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酔の王  作者: zan
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3.事件

 カスター卿は結局一ヶ月ほど竜人の集落に滞在していた。

 ナッツとレアはすっかり元気になっており、ベイクの手を焼かせている。ナッツは奔放に遊びまわって泥だらけになって戻ってくるし、レアはベイクにべたべたとくっついて甘えたがる。

 そのベイク自身は、カスター卿と話す機会が多くなっている。同時に、彼に戦い方を教わることも増えた。

 無論、竜人に伝わる剣術はある。ベイクもそれを習い覚えている。だが、カスター卿はそれにこだわらなかった。ベイクの剣の振り方や動きの癖を見て、こう断言したのである。


「君には槍のほうが向いている」


 そこでベイクは生まれて初めて槍を握ることになったのだ。竜人の間では剣が好まれ、あまり槍は使われない。

 カスター卿はベイクが槍を握り、振り回すところを見てさらに注文を加えた。ただの槍よりも、敵を叩き伏せられるような強いものがよいだろうと。重く長大な鋼鉄で作られた槍か、穂先が斧の刃に似た形状になっている鉾槍か。

 竜人の集落にあるだけの武器を試した結果、最も彼に合っていたのはやはり鉾槍、ハルバードだった。振り回しただけの力でもって標的を打ち砕くことができるこの武器は、ベイクの動きの癖にあっている。最上段に振り上げた後の打ち下ろしは非常に強力であり、たいていの相手を打ち負かせるものと思われた。

 たとえそれが当たらぬほど機敏な動きができる敵が相手であっても、その破壊力は二の足を踏ませるに十分とカスター卿は保証する。


 相変わらず竜人の集落の一員としてベイクに与えられる仕事はナッツとレアの治療であり、いまやその二人は十分に回復している。

 ゆえにベイクは自分の時間を多くとることができている。あとは様子を身ながらレアに根治のための薬を投与するだけだ。


「ベイク、あそんで」


 何日過ぎても変わらず、レアはベイクに懐いている。しきりにくっつきたがり、遊んでくれとねだってくる。

 姉のナッツはどうかといえば、他の竜人と話をしたり一人で集落の中をふらふらと歩いていることも多い。ベイクと話をしないわけではないが、レアほどではなかった。

 ベイクとしては一族としての勤めでもあるので、姉妹を邪険にはしない。遊びに付き合い、話し相手になり、ときにはともに鍛錬に励んだ。

 何日かそうするうちに、レアも戦闘における基本的な動きを身につけていくことになった。子供は吸収が早い、ということかもしれない。レアの武器は短剣と、杖だ。カスター卿はあまり教えたがらないが、ベイクが竜人流のやり方を教えてみるとサマになっていく。

 いつの間にかベイクとレアはともにいることが常になっていた。


「どうして君は、剣の稽古をするのかね。鉾槍の技術を伸ばすことに専念するべきではないかな」


 剣を握るベイクに、カスター卿が訊ねる。

 傍らの草むらでは、レアが昼寝をしていた。杖を振り回すうちに疲れてしまったのだろう。

 ベイクは剣を一度鞘に収めて、その場に座り込んだ。


「竜人は剣の技術しか認めません。

 鉾槍が強くとも、それは考慮されません」

「そうなのか」


 姉妹のような弱者を守るためには、騎士団に入るのが有効らしい。だが騎士団に入るには、この集落を抜けねばならない。

 そのためには長老たちを説得する必要があり、まず彼らに認められなければ話にならなかった。

 剣の腕を磨くのはそのためだったが、どちらにしてもベイクもまだまだ子供である。生まれてから10年がやっとすぎたところなのだ。時間は必要だった。


 しかし、その日の夜。姉のナッツが帰ってこなかった。

 夕暮れには戻ってきてお腹がすいたと言い始めるはずだったが、この日はそれがなかった。

 探しに出ねばならない。カスター卿は竜人たちに知らせに走り、集落の中を駆け回る。ベイクもその中に加わって、必死に彼女の姿を探した。だが、どうにも見つからないのだ。

 集落の外には決して出ないように言いつけておいたはずであり、ナッツも外の危険は十分承知している。だから竜人たちは集落の中を探しているのである。

 だが、レアは外かもしれないと言い出す。

 根拠はなかったが、ベイクは誰かに相談するために人を探した。最初に見つけたのは、二つ年上の竜人だった。


「ナッツは外にいるかもしれない。探しにはいけないだろうか」


 だが、ベイクをからかうことを生きがいにしているこの竜人は、その言い分を全く認めなかった。それどころかナッツの監督ができていなかったとしてベイクを激しく非難する。


「すべてお前が招いたことだ。俺たちは知らん。

 お前がそう思うのなら探しにいくことだな、その間にもう一人がいなくなっても俺は関知しないが」


 彼はへらへらと笑い、嘲りながら去っていった。

 どうやらベイクが失敗をしたことが嬉しいらしい。姉妹のこともどうでもいいとおもっているらしかった。

 この竜人は狭量だが、言っていることはどうやら正しい。

 これだけの数の竜人が広くもない集落の中を探して見つからないのだ。外を探す必要はある。


 だが外は危険だ。竜人なら大抵のことはどうにでもなるが、ナッツは獣人だ。それも、子供である。獣に襲われただけでも致命的なトラブルだ。

 獣。獣か!

 ベイクは外にいる可能性を考える。

 ナッツも集落の外がいかに危険であるかについてはわかっているだろう。カスター卿と旅をしてきたのだから。

 だが、集落の中が完全に安全であると勘違いしているとしたら、どうだ。

 ベイク自身の失態でもある。ナッツが何者かに拉致された、としたら。

 外を探しにいく決意をし、ベイクは鉾槍を握って飛び出そうとする。だが、レアが泣く。姉がいなくなり、この上ベイクまでいなくなっては不安で泣くより仕方ない、ということだろう。


「おねえちゃんはあっちだとおもう」


 姉妹の絆か、レアは集落の外を指差す。ベイクはそれを信じた。

 だが、竜人達は信じなかった。


「集落には門番もいる。子供一人とはいえ、出て行ったと思えない」


 というのが理由である。

 もちろん、ベイクは反論してみた。


「だが、実際これほど探しても中にはいなかった。探せるところは探さなければ」

「それほどいうならお前も我々に気付かれぬように外に出てみろ、できたのなら不問にしてやる」

「わかった」


 言われては仕方がない。ベイクはレアの助言をもとにして集落の周辺を調べて回る。すると、集落を守る外枠にひび割れがあることがわかった。

 そのひびの周りにはいくらかの血がついている。


「これは、ナッツのものか」

「たぶん」


 ひび割れは広がっていて、子供一人くらいなら出入りできそうだ。ベイクもどうにか通れる。

 気付かれぬように出れば、不問。

 ベイクは意を決して、そのひび割れをくぐって外に出た。

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