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酔の王  作者: zan
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2.提案

「ベイク、ごはんまだ」


 彼女の声を聞いてから、さらに数日が経過した。レアはかなり回復していた。

 食欲も旺盛になっており、姉妹で料理にがっついている。たくさんつくらなくては間に合わなくなった。

 しかしその原因としては主にナッツだった。結構な大食だ。レアのほうは回復してもそれほど食べない。元々小食らしい。

 ベイクは必要以外ではあまり口を開かない。二つ年上の竜人とのやりとりで、沈黙をしているほうがはるかに得だということに気付いたからである。徹底して寡黙になりつつある。

 まだ彼自身も子供だというのに。


「このくだものきらい」

「わたしも」


 この姉妹、意外と好き嫌いが多い。大食なナッツもだ。カスター卿はすっかり竜人たちとの交流に時間をかけるようになってしまい、あまりこの姉妹のところにやってこないが、今までどういう食事をさせていたのか非常に気になるところだ。

 だがベイクは何も言わない。ただ、レアやナッツが食べるようになるまでひたすらその果物を出し続けるだけだ。


 レアはその日の昼に同じものを出すと大体こちらの言いたいことを察したのか、嫌そうにしながらも食べる。それで意外とおいしかったので次からは食べるようになる、ということもある。また、やはりおいしくなかったので恨めしそうにベイクを見るということもある。

 一方ナッツは一度きらいと決めたものは絶対に口にしようとしない。レアが食べたほうがいいと言っても、ダメだ。

 そこでベイクは今回、細かく刻むなどして形を変えて与えてみる。ナッツはおいしそうにそれを食べたが、食後に事実を教えたところたいそう怒ってしまった。


「だましたんだ、ベイク!」

「だが、おいしそうに食べたのはおまえ自身だ」

「しらない、わたしあそんでくる」


 怒ったまま飛び出していってしまい、ナッツは夜まで戻らない。集落の中は安全なので特に問題はない。放置していていいだろう。

 レアが起きだしてきて、ベイクにくっついてきた。姉がいないので世話係の竜人を独り占めにできると思っているようだ。


「ベイク、あそんで」

「寝ていたほうがいい。まだ治っていないのだ」

「ちょっとだけでいいから」


 レアは、自分を治療したのがベイクであることをしっかりとわかっているようだった。何度も体をさすって、痛みをやわらげようとしてくれたということも。

 ほんの数日で、彼女はすっかりこの竜人に懐いてしまったのである。ベイクとしても自分を慕う幼い少女を邪険にするはずもない。頭を撫でたり、遊びに付き合うなどしていた。

 姉のナッツはレアほどにベイクを慕っていないようだが、嫌われてはいない。少し素直になれないだけだろう。


 その日の夜、戻ってきたナッツとレアを寝かしつけたベイクは天幕の外に出た。

 夜通しでレアの看病をしていた日もあったので、疲れていたのだ。夜の間に自分用の薬草を摘んできておきたい、と考えていた。

 しかし、彼は集落の出口に向かう途中で珍しい人物に出会った。

 カスター卿である。ナッツとレアを連れてきた人間だ。

 しかも彼は、こちらに声をかけてくるではないか。それもにこやかに、和やかに。


「おう、君があの姉妹の面倒をみてくれている竜人だな。

 わがままし放題の年頃だから、大変だっただろう。押し付けるようなことをしてすまない、酒でもどうだ。少し話さないか」


 笑ったままでそんな誘いすらかけてきた。

 カスター卿は壮年といえる年齢であり、顎鬚をたくわえている。体は頑健そうだが、顔には深い皺が刻まれていた。

 柔和そうな顔立ちで、そこだけみれば有名な剣士であったという彼の弁は説得力を全く失うくらいである。


「酒は嗜みません。ですが、お話には興味があります」


 ベイクは無難に応じた。竜人は特に飲酒に関して年齢制限がない。生後一ヶ月であろうが酒を飲むやつは飲む。

 だがベイクはあまり酒を飲まなかった。味自体がスキではなかったし、二日酔いを警戒している。そもそも明日も子供たちの相手をするだろうに、酒を飲むのはよくないと考えていた。

 カスター卿は彼の考えをおおよそ理解してくれて、酒場には連れて行かれたが、無理に飲酒を強要されるようなこともなかった。


「あの二人はな、高名な魔法使いの血を引いた姉妹でな。ワガシ王国に連れて行かねばならん一角の人材じゃ」

「それほどに?」


 いきなり、カスター卿は衝撃的なことを言い始めた。

 国が求めるほどの人材だというのだ、あの幼い姉妹が。つまりそれほどの血筋であるということだが、そんなものが自分に預けられていたというのが驚きだ。


「別に君は今までどおり彼女たちに接してくれてよいぞ。ずいぶん、君のことを気に入っていたようじゃし」

「光栄です」

「しかし君、随分献身的にやってくれたな。他の竜人は『見捨てはせん』といいながら、結局はカネと引き換えだと言ったくらいなのに。

 どうして君は親身にやってくれた?」

「子供が苦しんでいるのを放ってはおけないでしょう」

「ほう」


 カスター卿は目を細めてベイクを見た。人懐こい笑みだ。


「君は優しい心を持っているな。それとも、子供が好きなだけか。

 どちらにしても、この集落の外のことを知りたくはないのかね。ずっとここにいていいのか」


 どうやら褒められているようだが、ベイクは質問に答えない。


「聞くがいい。今やこの世界は危機に瀕している。このままではあと20年ももたず、魔族に支配されるぞ。

 魔王が軍を率いて組織的に人間を支配下におこうと躍起になっている。

 大勢の人間が死んだ、子供もだ。弱い人々は搾り取られて使い捨てにされるような過酷な労働を強制されている」


 魔王。ベイクはその存在を知ってはいたが、遠い世界の出来事のように思っていた。

 カスター卿は魔王というものについて、詳細に語る。つまり、弱者が虐げられつつあると。


「ベイク、君がもしもその優しい気持ちを一族以外のものにも向けられるのなら、騎士団に入りなさい。

 竜人の頑健な肉体はきっと歓迎される。またその力は弱い人々にとって大いに助けとなるだろう。

 君はナッツとレアを救ってくれたが、世界は彼女たちよりも不幸な目にあっている子供たちが大勢いる」

「カスター卿」

「なんだね」


 熱く語られて、少しベイクは迷っている。

 集落の外に出て騎士団に入るなど、長老たちが許すはずもないのだ。それにベイクはまだ子供である。


「今すぐの話ではないでしょう、それは少し考えておきますがあまり期待しないでください」

「なるほどな。よいとも。

 もしもその気になったのならモンブラン王国の騎士団を訪ねるとよい。

 そこの王や騎士団長は私と旧知の仲だ。きっと、よくしてくれるだろう」

「カスター卿はどこにいきなさる」

「あの子らを連れて行ったのに、私だけモンブラン王国に戻れはすまい。私の領地もワガシ王国にあるのだしな。

 君もあの姉妹に会いたいならワガシ王国に来てもよいが、騎士団の規模は小さい。

 より多くの人を救いたいのなら、モンブラン王国にいきたまえ」


 カスター卿はそうした話をして、やがて自分に貸し与えられた寝床に戻っていった。

 思い悩むベイクのことをそこに放置したままだ。

 竜人のベイクとしては悩む問題だった。カスター卿の提案は魅力があるとはいえないが、彼の情熱を湧き起こさせる。現実として、多数の弱者が虐げられているのだ。自分の力で少しでもそれがやわらげられるのなら、そうしたい。だがそのためにモンブラン王国の騎士団に入るというのは竜人の一族として認められないだろう。この集落には二度と戻ってこられない。

 いや、それ以前にまず出してもらえないだろう。よほどうまく、長老たちを説得する必要がある。両親も恐らく反対するだろうから、こちらもなんとかしなければならない。

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