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03  面倒くさがり屋  side:坂上怜覇

 坂上怜覇は、己が面倒くさがり屋であると知っている。


「今年も優勝は、やっぱりあのクラスかなぁ……?」

「いや、今年は『三英雄』が揃ったようだから、さすがの『魔王』にも簡単に軍配は上がらんだろう」

「それよりも、『策士』と『妖精戦姫』、後は『赤い姉』がいる3Cの方がヤバくね?」

「俺は勝敗よりも、特別競技の「教師参戦!」の方が怖えーよ」

「あー……。ぜってー来るな『紅戦姫(くれないせんき)』」

「山ちゃん、確実に煽るだろうなぁ……」


 固まって食事を摂っているのは、自分と品木。それと先程まで暴れていた征服王(イノシシ)娘の雪音と、灯だけだ。だが、まるでクラス全体で食事を摂っているが如く、教室に残っているクラスメイト達が会話に参戦してくる。

 別に、それが悪い事だとは思わない。クラスの仲が良い事の証だと思う。そんな感想を心の中で述べていると、通算五個目の総菜パンを飲み込んだ雪音から脈絡の無い問いかけをされた。


「……で、アンタらなんで遅かったのさ? 灯みたいに捕まったとか?」

「んー……」


 パックに刺したストローの先を噛む。何となく言いたくなくて左手に座っている品木に視線を向けるが、彼はこちらに話を振るなと言いたげな目線を寄こして飲み物を啜る。

 逃げたな、と恨みの視線を向ける。それを受け取ってもらえなかったことに更なる恨みが湧き上がってくるが、ねえという雪音の催促に応えなければならない。


「まぁ、そんなとこ」


 本当はそんなとこでは済まされない事態だったのだが、説明するのが面倒くさかったので割愛する。


「後で嫌でも分かるんだけどね……」


 明後日の方向を見てそう呟く。それを拾ったのは近くに居る三人だけだったが、この言葉の意味を理解しているのは品木だけだ。首を傾げる女子二人と、己と同じく明後日の方向を見ようとする品木。

 坂上は午後の事を思うと、面倒くさくてしょうがなかった。



    ●●



 昼休みが終わり、午後の授業。科目はLHR。イエーィ! と、出席簿片手にテンション高く教室に入って来たのは、坂上たちの担任である山城祐司だった。

 始業の挨拶から出席確認という一連の流れを終えた山城は、チョークを手に取ると黒板に何かを書き始めた。白亜の削る音と共に書かれた文字は――第一期体育祭。


「と、いう訳で! 今日のHRは、三週間後に迫った第一期体育祭に、誰がどの競技に出場するのかを話し合いたいと思いまーす! はい拍手――!」

「いえーい!」


 湧き上がる拍手と歓声。テンションが最高潮にまで上り詰めている体力派と、僅かな鬱を表しながらも闘志を湧き立たせている頭脳派に分かれているが、そのどちらも山城が口にした体育祭に向けて確かなやる気を見せていた。


(ああ、めんどくせぇ……)


 溜息では無い、深い鼻息を坂上は吐き出す。全身からやる気を逃がすようなその鼻息は、誰に聞かれるわけでもないが闘気に満ちたクラスの中では一際浮いていた。

 坂上とて、こういった行事は好きだ。祭り事が嫌いな訳でも無いし、騒がしい場所へと身を運ぶことも億劫では無い。だが、自ら率先して何かをしたいとまでは到底思えない。


「まず率先して決めてほしいのが、一昨年から始まった教師参加型の競技「教師参戦!」ね。クラス担任は自分のクラスを、持ってない人はくじ引きで決めたクラスにそれぞれ参加することになっています」


 種子田高校体育祭名物の一つ、教師参戦。

 各クラスの担任ともう一人教師がつき、制限時間や能力制限など様々な制約を儲けられてはいるが、強力なユニットとして戦場に投下する事が出来る。

 既に対戦するクラスは決定されているが、参戦する競技は教師にも不明で、体育祭一週間前に校長自らくじ引きで決めるらしい。

 今日のLHRは教師陣が挨拶に来たり、各競技に出場する選手を決めるのが目的だ。


「せんせー。せんせーがそう言うからには、何かあるんですかー?」


 気だるげに手を上げて質問をする少女――本多双葉。その疑問を耳に入れた瞬間、坂上は終わったと遠い目をした。


「うんうん。大変良い質問です。その疑問はもっともです。――聞きたいですか?」

「あ、やっぱりいいですー」


 坂上は、双葉の判断を英断だと称した。そのままの勢いで話題が移ろってくれる事を望んだが、そうは問屋が卸さないというのはまさにこの事だろう。山城は、双葉の拒否を聞かず、勿体付けるように言葉を続けた。


「実は……華怜ちゃんと全面対決が決まりましたー!」

「やっぱりかー!!」


 リアクション芸人系の久賀が真っ先に崩れ落ちる。それは誰もが予想していた事態ではあったが、質問した双葉を始めとする全生徒たちは万が一の可能性を求めていたのだ。


「ああ、よっしー。今からそっちに行くからね……」

「久賀が黄昏始めたぞ!」


 それぞれが辞世の句やら遺書を書き始め坂上もそれに倣おうとしていると、左から袖を引かれるという小さな合図を受け取った。顔を向けると、涙目の灯が見ていた。


「お昼、坂上くんたちが遅かったのって、このせい……?」

「あー……」


 言う事は当たっているが、これ以上彼女に酷な現実を突きつけるのはどうかと思って返答を濁していると、灯は沈黙を肯定と取ったらしい。

 顔を真っ青にしながら生まれたての小鹿のように震えているのを見ると、何もしていないのに無性に罪悪感が湧いてくる。

 そうしている間にも話はどんどんと先へ進んでいく。


「ちょーっと華怜ちゃんとお話ししてたらさ、何故か激昂されながら勝負挑まれちゃって」

「それ先生が確実に何かしただけじゃん!」

「あ、分かる?」

「何故分からないと思ったし!」

「え? 何? 先生の事、そんなに愛しちゃったわけ? 照れるなぁ……。でも、先生は華怜ちゃん一筋なので受け取れません!」

「誰もそんなこと言ってません!」

「えー、みんなシドイ! ま、そういう事だから……」

「――失礼」


 このままでは埒が明かないと思った山城は両手を叩き、自身に注目を集めて話を進めようとしたが、彼の言葉を遮るように黒板側のドアが勢いよく開く。

 全員が視線を持っていかれ、そこを見る。坂上と灯もドアへと視線を向ける。だが、坂上はそこに居る人物を認識すると、向かなきゃよかったという後悔に襲われた。

 背丈推定、百七十以上。鍛え上げられながらも女性としての肉感はそのままに。燃えるような真紅の髪をお団子に纏めている。目つきは鋭く、口元に浮かべる笑みは獲物を見つけた時の歓喜そのものだ。

 坂上が一番見たくなかった人――『紅戦姫』の異名を持つ女教師、龍田華怜が胸元で腕を組みながら立っていた。

 教室の雰囲気は凍り付くを通り越して修羅場。戦いの火蓋が切って落とされる寸前のこの状況下で、一人だけ呑気な人がいた。――坂上たちの担任、山城だ。


「あれー? 華怜ちゃんどうしたの? 華怜ちゃんも「教師参戦」で参加するクラスに、挨拶に行ってるはずだよね?」

「ああ。一通りの挨拶は済ませてきたさ、お前と違ってな」


 さりげない皮肉を織り交ぜられても山城は呑気な態度を崩さなかった。また、華怜も山城がこれくらいで心折れるような輩では無い事を知っているため、話を続けた。


「さて、私が此処に来たのは理由がある。でなければ、誰がこんな所に足を運ぶものか」

「僕には会いに来てくれないの?」

「そうさな。――お前に会いたくないから此処に来ないのだ」

「シドイ!」


 顔を覆い泣き崩れる真似をするが、それを気に留める華怜では無い。

 興味無さそうにこちらに視線を向けてくる。生徒の一人と目が合った華怜はそいつを起点とし、クラス全体に自分を刻みつけるように声を発した。


「私が此処に来た理由……察し良い君たちの事だ。理解していると思っているよ」

「……ッ!」


 隣から息を呑む音がする。選択体育を取っていない灯にとっては辛いだろう。


「諸君、現時刻を以て我々は君たちに宣戦布告を申し渡す。なお、授業に関してはこの事に関与しない方向性を取る。以上、何か質問は?」

「あの、我々って……」

「無論、私が関与するクラスに決まっているだろう? 彼らから言伝だ『頑張りましょう』――とな」

「は、はぁ……」


 正々堂々を謡う言伝。だが、それもあくまで事務的なものにしか過ぎないという事を坂上は嫌というほど知っている。華怜は一際猟奇的な笑みを一つ浮かべると、教室から去って行った。


「……はぁあ!」

「……ぅ、ぁああああ……」


 華怜の威圧感から解放された面々は、肺に圧迫された空気を吐き出す。冷や汗を浮かべている者も居れば、目尻に涙がにじんでいる者すらいる。ちなみに坂上は前者、灯は後者だ。

 安心しきった生徒を尻目に、華怜に相手をされなかった山城は不貞腐れた機嫌を隠そうともせず、それでも教師としての仕事を再開した。


「はいはーい! みんな華怜ちゃんに見惚れるのはおしまい! さっさと出場競技決めちゃうよー!」

「見惚れてねーよ! 凍ってたんだよ!」

「なんで!? 華怜ちゃんどっちかって言うと、炎系なのに!?」

「あれ見て恐れないなんて、どんな命知らずだ!」


 生徒たちから投げつけられる評価に、山城は理解出来ないといった表情をする。だが、誰も山城の気持ちは理解出来ない。このまま話を続けていても平行線のままだと思った山城は生徒に背を向け、ホワイトボードに体育祭で催される競技を書き出しに入った。



     ●●



「それじゃあ最後。魔法対決有り、事前罠設置不可能の物取り合戦の出場者を決めたいと思いまーす!」


 拍手は疎ら。テンション高く言葉を発す山城も、そろそろその精神力を削がれてきた頃だ。

 坂上自身も最低三つの競技に出場する事が決定しており、面倒だと思うがやるからには頑張ろうと気持ちを入れ替える。ぐっと椅子の背凭れを支えに、背中を伸ばす。伸びの気持ちよさに目を瞑り、再び開けた時に入って来たのは灯の少し俯きがちな背中だった。

 生気が無いといった表現が一番似合っているその背中。普段は滅多な事では見ない姿だが、今日は仕方ないだろうと坂上は思った。何故なら、山城から発表された競技は、灯がこなすにはどれも荷が重すぎる物ばかりだったからだ。

 坂上にとっては比較的楽な競技「妨害有の借り物競争」。内容的には普通の借り物競争だが、【力の射手】や【アクセラ・シューター】などの射撃系を場外から撃っても構わないという少し過激に仕上がっている。……放たれる攻撃は避ければいいというのが坂上の方針だが、灯はそれが出来ないらしい。

 その次に話し合われた魔法強化禁止の「クラス対抗リレー」や、力と魔力総量が物を言う「魔力伝導綱引き」。最早戦争といっても過言では無い魔法と力のぶつかり合いの象徴競技「騎馬戦」。事前準備で罠を張る事を許された「障害物競走」……等々。

 余りにも危険であるため、結局灯が出場する事になったのは魔力操作が物を言う競技「魔力伝導玉入れ」のみとなった。

 首を動かすと、窓側に近い席に座っている雪音と視線が合ってしまった。瞬時に警戒する猫のような顔をされたが、その目は一様に灯に対しての気遣いに満ちていた。灯を心配する気持ちは理解出来るが、少々過保護すぎではないかと思う時もある。

 だからといって、二人の関係に口を出すような真似はしない。

 頬杖を付き、気だるさが抜けないまま山城の方へと目を戻す。既に話し合いは終わりへと近づいており、これ以上自分に関わってくることはなさそうだと判断した坂上は、腕を枕にして顔を伏せる。


「ほんじゃ物取り合戦のメンバーは、大将に祭祇(まつりぎ)さん。斥候に烏丸君。司令部に……」


 山城が出場者の名前を上げていく。それをおぼろげな意識で聞いていた坂上は、次の瞬間目が覚めるような衝撃を受けた。


「中央には、三峰さん。真壁さん。品木君。久賀君。遠野君。それから、坂上君で」

「ちょっと待て! なんで俺が入っているんだ!?」

「え? さっき「真ん中の人数足りないので、坂上君出てくれますか?」って言ったら「んー」って言ったじゃないですか」

「それ寝ぼけだから! ってか、俺には拒否権あるだろ! それを行使する!」

「クラス委員の名において、拒否権の行使を却下する!」

「なにその理不尽! ふざけんな征服王(イノシシ)!」

「なんだとゴゥラァアア!!」


 ――その後は、覚えていない。






NEXT

『紅戦姫』/龍田(たつた) 華怜(かれん)  女  武器:なし  属性:苛烈  位置:全域

選択科目の体育と、三年生の数学を担当する女教師。学校一怖いと噂される先生であり、その思想に手加減が存在しない。灯たちの担任である山城と一緒の世界に召喚され、そこで互いに争っていた過去を持つ。

正攻法や殲滅戦など、力と数に物を言わせた戦法を好む。



『反逆者』/山城(やましろ) 祐司(ゆうじ)  男  武器:なし  属性:奔放  位置:全域

灯たちの担任。一学年の現代文を担当する。見た目は中肉中背の二十代。龍田を平気でからかったりしているが、彼女と闘って勝つという見た目では判断できない傑物。教師陣の中では渦中の中心人物。

奇襲戦法など、型に囚われない戦い方を好む。



茅原(ちはら) 真美(まみ)  女  武器:なし  属性:中立  位置:後方

魔法実技を担当する女教師。外見が高校生にしか見えず、生徒たちの間ではマミちゃんと呼ばれている。魔力操作が人一倍上手。本人は細々とした魔法よりは、広域範囲魔法など派手な物を好む。賭け事が好き。


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