#003: Overhelm-A
ショートタング、という、表通りから抜け道を四本ほど入った場所に位置する酒場。
それなりにうまい酒と料理を提供し、価格もおよそ庶民の相場とそう変わることは無い、いかにも一般的な酒場。その店の、コルトという女主人が出す料理も定評を持ち、メニューもまた定番的な酒のつまみからケーキ類と幅が広い腕前を持った主人である。
毎晩のように酒を求め、騒ぐ店内はなかなか大盛況な喧騒であり、その喧騒は外に漏れることもしばしばだ。同様に喧騒にはしばしば、銃声も混ざることもある。
明らかに一般客お断り、そんな雰囲気を出しているのがこの店、ショートタング。
しかし、そんな店の看板をくぐり、硬い樫の木で出来たドアに手を掛ける青年が一人いた。
青年が店に入ると、すでにドアを開ける前から聞こえていた喧騒がさらに濃密な音の奔流となって耳に入ってくる。
「さぁさ、今日は20ドルから競るぜ!興味あるやつは来てくれ!」
「危険手当込みで3000ドル!命知らずは集まった集まった!!」
「銃を使えるだけが条件だ。さぁどうだ?」
さして広いとも言えない店内で競うように声を張り上げる仲介屋たち。証券市場さながら彼らを便利屋の集団が囲んでいた。
青年は入り口でその光景を一通り見回すと、店の中心に向かって歩き出した。
やがて中心、カウンター席にたどり着くと青年は椅子に座った。
「コルトさん、ビール」
食器を洗っていた店主、コルトは呼ばれた声に気づいて顔を上げる。
一旦蛇口を止めると食器棚からジョッキを出し、そこへ冷蔵庫から瓶を取り出して中身を注いだ。
「あいよ。ビールお待ち」
「うぃ。今日もまた賑わってるな、コルトさん」
「まったく、こっちはいくら働いても貧乏から抜けられないのに、不況知らずなことだよ」
「貧乏は俺も同じさ」
「あぁ、確かにここでビール頼むのは、ウィル、あんただけだよ」
コルトはやや呆れ気味とうか、こっちは客だというのに少々見下したような目でウィルを見る。対するウィルはそんなコルトの視線を流しながらジョッキをあおった。
そんなウィルは周りから見ると少し浮いていた。
若いのだ。未成年とはいかなくとも歳が二十を過ぎたばかりというだけあって、その若さからくる気力に満ちていた。
しかし、そんな彼の腰にはパイソンが吊るされているあたり、便利屋という荒事に身を置いているを物語っている。
メニューの書かれたボードの隅に小さく乗せられた「ビール」という文字。屑ポップで作られたそのビールはこのメニューで最も安価であり、味も相応のものだ。苦味だけは本物以上の不人気な酒である。
「俺だってこんなショボい酒はさすがシラけるよ。もう少しくらい余裕があればひとつ上のサワーくらい……トホホ」
ビールの味か、または懐の寂しさからか、苦渋の表情をするウィル。なんだか彼の体からは苦労が勝手に滲み出ているような気が、コルトにはした。
「ま、早いとこ仕事にありつくことさね。」
「あぁ、それはもう取ってきてあるんだ。ただ、これがまた御指名ってやつで――」
「アルなら今日も来てるよ。またいつもの席さね。ただ、今日は機嫌がよくないみたいだけど。」
そうか、とウィルは頷いてカウンター席から立つ。そしてコルトの言われた通り店の奥、天井からの照明が微妙に届かない薄暗いテーブルに行くと、そこにお探しの人物はいた。
Tシャツにジーンズの簡素な服装、闇に溶けるかのような黒髪、普段は必要以上に存在のオーラを放つというのに、なぜか今は見落としてしまいそうなほど彼女の存在は希薄だった。
近付いていくにつれ、その正体は良く分かる。妙に静かかと思ったらそのお子様はどうやらお食事中だったらしい。
「よぅ――」
「コルトー!チーズケーキ追加ー!」
ウィルの声を完全に無視して、アルスはカウンターに向かって叫んだ。
話しかけた側は出鼻をくじかれる形で一瞬言葉を切り、やがてため息をついた。
そして呆れていることを相手に分からせるため、ワザとらしく双肩を落としながら少女の向かいに座る。
「相変わらず、だな」
「何その言い方」
ついて出たウィルの言葉に、アルスはむっと眉をしかめた。しかし、そんな彼女でも、彼が話しかける前までの嬉々としたようにチーズケーキを頬張っている姿を見ると、少しは年相応の幼さを見出せるかもしれない。
あの長剣は、傍らの壁に立てかけられていた。
「またあのデブとやり合っただろ?あの野郎、あちこちで騒ぎ回ってたぜ」
「だってさー、しつっこく付きまとってきてさー、喧嘩売ってきてさー、あっちは40人いてさー、だからブッ飛ばしてやった」と、口を尖らせ怠そうに話すアルス。
「なら満足なんじゃねぇのか?」
「おかげで寝不足」
そのまま一方的に話すと、ぱたん、とテーブルに突っ伏してしまった。
「ま、それはそうとアル――」
「――断る」
まだ言い終わらないうちにアルスは突っ撥ねた。
「……まだ何も言ってないだろ」
「気分乗らない」
「またそれか……せっかく仕事持ってきてやったのによ!」
「だって眠いんだもん、ハラペコだもん、何よりする気になれないんだもーーーん!」
バタバタとテーブルの上で駄々を捏ねるアルス。これでは子供、それも小学生低学年くらいのと大差ない。
そこへ、ウィルに助け舟が来た。
「あいよ。チーズケーキ追加」
もそり、とゾンビのような動きでアルスが起き上がる。
「ダメだよ好き嫌いは。ママに教わらなかったのかい?」
コルトはアルスの前に皿を置きながらそうアルスを叱った。
対するアルスは平然とした様子で首を振りながら、
「いやいや、あたし好き嫌いとかないし」
「ま、あれだけデカイ剣なんて振り回してりゃ、それも当然か」
「俺はニンジンやピーマンの同類かよ!?つかコルトさん、それフォローのつもりか!?」
ウィルのツッコミを気にした様子もなく、アルスは嬉々とした表情で目の前に出された新たなチーズケーキをフォークにブッ刺した。
そして口にフォークを持ってきた時、
「ところでツケだけど」
「うぐっ…………」
コルトが唐突に口を開いた。食べかけたフォークの動きが一瞬、止まる。
「ゴ、ゴメーン、実は今週ピンチでさぁ」
「またかい?まったく、このどうしようもない小娘が私に三ヶ月もツケさせてると思うとウンザリするねぇ」
「来週!来週には払うから、ね?」
胸の前で手を合わせて首を前へ傾げるアルスにコルトは肩をすくめた。
このチャンスをウィルは見逃さなかった。
「ツケ、払えるぜ?」
「マジッ!?」
この声にさっき言った言葉も忘れてアルスがテーブル越しにウィルに詰め寄る。
内心、ウィルはガッツポーズした。
アルスはこの裏社会ではある意味、有名人だ。未成年の少女で便利屋をやっているのも理由の一つだが、この現代に長剣で稼いで請ける仕事は月に一度あるかないか、というところだった。
アルスは気まぐれな性格で気分が乗らなければどんなに金を積まれても承諾しない以外は、成功率100%の凄腕便利屋である。
「よっしゃ、じゃあ明日のいつもの時間、ここで待ち合わせ」
一気にビールを口に流し込むとウィルは席を立った。
「わかった」
アルスは短く返すとまた嬉々とした表情でチーズケーキを頬張る。その姿はまだ幼さが残る子供のようであった。
その時、
「知ってるか?幽霊ストリートの噂」
そんな声が隣のテーブルで世間話していた便利屋たちから聞こえてきた。
まだ顎を上下させたまま、アルスがその声のした方へ頭だけ振り返る。
「なんでもよ、そこを通った奴ぁ全員その日から帰って来ないんだってよ」
ピクッ、とアルスの片方の眉が上がる。
彼女は椅子ごとその便利屋たちの方を向くと、不敵に笑ってみせた。
「へぇ、面白い怪談してるね?聞かせてよ、それ」