SW 結局この二人はいちゃいちゃすんのな。
小学五年の時だった。
私は、自分で言うのもなんだけれど、当時はかなり普通の子だったんだと思う。
朝起きて、学校に行ったら友達と話をして、授業は右から左に抜けてしまって、放課後もしばらく教室に残ってくだらない会話をしていた。
休日には友達と一緒にいろんなところに遊びに行きもした。
そんな子供だった。
自分のそんな生活を当たり前のように受け入れて、楽しいと、そう感じれていた。
けれど、ある日。
父が死んだ。
原因は、心臓の病気。
小難しい名前がついていた病気だったけれど、そんな名前、もう忘れてしまった。
父の祖父が同じ病気で死んだ、と聞いたことがあるのは覚えている。
その病気のせいで心不全を起こし、父は病気の発症から一年を待たずに死んだ。
本当に悲しかった。
みっともないくらい泣いて、泣き喚いて、さらに泣いた。
父は優しい人だった。
休日には必ず家にいて、私のことをよく構ってくれた。
夏休みの自由研究も笑顔で手伝ってくれたし、私の誕生日には毎年必ず家にいて、ケーキを用意してくれていた。
だから凄く悲しかった。
自分の大好きな父がいなくなって。
父が死んで、葬式とお通夜は滞りなく取り行われた。
親族の皆が、私と……それと、母に悔みの言葉をかけてくれた。
……母。
それは、思い出したくもない人物だ。
吐き気がする。
ああ……本当に。
今でも、どうして父があんな女と結婚したのか分からない。
なにがよかったのだろう。
まさかあの父が見かけに騙された、なんてことはあるまい。
お通夜の翌日。
私は一晩中泣きはらした顔で、当時一軒家で暮らし、その二階に部屋を持っていた私は一階のリビングに降りた。
そこで、テーブルの上に置いてあるものを見つけた。
預金通帳。
そして一枚の手紙。
私はその手紙を手に取った。
内容は短く、「お父さんの保険金の半分。これは貴方のお金です」とだけ書かれていた。
通帳を開く。
小学生には眩暈がするほどの金額が、そこにはあった。
呆然とする。
何故母は自分にこんなものを渡すのか。
分からなかった。
まだそのころは、母のことを苦手と思っても、嫌ってはいなかったから。
でも、すぐに分かることになる。
その日、母は帰ってこなかった。
その日だけではない。
次の日も、その次の日も。
一週間、ずっと。
一週間後、学校を休んでいた私は、その日から登校することにした。
母がいなくなったことは不安だったが、もともと母の存在は私には遠いものだった。
父が永遠にいなくなったことに較べれば、大したことでもない。
なにせ、せいぜい母との繋がりなど、一日の食卓と、時々交わす中身のない会話くらいのものだったのだし。
今思えば、母は私に無関心だったのではないかと思う。
幸いにも、父の遺してくれたお金のお陰で生活は出来た。
それを使うたびに父のことを思い出して、泣きそうになったけれど。
学校では、友人が最初は気まずそうに、けれど私が普段通りに接すれば、いつも通りに戻ってくれた。
もちろんそれは、無茶をして作った態度だったけれど。
本当は、いつだって、どこでだって、泣き出したかった。
涙を堪えるのが辛くて、その日は授業が終わるとすぐに帰路についた。
その途中で、私は見たのだ。
母の姿を。
一週間ぶりに見つけた母の姿。
私はすぐにその背中に声をかけようとして、気付いた。
その隣に、見知らぬ男がいるのを。
母と同年代の男だ。とはいえ、並ぶ姿がそう見えないのは、母が若く見えすぎるせいだろう。
誰だろう。
何も知らなかった私は、純粋にそう思った。
母と男は腕を組んでいて、声をかけられる雰囲気ではなかった。
私は黙って二人の後をつけた。
そして二人が入っていったのは……ラブホテル。
子供心に、それがどんなことをするのか、曖昧にではあるが、理解していた。
愕然とした。
しばらくその場所で立ちつくしていた私は、胸の奥で溢れる何かに我慢しきれなくなって、家まで全力で走って、部屋のベッドに倒れ……しばらく泣いた・
どうして母が、父が死んでまだ間もないこんな時に、誰とも知れない男とラブホテルなどに入っていったのか。
どうして。
理解できない。
どうして。
意味が分からない。
どうして。
気分は最低だった。
私は翌日、学校を休んだ。
休んで、おぼつかない足取りで街の中を歩いていた。
また母の姿を見つけた。
隣には……昨日とはまた違う男。
そして二人は、やはりあの場所に入っていく。
その場で膝が折れた。
地面に座り込んで、涙を流す。
声は出なかった。
しばらくして、心配した大人が私に声をかける。
私は無言のまま立ち上がると、その人のことを見ることすらせず、家に帰った。
それから。
私は、一人で生きて行くことを決めた。
私の容姿に釣られて集まってくる人間は、男女問わずに嫌悪した。
ああ、本当に。
それからは最低な日々だった。
まあ……でも、それも。
あいつに出会うまでの話だけれど。
†
夢から覚めた。
目を開けて、溜息。
鬱陶しい記憶だ。
身体を起こして頭を振るう。夢の内容を吹き飛ばすように。
あんな女の事、どうでもいい。
ベッドから抜け出す。
周りは、まだ少し慣れきらない風景。
臣護の家の、一室だ。
流石高級マンションだけあって、臣護の家には部屋が沢山ある。ただ、もちろん臣護一人でそれらを全て使うわけもなく、使ってない部屋は物置状態だった。その一部屋を開けてもらって、使っているのだ。ベッドなど、最低限必要なものは適当なところで買ってきたものだが、しばらくして段々と部屋の内装が私の趣味になってきたと感じる。
完全に馴染むのも、時間の問題かな。
思いながら、パジャマのまま部屋を出る。
今日は休日。
朝食には、ちょっと時間をかけて、気合いを入れたものを作ってみようか。
一日の活力源だものね。
†
「今日もシーマンとアマリンは仲良く異次元世界か」
隣を歩く明彦が呟く。
「うん……あの二人ってさ、どうしてデート気分で異次元世界にいけるんだろうね」
呆れ気味に私は言う。
本当にすごいよね。
いや、悪い意味じゃないよ?
あの二人は……うん。とにかく凄いんだ。
だってあれだよ?
あの二人と一緒に異次元世界に行くとさ、あの二人、山みたいに大きな化物の目の前でもなんだかんだといちゃいちゃするんだよ!?
それも無自覚で!
なにあれ。近くにいると軽くいらいらするよ!?
それは明彦も同じことらしく、最近はあまりあの二人と異次元世界には行っていない。
もちろん、それで仲が悪くなったりはしない。
とりあえずは、あの二人が落ち着いたら、また一緒に異次元世界に出ようかと思う。
それまでどれくらいの時間が必要なのかは、想像も出来ないけれど。
それまでは、あれだね。
明彦はパートナーだよ。
……一応言っておくけれど、戦闘の上のパートナーだから。
まさか明彦とそういう意味ではパートナーにはなれないよ。
うん。
せいぜいこうして、用事もないのに街中を一緒に歩くくらいだ。
ちなみに、こうしている時は落ち着くので、結構こういった時間はとっている。
そう考えると、異次元世界に一緒に出るのも合わせて、皆見と一緒にいる時間って多いなあ。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
「シーマンはあれだからいいとして、最近アマリンも化物じみてるよなあ」
「あー、それはある」
頷く。
臣護はほら、あの一件で脱人間したからとんでもないのは当然だけど……。
悠希もなあ。
――話は急に変わるけれど。
あの一件の後、異次元世界の新資源の発見ブームが起きた。
理由は簡単。
SWの数が増えたのである。
あの事件のせいで、世界中がSWのことを英雄的な存在として扱うようになった。
私としては、別にそんな大層なものだとは思えないけれど。
まあ、そんなわけで、大量の人々が英雄目指し、我先にとSWのライセンスを取り始めたのだ。
……明彦曰く「あいつら全員厨二かよ」らしい。
確かに、英雄志望です、なんて言う人がいたら私も引くよ。
と、まあSWはそんな風に急増し、それに伴い、異次元世界の開拓が加速。発見ブームは、そこから起きた。
数が増えたのだ。そりゃあ発見だって増える。ただ、それだけのこと。
ただそれだけのことでも、世界的に見ると大きなこと。
異次元世界の新資源は、アースに世界規模の技術革新を巻き起こした。
現在、太平洋のどこかで人工海上都市の建造がはじまったというから相当だ。
……人工海上都市と聞いて最初にマギのオケアヌスを想い浮かべた私は悪くないと思う。
マギといえば、アースの技術革新の余波も受け、順調に成長中だという。
今度帰ってみよう。
もう、アースとマギの間に壁もない。自由に行き気が出来るようになったわけだし。
家族に元気な顔を見せなきゃね。
いい加減、閑話休題。
で、SWの話。
SWの急増には良い面もあったけれど、当然その逆もある。
英雄志望なんていう生温い人達でも、簡単にSWにはなれる。筆記試験とか本当に簡単すぎるし。実地試験も適当に安全な異次元世界でやってれば簡単に合格できるのだから。
その弊害が……SWの死亡率の上昇だ。
増えた。
とにかく増えた。
棒グラフにしたら、恐ろしいくらいの急上昇。それを見た時私は崖かと思った。そのくらい。
そろそろまずいとお偉方も思ったらしく、近々SWライセンス取得の試験が難しくなるらしい。
いいことだ。
私としても、悪戯に人が死んでくのは気持ちいいものじゃないし。
あと異界研とかで普通にチャラチャラした人とかいると、殴り飛ばしたくなる。
というかこの前、ナンパじみたことをされて実際にぶっとばした。
明彦伝いに聞いた話だと、悠希もナンパされて、そのナンパした人は臣護に……うん。あれは酷い話だった。
とまあ、SWの話はここでお終い。
結局何が言いたいか、だけれど。
技術革新の中で、当然SWの武装も高度になっていく。
悠希のレールガンもその例外ではなく……うん。
まあなんというか、凄くなってる。
具体的に言うと、あの事件の最後で悠希が使ったプロトタイプ・レールガンの七割の威力を持ちつつ無反動。
そして反重力機能で本体の重量が軽くなっている。
とんでもない。
そこまでレールガンをチューンするのに、ヴェスカーさんと知り合いということで割引をしてもらった上ですら悠希の財産のほぼ全てを使ったけれど、その損失を補って余りある性能だ。
もう怖いってレベルだよ。
あの二人、この時も例の正体不明の巨大樹を追って異次元世界を転々としているんだろうなあ。
……なんか、悠希もいつか脱人間して、臣護と同じになるらしい。
あの二人らしいというか、なんというか。
ま、それも愛の形なのかな。
「んー、なんだアイアイ、にやにやして」
「なんでもない」
どうやら知らずの内に口元が緩んでいたらしい。
明彦に首を振る。
と、不意に。
「あれ?」
視界の端に、その顔を見つけた。
だがそれは、すぐに人混みの中に消えてしまう。
「ん、どうした?」
「いや……今、悠希があそこにいたような?」
「アマリンが?」
皆見が私の指さす方向に目を凝らす。
「どこにだよ? いないぜ?」
「……気のせい、だったのかな?」
「じゃねえの」
うん。
多分そうだ。
だって、悠希は異次元世界にいるはずだし。
「第一よ、アイアイ」
「ん?」
「そのアマリンの横に、シーマンはいたのか?」
「……ううん」
「そっか」
明彦がにやりと笑う。
「なら違う。そりゃ、アマリンじゃねえよ」
「そうだね。うん、その通りだ」
全くもって納得できる理由だった。
というわけで始まり。
……絶対これ長くなるよ。