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SW シーマンは結構頑張ってるよね。柄にも無く。

 重い空気が両肩にのしかかる。


 ……俺の右手には悠希が座り、左手には天利理沙が座っている、三人で三角形を作るような感じだ。


 こうして座ってから、まだ誰も一言も発していない。


 悠希は不愉快そうに。


 天利理沙は先程の悠希の行動に怯えたと言うわけではないだろうが、時々髪をいじったりと、動揺が見て取れる。


 俺はと言えば……そんな二人に先程からちらちらと視線を向けられている。


 これは、なんだ。


 俺に話を進めさせる気なのか?


 ……仕方ない、か。


 損な役回りだよな。


 でも、無関係でもないんだ。


 悠希は言わずもがな、天利理沙も……気に入らないが、それでも……腐ってもやはり悠希の母親なのだ。


 やってやるさ。


 皆見が言うハッピーエンドってやつを目指してな。


 その為に、どうすべきか。


 考えて……俺はとりあえず、一度叩いてみることにした。



「天利理沙……あんた、結局なにがしたいんだよ。今まで放っておいた悠希にいきなり干渉してきて、SWをやめろだとか、一緒に暮らそうだとか。今更自分にそんなこと言える権利があるとでも思ってるのか?」

「……」



 俺の辛辣な言葉に彼女は無表情。けれど、その拳が固く握りこまれたのを俺は見逃さない。


 悠希がざまあみろとでも言うかのように、鼻をならした。


 ……叩くのは、天利理沙だけじゃない。


 今だけは、憎まれ役を買ってやる。



「悠希もだ。お前、もうガキじゃないだろうが。なんでも暴力に訴えようとするなよ」

「……」



 悠希が俺の事を睨みつけてきた。


 ……そんな目で見ないで欲しいもんだ。



「そもそも、実際のところどうなんだ? 天利理沙がお前を捨てたってことを恨んでいるのは分かる。でも、それじゃあ漠然としすぎだろ。今、相手は目の前にいるんだ。お前がどんな風に、なにを思って天利理沙を恨んでいるのか。それくらい、言葉でぶつけてやれよ。でなくちゃ、始まるものも始まらない」



 例えば、悠希は子供のころ、天利理沙に一体何をどうして欲しかったのか、とか。



「……そんなの、もう言ってもどうしようもないことじゃない」

「それでも、言わなきゃ天利理沙は後悔も出来ない」

「…………」



 悠希の視線が鋭くなる。


 今なら、視線だけで腕の一本や二本もっていかれそうだな。


 俺なら腕くらいまた生えてくるけど。



「……私は、」



 悠希の口が開く。


 微かに天利理沙の肩が揺れた。



「私は……この女に、なにも求めてなかった」

「……」

「別に、なにをしてくれなくてもよかった。父さんがいなくなったことを私と一緒に悲しんでくれなくてもよかった。私のことを支えてくれなくてもよかった。親として振る舞ってくれなくてもよかった。怠惰に生きてくれてもよかった」



 叩きつけられる言葉を、天利理沙は粛々と受け止めていた。


 けれど、気のせいだろうか。


 その無表情が、悲しげに見えるのは。



「でも……でもね」



 悠希の口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。



「馬鹿らしいことよ。それは、貧弱な考え。……でも、私は、子供だったのよ。強さなんて知らなかった子供だったの」



 声が、少しずつ弱々しくなっていく。


 そして悠希は、本心を晒した。



「私は、ただ、この家にいて欲しかった。一人にしないで欲しかった」

「――っ」



 天利理沙が息を呑んだのが、はっきりと分かった。



「どうして……私は、母親らしい母親ではなかったでしょう?」

「ええ。それでも、母親には変わりなかった」



 普通なら、喜ぶべき言葉……なのかもしれない。


 でも悠希に背中を向けた天利理沙にとって、今その言葉は胸を抉る凶器でしかない。



 天利理沙は、それほどまでに母親を求めた自らの子を見捨てたのだ、と。



「悠希……」

「勘違いしないで」



 震える声で悠希の名を呼ぶ天利理沙に、彼女は厳しい声を取り戻す。



「それは、昔のことよ、もうずっと昔のこと。今じゃもう、私は貴方なんて求めてはいないし、受け入れられるわけがない。もう手遅れよ。戻れないわ。貴方は……私の母親なんかじゃない」



 はっきりとした拒絶の意思。


 それをぶつけられて、天利理沙が俯く。


 ……決定的か。


 そう思った。


 もうこれ以上はないだろうな。


 ……けれど、これがハッピーエンドだろうか?


 それは絶対に違う。


 違うはずだ。


 俺の中で、そう囁くものがあった。


 ならばどうすればいい?


 悠希の言葉に、天利理沙は打ちつけられた。


 ならば、次は逆だ。



「天利理沙。あんたは、言い返すことはないのか? 別に母親としてじゃない。一人の女として、悠希の言葉に返せるなにかはないのかよ?」



 なんだっていい。


 下らない屁理屈でも、駄々でも……とにかく、悠希にぶつけろよ。


 もうここまできたんだ。


 一度、全部ぶつけ合って、粉々にしちまえ。



「……あの人と初めて会ったのは、大学生の時だった」



 弱々しい声で、天利理沙は話し始めた。



「別に運命的な出会いじゃなかった。私は大学でもそれなりに有名で、あの人はそれほど個性的でもない、悪い言い方だけれど、ごく平凡な人だった。でもキャンパス内を歩いている時に肩をぶつけて、その瞬間……なんとなく、私は彼に一目惚れをした。なにが良かったのかは、今になっても分からないけれど」



 話すうちに、彼女の声が穏やかなものになっていく。


 過去のその風景を思い出しているのだろう。



「私はすぐに彼と友達になった。私から、いきなり友達になってくださいって、そう伝えたのよ。そしたらあの人、呆然としながら頷いてくれた。後で知ったことだけど、実は彼と私って、受ける講義もかなり被ってて、彼はいつも一番後ろの座席から私のことを見てたらしいの。声はかけられなかったそうだけど。気弱な人だったから。それでそこから私がアプローチを重ねて、そしたらある日、彼から私に告白をしてくれた」



 天利理沙の口元に笑みが浮かぶ。



「驚いたわ。その日は、丁度私が彼に告白しようと決めていたんだから。もちろんその告白を受けて、私達は付き合い始めた。そのまま、順調に仲を深めて、大学を卒業に合わせて結婚して……それから間もなく、子供が……悠希が生まれた」



 悠希の指先がぴくりと動いた。



「でもね、私は子供って苦手だったのよ。どう接していいか、分からなかった。母乳をあげることはできても、玩具で遊んであげるのは出来なかった。服を洗濯してあげることはできても、どんなものを与えればいいのか分からなかった。どうしてか、いっつも悠希を泣かせてしまっていた。そういうのは、あの人の方が得意だったから、自然と悠希のことは、あの人任せになってしまった。私は生活の世話をして、あの人が子供と触れ合う。そうして、家族が出来ていた。そんな日々でも、私は愛おしいと感じていた」



 けれど……それはいつまでも続かない。


 決定的な欠落が生まれてしまうから。


 問題は、ここからだ。



「でもあの人は……死んでしまった。私の愛した人は……もう手の届かないところに行ってしまった。それが、悲しくて、どうしようもなく悲しくて……それでも、私の隣には悠希がいた。この子の為にも頑張らなくちゃと思った。でもね……よく考えて、愕然としたのよ。だってそうでしょ? 私は……その瞬間まで、悠希とどう接すればいいのか知らなかったのだから。それは全て、あの人に頼っていた。でもあの人はいなくて、私がどうにかするしかなくて、でも私にそれは出来なくて……怖くなった」



 天利理沙が自分の身体を抱きしめる。 


 その声は震えていた。



「私は、もしかしたら悠希と接したらとんでもない間違いを犯してしまうんじゃないのか? あの人がいない今、もう私はあの子の傍にいることは出来ないんじゃないのか? そう、思ってしまったのよ」



 ……そうか。


 これがこの、天利理沙という人間の……弱さか。


 悠希の目は、見開かれていた。



「だから逃げた。お金だけ置いて、家に戻れなくなった。そのまま行く当てもなく、もういっそ死んであの人のところに行こうかとも思って、でも自殺する勇気なんてなくて……その時、ふと人恋しくなって……どんな形でも、人の温もりに触れたかった。あの人のじゃなくていい。悠希のじゃなくていい。ただ、人なら、誰でもよかった。でも……結局、どれほどの男に抱かれても、満たされることなんてなくて、温もりなんてすぐに無くなってしまって、だからまた誰かに抱かれて……そんな生活を、何年も続けたわ」



 それは、どれほど苦しいことだったろう。


 孤独。


 きっと、それはそう言い現わすべきものだ。


 あるいは両親を失った時、俺もこんな風になっていたのではないだろうか。そう。なにか、一つでも違えば……。



「その内、ある男性に出会った。私から、温もりが目的で寄って行ったのよ。そしたらその人は、私に言ったわ。もうこんなことはやめろ、って。それが、私の再婚相手。それからその人と会うようになって、親しくなって、一緒に暮らすようになって、全てを話した。そしたらね、プロポーズしてくれたのよ。こんな私にね」



 天利理沙が、真っ直ぐに悠希を見詰めた。


 悠希の瞳が、怯んだように揺れる。


 天利理沙の手が、悠希の伸ばされる。


 万が一に備えて俺は身構えたが、それは杞憂に終わる。


 抵抗は、なかった。


 天利理沙の手が、悠希の頬に添えられる。



「ごめんなさい……ごめんなさい、悠希。貴方を、一人にして。貴方のことが、なにも分からない母親で。ごめんなさい」



 涙が天利理沙の頬を伝う。


 今度こそ悠希の顔に、動揺が浮かぶ。



「っ、だ、だからって!」



 天利理沙の手を振り払い、悠希は立ち上がった。



「そんな話をしたからって、許されると思ってるの!? 泣き落としなんてやめてよ! 同情を誘うのはやめてよ! そんな弱さを、私に見せないでよ!」



 悠希は、全力で叫んだ。


 そしてそのまま、リビングを飛び出す。


 呼び止める暇もなかった。


 天利理沙は、呆然としてから……悲しげな笑みを浮かべた。



「そうよね……都合がよすぎたわね」

「……そうだな」



 頷き、俺は悠希が玄関の扉を開け放つ音を聞いた。



「でも、いいんじゃないか?」

「え……?」

「都合がよすぎて、なにが悪いんだ?」



 悪いのは、そこじゃないだろう。



「いいのか。このままで。なにも変えられなくて」



 悪いのは、弱さだ。


 天利理沙という人間の弱さ。


 弱い人間はいるだろう。


 別に、それはいい。構わない。当然のことだ。


 でも、弱い人間が、強くなろうと思わないこと。


 それは……絶対に、許せない。



「あんたは諦めるのかよ。ここで、悠希のことを。折角言葉で本音をぶつけ合えたんだ。なら次は?」



 強くなることを諦めた人間ならば、俺は軽蔑する。


 でもそうじゃないのなら。


 応援くらいはしてやるさ。



「あんたはまた、悠希とどう接すればいいのか分からない母親のまま逃げだすのかよ?」



 俺の言葉が終わる前に。


 天利理沙は、飛び出していた。


 ……最初からそうしろよな。


 まったく。



「駄目な親子だな。あいつらは」



 自然と、笑えた。




……番外編の長さじゃねえぞ!?

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