02 征服王 side:布津御雪音
魔法と魔術の違い
魔法:先天的な才能が必要。
魔術:術を発動するために必要な文言と構築式を理解すれば誰にでも使える。
下級魔法 力の射手 威力:D 発動時間:S 範囲:D
魔力で作り上げられた矢尻を任意の方向へと発射する射撃型魔法。矢尻に炎や氷などの属性を追加する事が出来る。
下位魔術 アクセラ・シューター 威力:D 発動時間:S 範囲:D
射撃型の下位魔術。大量に生産することが可能。力の射手のように属性を吐かすることは出来ないが、消費魔力が少ない。
布津御雪音は細かい事が苦手だ。
二列に整列した雪音たちの前に立つ女教師が確認するように視線を巡らせ、頷きを一つする。
「全員、射出!」
「力以て貫け、風の射手!」
「輝きを受けた福音、此処に来たれ。導きと共に空を駆けよ。【アクセラ・シューター】」
合図と共に、一斉に空へと上がる魔力で構築された小さな三原色の球体。それらは校舎の六階付近で止まり、自らの担い手であるこちらの指示を静かに待っている。球の数は全部で三十四つ。――クラスメイト全員分だ。
教師がその右手を上げる。固唾を呑んで行動を逐一見逃さないように、全員が集中力を高める。
「それでは……始め!」
頂点に達していた右手が振り下ろされると同時に、雪音たちの頭上に静止していた球体下級魔法【力の射手】と、下位魔術【アクセラ・シューター】がぶつかり合いを始めた。
●●
雪音が追い続ける球体【力の射手】と【アクセラ・シューター】の速度は、通常であれば人の目で追いきれるものでは無い。最高速度は新幹線の時速である二百まで上り詰めることが可能という品物だ。
現に、雪音の隣で必死な形相で【アクセラ・シューター】を操っている灯の顔には、焦りを象徴する汗が滴っている。魔法や魔術が得意でないクラスメイトたちは魔力操作面での焦りを浮かべてはいるが、球体を追う事は苦労なく出来ているようだった。
現在の科目は魔法実技。魔法や魔術をきちんとコントロールするための実践授業だ。
自らの魔法や魔術は一切暴走しないという自負を皆持ってはいるが、それを常に維持出来るかどうかと言われると、魔法面に関して長けている生徒ですら口を濁す。
魔法や魔術を正常に発動するためには、それを構築する魔力文言とこうしたいという明確な意思が重なり合わなければならない。どちらか一方でも欠けたら、力の源である魔力は暴走し、その方向性を見失う。
簡単な魔法や魔術であればあるほどその二つを疎かにし、力の暴走を招く。そうして暴走した魔力はより悪い事態へと向かっていくのが常だ。
雪音にも身に余る膨大な魔力が宿っている。それを制御するためには時間が掛かったことも覚えているし、周りに迷惑をかけるほどの失敗も数え切れないほどある。故に、この授業が存在する意義も分かる。
だが――。
「あー……」
(めんどいよぉ……)
元々、細かい事は苦手だ。小さい頃からアウトドア派だし、学芸会なんかでも紙の花を作ったことは無く、役者か大道具係に回されていた事しかない。それは魔法や魔術も同じで、異世界に召喚されて勇者やっていた時は、広域ものや火力重視の大型系を連発していた記憶しかない。
あちらでの仲間の言葉を借りるなら、「君に緻密な事は頼まない」――だ。
酷く生意気な仲間であり売り言葉に買い言葉でよく喧嘩に発展していたが、緻密さが重要な魔法や頭を使う事に関しては誰よりも頼れた。
結果として、何が言いたいかというと――。
「う、うぅ……!」
「……? って、先生ー! 布津御が暴走しまーす!」
「はぃ!? 開始五分で暴走は勘弁してくださいよ布津御さん! せめてあと五分! 五分間だけ耐えてください! そしたら新記録更新ですよ! さぁ、我慢です。我慢! これで一週間はお昼ご飯がタダになる。祝金欠脱出!」
「ちょ、マミちゃんまた賭けてやがる!」
「そこ、マミちゃんと呼ばない! それにこれは賭けではありません。布津御さんの忍耐力を教師みんなで景品付き経過観測しているだけです!」
「それを賭けって言うんだよ!」
取り敢えず、何が言いたいかというと――。
「アタシは……」
「あわわ……ユキちゃん、落ち着いて! 大丈夫だから! ね?」
隣から聞こえる親友の声すら遠く感じてしまうほど、それは近かった。煮えたぎる湯の如く湧き上がってくるそれを抑える術を、雪音は持たない。
「アタシ、は……」
「全員! 逃げろー!」
(ああ、もう!)
「細かいの苦手なんだってばー!」
瞬間、雪音が操作していた【力の射手】が暴走し、手当たり次第に他の球体にぶつかっては消滅させていく。音速とも呼べるであろうスピードで自ら以外の球体を消滅させると、他の魔力を喰らったかのようにその大きさを増していき、最後には花火のような音を立てて破裂していった。
青空の下に咲いた花火は見えずらかったが、隣やら後ろから聞こえてきた声から察するにいい感じのものであったのだろうと雪音は思う事にする。
「布津御さん!」
「すいませーん!」
「……はぁ」
愛らしい怒りの声と、平謝り。今日も今日とて、灯と雪音の属する1-Aは平和である。
●●
「だー! もー!」
ゴンという鈍い音を立てながら机に伏せる雪音。一瞬だけ額に痛みを持つが、それはすぐに無かった事のように昇華されていく。
顎を机の上に載せ、唇を尖らせる。そのまま唸り声でもあげてやろうかと思うが、自分の前に座った灯の慰めが可愛かったのでやらない事にした。
「マミちゃんまた賭けに負けたからって、あんなに怒る事ないのにー」
「まぁ、先月派手に負けたって言ってたからねー」
マミちゃんというのは、本名を茅原真美という魔法実技を担当する若い女教師だ。
子栗鼠のような愛らしい容姿とは裏腹に、パチンコなどの賭け事を好む男らしい一面を持つ。親しみやすさは教師一で、生徒からの人気は高い。また『紅戦姫』と恐れられている女教師龍田に関しても、臆することなく普通に接している事から尊敬の念すら抱かれている節もある。
「だからって、何もアクセラに追尾入れて追いかけてくること無いじゃんか!」
雪音の脳裏を巡るのは、つい先程の事。自身の魔力が暴走した結果、クラスメイト全員の【力の射手】と【アクセラ・シューター】を消失させてしまった雪音に待っていたのは、怒り心頭状態の真美からの容赦無い弾丸攻撃だった。
射撃に分類されるありとあらゆる魔法や魔術を惜しみなく使用し、こちらを叩き潰さんとする真美の気迫は凄まじいものであり、雪音は只々逃げるしかなかった。せめてもの救いは、弾丸に当たってもむち打ち程度で済むところだろうか。
普段【アクセラ・シューター】に加速や追尾といった追加設定はされておらず、戦いや演習の中で使用者自身が後から付け加えなければならない。友達同士の喧嘩でそれが使われるなら話は分かるが、教師がそれを生徒に向けるという話は……。
「って、ここじゃ当たり前か……」
良くも悪くも強い人間が集まっているのだ。教え導く教師も元は自分たちと同じであり、時にはこちらを戒める立場にいるのだからこういった手段に出る事もある。
そう理解して、先程よりは幾らか鈍い音を立てながら額が机に沈む。頭を上げずにいると、髪の毛に沿って灯が頭を撫でてくる。心地が良かったためそうしたままでいると、灯がポツリと言葉を漏らした。
「にしても、坂上くんとシナくん遅いね。何時もならもう戻って来ても可笑しくないのに……」
「どーせ寄り道でもしてんでしょー? 後でプリン奢らせよ」
二人が居るのは人が疎らになった自分たちの教室で、今日は週に一度の購買食の日だ。
あの後真美に捕まった雪音は説教を聞いていたため着替えが遅くなり、灯は三人で購買に向かっていたが、タイミング悪く教師に捕まったため二人に後払いで品物を買ってきてもらう手筈を取っていた。
自分たちのいる教室は七階。購買があるのは一階。階段にすると結構な距離だが、エレベーターもあるし何より購買はそう混んでいないためもう帰ってきてもいい頃合いなのだが、入口から二人が現れる気配は一向に無い。
雪音の空腹値がそろそろ限界に達し、不機嫌になりそうなのを察知した灯がそういえば! と少し大きめの声で話し出した。
「もうそろそろ第一期体育祭だよね? 何するんだろうね?」
「さぁ? でも、英雄学園って呼ばれてるくらいだからきっと普通じゃないでしょ」
種子田高校には、上半期と下半期にそれぞれ一回ずつ体育祭が設けられている。通常ならば一回だけの体育祭なのだが、如何せんこの学校に通っている生徒たちは通常では無い。それ故に普通の体育祭競技では暴れ足りず、また回数も一回では足りない。
雪音が口にした英雄学園というのは種子田高校の別称であり、生徒たちが面白半分に呼んでいる名だ。雪音自身も面白半分で呼ぶことが多く、こうして口にした今も体育祭に関しての皮肉交じりだ。
「どーせクラス対抗魔法戦争とか、妨害有の借り物競争とか、魔法彫刻対決とか、魔力伝道式綱引きとか、人間チェスとか、そんなんばっかだと思うけどなー」
「ふ、普通じゃないと困るの私なんだけど……」
苦笑を浮かべる灯。その顔に浮かんでいる表情は完璧な作り笑いだ。
(馬鹿だなぁ……)
思う言葉に、嘲りは一切存在しない。彼女は雪音たちが持ち得る力や能力を有していない事を気に病んでいるのだが、それは間違いだ。
この学校に通う生徒たちの殆どは、大抵の物事をオールラウンドにこなすことが出来る。傍から見たらそのスペックは羨ましいものであるが、ここではただ普通の象徴として注視される事無く埋もれていくだけだ。誰にでも、ましてや自分にも出来る事を、人は注視したりはしない。
普通が異常で、異常が普通。これが種子田高校の中にある感性の一つだ。そして、力を持つほぼ全員が、それを異常だと理解している。その中で、唯一人力を持ち得ながらも感性が変わらなかった少女――それが灯だ。
生徒たちの間で交わされる会話に肩を震わせ、その感性に物申すようにツッコミを入れ、魔法による喧嘩に怯えを見せ、こちらでの普通にちょっとだけ目を回しながらも雪音たちと友人関係を続けてくれている稀な存在。
周りと同じレベルになろうと必死にもがいている姿は、まさしく雪音たちが失った普通そのものだ。そしてそれは、この学校では稀少価値といっても過言では無い。
灯が葛藤を抱いているのは何となく見て取れるし、自分に無いものに憧れを抱くのは人の性だ。その気持ちは雪音にも分かる。
――だけど、と言葉が続く。
雪音は、灯に彼女が持ち得る異常を大切にしてほしいと思っている。それは彼女だけが有している個性であり、異常であり――普通なのだ。それがあるから雪音は自らの事を異常だと認識しており、限度というものを理解出来ているのだ。
だが、雪音が抱くこの考えを灯に言うつもりは毛頭なかった。
雪音の気持ちは言わば上から目線の物言いであり、雪音自身はそんなつもりでは無かったとしても、言われた方はそうとしか取れないものだ。
――だから、今は言わない。
雪音は灯の気持ちに負担を掛けたくはないと、常々思っているからだ。
思考の海へと意識を飛ばしていた雪音は、体育祭について不安を抱いている灯を安心させるために口を開いた。
「大丈夫だって。きっと普通の競技も出てくるよ――多分」
「ユキちゃんの多分が一番不安なんだけど!?」
何故だ?
別に不安にさせるようなことは一言も言っていないはずだ。競技内容がはっきりと分からないため疑問詞を語尾に付けたが、それは他の誰が言っても同じだろう。
雪音が灯の言葉の意味を考えていると、それに答えたのは二人から少し離れた席でスマホを弄っていた男子生徒が独り言のように呟いた。
「そりゃ、現実はお前が言ったことと真逆になるからなー。流石は『征服王』。文字通り、現実を思いのままに征服した」
「おいこら誰だ! 征服王と書いてイノシシって呼んだ奴! 塁、アンタか!」
「ちょ、完全なる濡れ衣! それ言ったの『八咫烏』だって!」
「おいこら弟、俺を巻き込むな」
「どっちもうるさい! イノシシん所で噴き出したの見てたからな! 同罪だ!」
「おーいメシ買って来た……ってなんだこれ?」
「……イノシシの発情か?」
「そこぉ! 今なんってたぁー!」
今にも突っ掛っていきそうな雪音と、それを抑えきれていない灯。二人から逃げるために背を向けるクラスメイト。そんな光景の中、買い出しから帰って来た坂上と品木。
傍から見たら小学生の休み時間としか思えない。ちょっと異質で、普通じゃないこの日常を、雪音はとにかく愛している。
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久賀 塁 男 武器:工具 属性:善 位置:全方位
不憫。二つ上に姉が居る。緑色のパーカーと帽子がトレードマーク。
『八咫烏』 男 武器:双刃刀 属性:中立 位置:中衛
会話に爆弾をぶち込み放置してカオスを生み出す存在。主な被害者は塁。