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ヒト+モノ=と同じく投稿して落ちた作品。こちらはとにかくスピード感を追及したせいで、中身やら設定がかなり薄っぺらくなってしまったなと、後悔があります。サクッと読めて楽しめる、を突き詰めてみたので、少しでも楽しさを感じて頂けたなら幸いです。

 世界には我々では想像もつかない秘密がある。

 それこそオカルトと呼ばれ、一般市民からは毛嫌いされがち、あるいは単なるサブカルチャーとしてしか認識されていないような事も含めてだ。

 空白の年代、

 空白の歴史、

 空白の技術。

 たった一語『空白の』とつくだけで、そこにはロマンが生まれる。夢が象られる。

 その空白こそが、世界に幾千も存在する秘密そのものなのだ。

 秘密と言えば何だか近しいもののように聞こえるが、それは大きな間違いだ。

 少し触れるだけなら誰でも出来るし、誰もが思い付く。

 しかし、本腰を入れてその事柄を研究する、追及する、となれば世間の見方は全く角度を変えてくる。

 異質な物を見るような眼差しを簡単に向ける。

 そんなもの、そんなこと、と秘密のことを蔑ろにした言葉を吐く。

 その秘密がどれほどの価値を秘めているのか、あるいは、その秘密がどれだけ世界を変遷させるような発見なのかを、知りもしないで。

 そうやって、世間の目が、本来あるべきだった好奇心を潰す。

 もしかしたら、世紀の発見、世紀の発想だったかもしれないのに、それを悔やむことも、勿体ないと感じることも無く、ただ失っていく。

 そうして消えていった好奇心、知識の種を私は心より残念に思う。

 故に、私はどんな考え、意思、意識を持ったとしても、どのようなことに本気で興味を抱いたとしても、馬鹿にしないし、むしろその手助けをしたいと思う。

 世間に出れば冷たくあしらわれてしまうような事柄を、本気で学びたい、追及したいという心に、私は敬意を表したい。

 古代から脈付く文明は、現文明よりも進行していた。

 その度合いは今の尺度では到底図れない。

 物差しが年代に合っていないのだから、それをいくらあてようが、判る筈もない。

 だからこそ、私はその物差しとなれるような物を探し、研究し、追及したい。

 そのための同士が集うことを、心より嬉しく思う。


                            古楯学院学院長  神門 帝秘





  1  5月22日午前9時33分


「おーい、誠っ!」

「ああん? 名前で呼ぶなっつってんだろうが!」

 真っ白で天井も高く横幅も広い、何処か病院みたいな学院の廊下で、白匙誠しらさじ まことは男子生徒に背後から名前を呼ばれた。

 自分自身の名前が大嫌いな白匙はそれだけで怒り、背後から笑顔で向かってきた男子生徒の右頬に、肩を引いた本気寄りのフックを食らわせた。

 誰であるかなど認識する間もなく。

「っくはあ!」

 汚らしい呻き声を吐いて、男子生徒は宙を舞い、駆けてきた方へと吹き飛ばされて戻っていく。二流の喧嘩マンガの様な演出で男子生徒は廊下の床を滑っていき、端にあった教室のドアに、ガツンと鈍重な音を立ててぶつかると、そのままリノリウムの廊下に沈んだ。

 男子生徒が何かを握っていたのか、取りこぼしたそれがカランと高い金属音を響かせたのだが、白匙は特に気にすることも無く歩み去っていく。

 倒したかどうかは二の次だ。

 白匙にとって、今の行為はただ単純に、自分の大嫌いな名前を呼ばれた上で、自分の邪魔になる範疇に、目障りなものが入ってきたから殴っただけのことで、他はどうでも良かった。

 また同じことをしようとするならまだしも、その気配がないので、最早白匙の興味下からは殴られた男子生徒は消えていた。

 白匙誠は自分の名前が大嫌いだ。

 それは前提であり、確証でもある。意味と知識を有した推論でもあるし、感情と思考を掛け合わせた上での嫌悪である。

 誠と言う名前は、そのまま誠実さを一言で表すような名前だ。名前はその人を表すと言うものだが、白匙からすればそんな論理は唾棄すべきものだ。

 嘘も方便と言うように、使いようによっては嘘や虚実が正当化、あるいは有用と判断される場合もある。白匙はそれを良く思っている。真っ当な誠よりも、少しそこから道を踏み外した虚実ぐらいが好きなのだ。

 故に、白匙は自分の名前が嫌いだ。

 誠など持ち合わせてもいないと言うのに、大人には良い名前なのにとぼやかれる。

 そんなのは御免だ。

 どうせなら虚なり嘘なんて名前の方がまだ良かった。それならぐれるのが早まっただけで、これほどまでの苛立ちと対面することも無かっただろうから。

「きゃあ」

 白匙が歩んでいく丁度真反対。

 一応視線をそちらへ送った。

 男子生徒が激突した教室の少し手前、階段から現れた女子生徒2人の小さな悲鳴が響く。

 白目を向いて口がだらんと開いた男子生徒を前に、その2人が一番最初に起こした行動は、自身のスカートの裾を押さえるという仕草だった。

 明らかに意識の無い男を前にしても、女子はそんな反応をしてしまうのだなと、白匙は可笑しく思えて、鼻で笑った。

 先程までの不機嫌はどこへやら、白匙は自分が誰かを殴ったことさえ忘れていた。

 誰かを殴って殴られて、そんなのは当たり前の一つでしかない。

そんな変貌とも言うべき日常に紛れ込んだ非日常的な事態に、他生徒は対応することさえもままならない。うろちょろもせず、先生を呼びもしない彼らは、そんな白匙すら問題視することも出来ず、ただ変わらずにそこにいるだけだった。

「きゃあ」

 台本を読んでいるかのようなわざとらしい悲鳴が、再度先程の女子生徒二名から零れる。

 行儀良く、口元に手まで当てていやがる。

 どうやら殴り飛ばされた男子生徒が咳払いをしたようだ。

 口の端を吊り上げて形だけ笑うと、白匙は前を向き直した。

 廊下を進んでいけば進んでいくほど、周りの生徒の視線が白匙に刺さる。対応は出来なくてもしっかり興味は持っているということだ。一丁前なことに。

 打ち消された苛立ちが、それらで再び再熱してくる。

 じわじわじわじわと、募る夏の太陽光のように、集ってゆく。

 角を曲がり、ホームルーム教室のあるA棟から、音楽室などの特別教室ばかりあるB棟へと向かう。

 人の影が消え、姿も見えなくなってきたところで、白匙は壁に蹴りを入れて当たり散らす。

 鈍い音と、石壁を蹴った鈍い痛みが伝わる。

「つまんねえ、つまんねえ……何だよ、ここは。頭良い奴らの温床じゃねえか」

 彼の通う学院は、明らかに異常だった。それは彼が異常と思っているだけなのか、それとも実際に異常なのかは、定かではない。ともかく、今の彼はこの学院を異常だと思い、この学院に通う生徒を異常だと考え、自分自身はギリギリのラインで正常だと理解していた。

 市立古楯学院。

 場所は都市部などからは少し離れているものの、代わりに完全な全寮制であり、しかも新設されて十年足らずだと言うのに、所謂エリート校に名を連ねていた。

 白匙はそんな場所に自身の意思で来たわけではない。受かるなどとは思っていなかった試験で受かってしまい、自分が行こうと考えていた公立も受かっていたと言うのに、エリート校と言うパッケージにつられて、両親が強制的に古楯学院へ進学させたのだ。

 進学に関係する書類を全て提出され、公立への意思表明まで済まされ、半ば追い出されるような恰好で実家を追われ、この学院の寮にいつくことになった。

 名門ならではの固いルールと空気も相成って、白匙の精神は限界に近付いていた。

「どいつもこいつもつまらねえし、バカしかいねえ。くそったれが!」

 毒づきながら壁を蹴る。

 そろそろ爪先がひりひりし始めたが、白匙はそれも無視した。

 自分が反発的なのは重々理解していた。

 しかしだからと言って改める気もなく、気にしてもいなかった。

「でもまあ、あんなこともあるんだ。ここにいるぐらいはしてても良いかもな」

 昨日のことを思い出しながら、白匙は呟く。

 こんなふざけたところはすぐにでもおさらばしたいと、白匙は考えていたのだが、それは昨日の出来事に巻き込まれたことで多少は解消された。

出て行く準備がいつでも万端だったのに、いつの間にか居残ってもいいかとすら考えるようになっていた。

 優等生達に囲まれた生活は嫌だが、それでも卒業まで我慢してやっても良いか、そう思えるくらいの出来事だった。

 掌に残った、温もりの感触が未だに消えない。

あれ程までに最高な出来事が、もしこれ以降もこの学院にあるのだとすれば、無理矢理にでも残る価値はあるなと、白匙は考えていたのだ。

 月夜の下、あんな出来事がまたあるのならば、少しは楽しいと、思えるかもしれないと。

 白匙は当て所なく歩いていく。

 ただ、また同じように何かないかと、漠然と思い、考え、辺りに気を配りながら。


  2  5月22日午後12時50分


「はあ? 男子生徒が殴られて廊下でピクピクしてた? しかもその近くに見覚えのない金属的な物が落ちていたですって? そんなの、先生に言っちゃえば良いじゃん。そしたらその殴った方も、その金属的な何か? 曖昧過ぎて良く判らないけど、とにかくそれを持ってた奴もまとめて学院からおさらばでしょ?」

 少し茶色がかった肩までかかる髪を靡かせ、興奮気味のクラスメイトの言葉に、話し半分で答える龍堂麗華りゅうどう れいかの意識は窓の外に向いていた。

 雲が大気に流されて、視界の端から端へ消えていくのを、ボーっと見ていた。

「いや、だって人が倒れてピクピクなんて、本の中の世界でしょう? そんな所にでくわしちゃったことに驚いちゃって」

 先程きゃあと演技っぽく言った女子生徒の内の一人が言う。

 しかし龍堂は視線をも彼女の方に向けることは無い。

「そう? そんなの、どこにでもあることだと思うけど」

 真剣な口調の割に話すトーンがゆっくりで、あまり緊迫性を感じない女子生徒の言葉を聞き流しながら、龍堂は雲の形が見たことのない新大陸みたいだな、などと夢想していた。

「え~無いよお。きっとキャトルミューティレーションに遭遇するぐらいの割合だよ」

「キャトルミューティレーション? 精々、UFO見たぐらいのもんじゃない?」

「せめてチュパカブラに襲われるぐらいの比率だよ」

「百歩譲っても、フライングヒューマノイド目撃ぐらいね」

「だったら人口ブラックホールの先を見るぐらいの割合!」

「精々イエティの目撃くらいが関の山じゃないかしら」

「地球空洞説が事実で、地下に帝国が築かれてるくらいの確率!」

「その日初めて会った男子に、その日のうちに惚れちゃうくらいのもんじゃない?」

「最後適当過ぎでしょ!」

「そうかしら? 妥当な確率計算だと思うけど」

「ん~……、とにかく、そんな超常現象ぐらいの出来事なんだって!」

「へえ、そう。凄いねー」

「大体何で麗華はギリギリで有り得そうなラインを言うの~。こんなにも不思議な出来事に遭遇したって言うのに! 例えが陳腐過ぎるよ~」

「そう? 妥当だと思うけど。人が倒れてピクピクしてんのも、秘密組織の存在も、銃撃戦を目の当たりにすることだって、宝くじが当たることだって、似たようなものでしょ」

「宝くじだけやたらに庶民目線だね!」

「良いツッコミをありがとう」

「う~! とにかく、それだけびっくりなことに出くわしたんだよって、言いたかったの!」

「そっか、それで? 言ってどうにかしたかったの?」

「ん~……そこまでは考えてなかったな。とにかく伝えたかったの」

「そっか。じゃあ良かったねー」

 龍堂は小慣れた棒読みを返す。

 目線は雲から不変の空へとシフトチェンジ。

 クラスメイトの言葉が一欠けも頭に入ってきやしない。

 それも仕方のないことだろう。

 そんなどうでも良いことよりも、もっと凄いことに昨夜出会っているのだから。

「ねえ、仮にさ、オーパーツが目の前現れたとしたらどうする?」

 つい数秒前に話をぶった切ったと言うのに、龍堂はそれを気にすることもなく、クラスメイトに問い掛ける。

 相変わらず口の向きはガラスの窓だ。

 女子生徒は、きゃあと呟いた時と同じテンションで、

「それはびっくりだね~」

 と返してきた。

 どうやらびっくりしてなさそうなわざとらしいトーンが、彼女の真剣な驚きのようだ。

 龍堂は思わず、顔の向きを女子生徒の方へと向けた。似あわない化粧が無駄に顔に付着しており、嫌悪感を覚える程に気味が悪いが、龍堂はそれを我慢してマスカラが塗られたアイラインに視線を固定する。

「だよね~」

 どうやら同意は得られるようだと安心した龍堂は、作り笑いを浮かべた。

 トーンは彼女と変わらない、少し冷めているくらいのトーンで。

 同時に、本当に馬鹿が大半だな、ここの連中は、と心の中を真っ黒に染め上げた。


  3  5月20日午前1時13分


「それで、決行は今夜なのか? 明夜なのか? それだけでもはっきりしてもらわねえと、困るんだけどな。いくらそちらの要望で、俺が依頼を受けてる側の立場だとしても、明瞭な情報が入ってくるのが遅すぎやしないかい? こういう稼業は速度感が大切なんだぜ? 今の時代は宅配便でも速達や即日配達なんてのがあるんだぜ? 腐る物は早急に運ぶ、そういう風になっているんじゃないのかねえ? 世の中はさ。

情報は、俺が思うに放っておくと腐る類に入ると思うんだが、どうだい?」

 暗い雰囲気の地下にあるバー。客がほとんどいないカウンター席に座る、やたらとがたいの良い男が、ヤニで黄色くなった歯を見せながら言った。

 隣に座る真っ黒なスーツの男は、がたいの良い男より十は若く見える。悪く見積もっても二十代だ。こういう仕事に通じているようには到底見えない。

だからこそ煙草の煙を宙に浮かべながら、自分のペースで男は喋っているのだ。ヤニで真っ黄色の歯を景気良くちらつかせながら、下卑た笑みを貼り付けている。

「アンタだって、この稼業を続けていきたいんだろう? 次も使ってやるからよ、今回の代金をチャラにしてくれよ? おっと、これはおどしとかじゃないぜ? 交換条件だ! 代金チャラの代わりに、アンタが今回の情報を流すのが遅れたことを無かったことにした上で、お得意様になってやろうっつってんだ。良い条件じゃないか?」

 調子が良さそうに男は言う。

 自分のペースで会話を進められているからか、嫌に上機嫌だ。

 一定のペースを守るため、バスケットボールも掴めそうな大きな掌が覆い尽くせない、大きなジョッキを口元で傾け、喉を鳴らしてからヤニ男が笑う。

「今夜は良い酒だな~マスター! もう一杯くれや!」

「……かしこまりました」

 景気の良さそうなヤニ男とは違って、カウンターの向かいに立つマスターと呼ばれた髭の男は粛々と頷いて、グラスを次の酒で埋めていく。

 一瞬、マスターとスーツ男が目配せをしたのだが、ヤニ男はそれには気付けない。何故ならアルコールの体内侵食が早く、既に感覚は鈍り、視界は少し揺らめいていたからだ。

 それに気付けなかったことで、この先の彼の運命は定まった。

 何の疑いもなく、おかわりの入ったグラスを手に取り、豪快な笑顔を零す。

「はっは、ありがとうよ。それでよ……っくっく……ぷはあ! どうする? 条件のむか?」

 下衆な笑顔を変わらず浮かべたまま、酒を飲み下しながらヤニ男がスーツ男に問う。

 スーツ男はそんな言葉には耳も貸さず、反応も示さない。

 微動だにもせず、眼前にある酒のグラスは減ってもいない。結露のせいで、グラスの周りは水浸しになりつつある。

 ヤニ男はそれを見て、大仰に眉を潜める。

 そして、ヤニ男の視線が少しずつ鋭くなっていく。

獲物を襲う肉食動物のように、瞳をすっと細めた。

 ヤニ男は、スーツ男のそんな態度に、流石に耐え切れず、苛立ちはピークに達した。椅子を後ろに跳ね飛ばして立ち上がり、スーツ男の胸倉を掴みにかかった。

「っのやろお! 人が下手にでていれ、ば……良い、気になりやが、……って――あれ?」

 だがヤニ男の手はスーツ男に届くことはなく、その後方、丁度スーツ男の背中から十センチほど離れたところを泳いで、椅子から転げ落ちた。顔面から思い切り床に激突した。

 激しい音と共に煙草を取りこぼし、火が付いたままのそれを床に落とす。

その近くを掴み損ねたグラスが舞い、落下する。

割れた破片が飛び散り、酒が床を浸す。

 危うく煙草の火がアルコール度数の高い酒に点くかと言うところで、スーツ男が良いタイミングで黒い革靴をそこへ下ろし、すり潰すように煙草を踏みつけた。

「から、だが、うごか、……」

 唇をわななかせながらヤニ男が呟く。

 最早痛みさえ鈍感なのか、顔面から床に叩きつけられて鼻が変な方向に曲がっているというのに、痛いなどと言うこともない。真っ先に自身の身体が自由ではないことを表現しようとした。だがその言葉も、か細過ぎてスーツ男には聞こえない。

 そんなヤニ男を見下してから、スーツ男は酒を出したマスターを見やる。

「こいつ、どうしますか?」

 言いながら軽く仕返しとばかりにうつ伏せに倒れたヤニ男の腹を、爪先で蹴り上げて仰向けに直した。自分で体位も変えられないヤニ男は、されるがままになっている。

 苦しげに呻く口元は既に音を作れてはいない。

 マスターは先程と変わらない口振りで返す。

「殺せ。そのような腐った野郎は、俺の下には必要ない」

 そのまま表情も変えずにどこからか拳銃を取り出した。

 それに倣ってか、スーツ男も、果ては店内の数少ない他の3名程の客も、胸元や鞄の中から拳銃を取り出した。

 5発の乾いた音が響いた。

 五つの弾丸は示し合せたかのように、その全てが男の頭部を貫いていた。行きで五つ、抜けて五つ、計十個の風穴を頭に空けて、ヤニ男は絶命した。

「その死体は適当に始末しておけ。決行は明夜とする、精々今夜を楽しめ」

「ボス、今夜を楽しめってことは、誰か良い女がいるんですか?」

 スーツ男がその身なりに見合わない下品な口ぶりで言う。

「アルファ、お前は黙ってればそれなりに良い男なんだがな。話すとすぐに女女女女ときた。流石の俺も呆れるぜ」

「うっせ、ベータ。お前だって相当だろうに」

 アルファと呼ばれたスーツ男が不機嫌そうに、少し離れた席に座っていたアロハシャツの男に毒付く。

「はっ、女ならどんなでも良いお前さんとは違って、俺は良い女専門なんだよ」

「良く言うぜ、この前の女なんて随分なたらしだったじゃねえか」

「うるせえ、あいつはそれでも良い女だったんだよ!」

「はっ、未練がましく同じ女追っかけてるからお前はダメなんだよ。女は十分に楽しんだらとっとと捨てて他の女にした方が良いに決まってんだろ」

「外道が、純愛小説でも読めってんだ!」

「吐き気がするね! くそ野郎!」

 アルファとベータがやんややんやとやり合っているのを、マスターは事も無げに見ていた。

「今夜は自分達で楽しめと言う意味だ。この辺りの女はまだ漁ってないんだろう? 好きにしてこいってことだ。アルファ」

 拳銃を慣れた手付きで回し、マスターは腰の辺りに押し込んだ。

「ああ~そういうことですか! それなら存分に楽しんできますよっ! お前の代わりに良い夢見てきてやっから、精々土産話でも楽しみにしときな! ベータ!」

「うるせえ、てめえのヤッてる話なんざ聞きたくもない!」

「まあまあ遠慮すんなって、穴の具合からよがり方まで教えてやんよ」

「ああん? いらねえっつってんだろ?」

 今にも互いに握った拳銃をぶっ放すのではないかという空気だったが、それに割って入る太い声があった。

「黙りやがれ」

 マスターは髭に手を当てると、それを思い切り剥がした。テープ状になっていた付け髭をとった男は、冷酷な眼差しで死体を一瞥した。次いで下らない喧嘩を続けるアルファとベータ、他2名に向き直り、嗤った。

「あの学院の秘密ごと奪い取ってやる」

 憎々しげに元マスターは、言葉を吐いた。


  4  5月20日午後16時32分


 学院のルールが煩わしいと感じたのはいつからだったか。

 そんな下らない苛立ちの大元を考えながら、白匙はベットの上に横になっていた。

 横になっているとは言っても、眠ってはいないし、寝支度も済ませてはいない。着替えもしておらず、相部屋の相手が白匙から逃げだしてから、以降優雅に一人部屋として使っている部屋。その両端にあるベッドの片側に、制服のまま転がっていた。

「何か、ねえかな」

 漠然とした言葉を口にする。

 何か良いこと、ではなく、何かねえかな、だ。

 とにかくこの苛立ちを消し去り、暇を潰してくれるのであれば、それが良いことであろうが悪いことであろうが、白匙にとっては些末な問題だった。

 Aと言えばAをして、Bと言えばBへ行く。

 そんなふざけた玩具の様なことを、白匙はしたくなかった。

学院には、そんな言われたことを素直にやるような、頭は良いが馬鹿な連中ばかりが溢れ返っている。あまりにそんなのばかりで、逆にまともな連中を探すのが困難な程だ。

 雁字搦めの校則、ルール。そんなのは壊してなんぼ、破ってなんぼだと、白匙は考える。

「面白いこと、ねえかなあ」

 言いながらそろそろ夕暮れに、朱に染まってきた窓の外を見やる。

 時刻は4時半を丁度回ったところだ。

「4時半か、あ~良い時間じゃねえか。それはそれで楽しそうな展開だ。久し振りに童心にかえって冒険ごっこといきますか」

 良いことを思いついたと、白匙は一人で笑った。

 固くなっていた身体を叩き起こし、立ち上がる。

 学院は全寮制である上に、4時半を校舎からの完全退去時間としている。部活動の類は全て寮内で出来るようになっており、スポーツをするための施設も充実しているので、文句がでたことはない。むしろ無制限で利用できる寮の施設に、感謝している生徒の方が多い。

 だが、白匙はそこにこそ不自然性を見出した。

 元々設立されて大した年月も経っていないこの学院は、設立当初から増築も改築も当然ながら行われていない。

 つまり、最初から広大な敷地を寮にあてがい、学院の完全退去時間、言いかえれば最終下校時刻と成したのである。

 設立以前から決められていたルール。それはつまり、この学院が何かをするため、あるいは何かの意図があって、校舎に生徒を残さないようにしたとも言える。

 ルール、或いは措置と言われてしまえばそれまでだが、その裏に何かしらの理由、考えがあってもおかしくはない。

 そう考えた方が面白いからそうする。

 白匙にとっての、何かが見つかった。

「良いね、楽しくなってきた!」

 子供心に火が付いた白匙は、好奇心の赴くままに夜が更けるのを待った。


  5  5月20日午後16時23分


「あああ~終わらない! 後2クラス分も採点が終わってないって言うのに! 生徒はともかく、教師まで16時半を越えて学院内にいることを禁ずるなんて、異常だわ!」

 既に閑散としている職員室の約中央。愛園黎あいぞの れいは今週行っているテストの採点を行っていた。とは言っても、既に退去時刻は迫っており終わる見込みは無い。

 最後のホームルームが丁度15時半に終わるため、そこから生徒達に挨拶をしながら職員室に来てみれば、最早仕事の出来る時間など30分も無かった。その時点で既に、他の先生達は生徒の住む寮に併設された、先生達専用のデスクに移っていた。愛園もそれに倣えば良かったのだが、間に合うのではないかと言う希望的観測と期待に負けて、仕事を始めてしまったのが運の尽き。仕事は見事な中途具合だった。

「だああああ、後20分もあれば終わるっていうのに!」

 赤ペンの鬼と言われてもおかしくないぐらいのペン捌きで、次から次へ採点しているが、現状でやっと半分ほど。終わる筈もない。

 それでも諦めきれずに、とうとう時計を確認するのもやめて、愛園は採点に集中し始めていた。これでもルールには真面目で、退去時刻を押しての仕事などしたことはなかったのだが、何故だかこの日は、愛園の手は止まらず、時間への意識は止まっていた。

 そうして体感ではほんの数秒後、職員室に隣接した学院長室の扉が開いた。

 ギイと音を立てて、職員室側にドアが押されてくる。

「そろそろ退去時間になるが、身支度は済んでいるのかな? 愛園先生」

 現れたのは、神門帝秘みかど ていひ。この学院の創設者で、現学院長でもある男だ。

 見た目は明らかに若く、二十代でもとおりそうなぐらいだ。実際は確か三十ぐらいだったかと、愛園は考えを巡らせる。

「えっと……、はい。もう少しでキリが付くので、そうしたら支度しようかと……」

 申し訳なさそうに愛園が言う。勿論二割増しで声を高めに設定してある。少しは緩い対応になるかなという期待の結果だ。

 しかし、その期待は容易に砕かれる。

 神門は現れてから、ずっと貼り付けたような笑顔のまま表情に変化がなかった。

 だが、愛園の言葉で更にその笑みを強めてみせた。

「それはいけませんね。規則は16時半完全退去です。模範となるべき教師がそれでは、生徒に申し分が立たなくなってしまいますよ?」

 先程見た目は二十代でもいけると考えたが、愛園は脳内で、その瞳から滲み出る内面は沢山の知識を蓄えた老人にも劣らない覇気のあるもの、と付け加えた。

 真っ直ぐに見られれば、胸が高鳴るどころか締め付けられる。

「ええ、それは、仰る通りです……」

「では、早急なる身支度を。よろしいですね? 貴方がここを出るまで、見ていますよ?」

「はい……わかりました……」

 竦んだ愛園は、諦めてそう口にした。言葉尻がこもってしまうぐらいに、神門の瞳には見えない圧力があった。

 愛園は変な意地を張るのは止めて、大人しく採点途中のテストを無理矢理カバンに詰め込んだ。広げていた筆記用具も、赤ペンを含めて押し込んだ。

 恐怖と緊張。言い得ようもないそれらを、愛園は感じていた。タイツを履いているというのに、タイトスカートから出ている足の部分に妙な寒気を感じる。

「支度は済みましたか? では、退去願います。また明日もお仕事の方、よろしくお願いしますね? 愛園先生」

 毛ほども思っていない言葉。

音としてだけの言葉と言うのを、愛園は初めて聞いた気がした。

それだからか、何故か妙にその言葉が耳に残り、気付けば愛園は考えてもいなかったことを口にしていた。

「神門学院長。生徒までは判るのですが、何故教師までもが決まった時刻に学院から退去しなければならないのですか?」

 学院のルールについては触れてはならない。そう言う風に言外に愛園も学んではいたのに、何故だかこの瞬間、この質問を言葉にせずにはいられなかった。

「愛園先生は、確か新任でしたね? この学院が初めての勤め先、でしたよね?」

 軽く伏せったせいで、前髪の長い神門の表情は隠れてしまう。

 愛園はその空気に怖々しつつも、頷いて「ええ」と言った。

「でしたら、それ以上関わり合いにならないことをお勧めします。あまり奥に踏み込まない方が良いことの方が、世の中は多いんですよ。

ああ、ですが、もし貴方がこの事に興味を抱いてしまって、気になって気になって追及せずにはいられない、と言うのであれば止めません。その際は、存分に話して差し上げましょう。

 但し、もしそうなってしまった場合、話を聞いてしまった時には、この学院を出ていくことは叶わないと思って下さい。

他の学校への転勤などは、有り得なくなります。一生、この学院からは出られなくなります。それでも良い、それでも好奇心に負けてしまうというのであれば、明日、退去時刻以降に学院長室へ来て下さい。

 赴いて頂いた行動を、返事と代えさせて頂きますので」

 そこまで流暢な言葉遣いで、神門は言い切った。

 大事な箇所にはしっかりとしたアクセントをつけて、言葉をどう発すれば、相手にどんな印象を与えるか、どんな感情を抱かせるか、それを全て判った上での言動。愛園は、神門の言葉をそう言う風にとった。

「判り、……ました」

 何とかそれだけ言うと、頭を高速で下げた。そのまま神門の顔を見ること無く、小走りに近い早歩きで職員室を後にした。

「どうしよう」

 どうしてこんな事態になってしまったのだろうか。愛園は思い返すも、間違いなく非は自分にあると考えた。明日会ったらしっかり謝らなくては、と思った。ルールに背く様な行動をしてしまって申し訳なかったです、昨日の私はどこかおかしかったんですと言うしかない。

 愛園は必死に翌日神門に会った時の脳内シミュレートをしていた。

 けれど、おかしなことにシミュレートは、神門と対面した時点で停止してしまう。

 話さなくては、謝らなくては、そう思うも、思って終わる。

 あの笑顔の神門が前に立っているのが前提では、そこまでしかいけない。

 シミュレートですらうまくいかないとは、と愛園は失笑するも、表情はうまく笑えていなかった。笑顔の作り方をしらない機械みたいに、ぎこちなかった。

 良いんだ、謝るんだ。目を見ないで良い。謝るんだ。

 視界に神門の視線があることを考えるだけで、威圧されたが、何とか頭を下げて、昨日はすみませんでした、と言うシミュレートには成功した。

 冷汗が一筋、首元を流れる。

 職員玄関を出て、寮の教師専用デスクのある部屋に一直線に向かう。

 その最中も、神門の眼差しが瞳から離れてくれない。

「あ~もう、切り変えなきゃ!」

 パチンと両頬を叩いて、愛園は自分を鼓舞した。それで幾分か気持ちが落ち着いたのか、謝った後のことも考えていた。

 いつも通り授業をいくつか行って、それで放課後になって、それで……?

 愛園はあんな目にあって、半ば脅しの様なことまで言われたにも関わらず、落ち着いた脳内に、不自然な意思が芽生えたことに気が付いた。

 放課後、退去時間を回ったら、学院長室に行ってみようか。

 どうしてか、愛園はそんな好奇心を浮かべてしまっていた。


  6  5月20日午後17時3分


 白匙はトイレの帰り道、寮の廊下で女教師、愛園黎を見つけた。

 肩にはパットが入っているのだろうジャケットと、膝辺りまでのタイトスカート。濃い色のタイツと、多少のスリットが艶めかしく映る。

 未だ新任と言うこともあってか、スーツに着せられてる感は残るが、これはこれで味があるんじゃないか、などと白匙は手を顎に当てて思っていた。

 愛園は白匙に気付いている様子もなく、T字路になっている廊下の奥を歩いている。確かあの道は寮に併設されている、教師の仮職員室みたいのがある方向だ。

 そのまま見送ろうかとも思ったのだが、彼女の表情が何故か強張っていたため、放っておけないなと思った白匙は、小走りで愛園を追う。

 放っておけないなと思うと同時に、からかったら面白そうだなという感情が、白匙の中にあったのは間違いない。

 足音を消す、なんて高等テクはないので、忍び足でもそれなりにバレるくらいのペースで追跡した。だというのに、愛園は振り返る様子もなく、結果的にその背中の真後ろまで問題なく辿り着いてしまった。

 心なしか落ち気味のその背中と肩を見て、ただ声をかけるだけじゃあつまらないなと考えてしまった。続けて、おどかしてやろうという思いが湧き上がった。

「よっ、黎ちゃん!」

 先生相手にとてつもなくラフな物言いで声をかけた白匙は、彼女の両肩に勢い良く掌を下ろして叩くように触れた。

「きゃああああっ! 何っ、何いいっ!」

 まるで強姦に襲われたのかと言うぐらいの叫び声を上げ、肩をびくつかせ、白匙が触れた手を弾き飛ばして、見事な体捌きで振り向いて見せた。

 その表情は、驚きと恐怖に満ちており、白匙を満足させるものだった。

 変な快感に芽生えそうなぐらいには、可愛らしかった。その瞬間だけは教師の片鱗は無く、ただの女としての驚きだった。

「ふっはははは! 黎ちゃん、驚きすぎでしょ! 俺だよ、白匙だよ!」

「なっ! 白匙君? 驚かさないでよ~……ああ、もう……」

「悪い悪い、そんなに驚くなんて思ってなかったんだよ。ただ貧乏神しょってんのか、ってぐらいに肩落として歩いてっから、元気付けてやろうかなって思っただけだよ」

「んんん……、そうなの? それは有り難いけど、私そんな風に見えてたの?」

 何故か両手を前に構えてファイティングポーズに近しい形をとっていた愛園は、恥ずかしそうに咳払いでポースを誤魔化してから、気を取り直して話し始めた。

「ああ、今にも飛び降り自殺か! ってな背中だったよ」

「生徒に心配されるようじゃ、私もまだまだね。ありがとう、気遣ってくれて」

「良いんだよ! 持ちつ持たれつじゃん? 黎ちゃんはまだここに赴任してちょっとだろ? 俺達1年とは同期みたいなもんじゃんか!」

「それは確かだけど、黎ちゃんは親しみ込めすぎよ。せめて先生付けてよ。威厳が生まれないじゃない」

「威厳とか欲しいのか?」

「ん~……そういうわけじゃないけど、先生と生徒の関係だから、一応って感じかな」

「へ~、そういうの、俺は苦手だからパス! 黎ちゃんの方が呼びやすいし!」

 白匙の言葉に、伝わらないなと愛園は嘆息する。

 別に愛園自身、白匙からそう呼ばれるのが嫌なわけではないのだが、他の先生方からの目と言うのがあるので、定期的に言っているのだ。だからと言って、それで白匙が愛園先生、あるいは黎先生などど呼んだことは過去に一度もないのだが、せめて言っている限りは、他の先生方に何か言われても、言ってはいるんですけどね~と逃げることができる。

 そういう打算に基づいたやり取りだった。

 学生時代もグループや上下関係などが面倒だと愛園はつくづく思っていたのだが、社会に出ても変わらず、むしろ悪化しているのを感じると、最早面倒を通り越して嫌になってくる。

 何で教頭や学年主任、学院長の顔色を伺わなきゃならないんだ。

 心の中で毒付くと、またぞろ先程の学院長の笑顔が浮かんでくる。

 奥歯を噛み締めていないと、震えてしまいそうだ。

「なんだよ、急に黙ってどうかしたのか? 黎ちゃん」

 白匙が覗きこむように話し掛けてくれたお陰で、脳内のイメージは消えた。

「あ、ううん。大丈夫。それより白匙君はこんなとこでどうしたの? こっちには仮職員室と学院への道しかないけど」

 さらっと述べた愛園だったが、白匙は思いの外ぎくりとしていた。

 何故なら、ちょっとみんなが退去した後の学院をぐるっと回って見てみようか、などと考えていたからだ。

 だがそれは当然ルール違反。許されざる行為だ。

仮にも先生である愛園にそれは言えないと考えた白匙は、精一杯言い訳を探した。

「それは、ほら! 黎ちゃんを探してたからだよ!」

「私を? どうして? 何か質問でもあったの?」

「あーっと、おう。長文の訳し方が判らなくてさ~!」

「ちなみに私は現国の教師だからね?」

「ああ……」

 ジト目の愛園の視線が白匙に突き刺さる。

「日本語の訳が判らないってことで、良いのかしら?」

「それはどんな残念な子だよ! そうだよ、日本語が判らないんだよ!」

 しまったと思い返したところで既に遅いのは明白なので、最早どうとでもなれと、白匙は失言をそのまま受け入れる。

「やけになったわね……。ま、良いわ。とにかく、質問があるなら私の机で良いかしら?」

 呆れ口調でもそう返してくれる愛園は優しいなと、白匙は思いながらはにかんだ。

「おう、よろしく頼むよ!」

「教科書もなしに、質問ね~?」

「う…………」

 楽しそうに笑う愛園の後に、白匙は肩を落として続いた。

 今夜は決行することはできなそうだなと、白匙は学院内への潜入を諦めた。

 どうせなら明日忍び込みやすいように、日中に工作してから、夜に忍び込むというのもありかもしれない。

 巡る思考が、様々な方向に飛び火する。

 今日出来ないは、明日出来る。

 楽しみが先延ばしになるというのは、どちらかと言えば良いことだ。

 そう思いなおし、白匙は落とした肩を少しだけ上げた。


  7  5月20日午後18時57分


 龍堂は寮の一角で、本を読んでいた。

 龍堂は見た目や外聞に反して、小説が好きだった。無類の文章好きと言っても良い。

 ジャンルも年代も国も関係なく、面白いものは面白い。恋愛でもSFでもファンタジーでもオカルトでも、とかく何でも読みあさっていた。

 極論を言えば、新聞の内容でも面白いなと思ってしまうぐらいだ。

 新聞で見るのは全面。ニュースは細かい部分から大きな記事まで、広告や占いを見たり、四コマ漫画をみたり、果ては天気図から明日の天気を予測して当たるかな~という1人ゲームまでしてしまう始末だ。

 恐らく新聞をここまで楽しんでいるのは自分ぐらいだろうと、龍堂は自負していた。

 新聞の宣伝の小説の類は全て読んだ。それぐらい情報を有効活用している。

 そんな龍堂が今読んでいるのは、この作家は文章を書きたいのか、ページを文字で埋め尽したいのかが、判らなくなるくらい、見開きのページを片っ端から改行もせずに文章で埋まっている小説だった。

 面白いのだが。

「随分と挑戦的ね」

 普段一冊2時間弱の龍堂が、既に読んでから3時間は経つというのに、半分にも到達していない。意地でも今日中に読み終わらせたい気分だが、龍堂は寝る時間が早いため、残された時間は短い。

「こんな筈じゃなかったのに」

 一人ごちながら、半ばやけくそに文章を読み進めていく。

 段々『こ』だか『さ』だか判らなくなってくる。

 漢字が記号の羅列みたいに見えてくる。カタカナや非常用漢字も乱発な作品なので、余計に混乱へと落ちていくばかりだ。

 それでも、文章を追い続ける視線は止まらない。

 1行が終わればすぐに次の行に目線が移る。

 1ページが終われば待ちきれないとばかりにめくる。

 一つの章が読み終われば、間髪入れずに次の章へ。

 とてつもなく厄介で、端的に言って苛立たしくなることも少なくない一冊なのだが、何故だろう。止まらない。

 ああ、それはつまり、

「面白いんだな、これ」


  8  5月20日午後20時27分


「じゃあ、もう大人しく寝るんだよ? 私ももう帰るから」

「おう、またな~黎ちゃん! 今日も今日とて楽しかったぜ! また明日!」

 満足顔で仮職員室から帰っていく白匙を見送る愛園。

 ここに来るまでは完全に愛園のペースで来たのに、気付けばそれは容易に乱されて、結果最後には白匙だけが満足して帰り、愛園の手元には職員室を離れてから少しも進んでいない採点の山がある。

「まさか、本当に日本語の解説をする羽目になろうとは……」

 教科書に出てくる小説の説明を、各キャラクターの細かい設定まで掘り下げて聞かれた。

 漢字の成り立ちや、果ては異性の好みのタイプまで……。

「って、私のタイプが、何の意味があるって言うのよ! 白匙君め……してやられた……」

 愛園はゆっくりと仮職員室の自身のデスク上を片付けていく。

既に周りにいた先生は既に帰っており、愛園はここでも一人取り残された。

「もう少し新人に優しくても良いじゃない……」

 愚痴りながら荷物をまとめると、愛園は足早に仮職員室を後にして、そのまま裏門から寮を後にする。

 学院から近くの駅などがある都市部までは、車での移動が好まれる。自家用車での通勤がありのこの学院では、愛園は実家から借りたままの赤い車に乗っている。

 疲れた足取りで車に入り、エンジンをかける。適当なラジオをかけて、学院を後にする。

 都市部から車で十分もかからない位置のマンションに住む愛園は、人通りのやたらと少ない山道に近い道を進み、都市部を目指す。

「はああああ~……どっと疲れたわ……」

 車を走らせて二十分ほどが過ぎて、愛園の車は都市部に差し掛かった。

 その都市部の中央付近、駅の近くの居酒屋などが乱立する中で、妙な二人組を見かけた。

 窓を閉めた車越しなので会話は聞こえないが、一人はきっちりとスーツを着こなし、もう片方は軽薄なアロハシャツという風貌だった。

 酒を呑んでいるのか足取りはふら付いていたが、お互いがお互いをカバーするような立ち位置で歩いており、ただものではないのは判った。

 どっかのヤクザの組の構成員かな、などと愛園は思った。

 帰り道で気になったのはそれぐらいで、後はいつもと変わらない風景だった。

 家に付いて、まずベッドに寝転がった。

 お腹空いたな。

洗濯回さなきゃ。

 お風呂に入らなきゃ。

 着替えなくちゃ。

 いくつものしなくては、が頭に浮かぶのだが、人間の頭とは不思議なもので、しなくてはと半ば強制的な感情は、行動に連結しないのだ。

 どちらかと言えば、欲望への食指の方が忠実だ。

 何かをしたい、という思いの方が。

 こと、今において言えば、眠りたい、だ。

 愛園はそんな湧き上がる欲望に忠実に、他のしなくては、は無視することにした。

 ベッドに寝転がって、シーツの気持ち悪さを存分に感じるよりか早く、愛園は意識を失うように眠りについた。


  9  5月20日午後21時18分


「んで、いい加減酒かっくらうのは止めようぜ? そろそろ女としけこみてえ」

 スーツ姿でそんなことを言うアルファの横で、ベータが笑う。

「うるせえ、今日は呑んで呑んで呑みまくれ。不特定多数の女の穴を追っかけてるよりかは、十分に有意義な金と時間の使い方だぜ?」

「はっ、女には酒が付きものなように、酒と煙草と来たら、次は女なんだよ。そう簡単に今日は良いやなんて思えるかっつーの」

「どれだけの外道だよ、もう少し周りからの目を気にしろよ」

「ふざけたアロハシャツ着た奴にいわれたくねえ~。季節先取りですか? 夏の前に日本では梅雨が待ち受けてますけど?」

「うっせ、あ~頭の中でガンガンいってる……」

「はっははっは! なわけねえだろ、せめてお前の頭が鳴らす音はカランコロンだよ!」

「か~馬鹿にしやがって! まあ良いや、ほら、次の酒いくぞ~」

「だあから、俺はそろそろ女探すんだっての。と、噂をすれば、可愛い子発見~」

 酔っぱらいのテンションで、怒りはせずに、適度にアホみたいに笑いながら歩くアルファとベータの少し先。駅の改札手前、誰かと待ち合わせをしているのか、柱に背を預けて立っている女がいた。

 背格好は女にしてはあり、年齢はパッと見で二十代前半。

 見た目と雰囲気から、アルファの琴線に触れた。

「あの子で決定だな。今夜はあの子に乗っかってもらって、俺とロデオマシンごっこで遊んでもらうとしようかね~もちろん俺が上で、下はあの子」

「下品な、あ~あ~、お前が女を決めたらもう終わりだからな。俺は次の店に行くが、お前は本当に行かないんだな」

「ったりまえよ。明日最高の話を聞かせてやるよ」

「いらねえよ」

 先程もやったようなやり取りをかわして、アルファとベータはそれぞれの行く先へ向かう。

 アルファは先程までの酔っぱらいの様な仕草は無く、さも先程まで働いていましたというような足取りで、自然に狙いの女の横についた。

 少し距離をおいて、柱に同じように背を預けた。

 暫くは喋らずに、時折彼女が腕の時計に目線をやるのを見計らって、声をかける。

「あの、今何時ですかね?」

 自然な口調で、違和感無く会話を形作る。

「はい……? えっと、夜の9時過ぎです」

「そうですか、ありがとうございます。時計を落としてしまって時間が判らなかったところなんですよ。助かりました」

 崩した口調ではなく、あくまでも会社員然とした口ぶりで会話をしていく。

 アルファの心理的な会話テクニックにかかったその女は、見事乗せられてそのままアルファと会話を続けてしまう。

 その後、十分もしないうちに、アルファはその女を連れて、ピンク色のネオンが渦巻く建物がある方へと向かう。

 女はそこに至っても、自分の置かれた境遇に気付かなかった。

 獣の様な声を上げて快楽を貪る間も、自分がアルファに騙されているなどとは夢にも思っていなかった。

 翌朝、裸で滅茶苦茶にされた服の散乱するベッドの上で、一人目を覚ますまでは。


駄文を長々とお読み頂き、ありがとうございました。んー正直、この作品は最初と最後のリンクをやってみたかっただけで、その為に迂遠にここまで書いた一作でした。そのせいで好きなオカルト方面が薄くなったり、そもそもの設定がいまいち分からなかったりと散々になってしまった気がします。今作では速度感を学べました。次作に繋げられるよう、頑張ります。

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