06 クラスメイト side:本多双葉 後篇
後篇です
本多双葉は意外にも、闘争心の塊だ。
「どういうことですか! 妖精たち(かれら)を使役するだなんて!」
姿が見えなくなった雪音を追うのは、比較的簡単だった。例え猪突猛進であっても判断力はクラスの中でもトップクラスだ。怒鳴り散らすようなアホな真似だけはしない。確実にそうだと言い切れる場所に居る。
そう判断した双葉は、限りなく黒に近いと言える場所――3-Cの天幕に赴いた。
門番のように陣取っていた上級生に征服王を引き取りに来たと言えば、割とすんなり通そうとしてくれた。が、そうしている間に聞こえてきたのは、双葉が滅多に聞いたことが無い雪音の本気の怒り声だった。
「競技中は能力的不和が起こらないよう予め禁止されていた筈です! 特に私たちの場合は「妖精たち(かれら)に決して頼らないように」と、別途通達があったじゃないですか! それなのにどうして……!」
「征服王」
威圧感を含んだ凛とした声。これはマズイ、と双葉も3-Cの天幕へと入る。
今更ながらだが、熱中症対策と作戦漏れの考慮として各クラスの場所にはそれぞれ大型のテントが設置されている。形としては、避難用や救助用のテントだ。出入り口はそのままで、競技場に向いている側の布は完全に取られているそんな形だ。
天幕の中は息をするのも億劫と思わせる威圧感が満ちており、よくこの雰囲気に耐え切れるなと、素直な賞賛があっさりと出てきた。が、それを口には出さない。
雪音が対峙しているのは、『氷結の魔女』と呼ばれている『妖精戦姫』と肩を並べる《精霊使役》持ちの上級生だ。魔女はスポーツ飲料が入ったペットボトルを優雅な動きで口にしながら、雪音の疑問に答えていく。
「貴女もご存知でしょう? 妖精たち(かれら)は祭り事が大好きなの。例え小さな事柄だったとしても、参加しないという選択肢は妖精たち(かれら)の中には無い。ましてやこれくらい大規模な祭り事に参加しないなんて……あり得ないと、貴女も解るでしょう?」
「妖精たち(かれら)にその選択肢を自主的に選んでもらうという事は確かにあり得ません。ですが、妖精たち(かれら)が手を出さないように命令式を発する事を、私たちは義務付けられているはずです! それをあなた達は……!」
「あらぁ? 何か勘違いをしているのではなくて?」
「……?」
何か可笑しな点があったのだろうか。双葉が内心首を傾げていると、魔女は心底愉快そうな笑みを浮かべながら雪音に疑問をぶつけた。
「私たちが何時、命令式を出したのかしら?」
「……っ!」
魔女が口にした疑問がどんな意味を持つのか、双葉には分からない。だが、こちらを馬鹿にしたようなその物言い方からして、状況はより最悪な方向へと陥ったのだと本能が警告を発してくる。
雪音が口を噤んでいると、魔女がそれに、とさらに言葉を続けてきた。
「私たちじゃなくて、『妖精女王』や『音の妖精』なんかが手を出して来たとも考えられるのではなくて?」
「それは……」
「命令式を確認出来ていない。私たちだという証拠も何処にも無い。それなのに……よく、私たちが犯人だと疑えましたわねぇ?」
――それは、完全な挑発だった。
「あのさー、別にアンタが犯人だって誰も言ってないじゃん。『妖精戦姫』とか『音の妖精』の所には別の奴が行ってるだけだし、ちょーっと自意識過剰ってヤツなんじゃないのー?」
雪音を連れ戻す以外には静観したままで居ようと思っていた双葉だったが、余りにも侮辱に似た挑発に我慢ならず、思わず声を上げてしまった。
双葉が声を出したことで、漸くその存在に気が付いたと言わんばかりの表情をこちらに向ける。それに倣って雪音もこちらに視線を向けてくる。その顔には焦りの色が浮かんでいた。
彼女がなぜそんな顔をするのか理解が及ばないが、口を出したことは悪いとは思わない。あのままでは魔女の威圧に完全に呑まれ、雪音が精霊使役の犯人に誘導されていたかもしれない。そう考えると、双葉は自分の判断が最善だったと思う。
――だが、現実はそうではないらしい。
「……そうね、確かに貴女の言う通りなのかもしれないわ」
向けられる妖艶な笑みに、全身が強制的に奮い立たされる。それは戦場で自分より格上の相手と相対しているような気分だった。こんな感覚を味わうのは随分と久しぶりだと、今の状況では相応しく無い気持ちが胸を占める。
視線がかち合う。真正面から受ける魔女の視線は途轍もなく逃げたいという感覚が押し寄せてくるが、そんなものに負けるほど自分はやさしい環境に身を置いていた訳では無いと今までの経験がそれを押し返す。
「理解、してくれましたー?」
「ええ、それはもう。……私も駄目ね、少し過信が過ぎたみたい」
「えーゆーにはよくある驕りだからさー仕方ないと思いますよー? でも、これからは気を付けた方がいーと思いまーす」
「ふふ。ご忠告、どうもありがとう。……でも、それなら更に疑問が出てきてしまうのよね」
「なに……」
「あの!」
思いのほか会話が弾んでしまったところで、強制力を持った雪音の割り込みが入って来た。魔女と同時に、雪音の方を向く。そういえば、彼女の存在をすっかり忘れていた。
「あ、ユッキー居たんだ。ゴメン忘れてた」
「ちょ、なにそれ酷い! というか、そんなこと言ってる場合じゃない!」
比較的早い動きで雪音がこちらに来ると、双葉を庇うように魔女と向き合った。
「そろそろみんなも戻って来る頃だろうから、ここは引きます」
「そう、それは嬉しい……」
「ですが!」
場を制する強い声。双葉からは雪音の背中しか見えないので、彼女が今、どんな表情をしているのかは分からない。でも一つだけ確かな事は、雪音が猛烈な怒りをその胸の内に溜めているという事だけだ。
「最後にお聞きします。……《花園》に誓えますか?」
雪音の言葉に魔女を除く全員が首を傾げた。文字だけ見てしまえば何かの盟約に使われるものなのだろうと推測出来るが、雪音の声色からすると「唯の」という言葉で片付けてしまえるものでは無いと自分の何かが訴える。
魔女は一瞬だけ目を見張ると、すぐさまにっこりと笑みを双葉たちに向けた。
「――ええ、勿論」
「……失礼します」
雪音に手を引かれながら3-Cの天幕を後にした。
●●
「ちょっとー! どーゆーことなのか説明してほしんだけどー?」
3-Cの天幕から少し離れた所で、双葉は不満に似た疑問を口にした。
「……ねーってばー!」
声色が少し荒くなる。双葉の気は基本的に長い方だが、それでも限度というものがある。ましてや抱いた苛立ちをまだ完全に消化できていないのだ。その状態で焦らされると、消化どころか更に苛立ちが倍増してしまう。
強引に手を振り払ってしまおうか、双葉がそう考えていると、急に雪音が足を止めた。
振り向かない。だが、双葉の手首を掴む力が更に増した。それを痛いと思うが、背中から感じる必死さが言葉を押し留めていた。
「詳しい事は、天幕に帰ってから話す」
「……りょーかい」
妥当、といった所だ。何せ、今二人が居るのは自分たちの天幕からは少し遠い所であり、何より敵と認識している3-Cが近い。そんな所で話をしたら、確実に手の内がばれる。双葉は、思った以上に自分の気持ちが急いていたことに気が付く。
色々と喧嘩を売るのは雪音の役割だと、自分の中の闘争心を落ち着かせる。久しく感じていなかった戦闘意欲に、何時から自分は彼女のように戦いに飢えたのだと呆れすら浮かんでくる。
「そーと決まったら、さっさと戻ろー?」
そろそろみんなも戻ってきている頃だろう。天幕に戻るために足を進めるが、掴まれたままの手首が双葉の動きを静止する。
「……ユッキー?」
俯き動かない。下から表情を窺おうとしても逸らされてしまうので、見る事が出来ない。今彼女がどんな事を思っているのか、双葉には分からない。雪音がこういった状況に陥ってしまった場合、大抵灯が彼女の気持ちを察して言葉を作ってしまうからだ。
やっぱり、灯に来てもらった方がよかったのかもしれない。今更の後悔に、双葉はどうしようかと頭を悩ませる。――が、その状況はすぐに打破された。
「だ……」
「は? なんか言った?」
風のささやきと聞き間違うほど小さな声。辛うじて耳に届いた声に、双葉は反応を返す。スッと顎を上げた雪音は双葉と目を合わせ、何時にも増して真剣な面は持ちで口を開いた。
「妖精たちを使役してる犯人、やっぱり彼女だ」
「彼女って……」
誰? そう聞こうとした瞬間だった。
まるで工事現場で何かが崩れ落ちたような激しい物音。決して聞こえるはずの無いその音に、双葉と雪音は弾かれるように競技場の方へと視線を向けた。そこには――。
「奈央!? 稲葉!?」
そこは不可侵にも等しいバトンの受け渡し場所――即ちスタート地点。そこで首位争いに興じていた走者全員が、地に伏している姿だった。その中には……。
「キリくん!?」
自分の双子の兄である霧葉の姿もあった。
双葉は、条件反射にも等しい速度で周囲を探る。射撃型以外の魔法や魔術が使われた痕跡を見つけようと躍起になるが、感じ取れる残存魔力は双葉が知っているものしか残っていなかった。
「……っ! ユッキー!!」
「ダメ! 分からない! でも、この感覚……妖精たち(かれら)だ……!」
彼ら=妖精という方式が出来上がった瞬間、双葉は何も考えられなくなった。
「あのクッソアマぁ!」
「ちょ、落ち着きな! 今氷結ん所行っても、さっきみたいにはぐらかされるのがオチだって!」
「じゃあ、どうすんの!!」
みんなやられた。クラスは違うけど自分の半身である霧葉も傷つけられた。これが1-Aだけを狙っていたのなら話は分かる。――だけど、今回は余りにも卑劣すぎる。これで怒らない人間がいるのなら、そいつはきっと酷い冷徹野郎だと、言い切れる。
双葉の気持ちに気が付いている筈の雪音は、こっちの気持ちを抑え付けるように声を荒げた。
「競技以外で乱闘なんかしてみろ! 搦め手でも何でも使ってこっちのせいにされる。そうなったら、うちらの優勝も無くなっちゃうんだよ!
「だからって、このままあのアマの好きにさせるつもり!?」
「そうじゃない!」
「だったら……!」
膠着状態。意味の無い討論だと頭の片隅では理解しているが、売り言葉に買い言葉。一度頭に血が上ると言葉を止められないのは自分の悪い癖だ。
分かってはいるが、それでも自分を止められない双葉は更に会話を続けようと前のめりになりかける。が、それを止めたのは雪音の一言だった。
「確証が欲しい」
「確証……?」
出鼻を挫かれた。だが、そのおかげで抱いていた怒りが蒸気となって身体の外に放出されていくように、頭が冷えていく。
「《精霊使役》持ちは、自分が犯人じゃないという証拠の為に絶対ある事を言うんだ。だけど、彼女はそれ(・・)を口にしなかった。だからアタシは彼女が犯人だって思ってる。
でももし――彼女以外にもそれ(・・)を口にしなかったら? 誰が犯人か分からなくなる。だからもう少し、待ってほしい」
「……分かった」
双葉は《精霊使役》持ちじゃない。だから、口にしなかったそれ(・・)が何なのかは分からない。
……でも、と思う。
雪音が。征服王が「待ってくれ」などと言うのは、珍しい以外の何物でもないと。
普段は意固地なほどその判断をしている筈なのに、まさかそれを雪音に掛けられるとは……と、双葉は自分の不甲斐なさに涙が出てきそうだった。
「……ゴメン、熱くなり過ぎた」
「ん。……でも珍しいね、双葉がこんなに熱くなるなんて。意外と闘争心旺盛なんだ」
「なにその好奇心旺盛の親戚みたいな言葉。食欲旺盛みたいに言わんでくれる? アンタじゃあるまいしー」
「なにおー!」
あとはもう、いつもと同じ雰囲気のまま。そして、言われて気が付いた。
(あたしはー、闘争心の塊……なのか)
それも、雪音と同じ。そう思うと、ちょっとだけ苦い気持ちが胸を占めた。
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『氷結の魔女』 女 3-C
『妖精戦姫』と肩を並べる魔法の使い手。『妖精戦姫』ことシャルロット・アガーティアと一緒の世界に召喚され、彼女と敵対した。シャルロットが率いる事が出来なかった妖精たちを率いる事が出来る。
雪音以上の精霊使役を有しているため雪音が彼女と相対した場合、妖精たちは魔女側に味方する。
特殊能力
精霊使役Ex 詠唱破棄 重力半減