CO テラインフレ。
「嫌な予感、か」
何度か感じた覚えのある、その空気。
ああ。
この空気を感じて、今まで何人の戦友が死んでいったろう?
SWなんて馬鹿やってるのだ。
そりゃ、人死ににはよくぶち当たる。
でも今回のは……。
「……臣護」
臣護のいない、彼の家。
彼のベッドに横になる。
匂いがした。
すごく落ち着く。
言葉は、届くだろうか。
「信じてるから」
それだけでも、届けばいいけれど。
†
「ねえ、明彦」
「あん?」
「……これ、風の報せ、って言うんだよね?」
明彦と一緒にジグゾーパズルを組みたてながら、尋ねる。
ちなみに絵柄はピラミッド。
既に壁にはピサの斜塔とか自由の女神とかの完成したパズルが額縁に入れられて飾られている。
最近、ジグゾーパズルがマイブームなのだ。
他にも立体パズルとか好き。
「シーマン、なんかピンチっぽいなあ……お、ここか?」
明彦がピースをはめながら、そう呟く。
うーん。
「あ、これはここだね」
またピースがはまる。
「臣護は大丈夫かな?」
「大丈夫じゃね?」
投げやりにも聞こえる返答。
「そっか」
でも私は知っている。
それは信頼しているからこそ。
「そうだね」
ピースをはめる。
まあ、もちろん。
私だって、臣護のことは信頼しているよ?
†
「なあ、爺」
「なんじゃ?」
アースから持ち込んだ漫画を呼んでいる爺に声をかける。
「心配か?」
「まさか」
たったの一言の問いに、一言の答え。
それだけで通じた。
「シオンはどうだ?」
シオンなど、肩を竦めるだけ。
「心配するだけ無駄無駄」
苦笑しながらイェスが手を振った。
「どんな危機も、お兄ちゃんだったらすんなり乗り越えちゃうよ。そういう人だもん」
「それもそうだ」
思考の損だな。
私は手元に視線を戻す。
さて……。
「爺、次の巻はどこだ?」
「それなら……おお、そっちじゃな」
次の巻を手に取る。
それにしても面白いな、この漫画は。
「あの、姫様?」
「なんだ?」
「政務の方は……」
「漫画を読む為に昨日の内に全部終わらせた。文句はないだろう?」
「……それは、まあ」
「それよりシオンもこれ読んだら? 面白いよ?」
イェスがシオンに漫画本を差し出す。
もちろんイェスのもう片方の手には読みかけの漫画本がある。
「……それでは、まあ、一巻だけ」
シオンがイェスの差し出した一巻目を受け取る。
ああ……これは。
――はまったな。
この場にいるシオン以外の全員が同時にそう思った。
†
「臣護さんって、無敵だと思うのよ」
「え、なにいきなり?」
「……いいえ、それだけ」
微笑んで、佳耶の頬に手を添える。
「それだけよ」
「……まあ、いいや。それよりこの手をどけてよ」
「佳耶、キスしない?」
「しないよ!? いきなり何言いだすのさ!」
……これは、あれね。
嫌よ嫌よも好きのうち。
つまり、しないと言いながらも……ええ、そうよね。
「……ん」
「んんっ!?」
†
……なんだろう。
今凄く悠希のことが愛おしいと感じたんだが……。
そしてそれに比例するように他のいろんな連中に苛立ちが……。
――まあ、いいか。
それよりも、目の前のことだ。
三つ首が、その顎で俺を噛み砕こうとそれぞれの首を伸ばしてくる。
それらを避けながら、腕を振るい、衝撃を飛ばす。
けれど衝撃は三つ首に傷を付けることが出来ない。
三つ首が爪を振るうと、それは刃となって俺に届く。
腕を交差させてそれを防いで、俺は右腕を突き出した。
白銀の砲撃。
三つ首はそれを……真っ向から受け止めた。
どころか、砲撃の中を俺にむかって駆けてくる。
三つの口が開く。
「っ……」
真中の首の顎を殴り上げ、右の首を拳で叩き伏せ、左の首は白銀の衝撃波で弾き飛ばす。
首の一つでも千切れればいいものを、三つ首に被害は何一つない。
三つ首が俺に向かって爪を振るった。
それを片手で受け止め、もう片方の手に白銀の刃を纏わせて、三つ首の脚を根元から斬り落とす。
三つ首の咆哮。
瞬時に再生した脚が、連続で俺の事を打ちつける。
盾にした腕が折れて、すぐに治る。
最低の戦い方だ。
こんな、ただひたすらに力ずくでぶつかり合うばかりの戦い。
俺の趣味じゃない。
とはいえ、何事も極めればシンプルになる。
《顕現》に至って、こういった戦いをするのは必然だろう。
これだけの力の前で、僅かばかりの技巧など、ないようなものだ。
いやむしろ細々としたことをしている暇にやられる可能性すらある。
故に、ただ真っ向から。
腕を振るい、脚を叩きつけ、攻撃を受け止め、避け、時に身を砕かれ、砕き……そればかり。
ああ、いっそ頭がおかしくなってしまいそうだ。
終わりの見えない競走のよう。
どれだけ走ればいいんだ。
どれだけ走れば終わりにたどり着く。
より速く。
加速していく。
――駆ける。
――駆ける。
――縛られること無く駆け抜ける。
耳障りな願望。
……勝利を。
この獣より先に勝利という終わりにたどり着く。
それだけを願う。
光を置き去りにした場所で、三つ首を打ち合う。
拳と牙がぶつかり、互いに砕けた。
無様だな。
苦笑が零れた。
「無様でも、いいさ……!」
つまり、勝てればいいんだからな。
渾身の力を込めて、指を立てて腕を振るう。
白銀が、三つ首に食らいつく。
そして……裂いた。
三つの首が、落ちる。
やったか……?
斬り落とされた首が、溶けるように消えて行く。
再生はしない。
三つの断面を露出させた首無しの胴だけが残る。
――首無しの胴が動き、その爪が俺を切り裂いた。
「……は?」
……それはもう、首無しでもない。
気付けば、それは……形状を留めない、黒い汚濁。
ぐねぐねと蠢いている。
ああ、くそ。
駆け抜けるためならば、俺の先を行くためならば、その形すらも捨てると言うのか。
形にすら縛られぬと、そう言うのか。
再生する必要すらないと。
その暇すら勿体ないと。
ならば駆ける。
身が砕けようと駆け抜けると?
……ちくしょうが。
汚濁から、無数の牙が、爪が飛び出して、俺の身体を幾千幾億に千切る。
や、ば……。
再生が間に合わない。
俺の《顕現》が、獣の《顕現》に千切られる。
千切られる。
千切られる。
千切られる。
千切られる。
千切られる。