最路 アリーゼさんマジすんませんでした。
……一人で散歩しているところに、この男はいきなり話しかけてきた。
「お嬢ちゃん。こんなところでどうかしたのかい? もしかして迷子かな? よかったらおじさんが一緒にお母さんかお父さん、探してあげようか?」
まずそこで、頬が引き攣った。
「……結構だ」
どうにかそう返して、歩きだす。
すると男が私の肩を掴んできた。
「まあまあ、そう言わずに。いい服を着ているね。それなりにいい家の子かい?」
そこで私は初めて男の顔を見た。
思わず吐き出しそうになるくらいに下種な目をした男だった。
外見ではなく、腹の奥が腐っている人種だと即座に理解する。
言動からして、私を貴族の子かなにかと勘違いしているのだろう。
助けて親から金をせびるか……あるいは……。
そこまで考えて、少し気になったので話にのっかかることにした。
……癪だが。
「そこまで言うのなら、いいだろう。ならば手伝ってくれ」
「いいよ。お嬢ちゃん、とりあえずこっちを探そうじゃないか」
お嬢ちゃん、か。
ああ、本当に癪だ。
人の事を外見でしか判断できんのか、この男は。
溜息をこっそりと吐き出す。
「そうだ。お嬢ちゃん、名前を教えてくれよ」
「……アリーゼだ」
「アリーゼちゃんか。いい名前だねえ」
なんだか無性にこの男を叩き切ってやりたい気分だな。
……今日の私は、我ながら少しばかり気が短いな。
だがそれも仕方あるまい。
なにせ……昨夜のことがあるのだから。
エリスめ……よくもあそこまで悪ノリしてくれたな……。
思い出すだけで顔から火が噴き出しそうになる。
いくらなんでも、あれはやりすぎだろう……っ。
いや、まあ受け入れてしまった私も私なわけだが。
それでも、釈然としないのだ。
私はどちらかといえばもっと普通に愛を確かめ合うほうが――っと。まあそれは置いておくか。
今はこの男だ。
「どこに向かうのだ?」
私の前を歩く男は、路地の奥へと入っていく。
「なあに、すぐそこさ」
などと話しているうちに、どうやら目的地についたらしい。
一つの建物の前で男が足を止めた。
「ここだよ」
男が嫌らしい笑みを浮かべる。
鼻につくのは、異臭。
何の臭いかは考えたくもなかった。
……どうやらこの街は、それほど治安がよくないようだ。
いや、もしかしたらこれがこの国の標準的な治安なのかもしれない。だとしたら、随分と未熟な国だ。
まあ結局のところどうなのかは、この国についての知識など欠片も持たない私には分からないが。
しかし長く旅をしていれば、そういう国にも何度か立ち寄ったことはある。
その中で培った経験から言わせてもらえば、こういう臭いがするところは、マシなものではない。
「ほら、入りなよ」
男が建物の扉を開けた。
途端、異臭が強まり、微かな声が聞こえた。
悲鳴……泣き声……あるいは、嬌声。
「一応聞く。ここはなんだ?」
「あん? そんなの決まってるだろ?」
男の口元が汚く歪んだ。
「変わった趣味のやつってのはいるもんでな。そういう連中にお楽しみを提供するところさ。お嬢ちゃんもまあ、運が悪かったと思って諦めてくれ」
男が私の背中を押して建物の中に入れようとする――が。
「どうにも、エリスの影響かな。こういうのを見聞きすると、歯止めがきかなくなる」
「え……?」
私に触れようとした男の腕が、根元から落ちる。
「う、うぁあああああああああああああああああ!? 腕、俺の腕があ!?」
「腕一本でなにを騒ぐ? お前はこれまでどれだけの少女を食いものにしてきた? その清算だ。おとなしく受け入れろ」
ああ。
この男に相応しい言葉を見つけた。
あの人の言葉を借りるとしよう。
「喚くな腐肉が」
そのまま、男のもう片方の腕を、指一本動かさないまま切断する。
殺しはしない。
安易な死など許しはしない。こういった輩は正当な裁きの元で、罪を後悔しながらこの世を去るべきだ。
男が激痛のあまり、そのまま気絶する。
すると、建物の中から悲鳴を聞きつけたか、男の仲間らしい連中が出てくる。
「なんだ、このガキは!」
「おい、さっさと捕まえちまえ!」
「あいつをあんな風にしたのは誰だ!?」
……ふん。
どいつもこいつも、私は眼中になしか。
男をこんな風にしたのが私などとは、少しも考えていない様子だった。
……そろそろ言わせてもらおう。
「私は……」
腕を真横に突き出す。
するとその手の先に、光が集う。
光が、大剣を形作った。
「お嬢ちゃんでもガキでもないっ!」
そしてその大剣を振るう。
大剣がうねり、その刀身が伸びた。
蛇のような動きで、一条の光が連中の合間を縫う。
そして、私が刃を引くと……その手脚が切断された。
いくつもの絶叫が、狭い空間を満たす。
赤い液体が辺りに巻き散らかされる。
「この、腐肉共がッ!」
光の大剣を地面に叩きつける。
と、圧倒的な力の奔流が怒り、建物を軋ませ、衝撃波は連中を吹き飛ばし、例外なくその意識を奪う。
「……ふん」
鼻を鳴らし、光の大剣を消してから私は建物の奥に入った。
濃密な臭い。
そこにある光景は、説明したくもない。
いたのは、惨めな少女達と、下卑た男達。
「おお、新しい娘か。ワシが最初にやってやろう。ほうれ、こっちにこんかい」
「黙れ」
一人の少女を弄びながら言う男を腕の一振りで壁に叩きつける。
それに周りの男達が動揺を見せるが、誰かが逃げだす前に全員壁に叩きつける。
「本当に……この国はどうなっているのだ」
一度、国中の膿を焼き尽くしてやろうか。なんて考えて、案外それもいいかもしれないと思う。
エリスに相談してみようか。
私達なら、数日でそれくらい出来るだろう。
少女達は、あるものは瞳は虚ろで、あるものは痩せ衰え、あるものは錯乱していた。
まともな意識を保っているものも、今あった光景に呆然としている。
「――――――《顕現》――――――」
私の身が変わる。
私は《私》に。
何もかもが、存在とは別のものに成った。
赤い布が翻る。
――きれい。
誰かが、そう呟いた。
「ありがとう。お前達も、綺麗に輝いてくれ。こんな現実に負けてくれるなよ?」
そっと手を振る。
それだけで、少女達が眠る。
私は彼女達の穢れを全て洗い流し、それから清潔な服を作り出して着せた。
迷ったが、記憶も少し変えておく。
忘れさせはしない。ただ、ほんの少しだけ、重さを削る。
やはり、少女達にこの記憶は重すぎるだろう。
本来は自分達の力で立ち直るべきなのだろうが……エリス風に言うのであれば、可愛い子ならば少しくらいのズルはしてもいい。
それでも完全に忘れさせないのは、この忌々しい経験が、彼女達の強さになると信じるから。
「さて……」
とりあえず、腐肉を然るべき場所に突き出して、少女達を帰るべき場所に帰してやろう。
あとは、この国の一番上……王か女王かは知らんが、その人物に会いに行こう。
国の腐敗を憂うのであればそれでよし。
そうでないのなら、軽く革命でも起こしてしまうかな。
……まったく。
そういえば最近は、こんな世直しめいたことばかりしているな。私達は。
まあ、それも悪くはないか。
それで何かを守れるのなら、導けるのなら……。
ああ。悪くもないさ。
アリーゼがちょっと教官に染まった気がする。
まあそれはそれでアリか。
とりあえず前話で忘れちまってすみませんでした、アリーゼさん。
なのでその光の大剣をどけていただけるととても嬉しいのですが。