6.逐電
「ベイク、お前の考えは間違っている」
長老たちに呼びつけられた挙句、つきつけられたのはそんな言葉だった。
やはり竜人の一族は閉鎖的で、一族に生まれたものは一族にだけつくせばよいというもののようだ。カスター卿の言っていた、弱き者たちを助けるために力をつくすというのは認められないらしい。
ベイクは子供だが、大人にいくら言われてもこの考えは変えられないと思っている。
レアに懐かれたせいでもあるだろう。ナッツが拉致されたせいでもある。
あの姉妹のような者たちが魔王によって苦しめられ続けている。そう考えればいつまでもここにいて、閉鎖的な生活を続けるわけにはいかなかった。カスター卿のいうとおり、自分の力がわずかでも人の役に立つのなら騎士団に入って戦うべきである。自分でそうしたいと思う。
しかしこの竜人の集落はベイクを逃がさない。逐電も許さない。
一体どうしたらいいのだろうか。頼りのカスター卿も集落から去ってしまったのでは、どうも手段がない。
最後の手段としては、力任せに突破するというものがある。仲間を傷つけてでも強引に集落を出るという手段だが、そうしてしまうと二度とここには戻ってこられないだろう。覚悟の上ならこころみることはできるが、大人の竜人達を何人も相手にすることになる。恐らく無理だろう。
外壁のひび割れは修復されている。がっちりと固められてしまっているので、もうここから出ることは不可能だ。
そもそも、集落から外に出たことが一度しかないベイクでは、周辺の土地勘がない。モンブラン王国の都がある大体の位置はカスター卿が教えてくれたが、迷子になる可能性も高かった。
ではどうしたらいい。外壁を飛び越えるか、突き破るか。
彼は懸命に考えた結果、やはり逐電するしかないという結論にたどりつく。そうしなければ、自分がしたいことをなせない。一族を裏切るようで申し訳ないという気持ちもあるが、このままではダメだと考える。
ベイクは一度、長老の考えに従うふりをする。面従腹背というわけだ。
しばらくは真面目に一族の仕事をこなし、二つ年上の竜人のからかいに耐えて生活をする。そうしながら、逐電する機会をうかがった。
しかし、機会は訪れない。二ヶ月たってもだ。
焦れる気持ちを押し殺しながら鍛錬につとめ、鉾槍と剣の腕を磨き続けた。
だが集落を囲む外壁は竜人達が力を合わせて作り上げたものであり、そう簡単には破壊できそうにない。飛び越えるにしてもベイクの身長の倍近い高さがあるそれをどのように攻略するかはうまい考えが出ていない。よじ登るにしても、指をかけるところがほとんどないのだ。
結局、六ヶ月のときを待った。
厳寒期に入ったところで、ベイクは入念な準備をして逐電に成功する。ロープをくくりつけて濡らした衣服を壁の外側へ投げ込み、凍らせて壁とぴたりとくっつけたのだ。壁から垂れ下がるロープを引っ張って、自分の体重が支えられることを確かめた後、ベイクはそれをよじ上って外へ出る。
あとは外へ、モンブラン王国へ向かうだけだ。
レアやナッツは今頃どうしているだろうか、カスター卿は。
ロープを回収しておこうと、外側から引っ張る。だが、やけに抵抗があった。
誰かに見つかったのかと警戒する。見上げるベイクの前に、ロープをよじ登ってやってきたのは、二つ年上の竜人だった。
「こんなものを準備していたのか。どうしても出て行くのか? そんなにあのチビ猫に会いたいってのか。
お子様のお前にふさわしい、しみったれたことだ」
「そんなことはどうでもいい。俺を止めるつもりなのか」
壁の上から落ちてくるいつものからかい言葉に対して、ベイクはきっぱりと言い返した。
どうせ今から逐電してしまうのだから、彼とどのような仲になろうともはや関係のないことだったからだ。我慢する必要はなくなった。
「そうだ。大人しくしとけよ、お前みたいなのの生意気を止めるのも役目だからな。
まさか俺に逆らおうってワケじゃないだろうな」
「いや、ここは静かにしてもらう。俺はどうあってもここを出る」
「そうかよ」
年上の竜人はベイクに向かって飛び降りてきた。
一気に殴り飛ばすつもりらしい。武器を使うつもりはないようだ。
だが、この半年を鍛錬にあててきたベイクにとって、彼はすでに怖い存在ではなくなっている。右拳を固め、思い切り振り上げた。
突き上げるような一撃は、落ちてきた竜人の鳩尾をとらえる。苦痛に呻く彼をその場に放置して、ベイクは逃げ去った。
竜人の里にはもうこれで帰れない。
しかしそれでも、それでもカスター卿の話が本当ならば、自分よりも苦しむ人々が世界にはあふれている。彼らを救うのに、自分の力が役に立つのならば。
そう決意して、ベイクはモンブラン王国に向かう。知り合いがいるわけでもない、異種族の里へ。