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CO インフレったー。

「ただいまー」



 レールガンの調整が終わって、私は家に帰ってきていた。


 家と言っても、臣護の家だけれど……まあ、そんな細かいことはいいわよね。


 リビングに入る。



「……あれ?」



 臣護、まだ帰ってないのかしら。


 もう結構遅い時間だけれど。


 ふとテーブルの上に一枚の紙切れが置かれていることに気付く。



「これは……」



 それを手にとる。



 ――世界を救うために、臣護は借りて行くわね。



 短い一文。


 そしてその後に続くのは、エリスという名前。


 ……。



「……へえ?」



 紙を握りつぶす。


 誰よエリスって。


 臣護とか下の名前で平然と呼んでくれちゃっているけれど……どういう関係なのかしらね。


 これは、臣護としっかりお話する必要がありそうだ。


 にしても……世界を救うため?



「ふうん」



 まあ、臣護だし、そういうこともあるのかもしれないわね。


 そこはどうもでいい。


 ともかく。



「帰ったら、覚えてなさいよ……臣護」



「――っ!」



 背筋に寒気が走った。


 な、なんだ……?



「どうかした、臣護」

「あ、いや……なんでもない」



 振り返ったエリスにそう答える。



「そう?」

「緊張してるんじゃないのか。なにせ、これから行くのって、敵の本拠地だし」

「お前と一緒にするなよ」



 ライスケにはっきりと言い返しておく。


 別に緊張なんてしちゃいない。



「……でもさ、たった三人でいいのか?」

「まあ、正直三人集まっただけでも僥倖よ」



 ライスケの問いにエリスがそう返す。



「私としては、私と同等の人間が一人見つかればいい、程度にしか思っていなかったもの。それが二人も……しかも、どちらも世界を救った英雄達よ。十分すぎると思わない?」

「英雄、ね」



 そんな風に名乗るつもりはない。


 あの時……《世界樹》が現れた時、俺は、俺一人で戦い、勝ったわけじゃない。誰もが全力で戦っていたんだ。


 俺はその中で、少し中心に近いところで戦っていただけのこと。


 一人じゃきっとどうにもならなかったろう。



「そんな大層なものじゃないよ」



 ライスケも苦笑していた。


 詳しくは分からないが、きっとライスケも、俺と同じような感じなのだろう。



「謙虚なのは、やっぱり別の世界とはいえ、日本人ねえ」



 その言葉に耳を疑う。



「……え、臣護って日本人なの?」

「ライスケも、なのか?」



 別の世界の人間なのに……日本?



「無限にある世界よ。中には、同じ名前の、同じ風習の国があってもおかしくはないでしょう?」

「そうなのか?」

「そうなのよ」



 ……そういうものなのか。



「まあ、その辺りはその内、お互いの事を詳しく話し合ってみてもいいかもしれないわね」

「今はそんな暇、ないしな」

「ああ」



 エリスとライスケのことか。


 まあ……少し興味はある。


 ライスケもそうなら、きっとエリスも世界の危機の一つ二つくらいは軽く救っていそうだ。



「さて、それじゃあ……」



 エリスが手を振るう。


 空間が裂ける。


 その向こうに広がるのは、黒い空間。


 獣の臭いがする。



「行きましょうか?」

「……頑張ろう」

「ああ」



 俺は銀の剣を、エリスは黒い剣を持ち、ライスケは白い尾を揺らす。


 そうして……俺達はその向こうへと飛び出した。



 広がる、黒い大地を紅蓮の空から見下ろす。


 否。


 それは、獣の群れだった。


 《顕現》した獣の大群。


 腹の底から這い上がって来るような怖気。



「なんだ……これ」



 ライスケが呆然と呟く。



「気味が悪いな」



 臣護が苦い顔をして、銀色の剣を握る手に力を込めた。


 私も、吐き気に近い感覚に襲われる。


 来るのは二度目だけれど……どうにも、やはり認められないわね。


 他者を蹂躙し、ただ広がることを望む。


 そんな意思。


 頭からの否定というのはあまり好きじゃないけれど、こればかりは、ね。


 感情的に、不愉快だ。


 私だって人間。嫌いなものの一つ二つある。


 これは、そのど真ん中。


 獣達が、私達を見上げ、一斉に咆哮した。


 身体が痺れる。



「ふん」



 臣護が銀色の剣を構える。


 刹那。


 獣達の顎が上下に裂けた。



「ライスケ。怯むなよ」

「あ、ああ!」



 ライスケの尾が持ち上がり、幾条もの白い閃光を辺り一帯に放つ。


 気付けば、獣達は消滅していた。


 やはり、凄いわね。この二人は。


 言っては悪いけれど、これが月葉でも、足手まといだった。


 本当に、臣護とライスケを見つけられてよかった。


 心強い。



「こんな、もんか……?」



 ライスケが訝しむように周囲に視線を巡らせる。



「油断はしないで。今のは所詮、雑魚よ。群れの異常を察知して、すぐに次が来るわ」



 地面が揺れた。



「――っ!」



 息を呑む。


 それは……来たわね。



「負けることなど考えないで。《顕現》では、その想い一つが致命的よ」

「言われるまでもない」



 衝撃。


 地面が砕ける。


 黒い何かが、地面の下から飛び出した。


 それは……腕。


 それから、頭。


 徐々にその全貌が明らかになっていく。


 大きさは、これまでの獣の倍以上。とにかく巨大だ。


 身体は、人によく似ている。


 けれど頭部は山羊のような角を持った獣のもので、腕は異様に細く、鋭い左右それぞれ三本の爪がついている。


 腰から下は馬のようになっていた。


 これまでの獣とは、明らかに違う。


 その《顕現》の質もまた……普通の獣とは完全に別物。


 ――喰らう。


 ――喰らう。


 ――ただ喰らう。


 それだけ。


 群れの事などは知らぬと。


 己の飢餓を満たす為だけに生きると。


 それが、その獣の《顕現》だった。


 山羊頭の獣は、ゆっくりと私達を見下ろし、嗤った。


 そうして――。




 私達の身体が、消し飛ぶ。



 欠片すら残さず消し飛んだ身体は、けれど一瞬で再生を果たす。


 負けてはいない。


 ただ、少しの衝撃を受けただけ。


 負けていないと俺達が思うのならばそれは、なんであっても塗り潰せない現実。


 拮抗している。


 同等だ。


 俺達と、あの山羊頭とは。


 エリスの翼ば羽ばたき、山羊頭の身体が半分消し飛ぶ。臣護の銀色の斬撃はもう残り半分を掻き消し、俺は早くも再生を始める山羊頭をとどめとばかりに白い常闇で覆い尽す。


 だが、それでも。


 山羊頭の獣は、蘇る。



「っ……」



 今この瞬間も、獣の群れはどこかの世界を呑みこんでいるのだろうか。


 そう考えると、こんなやつの相手をしている時間がもったいなかった。


 早く仕留めなくてはならない。


 こいつなどではない。


 この先にいるであろう、獣の頂点。


 群れの頭。


 それを潰せば、残りなどどうにでもなる。


 であれば……答えは一つ。



「エリス、臣護」



 二人に声をかける。



「ここは俺が受け持つ。先に言ってくれ」

「ライスケ……それは、」

「数がいても意味がない。なら、一人でさっさと倒しちまうほうがいいだろ?」



 エリスに、そう笑いかける。



「……ふ」



 エリスと、それに臣護も、俺の肩を小突く。



「なら、任せるわ。ライスケ、さっさと追って来なさいよ?」

「言っておくが、長くは待たない。遅れるなら、うまいところは全部俺達で貰う」

「……分かった」



 ここまできたら、俺だって上手いところは貰わなくちゃな。



「すぐに行く」

「待っているわよ」

「待たないからな」



 正反対の言葉を遺して……二人の姿が消えた。



「……さあ」



 山羊頭を睨みつける。


 その腕が振り下ろされて、極大の炎がどこからともなく俺に襲いかかってくる。


 それを白い閃光で打ち払う。



「さっきから腹が減った腹が減った、うるさいんだよ」



 身体を薄らと覆う白い光が、輝きを増す。



「そんなに腹が減って、なにか喰いたいなら……自分の腕でも、喰ってろ」



 お前の飢餓で世界をどうこうしていいなんて思うなよ。


 世界に生きる命は、お前の餌じゃない。


 弁えろ。


 お前だって世界に生きる命の一つだろう。


 その営みから外れ、踏みにじっていいわけがない。


 俺が言えた義理じゃないが、俺しか言う奴がいないんだからしょうがない。


 俺は、世界を喰った。


 それは最低の行為だ。


 どうしようもない。


 悔いれば許されることではないし、取り返しがつくことではない。


 だが、それでも――。


 何も感じず、何も省みず、何の意味もなく、ただ喰らいたいと願うだけなら……そんなものよりかは、幾分かはマシだろう。



「お前の飢餓なんて、知ったことじゃないんだよ……!」







ライスケ戦闘開始ー。


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