CO インフレ万歳!
風が吹く。
「……?」
なにか違和感を感じて、空を見上げる。
青い空に雲が漂っている。
……なにもおかしなところはない、わよね。
なんだったのかしら、今のは。
「ウィヌスさん?」
ふと、隣のメルが私に声をかけてきた。
「今、なにか……」
「あら。貴方も感じたの?」
どうやら私の気のせい、というわけではないらしい。
私とメルが一緒に感じる。
そうなると、どうしても彼のことを思い浮かんでしまった。
――ライスケ。
貴方、今何をしているの?
もうすぐ一人旅も終わることでしょう?
「……嫌な予感、っていうの。これは」
「そう、なんでしょうか?」
そこはよく分からなかった。
まあ、でもあれよね。
例えこれが嫌な予感だったとしても、それがどうしたというのだろう。
「ライスケなら、何があっても平気でしょう」
それにライスケは約束しているのよ?
ちゃんと、一人旅が終わったらまた一緒に旅をしようって。
だから……戻ってくるわ。
心配する必要なんてどこにもない。
「そうですね」
メルがくすりと笑う。
「ウィヌスさん、休憩はこのくらいにしておきましょう。今から出れば、日が暮れるまでには次の街につきます」
「そうね」
メルに言われ、馬車に乗る。
思えば、この馬車も二人で使うには随分と広く感じる。
前はそんなこともなかったのだけれどね。
……何と言うべきか。
寂しい……?
「ふ……」
「どうかしました?」
思わず笑みがこぼれ、メルが反応する。
「いえ、なんでもないわ」
私が寂しい、ですって?
なによそれ。
そんな感情、神にもあるのね。
†
「ふん?」
風に紛れて、何か不吉なものを感じた。
「……ライスケか?」
なんとなく、そう思う。
あいつめ、なにか危険なことにでも頭を突っ込んでいるのだろう。
まったく物好きだな。
とはいえ……ライスケらしい。
なにせ世界平和を大真面目に願うようなやつだ。
そこに面倒事があれば、自分から突っ込んで行く。それがライスケだろう。
……その光景が用意に想像できてしまうな。
苦笑が零れた。
「まあ、せいぜい頑張れ、ライスケ」
手助けなど、私程度の力では言うのもおこがましいが。
それでも応援くらいはしよう。
面倒事の一つ二つすぐに解決して帰ってこい。
また旅をしよう。
待っているぞ。ライスケ。
†
「お?」
「どうかしましたかあ、元隊長」
「いや……」
首を傾げる。
なんだ、今の。
なんだか、ライスケが危ない目に遭っているような気がしたんだが……。
まあ、平気か。
あいつだもんな。
ライスケだぞ?
あいつが危ない目に遭うなんて、そんなの……世界の終わりでもない限りありえないだろう。
それに、例えそうだったとしても。
「あいつだったら、なんだかんだで世界を救っちまうだろうなあ」
†
戦いは拮抗していた。
山羊頭の身体を俺が吹き飛ばせば、次は俺が吹き飛ばされる。
傷つけ、傷つけられ、再生し……その繰り返し。
いつまでたっても、何の進展もない。
「ああ、もう……っ!」
《顕現》は同等。
決定打を放つことは出来ない。
どうする……どうすればいい。
先に行ったエリスと臣護のことも気になる。
さっさとこんな戦いは終わらせて、先に進まなきゃならない。
山羊頭の角から、黒い閃光が放たれる。
そこに俺の尾から放たれた白い閃光がぶつかり、相殺する。その余波が辺りの空間を軋ませた。
俺は拳を振り上げ、山羊頭に肉薄した。
拳が、山羊頭の眉間をとらえる。
思った以上に軽い音とともに、山羊頭の眉間に風穴が開く。
それは、瞬く間に再生される。
お返しとばかりに、山羊頭の口から炎が吐き出され、俺の事を覆い包んだ。
身体が溶ける。
それも、すぐに再生するが。
けれど確実に、お互い消耗していた。
《顕現》とは想いさえあれば持続できる。
だがその想いとは、絶対無限のものではない。
戦いの中で摩耗することもあれば、折れることもある。
ほんの些細な切っ掛け一つでどうにかなってしまう、不確かなものなのだ。
同等である《顕現》と《顕現》のぶつかりあい。
俺と目の前の獣の戦いは、削り合いだ。
こちらが削れば、あちらも削ってくる。
少しでも削り損ねれば、多く削られれば……それは敗北につながる。
同等の枠から外れれば残るのは勝利か敗北という結果。
だから、ほんの僅か足りとも油断は出来ない。
常に気を張る。
気力の消耗は著しい。
だがそれは向こうも同じ……のはず。
どうなのだ?
山羊頭を見る。
――喰らう。
――喰らう。
――ただ喰らう。
飢餓に狂った獣。
そこに理性は感じられず、ただ害意ばかり。
本当に消耗、しているのだろうか?
いいや。
こうして今も拮抗している以上は、向こうだって消耗しているはずなのだ。
けれど不安だった。
この獣は、俺に近しく、けれどあまりにも違いすぎる。
喰らう存在でありながら、ただ欲望のままに生きる獣。
お前は、果して今なにを考えている?
俺に勝利することか?
俺を喰らうことか?
それとも敗北を恐れているのか?
どうなんだ。
分からない。
分からなくて……むしろ逆に、山羊頭のどこを見ているかも分からない目が、こちらの心の内側を全て見透かしているのではないか、という不安を覚える。
もしかしたら俺は、ただ嬲られているだけで、本当はこの山羊頭が本気を出せばすぐ負けてしまうのではないか?
こいつはそれを楽しんでいるだけなのではないか?
……いいや、そんなことはない。
自分の考えを否定する。
それは、その不安は、敗北に繋がる毒だ。
勝つ。
そう決めている。
ならば、余計な考えは不要。
……不安なんて捨てろ。
俺はただ勝つことだけを考えていればいいのだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
弱音を吹き飛ばすように、叫びながら尾を振るう。
白い閃光は山羊頭の身体を吹き飛ばす。
再生した山羊頭が、なにをしたのかも分からないが、俺の身体を吹き飛ばす。
吹き飛ばす。
吹き飛ばされる。
消える。
消される。
貫かれ、焼かれ、裂かれ……その度にやりかえす。
破壊と再生が繰り返す。
無限にも思える反復。
終わりなんて見えない。
どれほどの時間そうしていた?
あるいは秒にも満たないのかもしれない。
倒す。
こいつを倒して、二人の下に――!
その想いを乗せて、一撃を放つ。
一際強い、白い閃光。
それが、山羊頭を呑みこんだ。
――静寂。
虚空がそこにあった。
……え?
なにもいない。
勝った……?
それは、あっさりとした後味。
あるいは、拍子抜け、とも言うか。
これで……終わり?
俺の勝ち、なのか……?
手ごたえは、たしかにあった。
避けられてはいない。
確かに消し飛ばした。
再生もない。
……勝った。
「本当、に?」
口からその言葉が漏れて。
すぐ背後に、山羊頭がいることに気付く。
「――!?」
動揺する。
喰われた。
直感的に、理解する。
俺が山羊頭を消し飛ばした。
その結果を……喰われた。
勝利という結果を喰われ、獣は蘇る。
俺の動揺を、山羊頭は見逃さなかった。
山羊頭が、口を開く。
その牙が、俺に迫る。
がり、と。
そんな音がして、視界が暗くなる。
ぐちゃり、と。肉の潰れる音。
びちゃり、と。血が跳ねる音。
それが何度も聞こえた。
これは……なんの音だ?
まさか。
――ああ。
これは、
俺が、咀嚼される音か……。
ストック?
なにそれ美味しいの?
書き上げたら即投稿が信条です。
……こんなんだから誤字が出るのか。
見直ししよ。