CO おおインフレですね。
いくつもの世界を覆う膜を作り出す。
獣達がそれを抜けることは、決して出来ない。
閉じられた中で、獣達を皆さんが狩っていく。
……戦いは、嫌いだ。
傷つけるのも、傷つけられるのも、嫌。
それでも、避けられない戦いはあって……今がその時なのだろう。
だったら、嫌でも……見つめなくちゃ。
獣の逃げ場を奪っているのは、私。その事実から目をそらしはしない。
咆哮が世界を震わす。
「……エリスさん」
胸が締め付けられるような感覚。
エリスさんもきっと今、戦っている。
厳しい戦い。
負けられない戦い。
ああ……どうか。
勝って、帰ってきてください。
エリスさん。
†
虹色の嵐が獣達を呑み込んでいく。
それは剣であり、槍であり、斧であり、鎌であり……無限の武器。
私の腕の一振りで獣達が消滅していく。
殲滅しながら、ふと思う。
遠いところまできたものだ、と。
相手は神様ですら歯の立たない化け物。
それと同等以上に私は渡り合っている。
天使なのに、神様以上だなんて……。
神様にも、このまえちょっと愚痴を零されてしまったっけ。
でも、仕方ないわよね。
あいつについてくには、このくらい出来なくちゃどうしようもないんだもの。
ねえ、エリス。
押し寄せてくる獣の波を虹色で切り裂いて、どこにいるかも知れないエリスを思う。
こんな私達でもついていけないようなところでエリスは戦っている。
その隣にいられないことがふがいなくて、そんなエリスの恋人であることがちょっと誇らしい。
もっとがんばらないと。
「さて、と」
虹色をさらに生み出す。
気張りましょう。
エリス、あんたもしっかりやりなさいよ。
†
十本の巨槍が獣達を貫き消し飛ばし、六本の巨剣はその巨槍を避けたわずかばかりの獣をしとめる。
その中で、たった一匹。
巨槍も巨剣もすり抜けて我に肉薄する獣がいた。
その顔面を、鷲掴みにする。
地面に叩きつける。
軽い感触とともに、獣が弾けとんだ。
「ふむ」
まあ、この程度だろう。
……主ならばもっと早く、確実に終わらせられるのだろうが。
「精進しなくてはならないな」
戦いの力だけではない。
いろいろな面で、学ぶことはまだまだある。
その為にも、世界をこのような獣に荒らされるわけにはいかない。
世界を滅ぼす獣達。
ああ、それはまるで、何も知らず、ただ壊すことしか出来なかった過去の自身を見ているかのよう。
ならば、乗り越えるという意味でも。
この獣達は、全て倒さなくてはならない。
主よ。
たとえ違う場所にいようとも、我らは共に。
さあ……戦おう。
†
魔狼を駆る私の手から伸びた六条の光刃が縦横無尽に獣を斬っていく。
上下左右から不規則に動く刃を、獣達は避け切れない。
どれほど倒したろう。
とうに千は超え、万も超えたか。
後から後から、よくもこれほどの数を用意したものだ。
……その数だけ、世界が滅ぼされてきたのだろう。
ふつふつと沸く感情がこみあげてくる。
民を守りたい。
民の笑顔を。命を。平和を、守りたい。
それこそが私が剣を握る理由。
この獣は、私のその想いに真っ向から挑んでくる存在だ。
獣を一匹でも残せば、不幸が残る。
ならば今すぐにでも。
獣を狩り尽くす。
「エリス……」
私はまだ、全ての民を守れるだけの力を持っていない。
だから……力を貸してくれ。
お前とならば、私はもっと強くなれる気がするんだ。
†
「ああ、もう!」
漆黒の結晶が地面から突き出し、獣達を串刺しにしていく。
刺しても刺してもキリがない。
いい加減、いやになってくる。
こんなやつらとの戦いなんてさっさと終わらせて、エリス様に触れたい。
本当だったら、今だってエリス様と楽しい時間をすごせていたはずなのに。
こんな獣が現れたせいで、貴重な時間を奪われてしまった。
まったくもって、許せない。
どうしてこんなやつらに邪魔されなくちゃいけないのよ。
考えれば考えるほど、鬱憤はたまる。
「ふん!」
結晶の嵐がいくつも巻き起こり、獣達を吹き飛ばしていく。
なおもうじゃうじゃと獣達はわき出す。
ほんと、いつまで続くのだろう。
エリス様の声が聞きたいなあ。
エリス様に触れて欲しいなあ。
思いながら、結晶を生み出し、獣を始末する。
「邪魔なのよ!」
†
皆、やってるなあ。
こりゃ私も負けてられないかな。
手を振るう。
獣が吹き飛ぶ。
それを作業的に繰り返す。
エリスはちゃんとやっているだろうか。
まあ、彼女なら心配ないとは思うんだけど。
でも……どうだろ。
相手が相手だし。
本当はエリスについていきたかったんだけれど、皆のことを放っておくことも出来なかったしね。
なによりエリス本人からお願いされてしまったのだから、断れるわけも無い。
妹の頼みごとだよ?
そりゃあ、叶えるに決まってる。
それでも、やっぱり少し心配だなあ。
エリス。
大丈夫?
†
翼が半分、抉れる。
それを気にせず、六脚の足をもぐ。
再生した翼が羽ばたき、そこから生まれた衝撃波が六脚の身体を裂いた。
六脚は万全の身体を一瞬にして取り戻し、私に突っ込んでくる。
その眉間から、何かが伸びた。
長大な角だ。
それが私を貫こうとしている。
私はその角を……握った。
六脚はそれ以上、私に近づくことが出来ない。
「ふ――っ!」
角をへし折り、そのまま六脚の首筋にソウルイーターを突き刺す。
悲鳴に似た声を上げて、六脚は暴れた。
六脚の蹄が僅かにわき腹を掠めた。それだけで、胴が無くなる。
胴を再生させ、首に突き刺したままのソウルイーターを持ち上げる。
ぐしゃ、と。
六脚の首が飛んだ。
その首の断面に腕を突っ込む。
そのまま、脊髄を引きずり出した。
「少し過激かしら?」
さらに、巨大な力の塊を六脚の残った体に叩き込む。
蒸発。
……仕留めたかしら?
――生きたい。
――生きたい。
――他の全てを犠牲にしてでもこの命を繋ぎたい。
だが……六脚はあっさりと再生する。
まったく。
どうしたらいいのかしらね、これは。
なんて思っていると――、
身体が爪先から消滅しだす。
「……っ」
再生が出来ない。
これは……。
ああ、そういうこと。
妙に冷静な思考で、この状況を把握する。
他の全てを犠牲にしてでも命を繋ぐ。
その《顕現》の本領か。
つまり、単純なこと。
六脚が生きるために、私を犠牲にする。
それだけ。
今、その《顕現》が私を害している。
消滅は、既に腰の上まで来ていた。
……これは、どうすればいいのかしらね。
どうしようもない状態に、苦笑がこぼれた。