#005: Overhelm-C
「おー、居る居る」
路地に入るなりアルスは大して驚いた様子もなく声を上げた。
どこからともなく腐敗臭が漂ってくるが、死体はどこにも見当たらない。
「さてと、」
背中の長剣を抜くと、奥のさらなる闇に向かって叫んだ。
「これからアンタらを狩る!!最後に土産の一つでも持っときな!!」
ねっとりとした、生温かい風がアルスの体を撫でる。
刹那、
オオォォォォン……
この世の物ではない、何かの遠吠え。異形な者どもの叫びが闇の淵から轟く。
間をおかずして、気配が彼女の周りを蠢きだした。
哀れな少女の命を、値踏みでもしてるのだろうか。
渦中のアルスは不敵にもニヤリと唇を曲げた。
「さぁ、とっとと元の世界に帰ってもらうよ!」
気合の言葉とともに長剣を握る手に力が込める。
長剣から突然、青白い光が生まれアルスの腕を伝って全身を包み込んだ。
そして、何も前触れもなしに突然、剣を横に振るう。
ただそれだけである。しかし何も無いはずの空間に亀裂が走ると、
オオォォォン……
先程聞こえた遠吠えが響いた。
だが、それは遠吠えと言うより悲鳴と言った方が適切であろうか。そして亀裂から影のような物体浮かび上がり、どす黒い液体を上げて消え失せた。
ブン、とアルスは刃に付着した血を払う。まるで重さを感じさせないアルスの動作に、一瞬、影たちが動揺したのが見えたような気がした。
だが、それはありえない。ありえないのだ。
人外の世界から来た異形の化け物どもは恐怖を感じるような心は、備わっていないはずである。
「ほらほらっ!かかってきなって!」
さらに一閃、今度は真上から刃を叩きつけられ、影が真っ二つに裂かれて潰れた。
闇が包む路地で唯一の光は、彼女を取り巻く、青白い電撃のみである。
最早、ここからは一方的な殺戮だった。
途中にも数匹が爪を振るい彼女に仕掛けるが、
「遅い!」
あの、昨日の裏路地で見せた軽やかなステップで、彼らの攻撃を容易くかわしてしまう。
そしてお返しとばかりに一太刀。襲ってきた影たちが、まとめてこの世から消え失せた。
奴には敵わない……。消される……。圧倒すぎる……。
悲鳴にも似た、そんなつぶやきが影たちから発せられた。
そんな中、
「いいねぇ、悪い気分じゃないな」
再び、ニヤリとアルスはその影たちに向けて笑ってみせる。
そのまま彼女は腰を落として姿勢を低くすると、長剣の切っ先を前へ向けた。
同時に全身のバネを使って神速の踏み込み、長剣の力を解放する。
ゆうに5ヤードは一瞬にして踏み込んだ先には、突きによって串刺しにされた影が吹っ飛ばされながら消え失せた。
着地と同時に、アルスを取り巻いていた青白い電撃が消える。
それを見た影たちが一挙に爪を、牙をアルスの背中に向けて突き立てた。
彼女の体に、一瞬にして数十もの切っ先が突き刺さる、かに思われた。
「背中しか狙えないチキン野郎に、あたしの首はやれないね」
彼らがアルスに触れる直前、彼女はくるりと振り返った。
何故か少女は満面の笑み。
わずか一瞬のやり取り。異形の者どもは、彼女に構うことなく爪をアルスの体に突き立てた。
「ガッ!」
少女の表情が驚きで固まる。
突き刺さった爪は背中を突き抜け、血飛沫を路地の壁に塗りたくった。
オオォォォォォン……!
勝利の雄叫び、とでも言うのだろうか。
動かない少女の体に爪が突き刺さったまま、影たちは雄叫びを上げ、少女の肉に食らいつく。
「言ったでしょ?」
彼女の頭に食らいつこうとした一匹の首が、飛んだ。
どす黒い血が四散し、返り血で顔を染めた少女が、笑う。
「首はやれない、って」
体には未だに爪が突き刺さったままだ。
そんな状態でも、少女はの体は動き、意思は彼らを狩ろうとしている。
すると、突然少女の片手が持ち上がった。
先ほどまで消え失せていたはずの電撃は、彼女の右手に集まっていた。
「アディオース☆ チキンちゃんども」
極めて明るく言い放った一言。刹那、アルスの右手から光が弾けた。
悲鳴すら上げられないまま、次々と悪魔の右手から発せられた青白い稲妻に貫かれ、かすかな腐敗臭とともに影たちは散って逝った。
当然のようにそれから幽霊ストリートの噂はそれから広がることもなく、単なる作り話として人々の記憶から消えていくことになる。
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