第三話
翌日、カナタの目には大きなクマがあった。結局迷路を脱出できたのは、日も昇り始めたころだった。
よって英気を養うどころか、寝不足になるという始末。
「よくぞ集まった。では今からグループ別乱戦を行ってもらう」
会場は昨日と同じ訓練場。
そしてそこには第三王女の姿もある。
カナタの試合はすぐに始まった。一番最初のグループだったのだ。
その試合を他のグループが観戦する。
このグループで勝ち残ったものが決勝で当たる人物の一人となる。つまり敵情視察。
だからこそ奥の手は隠すのだと皆は思うのだろう。だがそれこそが愚の骨頂。死合はすべて全力で行うからこそ勝てるのだ。それは試合でも変わらない。
そしてカナタには抜かりがない。
ゆえに・・・・・・
乱戦の中一番に狙われるのは女か細身のカナタだった。しかし女は襲い来る大男たちをひらりひらりとあしらい、的確に急所を突くことで昏倒させていた。
一方カナタは刀を抜かず抜刀の構えだけを取り正方形の会場の角にいる。そして
「悪いが早く終わらしたいんだ。痛い思いしたくなかったらてめぇら全員力抜いとけ」
そしてカナタの姿は掻き消えた。次に現れたのはやはり会場の角。ただし先ほどいた場所とは反対側。
それだけで男参加者の全員が倒れ伏す。
会場が驚きにゆれる。
しかしその中で唯一女だけが立っていた。だがその顔には余裕がない。地面には数メートル滑ったような後がある。
「やっぱ、お前が残ったか」
女は肩で息をつく。たった一瞬の出来事で、体力を根こそぎ奪われたことに驚きを隠せない。女にとってカナタがそこそこ出来る者だということは半ば予想ができていた。
試合の前日。周囲に殺気を飛ばしていたカナタに気づき、しかし気づかない振りをして板のにもかかわらず、だがカナタはそれに気づいていたことを女は知っていた。
ゆえに今、試合で一番の脅威になるだろうと心構えをもって挑んだつもりだった。が、実際には自分がどれだけ相手を見くびっていたかを思い知らされる結果となった。
女は決して弱くない。それどころか歴戦の猛者たちを倒せるほどには強いのだ。だがどうだろうか。彼は一瞬で女を追い詰めたのだ。試合のグループに参加しているものたちはさほど強いとは言えないが、それを補う数はあった。
だが、カナタはそれを歯牙にもかけず、一瞬にして男たちを昏倒させた。そしてなにより、女の自信を打ち砕くように女をすんでのところまで追い詰めた。
いや、もう心は打ち砕かれたのかもしれない。女の足がすくむ。勝てるとは思えない。今までどんな強敵だって最後まで立ち向かっていった。しかしカナタはそれすら、立ち向かうことすら許されないほどに強い・・・・・・と女は感じていた。
「名を聞きたい」
女は静かに問うた。自分を打ち倒す者の名前を胸に刻むために。
「俺か? 俺は・・・・・・カナタ・ニシジマ」
カナタが女だけにわかるよう小声で名前を言うと女の表情が一瞬驚きに変わり、そして羨望の目を向け嘆息した。震えが止まる。相手の胸を借りるつもりで戦おうと、カナタの名前を聞いて女はそう思った。
「そうか、それなら納得がいく。さぁ死合おう。私は全力であなたに挑む」
「殺しゃしねぇって」
「手加減か?」
「俺はいつだって全力だ」
「そうか」
それから先、言葉はなかった。観衆が瞬きをした瞬間にはもう勝負は付いていた。女は仰向けになり目をつむっている。いっそすがすがしいほどに静かに、そして穏やかに、その瞬間試合が終わりを告げた。
(すごい!)
シエルは本当にそう思った。前日に言ってくれた言葉は真実になりつつある。戦闘に関してはまるっきりの素人。それでもカナタが尋常じゃないほどのツワモノだということを知った。自分の夢をかけてもいい存在だと確信した。
それがどれほどの思いか、自分では気づいてはいない。ある種それは自分自身を託すと言っても過言ではないほどの思いなのだ。
シエルにとって、もう他の試合など眼中にはなかった。ただ、今はカナタと話したい。その思いが強く眼前の試合に集中できなかった。
長いことカナタのことが頭の中を駆け巡っていた。
気づけばすべてのグループの試合が終わっていた。
戦闘描写がほぼ無くてすいません。もう少ししたらちゃんと出てきますのでよろしくお願いします。