劣等の姫
シエルが上のお姉さま方よりも劣っていることはシエル自身、重々理解していた。知識、振る舞い、容姿・・・・・・数え上げればきっと自分をもっと惨めにしてしまう。それくらいお姉さま方は優秀なのだ。
一般家庭では考えられないほど広い部屋。そしてその部屋にぽつんと一つ豪華なベットの上でシエル・バーネットは考えていた。
自分が、お姉さま方にかなう部分はあるのだろうか・・・・・・考えれば考えるほど惨め極まりない。何も思いつかないのだ。
シエルは、知識で勝とうと勉強をした。寝る間も惜しんで勉強をした。目の下にクマを作り、食事は最小限の時間で済ませ、自由時間も作らない。起きて勉強、食べたら勉強、用をたしたら勉強、浴槽の中でも勉強、ひたすら勉強。結果、シエルは考えられないくらいに頭がよくなった。
周りからは褒められた。お姉さま方にも「よくがんばったね」と声をかけられた。でもうれしいとは思わない。何故なら目標には程遠かったからだ。
結局お姉さま方にはかなわなかった。自分がどれだけの時間を勉学につぎ込んでも追いつきはしない。
だからか、追いつきたいと願ったお姉さまに褒められたときは嫌味にしか思えなかった。
それは自分の単なる僻みだということもわかってはいた。でも素直に受け止めることができない。
くやしい・・・・・・くやしいから他の事で追い抜こうと考えた。
鏡の前でお辞儀をする。何度も何度も・・・・・・
笑みの練習をする。頬がつってしまいそうになるまでだ。綺麗に歩く練習、優雅に歩く練習、自分を魅せるための努力を怠らない。
結果、シエルの振る舞いは人を容易に魅せるまでになった。もちろん褒められた。だがやはりうれしくはなかった。結局これもお姉さま方を超えることはない。ただの悪あがき、足元にも及ばない。
容姿・・・・・・これに関してはあきらめた。
もって生まれたこの顔は嫌いじゃない、でも好きにはなれない。やはりお姉さま方にはかなわなかった。
圧倒的にきらびやかで美しくそしてなにより惹きつけられるようなお姉さま方の容姿の前では、シエルの容姿など貧弱だった。
だが、シエルの容姿は決して悪くない。それどころ端整で美しい。だが、圧倒的に惹きつける力がない。美しいが素朴・・・・・・儚いと言えば聞こえはいいかも知れない。
しかしそれだけだ。
ゆえにシエルは一つ線を引くことにした。かなわないのだから仕方がない。それなら別に無理はしない。
それでもう悔しい思いはしない。
ベットの上で考える・・・・・・本当にそれでいいのだろうか。
線を引くことは本当に苦しいことではないのか。
逃げることはいいことなのか。
逃げることはいけないことなのか。
気が付けば窓の外は明るくなり始めていた。深い闇が世界を包んでいたころから考え悩み、いつの間にか、世界は希望の光を取り戻している。
それだけの時間をこんなどうしようもない問答のために費やしていたと思うと苦笑した。
少しは睡眠をとらないと大変だとシエルは静かにマブタを閉じた。
瞬く間に意識を遠のかせてゆく中、ぼんやりと考えることはやはりお姉さま方に対する劣等感。
心の中で卑下た考えを忍ばせながらやがて意識を完全に手放した。
朝食は親族専用の食堂で取る。長く大きなテーブルには新鮮な魚や、お肉、サラダやスープなどこれでもかとそろえられている。
だがこれらをすべて食べるという意味ではない。この沢山ある中で好きなものを好きなだけ食べるというバイキング形式だった。
シエルはあまり食欲がなかった。ゆえに朝食はスープを少しすするだけ。
残った料理は捨てられる。
少しだけ勿体無いと思った。だがシエルの暮らしにおいては勿体無いと考えるほうがおかしいのだ。
これは昔から、物心付いたときから毎朝こうだった。
シエルは小さくため息をついた。席に着いているお姉様方に目を向ける。マナーは完璧で品があり、食事マナーというのは彼女たちのためだけにあるのではないかと錯覚させられるほど。
またため息を一つ。
毎日、毎朝、この光景を見ることで自分の劣等を再確認する。
シエルの父が唐突に声を上げる。威厳のあるいでたちで威厳のある声。現国王ガイヘル・バーネットは、だがシエルに対してはやけに優しい。それはいつものことだ。
「シエル・・・・・・そろそろお前も近衛を側においてもいいんじゃないか? クルエやシーナもお前と同じ年頃には、側につけていたからな」
クルエとシーナはシエルのお姉様である。この二人もシエルには近衛をつけた方がいいと、父親と同じ意見だった。
シエルの家族は何かとシエルに甘い。普通優秀な子に甘いのはわかる。だが不出来な娘に甘いとはどういうことなのだろうか。
常日頃から考えていることだがいまさら何も変わるまい。逆にいまさら態度を変えられても困るのは自分だ・・・・・・とシエルは思った。
「そう・・・・・・ですね」
シエルにこれを断る理由はない。だから首を縦に振る。
国王はそんな様子をみて満足そうに頷いた。
「なら、募集をしよう。シエルの近衛にふさわしいものが近くにいるとは限らない。なら外からの者も審査対象にいれる。決定権はシエルにあるが、もちろん審査は儂とクルエ、シーナも参加する。これでよいか? シエル」
「はい」
やはり、シエルは縦にうなずいた。
シエルにとってこんなものは正直どうでもいいことだった。自分を束縛するような近衛ならすぐに解雇にすればいい。文句を言うのなら黙らせる。結局は無関心・・・・・・自分の近衛にすら興味を持つことはない。それがシエルだった。