SW クリスマスかよ!
風が吹いて、虹色の風が巻き上がる。
俺は魔導水銀剣を地面に突き立てた。
硝子がひび割れるような音とともに、地面にひびが入る。
そのまま、剣から魔力を放出する。
剣の刺さった、宝石で出来た地面が砕け散った。
宝石の世界。
地面全てが宝石で構築された世界。
そして常識と違う法則が支配する――ブラックスペース。
砕けた地面の底から、俺の身体を強烈に引く力が発生した。
その引力を、加速魔術で相殺する。
宝石の地面の下に広がるのは、虹色の星が輝く暗闇。
俺は迷わず、その暗闇に身を投げ出した。
†
マフラーで口元を隠しながら、商店街を三人で歩く。
この季節になると、どこもかしこもイルミネーションで飾られている。
「クリスマスパーティー?」
「おう、そうだぜ。今夜あるんだ」
首をかしげたアイに、皆見がにやりと笑う。
……そういえば、こうやって出かけるときに臣護が一緒にいないのって、久しぶりね。
臣護は、今日は何か用事があるらしく朝早くからどこかに行ってしまった。
「まあ、SWはイベント好きだしね。そういう季節行事は逃したりはしないわよ」
「そうなんだ……」
一昨年のことを思い出す。
臣護と一緒に狩りのイベントに参加したっけ。
逃げ足が異常に速い生き物を誰が狩りとるのかを競ったのだ。
ちなみに指定された生き物は三匹いて、うち二匹は私と臣護がそれぞれ狩ったのだ。ちなみに残り一匹は皆見が狩っていたらしい。
当時は皆見とは付き合いがなかったから知らなかったけれど。
「ふーん。皆は参加するの?」
「もちろんだぜ!」
「私は……まあ、参加すると思うけど」
クリスマスだから臣護と一緒に、とは思うけれど……まあでも、参加くらいはしておこうかな。
臣護も多分、私と同じ意見だろう。
「シーマンと二人でイチャイチャしねーのかい?」
「したくなったら途中で抜ければいいだけじゃない」
「……おおう」
「……うわあ」
え、なにその反応。
「な、なによ?」
「悠希、それを素で言えるのってちょっとすごいよ」
「え……?」
すごいって、なにが?
「アイアイ、言ってやるなよ」
皆見がアイの肩をたたく。
……なんなのよ、これ。
「意味分からない」
二人が同時に溜息をついた。
……はあ?
†
夕方になって、臣護が帰ってきた。
「どこに行ってたの?」
「ん、ああ……ちょっとした野暮用だ」
「ふうん?」
なにかわけありかしら?
まあ、いいわ。
「今夜、アイ達とクリスマスパーティーにいくけど、臣護はどうする?」
「クリスマスパーティー……ああ、異界研の……」
臣護が口元に手をあてて、なにかを考え込む。
「……まあ、行くか」
「そう。じゃあもうそろそろ行くから、準備しちゃって」
「分かった」
臣護が自分の部屋に入る。
その背中を見送りながら、私は腕を組む。
なんだか……ちょっと違和感があるわね。
なんなのかしら、今日の臣護は。
†
「盛況ねえ」
「そうだね……っていうか、いくらなんでも多すぎない?」
クリスマスパーティーは、危険性のない異次元世界に会場を設置して開催される。
《門》を出て最初に思ったのは、とにかく人の多さ。
「今回は、一般人も参加可能ってことだから……そのせいだろうな」
臣護がぽつりと零す。
そういえば、そんな話もあったっけ。
SWが一般に受け入れられるようになり……というか人気が出たことも関係して、このクリスマスパーティーは一般からも参加が出来るようになっているらしい。
なるほどねえ。
……でも、平気かしら。
ちょっと心配になる。
例年、こういう行事ではSWの出店というのは価格設定が異常なことになっている。
射的の弾一つで一万円なんてのは序の口。輪投げの輪が百万円というのすら見たことがある。まあ、その分、景品の価値が桁外れなんだけれど。
「今年はちゃんと金額設定に気を遣っている店もある……らしい」
らしい、ね。
しかも、も、っていうことはそうじゃない店もあるのね。
……これ、終わったあとの評判がすこし気になるところね。
「とりあえず、あっちいこーぜい」
皆見が先導する中、私達は歩き出した。
†
「おいおい、いーのかい、これじゃあ俺のぼろ儲けだぜい?」
皆見が模擬剣を二本構えて、広場の真ん中で余裕の表情を浮かべる。
私達はそれをベンチに腰かけ、適当に食べ物片手にそれを眺めていた。
ちなみに私はじゃがバター、臣護はやきそば、アイはフランクフルトだ。
この広場では今、あるイベントが行われていた。
内容はいたって単純。
真正面から戦って、勝ち抜き戦を行うというものだ。
そして挑戦料として五千円、現在連勝中の人に支払わなくてはならない。
つまり今で言えば、皆見の懐にどんどん挑戦者から金が入っているわけだ。
また新しい挑戦者が皆見に挑む。
どうやら一般からの参加らしい。身体の動きからして、剣道かなにかの有段者だろうとあたりをつける。
両者が構え、皆見が一気に距離を詰めた。
挑戦者の構えた剣に、皆見の左の剣が叩きつけられる。
それとほぼ同時、皆見は右の剣を突き出した。
挑戦者の剣は皆見の左の剣に弾かれ、その胸元に右の剣が叩き込まれる。
それらが一瞬のうちにおこなわれる。
素人ならば、なにが起きたかすら分からないだろう。
「まあ、皆見って強いものねえ」
「そうだな」
普段の様子から忘れがちだが、皆見の戦闘技術は一流のそれだ。
たとえ剣道有段者だろうとなんだろうと、実戦も経験していないような相手にてこずるわけもない。
「でも、いい加減飽きてきたな」
「臣護がいけばいいんじゃない?」
アイが言うと、臣護は首を横にふった。
「別に皆見を退場させていいが、そしたら俺が今度はあそこに残ることになるだろう」
「あんたがわざと負けるわけもないしねえ」
そうなったら、このイベントが終わるまでここに留まることになってしまう。
臣護が負けるわけないし。
「でも、明彦もすぐには負けないよね」
一流どころのSWが出てくれば話は違うだろうけれどね。
「……どうしようかしら」
「皆見だけ置いていくか?」
「それはかわいそうだよ」
アイが苦笑する。
「それじゃあ、私は残るからさ、二人は先に行っていいよ?」
「アイはそれでいいの?」
「まあ、明彦を見てるのも面白いし」
「……」
そうかしら?
まあ、アイがそう言うなら……。
臣護と顔を見合わせて、頷きあう。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
†
「これって……」
ぶらついていると、いきなり怪しいものを見つけた。
道端に唐突に現れた、地下に伸びる階段だ。
「……プラネタリウム?」
階段の横に立ててある看板にある文字を、臣護が読み上げる。
確かに、プラネタリウムとそこには書かれていた。
……プラネタリウムかあ。
「入るか」
「え……?」
思わず臣護の顔をまじまじと見てしまう。
「なんだよ?」
「いや……まさか、臣護から誘われるなんて思っていなかったから」
「……柄じゃないのは分かってるさ」
言いながら、臣護が階段をおりていく。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
私も慌ててその後を追う。
階段は随分と長かった。
ぼんやりと弱々しい光に照らされた階段を数分間ずっとおり続けて、ようやく入り口らしい扉にぶつかる。
扉を上げると、受付があった。
そこにいる人に入場料を払って、奥に向かう。
奥は、巨大なドームになっていた。
……どうやってここまで掘り進めたんだろう。
「天然の空洞を利用したんじゃないか?」
「ああ、なるほど」
座席に腰を下ろす。
私達のほかに客はあまり見られなかった。
まあ、あまりインパクトのあるものでもないし、仕方ないのかもしれないわね。
ドームの天上には、星空が映し出されていた。
二人で上を見上げて、ふとつぶやく。
「綺麗ね」
「そうだな」
しばらく、無言で星空を見上げる。
「……今年も、いろいろあったわね」
「ああ」
思い返す。
辛いことがたくさんあった。
でも、それと同じくらい嬉しいことがたくさんあった。
隣にいる臣護を、横目で見る。
「……臣護」
「ん?」
「これからも、よろしく」
「……ああ」
肘かけにある臣護の手に、自分の手を重ねる。
「……」
静かな時間が流れる。
「そういえば」
不意に、臣護が口を開いた。
「この前の約束、あったろ」
「約束?」
なんだっけ?
「……」
何のことか分からずにいると、臣護がコートのポケットに手を突っ込む。
そしてなにかを取り出した。
「ほら」
小さなケースが差し出された。
「これって……」
そのケースを受け取る。
「開けてみればいいだろ」
「あ、うん」
促されるまま、私はケースを開けた。
「え……」
ケースの中に入っていたのは……指輪だった。
透明な宝石が嵌められた銀色の指輪だ。
ダイヤモンド……?
一瞬そう思ったが、違う。
その宝石の中では虹色の粒子のようなものが生まれては消えていく。
綺麗……。
「これからもよろしく頼む」
「……あ」
そうだ。
思い出した。
これって……臣護がエリスとかいう人に連れて行かれたときに罰として出した話。
婚約指輪。
急に、顔が熱くなった。
「あ、あの、臣護……これ」
「……気に入らなかったか?」
「まさか!」
思わず全力で否定してしまう。
「そんなわけない……ありがと」
「……ああ」
「つけてみて、いい?」
「……好きにしろ」
ぶっきらぼうに臣護がいう。
視線は、合わせてくれない。
もしかして……恥ずかしがってる?
そう考えたら、なんだか笑ってしまった。
「なんだよ?」
「別に?」
笑いながら、そっと指輪を手にとって、左手の薬指にそっと嵌める。
……うわあ。
うわ……うわ……どうしよ。臣護の事、まともに見れない。
「ね、ねえ、臣護」
指に嵌めた指輪をいじりながら、声をかける。
「ん?」
「あの、さ……私のこと、よろしくね?」
「ああ。俺のことも、頼む」
そして、私達は……そっと肩をくっつけた。




