともあるが、これってまずいことかもしれなかった。しかし、今は変える事は出来なかったから。今のは事故のショックで良くなったと誤魔化せるからだ。


 父も祖母も帰宅してきて食事が終わり片付けが終わってから詩織は入浴していた。湯船につかった詩織は自分の身体をみつめていた。


 昼間に切り落とされた左腕の事を思い出して詩織は気持ちが暗くなった。今は偽りの身体であることを思い知らされたからだ。貴子のように他の機械化女子兵士で地球人の身体を得たのは、神経組織などを入れ替えるなどで済んだが、詩織の場合は大規模な改造になったので、ほぼ元のマリンの身体を使わないといけなかった。もっとも、そのおかげで昼間は戦う事が出来たのであるが。


 「わたしの身体って・・・マリンのままなんだ」


 そういって詩織は湯船に沈んでいる自分の下腹部を思わず触ってしまった。そのあたりの組織はオリジナルの詩織のものではなくマリンの数少ない生体組織を流用していたからだ。損傷が激しかった詩織の組織の流用が叶わなかったので、元のマリンや他の機械化女子兵士の遺体などを流用した。


 「さっきキャシャリンが言っていたけど、オリジナルと一緒なのは造血組織と一部の臓器だけらしいけど、それって元の詩織は何割残っているんだろうね?」


 そういって詩織は自分の身体を見つめていた。その姿は改造前のマリンの姿に似ていた。でも曖昧なものであったが・・・骨格などは機械化女子兵士だった時と同じものが内臓されているので、だから外骨格装甲さえあれば元の何割かの戦闘能力を取り戻せるわけだ。


 そんな風に自分の身体を見つめていると、外から声が聞こえてきた。和子だった!


 「あんた、長湯すぎない? 湯冷めして風邪をひいても責任モテないぞ!」


 その声に促され湯船から出てパジャマに着替えてすぐ自室に入ってそのままベットに入った詩織は、今度は自分の部屋を見つめていた。地球人の詩織になってから使っている部屋を! このような温かみがある部屋なんて機械化女子兵士の時には使った事がなかったからだ。眠るときはメンテナンス用カプセルの中というのが日常だったからだ。


 明かりを消して天井を見上げた時、詩織の意識は何故かマリンの意識が強くなるのを感じていた。いままで気が付かなかったが「詩織」が睡眠に入ると「マリン」としての精神活動が活発になるようだった。ただ、プロテクトが外れた今、その両者の意識は統合してしまったようだ。


 その時。マリンに去来したのは地球に来る直前に遭遇したマリンとして戦った最後の戦闘についてであった。

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