CO つまりインフレというのだ。
獣が丘から私達に向かってなだれ込んでくる。
その一匹一匹が、おそろしいほどの《顕現》をしているのが分かった。
……負けるかしら?
否。
断じて否だ。
私だけならまだしも……今、私は、私一人ではない。
臣護とライスケを見る。
視線が交わった。
二人が、笑んで頷く。
そう。
一人じゃない。
戦友がいる。
そして……愛すべき恋人達が。
今までの人生の中で私に笑いかけてくれた人達が。
その全てが、私に力を貸してくれる。
《真想》。
敗北など考えられない。
皆が背中を押してくれているから。
前に進むことだけ、考える。
そして邪魔などさせない。
《――彼は背負い、私と共に戦ってくれる――》
私がその言葉を口にした瞬間、ライスケが目を丸めた。
私の身体から、白い光が噴き出す。
《――彼女は強く、俺と共に戦ってくれる――》
あら?
臣護がそんなことを口にして、白銀の翼を六枚生やした。
見れば、彼はからかうように片目を瞑る。
なるほど、と言わんばかりに、ライスケも口を開く。
《――彼は揺らがず、俺と共に戦ってくれる――》
ライスケの手の中に、眩い銀の剣が出現した。
「さあ……全ての世界を救いに行きましょうか」
そう言うと同時。
私は身体から溢れる光を一つの流星のように放ち、臣護は翼を羽ばたかせ破壊の嵐を起こし、ライスケは何もかもを断ちきる刃を振り下ろす。
私達になだれ込んできた獣達が、消失する。
切り開いた道を駆ける。
――それは、丘を越えて、すぐに見つかった。
脈動。
黒いいくつもの足らしき器官が地面に突き刺さっている。
胴と呼べる部分は歪な丸で、血管のようなものが表面をびっしりと覆っている。
他には、なにもない。
それだけで、脈動をしていた。
まるで……それは巨大な臓物だった。
嫌悪感が込み上げてくる。
これは……あってはいけない。
不自然なくらい自然に、拒絶が心に生まれた。
不幸の塊。
これはありとあらゆるものを嘆かせる。
今すぐにでも……斃さなくては。
全力で。
欠片も遺さずに。
臣護とライスケも、私と同じことを考えたのだろう。
私達は、全員が同時に口を開いた。
《――共に戦って欲しい。この想いのために――》
全てだった。
私の、臣護の、ライスケの……全てが、私達の内に流れ込む。
それは私の想い。
それは臣護の想い。
それはライスケの想い。
私と彼らの想いが、今交わる。
お互いの力が、お互いの力となる。
絆は絆を伝って広がっていく。
全てであり……一つでもあった。
「終わらせましょう」
「同意見だ」
「こんな気味の悪いもの、さっさと始末するのが一番だ」
最初に私が飛び出した。
臓物が、蠢く。
するとその表面にいくつもの波紋のようなものが生じ……無数の獣が這い出してきた。
生まれ落ちる獣達。
その身体にはいくつもの筋のようなものが纏わりつき、獣達はそれを引き千切りながら地面に降りる。
二条の閃光が、それらの獣を抉った。
振り返らずとも、臣護とライスケのしたことだと分かる。
……これが、獣達の母か。
ああ。
――生みたい。
――生みたい。
――子らを生み続けたい。
その声に、奥歯が軋んだ。
「命を育むという行為を、穢さないで」
もう駄目だ。
正直に言おう。
気持ちが悪い。
受け付けられない。
こんなの私の勝手な意見で、一方的な押し付けだけれど……それとも、押し通す。
「貴方はここで、終わりなさい」
空から無数の雷光が降り注ぐ。
それは誰がしたことか。
私か。
臣護か。
ライスケか。
今や全員が同一の想いと力を持っているせいで、その区別が曖昧だ。
そんなものは、どうでもいい。
降り注いだ雷光が、母獣にいくつもの風穴を開ける。
悲鳴のように、脈動が揺れた。
風穴から黒い液体が溢れだす。
その液体の中から、大量の獣が生まれる。
黒い球体が空を覆い尽す。
それらが砲撃へ変じて、辺りを薙ぎ払った。
母獣の身が、大きく削れる。
――子らを生み続けたい。
「その為に、貴方達は多くの世界を滅ぼしたのでしょう?」
今更それをどうこう言うつもりはない。
積もる言葉ならばいくらでもあるけれど、滅びてしまったものを取り返すことは出来ない。
いいえ。
今の私達なら、出来るかもしれない。
全てを取り戻すことを。
でもそんなの……してはいけない。
失われたものは戻らない。
その節理を曲げれば……私達は、もう胸を張れなくなる。
だから、後ろは見ない。
でもね……。
「今までやっておいて……」
臣護が剣を構える。
「自分はやられたくないなんて道理は、聞けないぞ」
ライスケから白い光が溢れだした。
「そういうことよ」
私は翼を広げ、ソウルイーターを母獣に向ける。
冷徹に。
告げる。
「終わりよ……貴方達に、もう一つたりとも世界は傷つけさせやしない」
私達の想いが、母獣を潰した。
轟く。
それは母獣を……そして、獣の群れに響き渡る。
†
「あら?」
獣達が急に動きを止めた。
すると、その身体が光の粒になって、溶けて行く。
……これは。
空を覆い尽す光の粒子を見上げ、微笑む。
「ああ……そう」
きっと皆も今頃、空を見上げているだろう。
「終わったのね、エリス」




