第二話 Girl Meets Girl 後編
わたし、新嶋智花は今は美墨を探して西館にいる。
自習室や情報科室、資料室や図書館などの居残りする人が居そうな場所はあらかた探したが、結局それらには美墨は居なかった。
ほかに居る可能性がある所はどこだろう?
わたしは拙い脳細胞をフル稼働させる。
どうも初瀬美墨という人物は人見知りなようだ。
なら居るとしたらやはり人気の無い所だろうか。
例えば屋上とか。
この西館の屋上はいつも解放されており、生徒ならいつでも誰でも立ち入ることができる。
兎に角屋上に行ってみよう。
古びた階段を上りながら、わたしはだんだん心細くなっていった。
めぐみが言った通り、もう美墨は帰ってしまったのだろか。
そんな今さらな疑問がわたしの脳でバイオハザード的に肥大していく。
もう諦めたほうがほうがいいのかもしれない。
べつに急いでるわけじゃないし。
ていうか何でわたしがこんなに頑張らなきゃならないのよ。
わたしは負のスパイラルに溺れていく。
ほんと、悪い癖────。
息を切らして屋上まで上がりおえると、先客がいた。
残念ながら美墨ではない。
「飛鳥先輩──」
青空が空いっぱいに広がっている。
穏やかで少し冷たい風が一陣、わたしを撫でる。
その風にのってわたしの心が翔んでいく。
大隅飛鳥。
青蘭学院の3年生で、わたしの所属している歴史研究同好会の先輩だ。
「どしたの?智花」
その飛鳥先輩が人懐こい笑顔を浮かべる。
飛鳥先輩の絹のような長く美しい髪が風に煽られて、波打つように黒髪が泳ぐ。
「ちょっと人探しに」
「そっか。閣下も大変ね」
またか。実はわたしは『閣下』と呼ばれるのが苦手だ。
その仰々しい呼び名はわたしには力不足で不釣り合いな気がして。
「飛鳥先輩まで閣下は止めて下さいっ」
「ごめんごめん」
またまた人懐こい笑顔。
もう。そんな顔されたら怒れないじゃない。
何故かムカついた。
「飛鳥先輩もっ。どうしてこんなとこにいるんですか?
先輩、三年生でしょ?暇なんですか?」
ちょっと報復してやった。
報復になっているかは知らないけれど。
「んにゃ、ちょっと空をね──」
飛鳥先輩は遠い目をする。
たまに飛鳥先輩は何を見てるのか、何を考えているのか解らなくなる。
「──見てたのよ」
こいつ。
わたしが皮肉を言ったのに気が付かなかった。
肩すかし。
「じゃ、わたしもう行きますからっ」
飛鳥先輩はいっつもそうだ。何ていうか、悪意に鈍感ていうか。
もうやってらんない。
わたしは早々にここを去ることにした。
「おう、頑張っておいで」
そう言って飛鳥先輩はわたしの頭る。
「ちょっ!?先輩っ、セクハラは止め──」
「まんざらでも無い癖にぃ」
飛鳥先輩はそう言うなればながらわたしの前髪を優しく鋤いていく。
「もうっ」
紅くなってしまった顔を隠すために俯く。
「──先輩のばかっ」
今日はセクハラされる日なの?
セクハラの相でも出てるのだろうか。
帰りに占ってもらうのも有りかもしれない。
「今日はこれから雨が降るって私の勘が告げてるから、人さがしは早く切り上げたほうがいいわよ」
飛鳥先輩がわたしの頭から手を退けた。
「わかりました。先輩の勘はよく当たりますからね」
目を反らして言う。
ふんだ、このセクハラ魔神──といあ不快の意思表示だ。
「ごめんごめん。拗ねないでよ」
飛鳥先輩の形のいい眉が困ったように曲がる。
「拗ねてません」
「わかったわかった。で、いったい誰を探してるの?」
「──先輩が知ってるかどうかは知りませんが初瀬さんです。美墨初瀬」
飛鳥先輩は目を細めた。
まるで獲物を狙う猫の目だった。
思わずその目に萎縮してしまう。
体がまるで凍ったような感覚を覚えた。
「へぇ?あの、初瀬美墨ねぇ──あの子はいろんな噂の持ち主だからねぇ。もしその噂のどれかでも本当なら相当気難しい子だと思うよ」
飛鳥先輩が面白そうに言う。
瞳が爛々と輝いている。
まるで悪戯を思い付いた子供のような目だ。
「噂?」
あの美墨の噂?
確かに、日頃接点のない人物にはよく噂はたつものだけど。
「私の情報網を舐めたらいかんよ?まぁ、智花が知って得するようなことなんで無いけどね」
思い出した。この人は重度の噂マニアなのだ。
怪談から先生の不倫相手までなんでもござれ、らしい。
どんなルートで情報を仕入れてるか、という謎は青蘭学院の七不思議の1つになっている。 わたしはそんなことに興味は無いからこの人に噂方面でお世話になったことはないけれど。
「わたしはただプリント渡すだけですから変なことにはならないと思うんですけど」
「──そう。引き留めて悪かったわね。こんどこそ行ってらっしゃい」
「はい『こんどこそ』行ってきます」
すこし毒を含めて、わたしは屋上から退場した。
その毒に飛鳥先輩が気付くかどうかは別問題だけど。
──しまった。10分ほど経ってしまった。
それでも無駄と思えないから憎めない。
空が曇ってきて、辺りが少し暗くなってきた。
これは本当に飴が降るのかもしれない────。
わたしは歩みを速めた。
✠ ✣ ✤ ✥ ✠ ✣ ✤ ✥
結局。
美墨は西館にも図書館にも居なかった。
後から毬乃たちからも見つけられなかったとの連絡がきた。
仕方ない。帰ろう。
あの奔走はなんだったんだろう。
そう思わずにはいられなかった。
重たい足を引きずる。
なんか頭痛がしてきたんですけど。
こんな時、青蘭学院の敷地は無駄に広いことが呪わしい。
大きな自然公園より大きいだろう。
ここから帰るにしても、門まであとどれくらい時間がかかることやら。
ほんと、こんなに無駄に広いんだから土地を一部売り払っていいだろうに。
過ぎたるは及ばざるの如しとはこのことね────。
わたしはぽつぽつ降ってきた雨を見ながら思った。
──校門に着くと、声が聞こえてきた。
「ねぇ、さっき『礼拝堂の幽霊』が出たんですって!!」
女子高生特有の、ちょっと自分のキャラに酔ってるチックな、かん高くて、お前どこから声出してんの?って思わずツッコミたくなる声が聞こえた。
「本当に?」
「本当よ!!私の友達が見たんだから」
ひそひそと、しかしなぜか自慢気に情報提供している。
べつにあなたが遭遇したわけでもないっていうのに。
これだから女子高生は。
いやまぁ、わたしも女子高生なんだけど。
──しかし、礼拝堂の幽霊ときましたか。
少し前に大流行した噂だ。
礼拝堂の幽霊。
それは噂に疎いわたしでも知ってる、青蘭学院で有名な怪談だ。
七不思議のひとつらしい。
私立風岡青蘭学院高校は元々、聖マリアンヌ学院というミッション系の学校だった。
それが2年前のお家騒動の結果キリスト教色を抜き、今の青蘭学院になったと言われている。
キリスト教系の施設はほとんど取り壊されたが、礼拝堂の解体だけは事故が連発したため取り止めになったそうだ。
そしてその事故を起こしたと言われる幽霊が、未だに礼拝堂に出るらしい。
それが『礼拝堂の幽霊』だ。
「それで友達の話だとその幽霊、旧式の制服で長い黒髪だったそうよ。それもびしょ濡れで」
「嘘っ。それほとんど噂通りじゃない!!」
そういえば礼拝堂の幽霊は長い黒髪で、旧式の制服を着ていてびしょ濡れで出るらしい、ていう設定もあった気がする。
──あれ?
長い黒髪?
旧式の制服?
その時、わたしの脳裏に、窓際の席で、長い黒髪を風に煽られて外の風景を見ている、旧式の修道服じみた制服が呆れるほど似合っているあの子のイメージが────。
旧式の制服というのは、お家騒動以前の制服で、修道服をモチーフにして作られている。
制服が変わったときの生徒は、新しい制服に買い換えるかそのまま旧式の制服を着るかは自由だったらしい。
しかし、新しい制服のデザインが可愛いかったこともあって当時の生徒はほとんど買い換えてしまった。
お家騒動以降の新入生は今の制服しか買えないから、旧式の制服を着られるのは3年生か中等部からのエスカレーター組かしかいない。
だから旧式の制服を着て人はかなり限られる。
────ていうかわたしはそんな人一人しか知らない。
そう、彼女たちが話していた礼拝堂の幽霊の正体は美墨じゃないのだろうか?
びしょ濡れなのはこの雨に濡れただけで。
兎も角情報収集だ。
情報がないと何も始まらない。
「ごめんなさい、今の話詳しく教えて頂けますか?」
「ええっ?別にいいですけど。ねぇ?」
その学生は、少し驚いた様子で周囲の反応を探る。
まぁ当然だろう。会話をいきなり見知らぬ他人に割り込められたのだから。
周囲の同意を得れたのか、その学生は話始める。
「私も詳しくは知らないけど、10分ほど前友達が青い顔してその話を」
10分前か。
ならまだ居るかもしれない!!
風が一陣、わたしを追い越して駆け抜けて行った。
「でも、なんでそんなこと聞──」
「ありがとうございます、さようなら!!」
わたしは飛び出した。
準備が整えば即行動。
それがわたしのセオリーだ。
「ちょ、ちょっと何処いくの?」
驚きと戸惑いを会わせたような声がする。
「礼拝堂に!!」
少しでも会える可能性があるなら、一刻も早く礼拝堂に行かなければ。
──雨がかなり勢いをつけてきた。
✠ ✣ ✤ ✥ ✠ ✣ ✤ ✥
雨から鞄の中身を守るために、体でガードしながら走る。
濡れて湿気を放つアスファルトを勢いよく蹴る。
濡れた前髪が額に張り付いて鬱陶しい。
傘持ってきたら良かったな────。
そんなこと思っていたら、いつの間にか礼拝堂に着いていた。
扉を開けようとしたら、錆びついているのか、なかなか開かない。
いったいどんなけ放置されていたのだろうか。
全く、礼拝堂の幽霊も油くらい差しといてほしい。
そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい扉はなかなか開かなかった。
でも、この扉を開けたら美墨がいるかもしれない。
そう思うと自然と力が湧いてきた。
ぎしぎし、少し扉が動いた。
高揚感と皮算用な期待感がわたしの背中を押す。
「ぐ、ぬ」
扉はのたうちまわるような、重苦しい悲鳴をあげてその封を解いた。
どうか美墨がいてくれ。
そんな祈りを込めて礼拝堂の中をみる。
すると。
────人影がひとつ見えた。
目を凝らすと美しい黒髪は今は濡れて、背中に張り付いている。
扉を開けた音に驚いたのか、その人は目を丸くしてこちらに振り向いた。
彼女は、間違いなく初瀬美墨だ。
良かった、今日中に美墨に逢うという目的が達成できた。
わたしの心を安堵が包む。
「美墨さん。この──」
このプリントを持ってきたのよ、と。
たったそれだけのことが言い切れなかった。
わたしの心は固まってしまった。
あまりにも美墨が美しいかったからだ。
顔かたちも勿論美しいのだがそれだけではなく、 彼女のその佇まいと、廃墟の礼拝堂の背景が途方もなく絵になっていた。
雨が降っている。
湿った土と風が薫っている。
廃墟となった古びた礼拝堂に少女は佇んでいる。
その佇まいはまるでお淑やかな深窓のお姫様のよう。
もうほとんど着ている者などいない修道服じみた旧式の制服が驚くほど似合ってると、遠目に思った。
その姿はまるで穢れも知らないお伽噺に出てくる湖の精霊の乙女よう。
その少女の頬に一滴、何かが煌めいた。
その輝きはまるで少女の美しさを代弁するかのよう。
ここからは遠すぎて、その煌めきが涙の雫なのか雨粒なのかはわからない。
でも。それはどうしてか直感的にわかった。 それが涙だと。
「ねぇ」
あまりにもそれが綺麗だったから思わず声をかけてしまった。
しかしわたしは動揺から抜け出せていなく、声が震えてしまった。
「どうして──」
この先を言っても言いのか?
わたしが、こんなにも綺麗な世界に割り込むことは許されるのか?
そんなありえない幻想に囚われまま、動けてない。
でも、この気持ちを抑えることはできなかった。
「泣いているの?」
箱庭が崩れる幻聴が響いた。
──すると。
美墨は、その可愛らしい口をひろげて、
「は?あなたいきなりなんなの?」
なんて冷たく言い放つ。
目は不機嫌そうにひそめていたが、すこし目元が赤く腫れていた。
────ていうか。
え?ちょ、ちょっと全くイメージと違うんですが。
「ところでなに?私になにか用?」
美墨は不機嫌にいい放つ。
その声は不遜と嘲りに彩られている。
美墨はこんな性格だったなんて────。
わたしは静に衝撃を受けていた。
美墨はお淑やかというか、こんな刺がある性格ではないと思っていたのだが────。
「あ、ええっと。このプリント渡しに。進路志望の」
美墨の懐疑心に少し気圧されてしまった。
慌ててプリントを取り出す。
進路希望調のプリントだ、
雨に濡れたか心配していたのだけれど、無事だった。
「嘘。そんなもののためにわざわざ?」
美墨が拍子抜けしたような顔をした。
「そんなものって。──あのね?これはあなたの将来に関係する大事なものよ?」
──そんなもの、と言われてちょっと喧嘩腰になってしまった。
まぁ、進路志望っていっても文系か理系かの希望を聞くだけなんだけど。
元々の美墨に対す先入観は際限なく良かったけれど、その本性を垣間見てしまって美墨に対する好感度は乱高下していた。
我ながら勝手だとは思うけど。
普段は優等生で通ってる子が裏でカツアゲしてる現場を見てしまった感じだ。
少し違うけれど。
そんなこと知ってか知らずか美墨は
「ふうん。そうなの。──ありがとうね」
顔を真っ赤にして、鈴のような小さな声で呟いた。
もじもじとして、恥じらうように。
わたしはそんな美墨を見て思わず目眩を覚えたる。
この子実はすごくいい子?
一度下がった好感度が打ち上げ花火のように邱上昇した。
わたしってほんと単純、と小さく自嘲する。
不良が捨て猫を拾うところを見てしまった感じだ。少し違うけど。
✠ ✣ ✤ ✥ ✠ ✣ ✤ ✥
結局。
わたしはあの時のことをお礼することは出来なかった。
美墨の不機嫌さにすくんでプリントだけ渡してそのまま帰ってしまったからだ。
このある雨の日の出逢いがわたし達にとって忘れられない出来事となることになるなんて、この時のわたしは想像すらしてなかった────。
なんつーか、ほんとは三人称で書きたかったけど、気がつけば一人称になってましたww
あれ?おかしいな?
あ、あと美墨の涙の理由はちゃんと後で回収します。
フラグと伏線は全部回収しますので。