第五章 第七話
反乱軍は安藤邸の地下から、遂に華京入りを果たした。
「お父さんっ!お母さーんっ!」
「おお、凛…!」
そして凛は、無事に父母と再会した。
「お父様、お母様、よくぞご無事で…!桜、綺麗になりましたね…!」
「お兄様、お帰りなさいませ!眼鏡が知的で素敵ですわ」
咲山もまた、父母と妹に数年ぶりに巡り会えた。
反乱軍の主要人物達は、互いの無事を確かめ合い笑う。
そして、まあ当然かという具合に穏やかな表情となる。
鬼村は、ずっと気になっていた事を健に聞く。
「なァ、じいさんは生きてるのか?」
健は首を傾げて言った。
「それが、わからないんですよ」
佐吉が口を挟む。
「平次様が帝国軍におられる事は、華京の者は知っています。ただ、鳳雛様についてはあの時以来、何の情報もないのです…逆に皆さんは何か知りませんか?」
真がそれに答える。
「帝国軍の残虐性と、何の情報もない事から、僕は鳳雛様は亡くなったものだと思っていた。でも平次様が生きていたなら、鳳雛様も…?」
実は鳳雛の話は、これまで彼らの中で何度か話に出ていた。
だが旅をしてきた竜崎、帝国軍にいた鬼村、反抗勢力にいた鎌田、傭兵であった真の誰もが何の情報も得ていなかった。
もちろん鎌田と行動を共にしてきた咲山、凛や、村人であった知念、彷徨っていた稔もである。
しばらくの沈黙の後、隼人が口を開く。
「五重塔に、幽閉されているのでは?今のあそこは最も警備が厳重で、皇帝もいる所です」
元『護國精鋭』の者達は、特に悔しい表情をする。
「野郎…俺達の五重塔、今は奴らが使ってんのか!」
鎌田は飴玉を取り出し口に入れ、すぐに噛み始めた。
「…行けばわかるさ」
竜崎は首巻きを外して発言し、巻き直した。
常に穏やかな彼なりの、気合の入れ直し方なのだろう。
安藤邸は富豪の家だけあって、ここ地下も含めて大変広い。
今、そこに反乱軍が一杯に集結しているのである。
華京を守る数百の精鋭兵達と、戦力は同等といえる。
華京内部の反抗勢力の長なのであろう佐吉は、兵糧を配給する指示を出しながら言った。
「我々はいつか来るべく時の為、ずっと準備をしてきました。それぞれが鍛え、情報を集め、こうして地下アジト、更に各砦への抜け道を作りました。何年もかけて」
かつて一浮浪者であった男は、立派な長へと変貌を遂げていた。
「本当にありがとうございました、佐吉さん」
真の言葉と共に、皆は佐吉に頭を垂れた。
アジトには、治療用の救急袋も用意されていた。
知念はそれを持ち、活発な大声を出す。
「よーし、反帝介抱人の力を見せてやるわ!…てか、介抱人って何!?看護士でよくない!?」
皆、知念の方を見る。
「みんな、戦闘中に萌えナースのあたしばっか見てたらだめだよ?」
「わかった」
「おゥ!」
「ああ」
「うん」
「はい」
竜崎、鬼村、鎌田、真、咲山は即答した。
稔は空腹のため、野良犬のように兵糧をほおばっていて、聞いてすらいない。
「…」
知念は久々に、女の自信を失くした。
「ニャー」
ずっと竜崎のもとにいた美姫が鳴いた。
その理由は、飼い主が現れた為だった。
「真ちゃん、皆さん、お久しぶりね。美姫ちゃん、ちゃんとおつかいをして来てくれてありがとうね」
安藤夫妻である。
真は真紀に深く一礼した。
竜崎は美姫をなで、
「…とても賢い子ですね。知念、やはり縁はあったな」
と言った。
東砦から竜崎、知念達を導いたのは、この一匹の黒猫なのである。
安藤は言った。
「反乱軍は今やこれだけの人数で、各砦と第一支部を壊滅させて来て目立っています。もはやここがアジトとなっている事は明白…すでに地上は精鋭兵に取り囲まれています」
「取り囲まれてるだと?」
片足を上げて座り、懐かしい華京の饅頭を味わっていた鎌田は、にらみつけるような目で立ち上がり…皆の前へ出た。
そして反乱軍の長として、八重歯を見せて叫んだ。
「華京を取り囲み、帝国軍を追い詰めてんのは俺達だ!あの時とは逆にな」
あの時とは、もちろん帝国戦争の時の事である。
「佐吉、『来るべく時』は今だ!数年の屈辱を晴らし…国を、取り戻す!」
「おおーっ!!!」
鎌田の号令に皆の士気は高まり、反乱軍は遂に地上へと駆け出して行く。
鎌田に心酔する凛は、その雄々しさにくらくらしている。
地上へと飛び出した反乱軍は、精鋭兵を次々と打ち破りながら、五重塔へ向かって行く。
健は隼人に叫ぶ。
「隼人、兄貴に俺達の技、見てもらおうぜ!」
「おう!」
隼人もそれに応え、二人はそれぞれ木刀と二刀を構えた。
『雷神具散』
「う、うわあーっ」
健の振りかざす木刀から放たれた雷が、精鋭兵達を昇天させてゆく。
『獄焔王』
「ぎゃああ!」
隼人の振り下ろす二刀から放たれた炎は、地上の精鋭兵達を焼き尽くす。
「すげーじゃねェか!」
子分達の大いなる成長に、鬼村は歓喜する。
「へへっ!やったな、隼人!…あ、ちゃんと勉強もしてますよ真さん」
健は真の、数年越しの心配をなくす。
真は健の目を見てにっこりとうなずいてから、突き進んで行く。
「ああ!…鎌田さんも、見てくれましたか!」
隼人は鎌田の称賛を心待ちにする。
しっかりとその様子を見ていた鎌田は、にやりと笑い駆け出した。
反乱軍はかつて満開の桜の下四人が集った並木道を駆け抜け、五重塔の入口へと辿り着く。
凛と咲山は立ち止まり、それぞれ構える。
「皆様、お行き下さい!我々はここで精鋭兵達を相手とします!」
「鎌田様気を付けてっ!…皆も、武運を祈る!」
稔も立ち止まり構えた。
「ぼくもここで戦います!」
彼ももはや、立派な戦士であった。
鎌田は二人に声をかける。
「ここは任せたぞ。絶対に死ぬな」
咲山、凛は首領に一礼する。
竜崎は弟へ、弟子へ、言葉を残す。
「…稔はもう、免許皆伝だ。自分から教える事はもうない、ただ生き残ってくれ」
稔は深くうなずき、言った。
「お師匠さま、兄貴、みなさん!ご武運を!」
鎌田、真、鬼村、竜崎、知念の五人は、それぞれ顔を見合わせ…うなずき、五重塔へと進入した。
「彼らは、彼らにしかできない事をして下さる」
咲山は居合の構えを取ったまま、呟く。
「覚悟!」
精鋭兵が攻め寄せて来る。
「ならば私は、私のするべき事をする!それは茶汲みでも、何でも良いのです!」
『素戔嗚』
咲山の放つ冷気は、精鋭兵達を凍て付かせてゆく。
「鎌田様、大好き。だけどわたしは女を捨て、修羅となった」
凛は長刀を構え、この数年を振り返る。
「女がいるぞ、やれ!」
精鋭兵は凛を捕らえようとする。
「鎌田様以外が、わたしに触れるな!」
『草薙』
凛の刃の放つ大風は、精鋭兵達を退けてゆく。
「お師匠さまは、お姉ちゃんは、兄貴は、みんなは、ぼくにいろんな事を教えてくれた」
稔はすっかり慣れた刀を構え、皆を想う。
「あの子供を狙うのだ!」
精鋭兵は稔を取り囲むべく近付く。
「今度はぼくが、みんなを助ける!」
『砂嵐』
稔の刀の放つ砂嵐は、精鋭兵達を巻き込んでゆく。
それぞれが、それぞれの戦いをした。
今まさに、皆が主人公であった。
外の彼らに安心して背を任せ、五人は五重塔を進む。




