第三章 第九話
真は言った。
「鬼村、やはり君は帝国軍に?」
鬼村は答えた。
「あァ」
その返事を聞くと、真はゆっくりと刀を抜いた。
鬼村も無言で、木刀を構えた。
真はあの頃と同じ、護國精鋭の黒羽織を着ていた。
ただ激戦と経年から、今のそれは破れ破れになっている。
鬼村は、帝国軍の白い鎧である。
二人の服装は、互いに相容れぬ事を物語っていた。
炎の中での戦いが始まる。
『飛将剣』
真はその場から一気に飛び出し、避けた鬼村の真横に刀を突き立てた。
「助走無しでその跳躍力と、その威力…さすがだぜ、真!その強さは健在だなァ!」
鬼村は、じゃれる子供のように笑った。
そして真を褒めながら、蹴りを入れる。
真は素早く突き立てた刀の裏に回り、蹴りを防ぐとともにその威力を利用して刀を抜く。
彼こそまさに、戦闘の天才であり達人であり、最強の戦士であった。
『突陣槍』
真は刀を横に構え、一気に駆け出す。
「うおォ!」
鬼村は防ぐが、弾き飛ばされる。
『霧足』
真は瞬間移動し、鬼村を追撃する。
「がはァ!」
鬼村は中々手が出せない。
「…攻撃的な技が増えたなァ」
鬼村は真に語りかけるが、真は真剣な眼差しのままそれを無視する。
真は一切の感情を捨てて、戦っているようだった。
「妖刀は持ってねーのかァ?」
鬼村は話しかけながら突撃する。
『激足』
『霧足』
しかし真は答えず瞬間移動し、それを避ける。
『十文字』
真は地に十文字を描き、それとともに鬼村は遠ざけられる。
「うぐゥ」
『霧足』
真はまたも瞬間移動し、追撃する。
「マジその技…強すぎるぜェ…」
鬼村は野生の勘で、負けを悟った。
炎の中で、鬼村はあぐらをかき降参する。
「お前の勝ちだ、好きにしなァ!」
真は刀を構え、鬼村に近付く。
しかしそこに、更なる爆発音が響いた。
真は刀をしまって一言だけ鬼村に残し、音のする方へと走って行った。
「帝国軍も鎌田達も、僕が倒す」
残された鬼村は考えた。
真は護國精鋭の羽織を今でも着ている…護國精鋭を潰した帝国軍も、護國精鋭を反乱軍にした鎌田も許せないのか。
「やっぱお前が、時定…」
そしてそう呟き、気を失った。
基地の外でも、大爆発の音は聞こえた。
「今のは!?」
「鬼村さん、大丈夫かなあ!?」
「…」
知念、稔、竜崎は心配し中に向かおうとする。
そこに、数日前にここ帝国軍基地第三支部へと向かった、もう一つの勢力が現れた。
「フン、またてめぇらか」
鎌田である。
もちろん、今日は数十名の隊員達を引き連れている。
そしてもちろん、今日もクッキーを食べている。
「帝国軍の仲間は全員潰す。竜崎、今日はてめぇだ」
鎌田達はクッキーを口に入れ、二刀を抜いて竜崎に勝負を仕掛ける。
「…鎌田を止める」
竜崎も長刀を抜き、構えた。
凛は知念に近付き、手拭きを渡した。
「えっ、これって…」
戸惑う知念に、凛は言った。
「先日の礼だ」
知念はにっこりと笑って、
「ありがとう」
と言った。
「てめぇんとこのガキ、修業中だろ。修業中同士、丁度良いんじゃねぇか?」
鎌田に提案された竜崎は、
「…できるか?稔」
と聞き、稔は
「はい、お師匠さま!『八咫烏』を止めます!」
と言って竹刀を構えた。
凛は背中に背負った長刀を抜き、
「なめるな、小僧!」
と言って構えた。
咲山も、知念に近付く。
「何よ、やろうっての!?」
知念は構えるが、咲山は首を横に振って言った。
「この場はお任せ致します。彼らの勝負を、見届けて頂きたい」
鎌田は咲山に
「隊は任せる。行け」
と言い、咲山は隊員を引き連れて基地内部へと突撃して行った。
「咲山進、参る!」
見逃されて、知念は思った。
「(『八咫烏』って、ちょっといいやつ…?)」
竜崎と鎌田は睨み合い、やがて鎌田が駆け出す。
『炎隼斬』
炎をまとう二刀を、竜崎は長刀で防ぎ、そのまま大きく横に振る。
『牙折り』
炎をまとった風の刃が広がるが、鎌田は素早くしゃがんでそれを避け、更に飛び上がり斬りつける。
『飛燕斬』
しかし竜崎も、同時に飛び上がっていた。
『角割り』
空中で、三つの刃が火花を散らす。
ぶつかり合った二人は交差し、着地した。
鎌田は後ろを向いたまま言った。
「鬼村より強ぇんじゃねぇか?」
竜崎は、首を横に振った。
見えていないが、鎌田にはその様子が容易に想像できた。
『爪剥がし』
『燕尾斬』
竜崎が鎌田の背中に放つ風の刃と、鎌田が自身の後方に放った斬撃が、ぶつかり合い消滅した。
『旋回斬』
そして振り向いた鎌田は斬撃を周囲にまとい、突攻した。
『影足』
竜崎は分身し、刀を振り回す。
『八岐大蛇』
八つの風の刃が、分身し幾重にも重なって鎌田を襲う。
「いざって時が来たのね!」
知念はそれをしっかりと見ていた。
が…
『風足』
鎌田はいくつもの風の刃の中を、駆け抜ける。
「うそでしょ!?」
知念は驚愕している。
当然いくつかの風の刃は鎌田に当たるが、周囲の斬撃により打ち消される。
駆け抜け終わる頃には鎌田の周囲の斬撃も消え、鎌田自身に傷が付けられてゆくが、彼は全く動じない。
『罰天斬』
そして駆け抜け終えた鎌田は、刀を大きく振り隙だらけの竜崎を、二刀を交差させ斬りつけた。
「…」
竜崎はその場に倒れ込んだ。
「純ー!」
知念はうつ伏せの竜崎に駆け寄る。
現在の鎌田は強すぎた。
護國精鋭時代は、真は少し抜きん出ていたが、他の三軍長の実力は伯仲していた。
しかし今鎌田の力は、鬼村と竜崎よりも遥かに強大なものとなっていた。
「…全力でいきます!」
稔は地に、竹刀を突き刺す。
『砂嵐』
砂嵐が巻き起こり、凛の動きを止める。
「なめるな!」
『草薙』
凛は大風を起こし、砂嵐を切り裂く。
「とうっ!」
「たあっ!」
そして砂嵐から飛び出した凛と、砂嵐に飛び込んだ稔は刃を交える。
戦いは、稔の方が有利であった。
長刀を避けるのは、身軽で小柄な稔には容易い。
しかし凛は自分より小さな相手の素早い攻撃を、重い長刀を持って避けるのは難しいらしい。
幾度も打ち合い、避け合い、凛が明らかに疲れてきた時…
「(帝国軍との戦いばっかで、妖の攻撃にはあまり慣れてないはず!)」
稔が波動砲を撃つ気でいると、
「純ー!」
知念の叫びが聞こえ、稔が横を向くとそこには倒れた竜崎の姿があった。
「お師匠さまー!」
思わず駆け出す稔を、
「しめた!覚悟!」
と凛は長刀の刃のない方で叩き、気を失わせた。
「…行くぞ」
鎌田は知念を睨み付け、走り出す。
「はい、鎌田様!」
凛は無言で稔の上に薬草を乗せ、鎌田を追う。
「(『八咫烏』って、やっぱちょっといいやつ…?)」
と感じる知念であったが、目の前に倒れる竜崎を見ると、やはりそうは思えなかった。
基地の内部では、咲山達が爆発音を起こしながら暴れ回っていた。
「敵襲ー!」
騎士達がぞろぞろと各部屋から、燃え上がる大広間へと出て来る。
「邪魔だ、邪魔だ!」
鎌田は咲山達に追い付こうと、大広間を斬り抜けて奥へと進んで行く。
「鎌田」
炎の中から、呼び声がする。
よく見ると、炎の中には…彼がいた。
「クックック…俺を止めに来たか?」
鎌田は不気味に笑い、真に近付く。
「…ああ」
真は刀を抜く。
鎌田は二刀を抜いたままである。
新しげな黒いコートと、古げな黒い羽織。
同じ黒い上着だが、二人の背負うそれらは、全く別のものであった。
『飛将剣』
『飛燕斬』
過去最強の侍と現在最強の侍の刃が、空中で火花を散らした。




