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酔の王  作者: zan
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4.討伐

 鬼が出るか邪が出るか。

 ベイクとレアは集落の外に出た。レアを連れているのは、案内役という以上に一人にすることが危険だと感じられたからだ。

 気付かれなければ不問、という条件がある以上は誰かに預けることもできない。とにかく自分から離れないように言い聞かせて、ベイクはナッツを探した。


「ちのにおい、こっち」


 レアが指差す。ベイクは彼女を背負って走った。

 10歳を過ぎたところではあるが、竜人の力ならばレアを背負って走るくらいはたやすいことだ。

 持っている武器は剣とハルバードだけだ。何が出るかわからないが、ナッツを助けるためならば何とでも戦う覚悟はある。罰を受けることも承知で、助けを呼ぶことも考えている。


 地面を見ると、確かに血痕がある。獣人の血だ。

 おそらくはナッツのものだろう。ナッツ。

 ベイクは彼女から優しい言葉をかけられたことがあまりないが、心が冷たいわけではないことを知っている。それこそ、小鳥の死骸を一つ見ただけで一日ふさぎこんでしまうような繊細な子なのだ。

 このまま会えない、ということは考えたくなかった。なんとしても集落に連れ戻さなければならない。


「ナッツ!」


 行方を追う事はそれほど難しくはない。獣人のレアがいるからだ。血の匂いをたどれば、自然とナッツの行く先にたどり着けるだろう。

 だが、問題は時間だ。すでに日が暮れている。竜人のベイクや獣人のレアはは夜目が利くが、ナッツの姿を最後に見てから何時間にもなる。もしも誰かに拉致されているのだとしたら、生命の危険があった。

 ベイクは走る。レアの指し示す方向に向かって、大地を蹴った。


 数十分ほど血のにおいをたどったところで、ベイクはウッと呻く。見つけたからだ。ナッツを連れ去った者の正体を。

 オーガ。オーガだ、たぶん。実物を見るのは初めてだが、間違いないだろう。

 人間とよく似た魔物であり、直立して二足歩行する。

 竜人とほとんど変わらないくらいの身長、体重。いわゆる巨体だ。非常に獰猛な種族であり、膂力も強い。

 普通は群れで行動するが、どうやら目の前にいるのは一人だけらしい。はぐれ者か、変わり者か。

 それも、メスらしい。胸にふくらみがあり、オーガの成体としては背丈もやや低い。

 ベイクたちは近くの茂みに隠れ、敵の様子をうかがい続ける。


「おねえちゃん」


 レアが指差す。オーガの足元に、ナッツが無造作に転がされているのが見えた。

 果物や犬の死骸と一緒に並べられているところをみると、どうやら食糧という扱いらしい。オーガは雑食で、肉も好む。

 だがかすかに胸が上下しているところを見ると、死んではいない。おそらく気絶しているだけだ。しばらくあとで食べるつもりなのだろう。


「しずかに」


 ベイクはレアの口を軽く塞いだ。ここではオーガがその場を離れるのを待つしかないだろう。

 ハルバードを握って敵に挑みかかってもいいが、万一負けてしまえばどうにもならない。ここは奴が寝入るか、その場を離れるまで待つのがいい。

 そう考えていたのだが、オーガは寝床の準備をするでもなく何か作業をしている。しばらくするうちに、彼女のいるあたりが少し明るくなった。どうやらオーガは火をおこしていたらしい。

 メスのオーガは集めていた小枝を火にくべて、火勢を強くする。そこに、気絶しているナッツをつまみあげて近づけようとする。

 ベイクは焦った。

 しばらくあとで食べるつもり、ではない。今ここで丸焼きにするつもりなのだ!


「ナッツ!」


 ベイクは飛び出した。

 勝てようとも勝てなかろうとも、ここでそうしなければナッツが食い殺されることは明白だったからだ。


「オオ……」


 オーガもすぐに、竜人の子供が武器を構えてきたことに気付く。


「ギャオ!」


 彼女はナッツの体を放り出し、自分の武器を引っつかんだ。丸太のような太さの棍棒である。あれで叩かれれば竜人の鱗とて無傷ではすまないだろう。

 ベイクは飛び出した勢いそのままにハルバードを突き込むが、オーガの棍棒がそれを叩く。凄まじい膂力に、穂先がそれる。


「ぐっ」


 攻撃を妨害されたベイクはすぐさま武器を引き戻して頭上に掲げた。防御だ。

 敵の棍棒が振り下ろされて、彼のハルバードをしたたかに打った。頑丈だけがとりえのハルバードはそのくらいでは変形しなかったが、ベイクの両手には強い痺れが走る。


「ベイクっ!」


 レアが心配そうな声をあげる。竜人としてはまだ子供のベイクである。メスとはいえ、大人のオーガを相手にしては圧倒的に不利だった。


「だめだ、来るな。レア、集落に戻れ、誰か大人を連れて来い。カスター卿でもいい」


 こちらに駆け寄ってこようとするレアを止める。

 ベイクはオーガの攻撃を必死にかわし、受け、耐える。ナッツの怪我も心配だったからだ。ここで倒れれば間違いなく、自分だけでなく姉妹もおしまいだ。

 くそ、と心中に悪態を吐きながら敵の棍棒を受ける。まともに食らえば鱗など砕け、骨までやられるだろう。

 彼は自分の実力以上に気力で粘ったが、オーガの気合のこもった横なぎの一撃をうまくいなせなかった。踏ん張ってとどまることができず、彼は大きく体勢を崩して倒れこんでしまった。

 そのときである。


「ベイク、これっ。つよくなるくすり」

「何?」


 彼が殺されると思ったのか、レアが何か投げてよこしてきた。薬ビンだ。

 しかし強くなる薬、とは何だ。そんなものの存在をベイクは知らない。強壮剤か、精力剤か。

 これを飲んだところで何が起きるとも思えない。だが、このままではオーガに負けるということも確かである。


「のんで、はやく!」


 地面に転がった薬ビンを指して、レアは叫んでいる。

 オーガはそれでレアの存在が気に障ったらしい。彼女に目を向け、棍棒を構えてしまう。

 迷っている暇はないらしい。ベイクは薬ビンの蓋を力任せに抜き、一気に中身をあおった。そして驚愕する。


 酒だ!

 それも非常に強力なものだった。恐らく火を近づければ燃えるほどの酒を、何十年も寝かせた酒だ……そんな考察ができたのは後からじっくり思い返してからである。

 このときはただ酒だということしか考えられなかった。咽喉が燃えるようだ。

 そしてそれ以上に、何かがふっきれた。


 ベイクは一つ、燃えるような息を吐いたあとにハルバードを片手で強く振り回す。そして、そのまま手を離した。

 放り出されたハルバードは一直線に吹っ飛び、オーガの右肩に突き刺さる。


「オオッ!」


 暴れるオーガに向かって突進し、飛び掛って突き刺さったハルバードをつかむ。同時に、彼女の顔にブレスを吹きかけた。

 竜人特有の、酸のブレスだ。酒と交じり合ってきつい匂いを発している。


「ガァアア!」


 オーガは悲鳴を上げて顔をおさえる。

 チャンスといえる。ベイクとしてはこのチャンスにナッツとレアを連れてこの場から逃げ出したかったが、一度に二人も運ぶのは無理だ。オーガを倒すしかない。

 ハルバードを引き抜き、最上段に振り上げた。


「オ、オオ……」


 メスのオーガは相当に参っているらしい。酸のブレスが効いていて、目が見えていないようだ。棍棒を振り回すが、見当違いの方向である。

 そこでベイクは力任せに振り下ろしの一撃を見舞った。


 竜人の子供が放った一撃は、メスオーガの胸の中央に食い込み、そのまま地面まで一直線に切り裂いてしまった。返り血をしとどに浴びたベイクは、オーガが命を失って倒れていくのを見た。

 彼女はその巨体を横たえ、二度と起き上がることもない。火はまだ、ばちばちと燃えていた。


「おねえちゃん!」


 レアが飛び出し、倒れているナッツを抱きかかえる。

 ベイクもすぐに彼女の容態を確かめた。擦り傷や火傷があるものの、命に関わるほどの怪我はないようだ。おそらく、あのひび割れからオーガが手を入れてナッツを引き出したのだろう。そのとき、顔などに外壁をぶつけて出血したと見られた。


「生きていて何よりだ」


 二人を連れて集落に引き上げなければ。

 ベイクはすぐにもと来た道を引き返さなければならない。周囲の状況は気になるが、かまっている暇はなかった。

 どうやらこのメスのオーガは一人だけで暮らしていたらしい。子供がいる気配もないし、特に問題なさそうだ。レアを連れて、気絶しているナッツを抱えて、その場を離れる。

 酒の入った頭がクラクラとしたが、レアの先導でどうにか戻れそうだった。


「ベイク、そっち」

「わかってる」


 ベイクとレアはふたたび例のひび割れから集落に戻った。

 大人たちに事の次第を報告して、眠りにつく。大変疲れた一日だった。


 翌日も細かな事情の報告で一日がつぶれてしまった。

 だがメスオーガを倒したというところがどうにも信じてもらえず、子供の瑣末な嘘ということになってしまう。レアはこれを聞いて憤慨しているが、ベイクとしては特に重要なところではなかろうと思ったので、そのままにしておいた。

 もちろんこれを材料にして二つ年上の竜人がベイクをからかってきたのは言うまでもない。

 ベイクは相手にしなかった。

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