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酔の王  作者: zan
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9.成長

 ベイクがモンブラン王国で活動を始めてから10年が経過した。

 魔王の侵攻を防ぐために、ベイクやエクレアは不断の努力を積み重ね、国土の大半を守っている。

 騎士団の面子は10年を経て入れ替わりもあったが、ベイクの出している結果はほぼ全員に知られていた。彼を羨望のまなざしで見るものはあっても、いまや貶し落とそうという者はいない。

 次期団長ではないかという予想もたてられており、それも低い確率ではないだろうとされている。

 子供だったベイクも成長し、大柄で屈強な肉体となっている。エクレアと並べば、彼女など肩にも届かない。


「ベイク、次の任務はどうなった」


 10年前と変わらず、エクレアは大きくなったベイクに声をかける。

 エクレア自身も成長しているのだが、背丈ではもはやどうにもならない。また、種族や男女の差で膂力も段違いの差がついてしまった。

 しかしそれでも技術や経験でどうにか食らいつき、ベイクの任務に同行できるほどの腕前にはなっている。少し大人びた彼女は流していた髪をまとめるようになり、細剣を腰に刺していた。

 鋭利な目つきもそのままに、美しい女性となったエクレアであるが、なぜかあまり胸はでてこなかった。剣を振るうには都合がよかったが、気になるところだった。全くないわけではないし、全体を眺めればスレンダーといえ、細いながらも美しいといえるはずである。だが、セクシーであるとはいえない。

 寡黙なベイクはそうしたところを指摘しないし、気にした様子もないのだが、エクレアとしては気になっている。いまだ彼女は騎士として認められておらず、騎士団の一員としてしか認知されていない。今では騎士となったベイクの付属員としてともに行動することが多い。ゆえに。

 もちろん、騎士団としての本分は弱者のために身をささげて戦うことである。美しさなどは求められていない。

 とはいえ、女性騎士は強く、気高く、そして美しくあらねばならない。口に出すまでもない当然のことだ。何よりがさつな女騎士などが近くにいてはベイクが恥ずかしい思いをするだろう。

 いくら質実剛健をモットーとするベイクであっても、嫌であろう。口には出さないだろうが、心ではどう思っているかわからない。

 要するに自分が女である以上は、多少の色気も必要なのだ。それなのに、胸が足りない。世間では大胆に肌を露出する女性用の(防御性能を全く考慮していないような)鎧もあつらわれているような有様だというのに、時代に逆行するような自分の肉体が実に恨めしいではないか。

 エクレアは常々そう思いながら、ベイクとともに戦ってきた。この10年間。


 しかしそうしたエクレアの懊悩に気付いているのか、あるいは知らぬ顔をしているのか、竜人の騎士はいつも変わらずもくもくと仕事をこなしている。このときもそうだった。


「そうだな、どうやらワガシ王国が勇者を呼んだらしい。それが、成功したようだ。

 だからワガシ王国への遠征はもう必要ない。サルミアの町を防衛するのにそのぶんの兵力を割ける」

「なに」


 サラッと言ったが、とんでもないことだ。

 エクレアは思わず問い返す。


「勇者を、召喚したのか。神に祈ってか。

 よくそんな儀式のやり方が伝わっていたな! 第一、そんな不確かなものに予算を割けるはずがない」

「だが、報告があがっている。勇者の名前は『三谷タカト』、その武力は何者も寄せ付けない。彼こそ魔王を打ち倒す唯一無二の希望の光だと」

「ふむん」


 そこまで詳細な情報が来ているということは、どうやら本当らしい。嘘をつく意味も薄いことから、勇者の召喚に成功したのは間違いなさそうである。エクレアは口元を右手で覆って隠し、唸った。


「しかし、信じられないな。私はベイク、君の力にさえもまだまだかなわないくらいなんだ。

 剣でもな。そしてそんな君の力ですら、魔王軍を押し返すには足りないんだ。

 その報告で言われているタカトとやらはどれほどの力を持っているっていうんだろうね。こんなに大きくて、重量のある君でさえも届かないような力を持っているって言うんだから雲をつくような巨漢だろうか」

「彼の外見については報告であがっていない。

 だが彼はあくまでもワガシ王国の勇者だ。我々はモンブラン王国を守るために尽力せねばなるまい」

「そうだな」


 全くそのとおりである。エクレアは頷き、腕を組んだ。

 騎士団が忙しいのは今に始まったことではないが、その勇者が真に素晴らしい力を持っているのなら早々に世の中を平和にしてもらいたいものである。そう願うくらいしか、エクレアにはできない。


「ワガシ王国に召喚されたということなのだが、カスター卿から何か聞いていないのか?」

「ああ、特に何も。例の姉妹のことについてのほうが詳細な報告がくるくらいだ」


 エクレアはため息を吐いた。例の姉妹、というのはカスター卿がワガシ王国に連れて行った獣人姉妹のことだ。ナッツ、レアともに魔法使いとして修行を積んで、立派になっているという報告はきている。

 ベイクもそれを聞いて安心したものだったが、勇者についての報告はない。国の報告に任せているようだ。

 カスター卿としては自分により近い位置にいる姉妹のほうが大切であって、勇者などは国にお任せきりということなのだろうが、エクレアからしてみればどうも面倒くさい。


「まあ勇者はすぐに旅立っていくだろうし、魔王も倒しうるというのならすぐにこの戦争も終わる。

 そうなれば弱者が虐げられることも少なくなり、君も竜人の集落に戻れるだろう」

「いや、竜人の集落にはもう戻れない。俺は騎士団にいることになる」

「そうか!」


 なぜかエクレアは少し嬉しそうに言う。

 もう10年も一緒にいるのだ。できるならこのまま一緒にいたいと思っていても不思議ではない。

 とはいえ、そこまで嬉しがる理由がベイクにはいまひとつわからない。魔王が討伐されれば、今ほどの問題はなくなる。自分などがいなくとも、十分に騎士団はやっていけるというのに。


「いや、すまない。ふるさとに戻れないというのは、つらいことだったな」


 黙ってしまったベイクに気付いたのか、エクレアがフォローをしてくる。

 いまさら望郷の念などベイクには薄かったが、その気遣いは嬉しかった。


「大丈夫だ。今はここが俺の故郷なんだからな。

 それよりバロアの村へ派遣する医者はどうなった?」

「ああ、それは見つかった。王が貸してくれた馬車を飛ばして急がせている。

 薬のほうもたっぷり積んでいるから、疫病はまず大丈夫だろう」


 二人は仕事の話に戻り、自分たちも出撃するために武器庫に歩いていった。

 数ヵ月後、勇者が魔王の討伐に成功したという報告を彼らは驚愕と共に受け取ることになる。

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