第一章 第一話
島国・元国。
ここでは『妖』と呼ばれる、邪気から生まれるもの達が、長年人々を苦しめ続けている。
「誰か…助けて…」
ある森で、一人の女が妖から逃げていた。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ」
この妖は人の首に尾が生えたようなような姿で、意識はなく、餌を追う獣のように、女を追っている。
妖には階級がある。
この妖は人妖。
人間の悪しき心から生まれる、最も下等な妖である。
また妖には種類もある。
この妖は『屍首』。
その名の通り、この世に未練を残した人間の死体が、首だけとなってもさまよい続けているのである。
女の逃げる先に、男が立っていた。
藍色の長髪に、蒼色の首巻き。
黒い着物の上に、青い布を羽織っている。
「…屍か」
男がつぶやき、布の中から、長い刀を出した。
そして鞘から出し、ゆっくりと構えた。
「あ…あんた侍!?」
と女は、男に駆け寄る。
女の身なりは、ひどいものである。
薄汚れ、破れ破れの黄色の着物。
走りやすいように、足元の裾を裂いている。
侍とは、刀を使い、妖を退治する者の事である。
この国で刀を持つ者は、そのほとんどが侍である。
男は、落ち着いてうなずく。
「助けて!妖に追われてんの!」
その話し方や走り方から、女はがさつな性格である事がうかがえる。
「…見たらわかるさ」
男はそうつぶやくと、右手に持った長刀を、左側に寄せた。
「…しゃがんでくれ」
そして女に、先ほどよりも少しだけ大きな声で言った。
「え!?何言ってるかわかんな」
『牙折り』
男が長刀を大きく右に振ると、風の刃が大きく横に広がり、女と屍首に迫った。
「ひゃっ」
女は急いでしゃがんで、それを避ける。
「ギャアアアア!」
横一文字の風の刃は、屍首を消滅させた。
男は、ゆっくりと長刀を収める。
「す…すごい!あんた、何者!?」
感心し聞く女に、男は答える。
「…旅をしてる」
近付いて見た男は、長身で色白で、女性的な顔立ちだった。
そしてものすごく、小声だった。
「あんたねー、もっと大きな声出せないの!?危うく真っ二つになるとこだったわ!」
と言う女に、男は謝る。
「…すまない」
それも小声である。
「でも…助かったよ!ありがとね!あんた、名前は?」
続いて聞いた女に、男は答えた。
「…竜崎」
女は自己紹介した。
「あたしは知念!鈴木知念!」
「…」
「今、変な名前だなって思ったでしょ!?」
「…いや」
「あんたって、わかりやすいよね」
「…」
竜崎の口元は首巻きで隠れていたが、それでもわかるほど、表情に出やすい性質のようだった。
「下の名前は?」
「…竜崎と呼ばれるのに慣れてる」
「下の名前は!?」
「…純」
そして、押しに弱かった。
剣の腕に反して、かなり温厚な性格のようだ。
知念は続けざまに聞く。
「純、旅人なんだ?何で旅してんの?」
「…」
「まあ、話したくないならいいけど」
「…武者修行さ」
竜崎は、少し遠い目をした。
「ふーん、そんなに強いのに、まだ強くなりたいんだ」
「…まあな」
「帝国軍でもやっつけるつもり!?」
「…まさか」
と竜崎は、少し笑った。
帝国軍とは、元国の番人である。
数年前…ブラディア帝国が元国に攻め寄せ、元国の侍達と帝国軍による、帝国戦争と呼ばれる戦いが起きた。
その戦いで、元国は降伏。
元国には、帝国の兵士「騎士」が駐在するようになった。
騎士は侍のように剣を使い、妖を退治する。
しかし帝国軍は、元国の人々にも厳しい規律を設ける。
ほとんどの人々は、妖だろうが人間だろうが排除をいとわない騎士達を、こころよく思ってはいない。
知念は不満そうに言う。
「あいつら威張り散らしてるくせに、何の役にも立たないし!こんなに可愛い少女が大変な目に遭ってるってのに!」
「…え?」
「何よ!」
「…いや」
竜崎は二十代後半である。
知念も、同じ歳くらいに見える。
「…」
「何なのよ!」
「…いや…疲れた」
竜崎は、また少し笑った。
知念は竜崎を誘った。
「とりあえず、あたしの村に来なよ。何もないけどさあ」
「…いいのか?」
「命の恩人を招待するのに、いいもわるいもないでしょ」
「…ありがたい」
侍は、妖に対抗する力を持っている。
多くの人々はそれを羨望の眼差しで見つめるが…中には、そうでない者もいる。
力を妬み、忌み嫌う者である。
竜崎は旅をして、そういった人々も沢山見てきている。
自分が村に招かれる事で、知念に迷惑がかからなければいいが…
竜崎は、そう考えていた。
竜崎純。
鈴木知念。
今、運命の出逢いが起こった。
二人は疲れを癒しに、村へと向かう。