神喰 なんだろ……ヘイ、お前……。
道で出会った行商人に護衛と引き換えに乗せてもらった馬車で揺られながら、俺は空を見上げた。
もうすぐ、神聖領を出るか……。
そうすれば帝国だ。
「……元隊長。暇ですねえ」
隣でそんなことを言うやつがいた。
視線も向けずに、溜息を吐き出す。
「お前、どうして付いてきたんだよ」
そこにいるのは、昔馴染み……ヌルサ。
あれだけ神聖領に忠実だったこいつが騎士団を抜けていたのにも驚いたが、俺の隣にいることにもびっくりだ。
というかこいつ、なんか神聖領のお偉方をどうこするつもりなんじゃなかったか?
だってのに帝国なんかに向かっていていいのだろうか。
「帝国の方に助力を求めに行くんですよ。いくらなんでも、国を相手とるには力不足なので」
「……いいのか?」
帝国はヴェイグニア教の弾圧をしている。ヌルサにとっては仇敵とも言えるのではないだろうか。
そんな相手と手を組むつもりなのか?
「帝国が否定するのは神聖領のヴェイグニア教です。私が守るのは、神々の教え。今や、その二つは同義ではないですから」
「ふうん……そんなもんか」
「そんなもんです」
あっさりとヌルサが言い切る。
なんというか、成長したもんだなあ。
ちょっとしみじみとしてしまう。
「そういえば、元隊長。これから会いに行く女の子には、会ったらまず何て言うんですか?
「……教えるわけないだろ」
いきなり何を言い出すかと思えば、そんなこと。
どこをどう勘違いしても、ヌルサなんかには教えない。
「なんでですか、教えてくださいよ、元隊長。後ろ暗いところでもあるんですか?」
「お前、その呼び方いい加減変えないか?」
元隊長って……普通に名前で呼べばいいのに。
「誤魔化されませんよ」
「……」
別に誤魔化そうとしてるわけじゃないんだが……。
いや、本当だぞ?
「ほら、元隊長。教えてくださいよ」
「しつこいぞ」
寄ってくるヌルサの額に手をあてて押し返す。
「ええい、こうなったら力ずくで吐かせてあげましょうか」
ヌルサが肩に担いでいる、布に包まれた大槍に手をかけた。心なしか、槍の大きさが俺が隊長やってた時代より二回りほど大きくなっている気がする。
「やめろよ。こんなところで」
「なんですか、その余裕っぽい感じ」
俺のやる気のない態度に毒気を抜かれたのか、ヌルサが肩を落とす。
「元隊長ー、やりましょうよー」
再会してから、ちょくちょくこいつは俺と戦いたがる。
力量を測りたいらしいが、俺は別にそんなのどうでもいい。
大体、こいつの大槍とやったら、俺の剣が折れてしまうかもしれないじゃないか。
そんな金は持ってないんだ。下手な出費をしてしまう可能性はつぶしておきたい。
「ほれ、周囲を警戒しろよ」
「警戒って……こんな野原のど真ん中で何をしろと?」
ヌルサが呆れたように辺りを見回す。
「……空とか、地面の下とか?」
「適当に言わないでくださいよ」
いやいや、適当じゃなくて……。
「結構真面目だぞ?」
「へ?」
呆けた様子のヌルサを置いておいて、俺は振りかえり、馬車の御座に座る商人に声をかけた。
「おーい、止めてくれ」
訝しげな顔をして、商人が馬車を止める。
俺は馬車を下りると、二本の剣を腰から引き抜いた。
「なにしてるんですか、元隊長」
「いや、だから護衛」
いいながら、右の剣で地面を切り裂く。
すると――。
キィイイイイイイイイイイイイイ!
甲高い悲鳴と共に、地面の下から巨大な蛇のような魔物が飛び出してきた。その背中が裂けている。
「うぁ!?」
ヌルサが驚愕の声をあげる。
「本当にいた!?」
「だから言ったろ」
左手の剣で、飛び出してきた魔物の首を切り落とす。
数瞬で、魔物を仕留める。
「……元隊長、なんか人間離れしてません?」
「人間離れって……」
思わず笑ってしまう。
俺なんかまだまだ十分に人間のくくりだろ。
人間離れってのは姫様とかライスケとかのことを言うんだ。
「ほんと、凄いですねえ。拍手しましょうか?」
「そんな暇あるのか?」
「え?」
ヌルサが首を傾げた。
その間にも、俺は油断なく辺りを見回した。
空から何かが飛んで来る。
剣を振るい、それを切断する。
それは、嘴が異様に鋭い鳥の形をした魔物だった。もしあたっていたら、俺の身体などあっさり貫通されていたろう。
「……おおぅ」
ヌルサが若干身を引く。
「何者ですか、元隊長」
「元隊長だよ」
苦笑して、そう返す。
「それより、お前も手伝えよヌルサ」
「え? いやいや。もう終わっちゃったじゃないですか」
「はあ?」
何言ってるんだ、こいつ。
「まだまだいるだろ。そこらじゅうに」
「――ふぇ?」
辺り一帯の地面が、爆発した――そう錯覚する勢いで、大量の蛇の魔物が大量に湧き出してきた。
完全に馬車は囲まれている。
さらにどこから現れたのか、空を黒い雲――鳥の魔物の群れが覆う。
ヌルサがぽかんと口を開け、商人が悲鳴をあげた。
「い、いやいやいや! これなんですか!?」
「多いなぁ」
「反応が薄くないですかあ!?」
なにをそんなに慌ててるんだ。
こんなの、別にウィヌスさんとか姫様とか相手にするより全然マシ――あれ、なんだろう。目から汗が……と、止まらないぞ?
おかしいな。別に俺、悲しくともなんともないのに。
「ぶ、不気味……」
そこ。ヌルサなにちゃっかり呟いてるんだ。しっかり聞こえてるぞ。
俺は目から溢れだす滴を拭うと、剣を構えた。
「それより、行くぞヌルサ!」
「本気ですか? え、まさかこれ全部相手にするんですか?」
「当然だろ」
でもなけりゃ馬車を守れない。
なんか商人が気絶してしまったが、それはいい。下手に騒がれないだけまだマシだ。
「……はぁ」
しばらく沈黙してから、ヌルサが溜息を吐き出す。
「なんか、元隊長とだと負ける気がしませんよ」
「そうか?」
まあ、俺だって負ける気は毛頭ないけれど。
というか、本当になにをヌルサはこの程度で怯んでるんだ?
たかが魔物の数百……どうってことないじゃないか。
その瞬間、飛びかかって来た蛇と鳥の魔物をすれ違いざまに合わせて十数匹始末する。
剣を回すように扱って、さらに次々と魔物を切り伏せて行く。
「……うわぁ」
ヌルサが大槍を布から取り出しながら、そんな声をもらした。
「どうした?」
「いや……なんでもないです、よっ……と!」
大槍の一振り。
蛇が纏めて八匹ほど吹き飛ばされる。
相変わらずの怪力だな。
感嘆しながらも、俺は剣で撫でるように鳥を落とし、蛇を狩る。
蛇は、ウィヌスさんのように再生してくるわけじゃない。
鳥は、姫様の攻撃ほど苛烈ではない。
威力も硬さも早さもなにもかもが、俺の知る強者に劣っていた。
ずっとそういう連中の傍にいたのだ。ならば、この程度反応できなくてどうするのか。
ていうか遅れをとったら、姫様あたりにボコボコに叩き直される。
それは……嫌なんだ!
「元隊長、なんか凄く震えてません!?」
「気のせいだ!」
別に、そんな怖がってなんかないからな!
剣を振るう。
とにかく振るう。
「そして殲滅速度が三割増しに!?」
ヌルサが驚愕しながら魔物を薙ぎ払う。
なんだかんだ言ってヌルサもかなり倒している。
まあ俺もそれなりだけど。ヌルサよりかは、ってところか。
「ほら、速度上げるぞヌルサ! 付いてこい!」
「ちょっ、待って下さいよー」
さっさとこんなやつらの相手は終わらせて、彼女の元に行かなくては。
自然と、剣を握る手に力がこもる。
剣の一薙ぎで蛇を纏めて三匹切り裂き、それを刹那の内に六連続させる。
「出鱈目っ!?」
そうして――終始ヌルサは驚きっぱなしだった。
†
「いい汗かいたな」
額の汗を拭い、俺は赤く染まり始めた空を見上げた。
時間にすれば……まあ三時間くらいか。
ちょっと疲れたが、問題はない。
隣では、ヌルサが大槍を杖のようにしていた。
「どうしたヌルサ。体力落ちてないか?」
「も、元隊長……貴方、化物ですか」
ひどく荒れた息遣いで、ヌルサが非常に失礼なことを言う。
「俺が化物なんて言ったらお前……どうするんだよ」
「なにがですか?」
「それを俺に言わせるつもりか」
ほら、あれだよ。
あの連中だ。
……もう分かるだろ?
最後まで言わせるなよ。なんか何故か知らないけれど悲しくなってきたろうが。
「さて、と。それじゃあ商人起こして、さっさと行こうぜ」
「ま、待って下さい。馬車乗る体力も……少し休憩を」
「……そんなんで大丈夫なのか?」
国相手に喧嘩売ろうってやつが。
やれやれ。
「おかしい、私は絶対に普通なのにどうしてこんな貧弱者を見るような目で見られなくちゃならないんでしょうかねえ!?」
ヌルサが呻く。
「はいはい、分かったよ。じゃあ少し休憩するか」
「……そうさせてください」
そんなこんなで、結局その場所から出発したのは、更に一時間後だった。
本当はもっと急いで行きたいんだがなぁ。
ヌルサ。もっと鍛えろよ?
なんでかヌルサたん登場!
いや、ただ単に彼女を出したかった。理由は無茶苦茶でいいじゃない! ダメですよねすみません!
それはそうとヘイが意外とチートな件。
でもほら、神様と戦ってきたりしましたからねえ。そのくらいの実力はあるんですよ。
普通にステータスはほぼカンストしてるんじゃないだろうか。ただ、他の連中がステータス限界突破してるから劣って見えるだけで。