第四章 第六話
平次は旅を終えて、華京に戻って来た。
出迎えた鳳雛は言った。
「おかえり、平次。長かったじゃないか!わしゃ退屈だったぞ。囲碁も将棋も、わしの相手になるのはおぬしだけじゃからな」
平次はふっと笑った。
「戻りました。そんなに暇だったなら、お一人でできるご趣味でももったらどうです?釣りなどいかがですか」
鳳雛は目を輝かせて言った。
「おお、それはええのう!よし、明日一緒に釣りに行こう」
平次は笑って言った。
「お一人でできる趣味をと思って言ったんですが…まあ、いいか」
翌日、二人は都の池で釣りをした。
「で、どうだったんじゃ?」
鳳雛に聞かれ、平次は旅の事を話した。
「ほう…じゃがおぬし、誰一人すぐに連れては来んかったのか」
と魚を釣り上げる鳳雛に、平次は言った。
「春になって、その気があれば来いと言いました。あいつらまだガキですからね、あん時の雰囲気や気分で来るつったかもしれねえ。俺に流されるんじゃなく、てめえでじっくり考えて、人生決めてほしいんですよ」
平次の方は、全く釣れない。
「おぬし、釣りは下手なんじゃな…まあ、春が楽しみじゃのう!」
と鳳雛はまた魚を釣り上げる。
「ええ。まあ何人来るかは、わかりませんがね」
と平次は言った。
二人が華京でそんな話をしていた頃、その東西南北では、少年達がそれぞれ準備をしていた。
北の美雪では…
「父上、母上。僕は卒業後、華京で侍になります」
真は、父母に夢を語った。
「野蛮な侍になるなど、代々剣術家として名を残す結城家の恥だ!」
「お兄様を見習いなさい。お兄様は剣術師範として、若くして立派に人々の役に立っているでしょう」
父も母も、反対だった。
だが真は、引かなかった。
「父上も兄上も剣術家として、人々の憧れの的です。でも僕は、侍として人々を護りたいんです。それに、約束したんです」
真は父母と不仲になろうが、周りの人々に名門の落ちこぼれと馬鹿にされようが、考えを曲げる事なく過ごした。
西の夜鳴村では…
「こらあっ猛虎ちゃん!寝たらだめでしょう!」
「やべェ!」
猛虎は毎日、勉学からの逃避を続けた。
そして奈美に追われる日々であった。
「兄貴、大丈夫かなあ…」
「自由人だし、短気だからなー」
更に子分達に心配されていた。
だが夜になると…
「あー難しいな、くそォ」
猛虎は家で一人、復習していた。
「でも、約束したからなァ!」
彼もまた、志を曲げてはいなかった。
南の南海田では…
「どけ」
「ひっ」
宗佑は他の学童に睨みをきかせ、寺子屋の最前列に着席した。
「おい鎌田、授業中に菓子を食うのはやめろ!」
「…あ?」
そして饅頭を頬張りながら、教師にも反抗した。
彼は生涯、何かに抗い続けるのだろうか。
「チッ。約束はしてねぇが…」
彼は呟きながら、饅頭をしまい授業を聞いた。
東の江波では…
「おら!おら!」
「金髪のおやじは、もういなくなったな!」
相変わらず、純は少年達から暴行を受けていた。
だが彼の弱々しい目は、凛とした目に変わっていた。
「はあっ、はあっ…何だよこいつ…」
「ふぅ…もう、行こうぜ」
少年達は、疲れて去って行く。
「…」
純は砂をはらい、立ち上がる。
そして目を閉じて、師を想った。
そして、春が来た。
少年達に、旅立ちの時が来たのだ。
北では…
「本当に行くのか」
善は、真を引き止めようとする。
「出て行けば、勘当されるぞ」
真は真っ直ぐに、兄の目を見て言った。
「僕がなりたいのは名門・結城ではなく、侍・真です」
「そうか…」
善は残念そうにしていたが、笑顔で見送る事にした。
「家を出ても、私達は兄弟だ。武運を祈るよ、真」
「はい、ありがとうございます。兄上もお達者で」
こうして真は、華京へと旅立った。
西では…
「ねえ猛虎ちゃん、本当に行くの?」
奈美は、心配そうに猛虎を見つめる。
「…悪ィな。おれは侍になるって、決めたんだ」
猛虎の言葉に、奈美は諦めたように言った。
「こんな素敵な幼なじみを置いてくなんて、本当バカ!…バカでも風邪はひくんだから、体に気を付けてね」
奈美の瞳には涙が浮かんでいる。
「兄貴ー!姐さんは、おれ達に任せてください!ううっ」
子分達は、ぼろぼろ泣いている。
「…またな!でっかい漢になってくるぜェ!」
こうして猛虎は、華京へと旅立った。
南では…
「いきなり大金を持って現れ、授業を受けさせろと上から目線」
「…」
教師が宗佑に話し、宗佑は黙っている。
「寺子屋に来たと思えば周りを威圧して、菓子ばかり食う」
「…」
教師は続け、宗佑も沈黙を保つ。
「とんでもない不良だった。今までで一番厄介な学童だった」
「…うるせぇ。もう行くぞ」
立ち去ろうとする宗佑に、教師は言った。
「だが最後まで来続けた。卒業おめでとう。お前は誰かが止めないと無茶ばかりするだろう、よい友達を作れ」
「うるせぇ!」
宗佑は泣くのを我慢しているようだった。
教師は宗佑が町に来て数ヶ月、親のように彼の面倒を見ていた。
「…あんたは俺を富豪の孫でも、悪魔の子でもなく一匹のガキとして見た。そんな奴が、教師に向いてるんだろうな」
言い残し去る宗佑の後ろから、教師は叫んだ。
「頑張れー!頑張れー!」
宗佑は振り向かず、にやりと笑った。
こうして宗佑は、華京へと旅立った。
東では…
「…」
純は一人、出発の準備をした。
教師は彼の事など見ていない、卒業してしまえば関わる事もなく忘れゆく。
周りの人間は、いじめなど見てみないふり。
母も義父も、下手に手を出せなくなったあの日から、彼に興味などなかった。
「…」
純は一人、町の出口に向かう。
見送る人間は誰もいない。
だが彼はこの広い戦場で、戦い続けた。
どれだけやられても、手を出さなかった。
どれだけ寂しくても、泣かなかった。
彼の戦いは、終わった。
「…」
こうして純は、華京へと旅立った。
春の華京。
満開の桜の中、五重塔の入口で、平次はそわそわしていた。
華京の中央の、五重塔へと続く並木道。
首巻きをした少年が、辺りを見回しながら歩いていた。
「やあ」
そこに爽やかな少年が現れ、話しかけた。
「君も、上京して来たのかい?」
「…」
首巻きの少年は、無言でうなずいた。
純と真である。
少し遅れて、大柄な少年が歩いて来る。
「ここが華京かァ!でっけー町だなァ!」
声もとても大きい。
その後ろから、目つきの悪い少年が現れ言った。
「どけ田舎者」
「あァん?」
大柄な少年は振り向き、彼らは睨み合った。
猛虎と宗佑である。
「…あれは!」
平次は向かって来る、四人の子の影を見た。
「来やがったぜ、全員だ!」
平次はにやりと笑い、彼らの到着を待った。




