05 クラスメイト side:本多双葉 前篇
今回は話が長くなりましたので、前篇と後篇の二つに分かれます。
本多双葉は基本的、のんびり生活していたいと願ってる。
時は流れて約一月後。
梅雨前線の訪れは未だ無く、双葉の頭上には蒼穹が広がっている。その眩しさに目は痛さを覚え、反らすことを要求してくる。首の傾きを元に戻すと、そこには闘志を剥き出しにしたクラスメイト達。――今日は、第一期体育祭の開幕日だ。
『只今より、本年度、第一期体育祭を開催いたします』
拍手喝采。それと一緒に所々から聞こえてくる雄叫びは、聞かなかったことにする。
開会式を終え自分たちの天幕に戻ってくると、そこは既に戦士たちの休憩所と成り果てていた。流石に早すぎだろ、という思いが湧き上がってくるが、クラス委員が征服王である以上、その言葉は紙屑以下に成り果てる。
「さて、諸君」
腿に肘を置き、組んだ手の上に顎を乗せる。神妙な面持ちで目を伏せるその姿は、普段の雪音からは考えられないほど静かだ。静かに闘志を湧き立たせているという印象で、双葉を始めとする1-Aの生徒は彼女を始点として円を形作った。
BGMにすら成らない他の天幕の掛け声。競技案内のアナウンス。コンクリートを噛み締める足音。全ては何処にでもある騒音で有りながら、それらはどこか遠い存在であると脳が錯覚を起こしていた。
スッと、一振りの刃が抜かれるような澄んだ空気が双葉たちを包み込む。早急ではあるが、雪音は一人ひとり視線を合わせていく。一種の確認作業に近いアイコンタクトは、灯が最後であった。
二人の視線がかち合う。灯は少し大きく目を見開くと、微笑みを携えて雪音に頷きを返す。それを受けた雪音は口角を引き上げ、猟奇的もしくは歓喜とも呼べる笑みを浮かべた。
言葉は一つ。余計な装飾は要らない。
「――勝つぞ」
「おお!」
●●
本年度の第一期体育祭で開催される競技内容は以下の通りである。
・妨害有! 荒れ狂う射撃の中を生き残れ! が、キャッチコピーの障害物競走。
・緻密は有能の印。反則したら即退場! 征服王とかが苦手とする魔力操作型玉入れ。
・最早戦争。手加減は何処に行った!? でお馴染みの競技、騎馬戦。
・オーダーの駆け引きが命運を分ける? 騎馬戦に次ぐ戦争競技、物取り。
なお、三週間ほど前のLHRで話し合われていた筈の「魔力伝導型綱引き」が競技として入っていないのは、体育祭直前となって練習用に使われていた特製の綱引きが破損したため、競技を外さざるを得なくなった……らしい。
文末が曖昧な言葉で表現されているのは、色々と察してほしいと双葉は思う。
決してうちの征服王と『狼付き』こと三峰美都が練習に熱くなりすぎたため、綱に伝導させる魔力配分と力加減を間違え引き千切ってしまった訳じゃない。
それが原因じゃない……はず。
●●
太陽は真上に近い場所まで登り切り、体育祭は二つ目の競技へと状況が移行していた。
「午前中に「普通」の競技やり切るなんて、ちょっと無謀ーって思っていーいー?」
「会場は陸上競技場なんだから無理じゃないって言うけどさ、こっちの体力問題とか考えてないよね、絶対」
「騎馬戦とか物取りとかに時間掛けたいのは分かるけどさ、玉入れに掛ける時間が五分って流石に短い! って、抗議したい」
一つ目の競技であった「玉入れ」。通常ならば綿や小豆が入ったお手玉大の球を、頭上にある籠へと入れるだけの比較的簡単な競技だ。だが、種子田高校で開催される競技が優しいわけあるはずがない。
玉入れで使用される球は物体では無く、【力の射手】や【アクセラ・シューター】といった射撃系の魔法を使用し、五メートル上にある浮遊籠にそれらを当てていくという内容だ。
普通とは到底言い難い競技ではあるが、種子田高校の生徒からしたら前座や前哨戦といっても過言では無い内容であるため、身体を解すための競技としか見られていない。
教師陣もそれを理解しているようで、午前中に軽めの競技を全て終了させ、午後に生徒たちが望む本番に大量の時間を割くという方向性を取っている。
特化型・オールラウンダー型の生徒が多い種子田高校の方向性は決して間違ってはいないだろうが、凡人側である双葉にとっては物凄く不満が募る。
派手な音を立てながら座席に座る。水滴が若干残ってはいるが、日差しのせいで温くなってしまったスポーツ飲料のペットボトルに口を付ける。向ける視線は、目の前に広がる陸上競技場。出場者である坂上たちがこちらに向かって手を振っているのが見えた。
一から九のレーンには各クラスの第一走者が位置に付き、四百メートルのトラック一周を回るまでに幾つかの障害物が設置されている。更にトラックの内側三か所に高台を配置し、そこから射撃系の魔法で妨害する人員がそこに上っている。
1-Aの走者代表は一葉、坂上を始めとする体力派四名。妨害者は後方支援系勇者の祭祇美桜に、足音一つで魔術を大量生産する片岡柚希、それと参謀チームの一人で『猛禽』の名を持つ直江京太郎の三人だ。
「うちの隣、『獅子王』かよ」
「その隣は陰湿な1-Cとか。今年は呪われてんのかねぇ」
「でも第一走者は『太陽』じゃーん。一週目は流石にそこまで過激な事して来ないってー」
「本番は太陽の届かない二週目です、ってか?」
「ってか、『獅子王』にケンカ売られてんじゃん真壁」
第一走者は『一騎当千』の異名を持つ真壁一葉だ。C組の第一走者で『太陽』の通り名を持つ東雲日向と仲良く話をしている所に、3-A組の第一走者『獅子王』こと獅子堂玲央に喧嘩を売られているのが見える。
一葉はとても迷惑そうな表情を浮かべて獅子堂を見ているが、日向が中間に入って取り成しをしている様子だった。普段『獅子王』が自分たちのクラスに絡んでくる時、大抵の相手が雪音や坂上だったりするので、双葉は一葉に同情の気持ちを抱いた。
審判役の教師が声と腕を上げ、それを見た走者たちは自分たちのレーンでクラウチングスタートの姿勢に入る。
騒がしかった客席も、睨み合っていた高台も、全員が固唾を呑んで競技場を見守る。
「……用意、」
ピストルを持った右腕が振り上げられる。
「――ぁ」
灯の吐息が聞こえた瞬間。
「スタート!」
乾いた砲撃が会場に鳴り響き、一斉に走者が走り出す。湧き上がる歓声に双葉の闘争心が刺激される。が、その奥に――。
(なんだろう……この気持ち)
感なのか、本能の警報か。区別の付かない感情が双葉の胸の中を占めた。
●●
最初の百メートルは純粋な速さの勝負。妨害が始まるのは、そこから第二走者にバトンを手渡すまでの残り三百メートル間だ。次の走者も同様に最初に妨害はされない。
つまり、第一走者の時点でどれだけ他のクラスと差を付けられるか。また、妨害者がどの敵に障害を仕掛けるかによって勝負が決まる。ここで負った怪我が酷ければ、次の競技にも出られないという二次災害もあるのだ。全員、自然と力が入る。
最初に飛び出したのは第一走者の中では最速だと思われる『黄昏の平原』だ。それに一瞬遅れて『獅子王』と『太陽』、それに一葉だ。
『平原』の能力は、どんな状況下でも自分に優位な足場を生み出す絶対の力。彼の能力を思い出した双葉は、十村の采配が少しだけ失敗したと苛立ちが募った。
その苛立ちをぶつける訳では無いが、視線を左側に居る十村に向ける。十村の視線は競技場に集中しているが、その目の奥には心配と僅かな苛立ちが含まれていた。
十村が抱いている感情を何となく読み取った双葉は、彼から視線を外す。確かに不安や苛立ちは抱いたが、まだこれで勝負が決まった訳じゃない。一葉の後には雪音や坂上といった面々が居るのだから、そこからでも逆転は出来る。
戦闘を走る『平原』が二百メートル地点に到達した瞬間。
「シュート!」
「貫け、射手!」
「ファイア!」
第一の高台から一斉に射撃が飛んで来た。一直線に走者を狙う射撃が大半だが、二割近くは自クラスに放たれた砲撃を撃ち落とす軌道を取っている。
「一葉ちゃん!」
灯が声を張り上げる。視線の先には、上空から脳天目掛けて一直線に降下してくる色とりどりの弾丸。張り上げた声は周囲の歓声に飲み込まれて決して届かない物なのだが、一葉は灯の声に反応したようで、頭を少しだけ上に向ける。
弾丸に更に加速が掛かり、一葉に直撃という時、
「……ッ!」
一葉が思い切り加速し、どうしても逃れられない三発だけを第一高台に居る直江が相殺する。一葉の後方、約五センチも離れていないであろう至近に射撃魔法がめり込む。遠目から見てもはっきりと分かる損傷具合に、修理費大丈夫だろうかと双葉は思った。
双葉が競技場の損傷を気にしている間に、一つの変化が起こっていた。
「『獅子王』抜いた!」
競技前、最も警戒されていたらしい『獅子王』に殆どの射撃が向かい、彼はその対処故に足を遅くせざるを得なかったようだ。一葉は隣のレーンだったため、『獅子王』に向かうこぼれ球兼本命の射撃が襲っていただけだ。
先頭に立っているのは『平原』だが、一葉はその後ろに付けている。なら、と安心感が胸の中に下りて来た。
●●
「このまま……このまま……!」
近くで聞こえる祈りの声。その声に、双葉も同じ思いを重ねていた。
一葉が最終勝負の三百メートル間から四百メートル間へと差し掛かった。前の二百メートル間から三百メートルの間に『平原』を追い抜き、現在は双葉たち1-Aがトップだ。
ふと隣を見ると、最初の時は不安で仕方なかったという表情を浮かべていた灯だが、今は期待と高揚感に溢れた顔つきになっている。前の座席に座っていた筈の雪音や久賀などは最前列で大声を出しながら応援している。
――全ては順調だった。
「……一葉、後ろ!」
「真壁、下だ!」
雪音と久賀が同時に声を上げる。だが、その警告は遅かった。
「――な……!」
一葉が足を踏み出した瞬間、そこに有った筈の地面が抉れたかのようにごっそりと抜けていた。踏み出した足は加速が掛かっていたため止まらず、一葉は足から思い切りその穴へと落ちて行った。
「一葉ちゃん!?」
「一葉!」
「……ぁ、っく!」
開いた穴はそれほど深く無く、向こう脛が埋まる程度のようだった。腹を打ったようだが、すぐに立ち直りを始める。だが――。
「一葉ぁ! 上!」
双葉が聞いたことの無い雪音の切実な声が響く。その声に、一葉を始めとする1-A全員が真上を向く。が、向いた瞬間が悪かった。
加速された射撃魔法と一葉が向き合った時、それは既に彼女の目の前にあった。幾ら最速と呼ばれている一葉でも、その距離を逃げ切れるだけの反射神経は持ち合わせていなかった。故に、彼女に出来る唯一の手段は――目を瞑り、それに耐えきる事だけだった。
「……っ!」
降り下りて来た射撃は一葉の額へと直撃し、殺しきれなかった衝撃から逃れるために身体が反る。視界は反転、痛みに悶絶しながらも立ち上がろうとする一葉だったが……。
「一葉ちゃぁん!」
それは状況を知らせない灯の悲鳴。だけど、その声に双葉と一葉は弾かれるように後ろを振り向こうとした。――だがそれすらも、遅かった。
「……がぁ!!」
後ろから来た射撃魔法じゃないナニかが一葉のこめかみを貫いた。競技中に使用された射撃魔法の中には見られなかった色をした弾丸のようなそれ。
種子田高校で使用される魔法や魔術に関してはどれも非殺傷設定が施されており、死んだりする事は無いが重傷は免れないだろう。
脳を貫かれた一葉は、全身を震わせながら再び崩れ落ちる。今度は――立ち上がれない。
普通、射撃魔法は標的に命中しても貫通はしない。貫通力が付加されているのであれば話は別だが、競技用に設定された射撃型は付加が後付できないようにされている。だが、今一葉に当たったそれは、通常の物とは違っているのは見て取れた。
十村と烏丸が似たような射撃魔法をスマホで検索し、久賀と品木が同じタイプの球体を捜索している。双葉もそれに倣って周囲を見渡すが、雪音の怖々とした声が全員の行動を止めた。
「あれ射撃じゃない……」
何を根拠に、そう思った。だけど次に発せられた言葉に、双葉は彼女を信じるほか無くなった。
「――妖精だ!」
雪音が持つ特殊能力の一つに《精霊使役》が存在する事は、周知の事実だ。知らないのは転入生や他人に興味が持てない人種くらいだろう。あの灯ですら、彼女の能力を知っている。
《精霊使役》とは、文字通り精霊たちを使役できる能力の事だ。こちらの世界にも一応精霊は居るらしく、この能力の持ち主でなければその姿を見る事も感じることも出来ない。
現時点では、雪音のほかに『妖精戦姫』や『妖精女王』『氷結の魔女』『魔王』などが同じ能力の持ち主として知れ渡っている。
「ちょ、マジで!?」
「どういうことだ! 妨害は射撃型だけのはずだろう!」
障害物競走で使用出来る妨害魔法は射撃型のみと予め通達がなされている。それは全員が了承している物であり、能力的不公平を無くすための措置でもある。それ以外が競技中に使用されたとなると教師間の間で会議となり、最悪の場合失格となる。
「ちょっと3-C行ってくる」
「俺2-C行ってくる」
「俺、1-Bな!」
雪音を始めとして、それぞれが状況確認のために動き出す。雪音の言い分が正しければ、あの妖精たちを操っているのは雪音以外の《精霊使役》持ちの誰かのはず。この時ばかりは、全員の理解力が高くて安心した。
「わ、私も……」
泣きそうな顔をしながら小さな声で協力を申し出る灯。だが、その顔からは生気がごっそりと抜けていた。
……こんな状態の彼女を向かわせるわけにはいかない。
気は進まないが重い腰を上げるとしよう、と双葉は溜息を一つ吐く。泣き出す一歩手前まで顔を歪めた灯の頭に軽く手を置く。
「灯はここにいなよー。布津御にはワタシが着いていくからさー」
「で、でも……」
「出来るだけあのイノシシの手綱は握っておくからさー」
そう言い残して、既に姿が見えなくなってしまった雪音を追いかけに走った。
漠然とした不安は、未だ胸の中に――。
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『太陽』/東雲 日向 女 1-C 属性:善
太陽のようにおおらかな性格故にその異名がついた少女。陰湿と呼ばれている1-Cの中で唯一まともな感性の持ち主の為、清涼剤と陰で呼ばれている。
『獅子王』 3-A 男 属性:独善
3-Aの代表格とも呼べる「三英雄」の一人。色々と豪快な性格で、他クラスに喧嘩を吹っ掛ける事が多い。喧嘩友達は雪音。