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09  緑の弟  side久賀塁

電子呪文詠唱 (エレクトロ・ワークス)

小金井桃矢・伏見宗二郎を始めとする学園が誇る工学部に所属している生徒たちの手で作り上げられたスマートフォンアプリ。

学校で習う魔術の全てと、生徒や教職員から提案され生徒会側で採決された魔法など全百種類以上の術が登録されている。特例の生徒以外はこのアプリを使用する事で、術を扱えるようになっている。

術の発動はスマートフォンに事前登録されている音声認識によって発動する。術の種類によっては音声認識では無く、手動で発動するものも存在する。


 この組み合わせは、今は亡き親友からの贈り物ではないか、と久賀塁は思う。


『これより、第四戦目を開始します。出場クラスの生徒は集合して下さい』


 促しのアナウンスが聞こえて来た。身体を解していた各自が手を止め、一瞬だけそれに耳を傾けた。それぞれが無言で己の得物を手に取り、軽く確認を済ませる。

 ――その中で。


「……」


 一人、灯は手元のバインダーに挟まれたルーズリーフに黙々とペンを走らせている。既に戦いは始まっているのだ。


「よし、そんじゃまぁ……」


《先頭に立つはあるがままに進み続け、その在り方から征服王と呼ばれた常勝の王。》


 自分の武器を抱えた雪音が立ち上がり、天幕の入口へと移動する。くるりとこちらを振り返り、そう口を開いて全員を見渡した。


「――行きますか!」


《彼女の掛け声は鼓舞となり、底知れぬ活力を分け与える。》


 浮かべるは笑み。その表情は、楽しい事を間近に控えた子供の感情そのものだ。


征服王(イノシシ)の手綱を握るのは、大変どころか無理に等しいんだがな」

「それよりもー、こっちに飛び火してこないか心配なんだけどー」

「流石にそんな事にはなりませんー!」

「どうだか」


《返されるのは憎まれ口。だがそこには、見えない信頼が絆となって結ばれている。》


 子供っぽいその表情を見た木更津が毒を吐き、それに便乗する形で双葉が本音を漏らす。雪音がそれに反論を唱えるが、坂上が馬鹿にした声色でその主張を一蹴した。


「……ふふっ」


 隣から聞こえて来た灯の小さな笑い声に、久賀自身も小さな苦笑を漏らした。

 目の前で交わされている会話は余りにもいつも通り過ぎて、先刻前の重苦しい雰囲気はどこ行ったよ? と、聞きたくなるくらいだ。


《皆恐れなど一切無く、浮かべるはいつも通りの笑顔のみ。》


 すると、雪音が隣に居た双葉と直江の肩に腕を回し始めた。始めは、鬱陶しそうにそれを振り払おうとしていた双葉だが、雪音の意図を察すると自分の隣に居た麻耶に腕を回し始める。それは波紋のように周囲に広がっていき、久賀も品木の手間に気に応じて肩を組む。

 十五人で出来た円には、残り一人分の穴がある。――灯の分だ。


《敵は強大。差は歴然。能力は五分。通常ならば、兵の差は力の差となって戦局が決まってしまう事が多い。されど、彼らなら大丈夫。何故なら――》


 バインダーから顔を上げた灯は最初その意図を掴み損ねていたが、直ぐに理解が及ぶとペンを置いて一人分の空きに身体を滑り込ませていく。


「1-A! ファイ!」

「オー!」


《劣勢を味方につけるのは何時だって――勇者の十八番なのだから。》



     ●●



 一度競技場内に入ると、そこはもう別世界だった。

 久賀は頭の中で雪の国を舞台にした小説の冒頭文を浮かばせてしまったが、その言葉が一番似合う程競技場の内部は変異していた。

 まず始めに周囲にそびえ立つようにして生えている木々。木の種は分からないが、恐らく松ぼっくりなどが生える種類だと久賀は踏んでいる。正確な高さは分からないが、伏見宗二郎の説明通りなら二十メートルは固い。

 スタート地点である司令部近くの地面はきっちり固まっているが、正面遠くに見える茶色い地面にあそこが沼地地帯か察し、更にはあそこで姉を抑えなければならないのかと思うと、一瞬気が遠くなった。


『開始、五分前』

「おっし! 最終確認だよ!」


 二拍手をして十村が全員の視線を自分に向けさせる。


「大将には美桜、その護衛に京太郎と梨華。三人には開幕から弾幕援護してもらうから。東側には雪音と双葉に行ってもらう。もし、西側に『氷結の魔女』が展開してたら、麻耶の力借りて場所交換してね。あと、双葉はそのまま進んで、最奥に居る『妖精戦姫』のとこまで行ってほしい」

「お前の持ってる《結界溶かし》が、『妖精戦姫』が展開してる魔力喰いの結界を破壊出来る唯一の手段だからな」

「わーってるってー」


 双葉は大きいビニール袋を漁りながら、自身の武器であるお菓子の確認をしていた。

 お菓子が武器、という種高の中でも前代未聞に近い能力を有している双葉。久賀自身も、彼女の能力を見たのは数少なく、未だになんでそれで戦える!? という疑問を抱かずにはいられない。


「中央には坂上・品木・久賀・三峰の四人に上がってもらう。品木は他の三人が抑えている間に中央を突破、双葉が来るまで耐えてもらう。もし双葉が先に来ていたら、品木が来たと同時に『妖精戦姫』の結界を破壊し、戦闘に突入してほしい」

「分かった」

「それと――久賀!」

「はい!?」


 思いもよらない呼びかけに、思わず肩が跳ねる。声の大きさに全員から不快の眼差しを向けられた。明らかに自分が悪いので、謝罪の意味を込めて深く頭を下げる。


「お前には、『赤色』こと久賀真莉亜……つまりは、お前の姉を迎撃してもらう」

「……うぇ」


 喉を駆け上がって来た願望に似た切望を、なんとか抑える。勘弁してくれと思うがあの姉を抑えるのは結構一苦労だし、何より自分が競技に出場していると知ったら、参加していなくとも勝手に飛び入りしてくる。十村達もそれを理解しているからこその

 了解、と返事をすると、遠野と十村は次の内容へと移った。


「西側には恐らく『紅戦姫』が居ると思う。最初っから全力で来ると思うから、そこは――先生、お願いします」

「んー?」


 十村が少しだけ背伸びをしながら最後尾に居る山城へと声を掛ける。のんびりと周囲を見渡していた山城だったが、十村の言葉と共に生徒全員から視線を受けると、普段は見せない真剣な表情を浮かべた。


「そんな怖い顔しなくても大丈夫だって! 火消しの風は必ず吹く。吹かないなら吹かせるまでの事。第一、俺が華怜ちゃん相手に負けるなんてカッコ悪いだけだしね!」


 なんともクサいセリフだと、久賀は山城の言葉に口角が引き攣るのを感じた。こういったセリフは、この学校に居る生徒や教師たちが周囲を鼓舞するために使用されることが多い。

 山城の言い回しも自分たちを励ますために言ったのだと思うが、それでも抽出される言葉が何とも言えない。どうやら自分以外にもそう思っていたようで、久賀は雪音を始めとした冷たい視線が山城に向かうのを感じ取った。


「……無いわー。ホント、無いわー」

「せんせー。流石に恥ずかしいってばそれー」

「ちょ、先生一押しの言い回しだったんだけど!」

「それより、始まるぞ」


 一人、輪から外れていた坂上の声で全員が集中を高める。それに伴い自分たちを取り巻く空気が朗らかとしたものから一変し、真冬の冷たさを思わせる雰囲気へと置き換わる。


『それでは、第四戦目――――開始!』

「――行くぞ!」


 雪音の掛け声と共に司令部と大将、そしてその周辺に留まる者を除いて、全員が駆け出す。


「力以て貫け、原初の射手!」

電子呪文詠唱(エレクトロ・ワークス)より引用。炎の印字、第二十五章――流れ星!」


 様々な色をした美桜・梨華・直江の援護射撃が、自分たちの頭上を通過していく。スピードホリックが高速道路辺りで出しそうな速度で敵陣に向かった射撃は、同じくらいの速度を出した敵の援護に全て叩き落された。

 上手くはいかない。分かっていた事だが、これから先の事を思うと胃が痛くなってきた。



     ●●



 沼地地帯は、土砂降りの雨が降り終わった後によくある泥濘(ぬかるみ)の地面だった。足場は良く無い。それでも、水中や嵐の中での戦闘よりは幾分マシだが、戦い辛いと思っていた時だった。


「ひゃっほーぅ!」

「……」


 聞こえて来た少し高めのアルト。久賀は思い切り聞き覚えのあるその声に、頭が締め付けられる痛みを感じた。が、その痛みの余韻に浸らせてはくれないのが、彼女だ。


「開幕一番! 全力、全開だよ! ――ファイア!」


 瞬間、坂上たちを狙うように炎の弾丸が放たれた。通常の射撃ならば対属性の射撃で撃ち落せばいいだけの話だが、姉――久賀真莉亜が放つ炎の弾丸は魔法では無い。


「久賀、来たぞ!」

「分かってる!」


 魔法や魔術では無く純粋な能力で作られたそれを打ち消すには、同じ力を持っている者をぶつけるか、そいつ以上の実力者が相対しなければならない。

 だが、真莉亜は相当の実力者であり、一年生が彼女に勝てる見込みなどありはしない。故に、久賀達が真莉亜に勝てる唯一の方法――同じ能力の持ち主である自分をぶつける事だ。


「う……ぉ、おりゃあああああああ!!」


 皆よりも足を出す速度を速め、一人炎の弾丸へと向かう。

 腰を捻り、肘を肩の高さまで上げる。雄叫びを漏らしながら、弾丸の中央に拳を振るう。普通にこれと対峙すると熱さを感じるが、そこは同じ能力を扱う者。熱さは一切無く、野球ボールに基節骨……指の付け根部分を当てている感触だけがある。

 基節骨が弾丸に接触した一瞬、腕一本に全身の力を集中させる。肘を支点に、弾丸を打ち抜かん勢いで腰の捻りを通常の位置に戻す反動を力へと変える。弾丸の速度を殺し、新たな速さと方向性を打ち込む。

 弾丸は、上書きされた力の通りの方向――真莉亜の方へと向かった。放物線を描きながら真莉亜へと向かう弾丸。だが、真莉亜は弾丸を飛ぶ蚊を追い払う軽い動きで西側へと弾いた。


「うっそん……」


 解ってはいたがこうもあっさりと往なされてしまうと、勇者として情けなくなってくる。


「……ふーん」


 久賀が自信を喪失していると敵がこちらを見つけ、意地悪そうな笑みを浮かべて来た。


(あ、俺死んだ)


 そこに居たのは、小学生と見間違うほど幼い背丈をした小柄な少女。両の手を腰に当て傲然と佇むその姿は愛嬌を誘うが、そんな事をしたら最後、こちらの手首が吹っ飛ばされかねない。例えるならば、子供の虎――『赤色』と呼ばれる久賀塁の姉、久賀真莉亜の姿がそこにはあった。


「ヤッホー塁ぃ。アンタがアタシに向かってくるなんて、久々じゃあないのぉ?」

「そ、そうかな!?」


 図星を差され思わず声が裏返る。意図的に戦闘を避けていた久賀だが、仰る通りですと言えば最後、要らぬ追求を今この場でされる事は目に見えていた。


「そ……!」

「ねぇ」


 話を逸らそうと口を開いた瞬間に、姉の猫撫で声に遮られた。向けられた視線は、得物を見つけた猛禽類の目。大好物の料理を目にした子供の無邪気な感情丸出しの目。――ああ、この表情は見たことがある。


「せっかくの晴れ舞台なんだからさぁ……――二人でタノシイコト、しようよ。ね?」

「ちょっと、真莉亜! そんなことしてる場合じゃ……」

「……は?」


 それは、氷の刃を思わせる冷たい声だった。周囲を取り巻く空気が一瞬にして変化し、背筋を逆なでされたような不快感に襲われる。


「そんなの、アタシじゃなくても出来るでしょ?」

「確かにそうだけど、だからって……」

「アタシたちの目的はコイツらを先へ進ませない事でしょ? なら、アタシが塁の相手をすることは、理に適ってるじゃん。邪魔するってんなら……」

「――容赦しない」

「……!」


 真莉亜から発せられる身が竦むほどのプレッシャー。決して自分に向けられた訳では無いのに、久賀は身体の芯から凍り付き身動きが取れなくなった。この威圧を、真正面からまともに喰らっていたら、流石の自分でもたたらを踏んでいただろう。そう思うと、名前を知らない上級生が少しだけ可哀想になった。


「……《戦姫》からは、真莉亜の好きにさせておけって言われてる。だから……」

「道だけ作ってってー」


 上級生が一段と重い溜息を吐き、一瞬だけこちらに同情する視線を向けて来た。やめろ、そんな目で見るなと声に出して言いたいところだが、上級生の足元を中心に集まる魔力が久賀の身体と意識を瞬時に切り替える。


「――せぁ!」


 彼女の拳が地面を叩く。ガラスが砕ける音共に、久賀と真莉亜を囲むように次々と魔力で上空に向かう螺旋階段が出来上がっていく。

 本来ならば他人の目には移らない目視不可の効果を追加するところだが、公平さを示すために予めつけられないようになっているのだろう。


「じゃあ、後は頑張って」

「――あら? 誰に物言っているのかしら?」


 久賀に背を向けるようにして投げつけられたエールに、真莉亜はあっさりとした言葉しか返さない。冷たいとも取れるそれに、最早上級生は何も言わず肩をくすめるだけで去って行ってしまった。


「――さて、」

(来る……!)


 それは、先程も一回味わった本能の警告。反射的に身体が迎撃の姿勢に入る。自分と真莉亜以外には誰も居なくなってしまった周囲。そう遠くない場所から剣戟が聞こえてくる。それは、坂上と美都が戦闘に入ったという何よりの証拠でもあった。


「お待たせ、塁」

「別にそれ程待ってないから、もう少し話してればよかったのにぃー」

「あら? 塁はお姉ちゃんとのバトルが楽しくないって言いたいのぉ?」

「だってねーちゃん、手加減してくんねぇーんだもん」

「当たり前じゃない! 手加減なんかしたら――私が楽しくないでしょう?」


 心底楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべながら、真莉亜は自分の体操服から携帯タブレットを取り出した。日本の指で摘み上げたそれは、飴玉くらいの大きさをしていた。――あれは、見たことがある。


「……っん」


 飴玉を飲み込んだ姉の身体が淡く光り、一瞬にしてその姿を変えた。

 背丈はモデルになれそうな百七十センチを優に超えており、身体つきも幼さ残るものでは無く、豊満とまで言えるくらいに魅力的になっていた。


「さぁてっと……」


 真莉亜は工学部が作り上げた定点観測機に向かって、投げキッスを一つ飛ばす。それに興奮した誰かの声が聞こえた気がするが、そんなものはどうでもいい。


「……」


 深呼吸を一つ。頭の中で己の役割を再確認し、勇気を振り絞る。


「ねーちゃん!」

「あらぁ? なぁに塁ぃ」

「俺、今日はそう簡単には負けねーから!」


 ――そうだ。簡単に負けるわけにはいかない。

 敵は強大。アシストは過去最高。3-Cで最も危険と言われている《妖精戦姫》や《氷結の魔女》・《疾風怒濤》は相手にしなくていい。唯――姉にだけ、負けなきゃいい。


「そうよそうよぉ……そうで無くては――楽しく無いものねぇ!!」


 火蓋は切って、落とされた。






NEXT.

『赤色』/久賀 真莉亜  女  3-C  武器:工具  属性:善

久賀塁の姉であり、彼と同じく某配管工の能力の持ち主。赤い帽子と赤いパーカーがトレードマーク。肝の据わった非常に男らしい性格をしており、戦闘面で腰が引けることの多い塁を叱り飛ばす。小金井桃矢の恋人であり彼に振り回される事が多い。灯よりも背が低く、147㎝と校内で一・二を争う低身長。

戦闘狂であり校内きっての好戦派。魔術を使用するよりは肉体戦が好き。



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