SW うわあい。なにこの二人。夫婦?
肌寒い温度のなか、目を開く。
……あー。
流石にこの季節になるど、ベッドから出るのが辛いな。
なんて思いながらも、迷いなくベッドから出る。
そして、そのまま自室を出て洗面所で顔を洗い寝癖を直すと、リビングに行く。
途端、いい匂いが鼻腔をくすぐる。
リビングに隣接しているキッチンに入ると、その後ろ姿が視界に飛び込んできて……なんとなく、穏やかな気持ちになる。
「あ、臣護。おはよ」
エプロンをつけた彼女が振り返って、そう挨拶してきた。
「ああ。おはよう、悠希」
俺も挨拶を返して、悠希の隣に立つと、彼女の手元を覗きこんだ。
「シジミの味噌汁か」
「そ、臣護好きでしょ?」
「……好きだが、教えたことあったか?」
あまりそういうことは言わないようにしているつもりなんだが。
「前に一度出した時の反応見たら分かるわよ」
なるほど、よく見てるもんだ。
「それでも思い出したけど、臣護。あんた少しくらい好きなものとか教えなさいよ。ちゃんと作ってあげるから」
「作ってもらえるだけで十分だろう。俺の都合はあんまり気にしなくていい」
「馬鹿」
悠希が肘で俺をつついてきた。
「そういうのを作ってあげたいって思う気持ち、分かりなさい」
「む……そういうものか」
「そういうものよ」
……ふむ。
「なら、今度から少しずつ言って行くことにする」
「そうして」
満足げに悠希が頷いた。
とりあえず俺は、食器棚なら朝食に使う食器を取り出していく。
「あ、ありがとう」
「いいさ」
俺の出した食器に、悠希が出来た料理をそえる。
それを順番に俺はリビングのテーブルに並べて行った。
朝食の準備を終えて、二人で向き合うようにテーブルにつく。
「それじゃ、早速食べるとするか」
「ええ」
「「いただきます」」
そうして、少し前と違う関係の俺と悠希の一日が始まった。
†
悠希もリハビリが終わり、すっかり自由に動き回れるようになった。
何の後遺症もなく快復したのは奇跡だとシスターは言っていた。
まあ、そういうわけで悠希が復帰してから早一ヶ月。
俺と悠希は、かなりの時間を一緒に過ごしていた。
別に意図したわけではないが……なんでだろう。気付くと一緒にいる。
というか、最近ではもう悠希はほとんど俺の家に住んでいるような状況だ。
悠希が自宅に帰るのは週に二日か三日程度。それ以外は俺の家で寝泊まりをしている。これまで使っていなかった物置きとかしていた部屋を整理し、今では悠希の部屋として使っている。
皆見やアイには「いつ結婚しても問題ない」などと言われたが……まあそこはどうでもいいか。その時に悠希はひどく顔を赤くしていたが。
「ほら、臣護。行きましょ、待ち合わせに遅れるわよ」
悠希が催促してくるので、俺は少しだけ急いで玄関を出た。
これから俺達は、あの戦いに参加したメンバー全員での集まりに向かう。
わざわざ俺達の都合に合わせて、学校が休みの日に日程を調整してもらったのだ。遅刻するのは流石にまずい。
特にルミニア辺りは、厳しいスケジュールを詰めてまでやってくるのだ。
「いやあ、それにしても全員全快して、本当によかったわ」
悠希が改めて、そんなことを言う。
「確かにな」
今回の集まりは、それを祝う目的もある。
ちなみに、もちろん最後に快復したのは麻述だ。
あいつは……いろいろとひどかったからな。
「早く会いたいわね」
軽い足取りで歩く悠希の横を歩きながら、俺は思う。
隣に悠希がいて、他の連中も全員元気で……。
文句なしだよな。本当に。
……ああ、でも一つだけ。
問題あるなあ。
右手を、そっと見る。
――俺の身体は既に、人間から外れてしまっている。
魔導水銀剣で斬りつけられても傷一つつかず、例え怪我を負ってもすぐに塞がり、素手で巨大な異生物を叩き割ったり、五感をやろうと思えばおそろしく高められる。
極めつけは、魔力放出。
全力で放出すれば辺り一帯を黒の魔術で包み込めるほどの魔力を、俺はいつでもどこでも取り出すことが出来る。
……俺、これからどうなるんだろうなあ。
少しだけ不安がある。
基本的には人間と同じ生活が出来る、というのはヴェスカーさんも太鼓判をおしてくれた。
ただ、いろいろと分かっていないところもあるのだ。
今一番気になるのは、老化。
俺は、果して死ぬのだろうか?
こんな出鱈目な身体が、朽ち果てる時がくるのだろうか?
もしかしたら俺は……不老不死などというものになってしまったのではないだろうか?
そんなことを思う。
残念なことに、その俺の不安を否定する材料も見当たらない。
老化に関しては、時間が経ってみなければ確認のしようがないのだ。
数年たっても身体に何の変化も訪れなかったら……どうするかな。
嫌だな。
俺は老いずに、そのまま悠希に取り残されていくなんてことを想像すると、なにより恐ろしい。
「……臣護」
「ん?」
ふと、悠希が俺の顔を覗きこんだ。
「顔、強張ってるわよ。またあのこと考えてたの?」
「む……」
悠希には、俺のこの不安を打ち明けている。
しかしだからといって、察しが良すぎではないだろうか。
「……そんなことは、」
「あるわよね?」
悠希の目は、完全に確信している人間のそれだった。
これは誤魔化せないな。
諦めて、俺は小さく頷いた。
すると悠希は溜息をついて、俺に笑いかける。
「大丈夫。臣護がそんな風に人間やめても、私は絶対に離れて行かないわ」
「……だが」
俺みたいなのが側にいたら、きっといろいろと面倒なことがある。それは間違いがない。
「同じ時間すら、共有出来ないかもしれないんだぞ?」
そう言った、次の瞬間。
頬を思いきりぶんなぐられた。
とは言え……痛くないのだが。
「っ……殴ったこっちの方が痛いって……!」
俺を殴った悠希が、自分の拳をさすっていた。
「いきなりなにするんだ、馬鹿」
「馬鹿はそっちよ!」
悠希が思いきり顔を寄せて来た。
思わず身を引く。
「そんなに私とあんたが違うのが不安なら、いいわ!」
自信満々の笑みが、彼女の口元に浮かぶ。
「なら、またどこかの世界で《魔界》見つけて、私も臣護と同じようにぶっ倒してくるわよ。それで、同じになれるでしょ!」
「――……」
なんだ、それ。
確かに、《魔界》はまだなくなってない。
直接見た俺は、分かる。あれはまだどこかで、世界を破壊しているに違いない。
だが、だからといってまたそれに挑むなんて……。
まずこの無限に連なる世界の中で、そんなものをピンポイントで見つけられるかどうかすら怪しいのに。
無茶だ、と。そう言おうとして……けれど、悠希の目を見たら、そんな言葉を口にすることは出来なくなってしまった。
「いい、臣護。私はね……もう、絶対にあんたから手を離したりしないわよ」
嬉しい言葉だ、と思う。
でもそれを受け止めてしまっていいのか、とも思う。
果たして俺が側にいることが、彼女の不幸に繋がるのではないか。
それを考えると……迷いは、あった。
あった、けれど。
「はい、もうこの話はおしまい!」
悠希が、いきなり俺の手を握ってきた。
そのまま引っ張られる。
「変な話してたら遅れちゃうわ! 行くわよ、臣護!」
その掌の温もりに。
迷いなんて、どこかにいってしまった。
呼び方が変わってるるるるるる。
なんだこいつら。羨ましい。