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酔の王  作者: zan
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5.離別

 しばらく後、ナッツの怪我が回復した頃になるとカスター卿と姉妹が集落を離れると言い出した。

 元からその予定だったのだが、姉妹、特にレアがベイクに懐いてしまったので言い出しづらかったらしい。確かに集落の中でさえも完全に安全ではないとなった以上、ここに居続けるのはためにならない。

 あのあとひび割れは勿論塞がれたが、ナッツは少し怖がっているし、レアはレアでベイクにべったりしている。カスター卿がワガシ王国に行く予定を早めるのも無理のないことといえた。


「レア、ひとつ聞いておきたいんだが。どうしてあれが強くなる薬だと思ったんだ?」


 明日にもお別れだと聞いて、ますますくっついてくるレアを適当になだめすかしながらベイクは訊ねた。

 酒がベイクの意識を覚醒させ、躊躇というものを吹きとばしたおかげでオーガに一撃を与えられたが、もしもあの酒に耐え切れずに倒れていたら最悪の結末になっていた可能性が高い。そもそも、どうして幼いレアが酒などを持ち歩いていたのかというところも気になる。


「だってみんなあれを飲んで『つよい』、『またいちだんとつよくなった』なんて言ってたもの」

「それは酒の味の話だ」


 おそらく。

 寝かせた酒の味見をしていた誰かの会話を聞いて、そんな勘違いをしてしまったのだろう。


「でもベイクはつよくなった。かっこよかった」

「そうか」

「うん。だからおわかれなんてイヤ。ベイクもいっしょにいこ」

「それはだめだ。邪魔になる」


 レアはベイクの鱗に自分の毛皮をすりつけて甘えてくるのだが、そのわがままはきけない。ベイクは竜人であるし、長老たちに認められるほど剣の腕を伸ばしてはいない。

 実のところ、カスター卿からも共に来て欲しいと言われたことはあったが、竜人たちが認めるわけもなかった。


「永久にお別れというわけじゃない。生きていればまた会えるだろう」

「ほんとに?」


 ベイクは頷く。なぐさめにもならない言葉だが、レアはそれで一応納得したらしい。


「わたしおおきくなったらベイクとけっこんする。

 ベイク、きっとわたしのことむかえにきてくれないとイヤだから」

「わかった。おまえの気持ちが変わってなかったらな」

「ぜったいかわってない」


 子供の言うことだ。とりあえず今がっかりさせないために頷いておこう。

 竜人のベイクは深く考えずに約束した。彼としては娘のわがままに付き合う大人の気持ちであるが、実際に年の差は5歳程度しかない。十分につがいとして成立し得る年齢差であることを彼は失念していた。


 ともあれ、そうした約束を残してカスター卿と姉妹は翌日に集落を去っていった。

 ナッツはあいかわらずでベイクとろくに目をあわせようとしなかったが、レアは最後まで別れを惜しんでいた。それこそカスター卿よりもだ。

 レアとの約束は竜人たちにも伝わるところとなったので、彼は散々にからかわれたがあまり気にしない。それよりもモンブラン王国の騎士団に入るという目標に向けて自らを鍛えなければならなかった。

 鍛錬の方法は一通り教えてもらっていたので、ベイクは一人でもハルバードの訓練を積むことができる。姉妹がいなくなったので彼には別の役目が一族から与えられたが、それほど時間をとられるものではなかったため、十分な時間を研鑽にあてることができた。

 竜人に認められるにはハルバードがいくらうまく使えても無意味なので剣の腕をあげることが必須だったが、こちらは十分に上達したとはいえない。やはりベイクの体は鉾槍にこそ向いているのだ。


 姉妹が去ってから一週間が経過した頃、ベイクは両親に相談した。

 竜人の親子関係は人間のそれと比べるとあまり愛にあふれているとは言いがたい。それよりも一族の関係が重視されているためだ。だが、それでも一応他の竜人よりは親身になってくれると信じてベイクはそうした。

 集落を去って、弱きもののためにつくすために騎士団に入りたいと話す。猛反対を食らった。

 一族に生まれたからには一族のためにつくすのが当然であり、弱きものを守りたいという志は立派だが、ここを去ってまですることではないというのだ。

 この反応は予想通りといえたが、覆すにはやはり自分の力を認めさせなければならない。


「剣の腕を披露したいと思います」

「よかろう」


 父親が受けてたった。この挑戦を半ば予想していたらしい彼は、木剣を用意させた。

 ベイクは両手持ちの剣を一つもち、父親は片手剣と盾を構える。

 二人は外に出て、にらみ合う。ベイクはまだ10歳の子供だ。父親に比べると背丈は低い。それだけでも不利であった。


「む……」


 だが、父親は攻めあぐねた。ベイクはしっかりと切っ先を父親に向けていたのである。構えも本格派のものとなり、子供の遊びの領域ではなくなっている。

 カスター卿は優れた剣士だった。彼と毎日のように訓練していたベイクは格上に対する戦い方を心得ていたのである。

 膠着状態を打破するため、父親は意を決して打ちかかった。ベイクはこれをかわし、反撃に出る。

 彼は父親の利き腕を容赦なく打ち据えた。攻撃のためにのびた腕を、痛烈に打ちつけたのだった。父親はそれに耐え切れず、剣を取り落とす。

 この時点で勝負はついた。


「いかが」

「く」


 打たれた腕をかばいながら、父親はベイクを見つめた。

 いつの間にこんなに強くなったのか、と彼は疑問にさえ思う。

 しかしベイクは満足していない。父はそれほど剣に長けてはいないのである。彼に勝ったくらいでは、一族は自分を認めないと思われた。それに、弱いものを守る力とは、このくらいで満足していいものではない。

 カスター卿は今のままでも十分に助けとなると言っていたが、そうは思えない。あのメスのオーガ一匹にさえてこずっているようでは先が知れている。また、騎士団でも剣の腕が問われることがあるだろう。

 今、やりやすいからといってハルバードばかり使うわけにはいかなかった。


「お前の腕はわかった。だが、俺に勝てたくらいでお前の考えを認めるわけにはいかん。

 長老とも相談するから、勝手に逐電などしてくれるな。といっても、もう集落からは勝手に出られないだろうが」

「はい」


 父親はどうやら、ベイクの考えを伝えてくれるらしい。それなら少しは彼のことを認めてくれたといえるだろう。

 逐電するなと念を押された以上、勝手には出て行けない。

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