SW よくボールペン、消し飛ばなかったね!
状況を整理してみる。
悠希の母親である天利理沙が、元々一家で住んでいた一軒家に戻っている。
悠希は天利理沙を嫌悪している。
天利理沙は再婚する。
その二人の関係に入っていけるのは、どうやら俺だけらしい。
……最悪だな。
これから俺はどうするべきだろう。
悠希が天利理沙を嫌っているのはよく知っている。
天利理沙は悠希と家族に戻りたがっている。
……どちらかを通せば、どちらかは絶対に折れなくてはならない。
俺が味方すべきはどちらか?
決まっている。
例え天利理沙の意見がどれほど正しかろうと、俺は悠希の味方だ。
だが、事はそう単純でもない。
悠希の父が死んで、天利理沙は男と身体を重ねることで人の温もりを感じていた。それは、決して強くはない彼女にとっては必要なことだったのかもしれない。
でなければ、どこかで潰れていたんだろうな。
しかしそれが悠希に傷を残した。
弱い母親と、強い娘。
…………困ったな。
分からない。
俺には、俺がどう動けばいいのか……。
少し様子を見ていようか。
そうすれば……何かが分かってくるかもしれない。
†
目が覚めて、私はリビングでアイの作った朝食を、彼女と一緒に食べていた。
普段となにもかわらない風景。
強いて言えば、最近臣護の家に入り浸っていたせいで、見る機会のへった風景。
「……聞かないのね」
「ん?」
ぽつりと私が小さな声で言うと、アイは首を傾げる。
「聞いて欲しくないんでしょ? なら、私は聞かないよ?」
あっさりと言って、アイは微笑む。
「それとも、やっぱり聞いて欲しい?」
「……」
なんていうか……やっぱりアイって凄いわよね。
友達になれてよかった。
素直にそう思う。
「いえ……全部終わってから話すことにするわ。ここでアイに甘えたら駄目でしょ」
「悠希は強いねえ」
「そうかしら?」
「そうだよ」
ふうん……それほど強いつもりはないけれど。
でも強く在れているのであれば、それに越したことはない。
「ああ、でも一つだけ、聞いていい?」
「なに?」
「アイは、自分の母親は好き?」
「それはまあ……」
アイは唇に指を当てて少し考えてから、笑顔で答えた。
「大好きだよ? お母さんだもん」
母だから好き。
その理論が、私にはよく分からない。
生んでくれたことに感謝する、というのはあるだろう。
私だって、こうして生まれてきて、臣護に出会えたことは嬉しいし、その点でのみならばあの女に感謝を言ってやってもいい。
でも、それで好きになるというのは、どうなのだろう?
……理解できない。
「そっか……」
曖昧に頷いて、私は口を閉ざす。
母親。
母親か……。
それって、なんなんだろう。
私にとってあの女は、なんなんだろう。
……そういえば。
私も、いつか母親になるのだろうか。
臣護と、子供を作って……。
家族で家とか買って、そこで暮らすのかな。
毎日朝食を三人で食べて、子供が学校に行くのを見送って、夜は子供の話を聞いて……。
そういうの、ちょっといいなあ……。
……って違う。
今はのほほんとしている場合じゃなかった。
首を思いきり振るう。
アイが不思議そうな顔をしているが、なんでもないと言って再び思考に耽る。
私がもし母親になって……そしたら、子供をどう思って、どう思われるのだろうか。
もし、私とあの女のような関係だったら……。
それは、ちょっと辛いかもしれない。
もちろん私はあんな尻軽ではないし、臣護が私より先にいなくなるなんて考えられない。車にはねられても多分怪我一つしないやつだし。
でも何かの切っ掛けでそうなってしまったら。
私は、どうするだろうか。
……そんなの、考えることすら出来なかった。
なにせ経験したこともないのだ。
ただ、分かるのは。
やっぱりそれは……辛いことなんだろうな、ってことだけ。
「……アイ」
「なに?」
「食べ終わったら、少し出掛けるから」
「ふうん、臣護のとこ?」
「いいえ」
†
家の前に立つ。
実家という意味での、家だ。
……唾を飲み込む。
緊張なんて感じたのは、久しね。
最後に緊張感を得たのは、あの戦いの時くらいかしら。
……私の中では母親に会うというのはそんなに重いことなのかしらね。
なんだか、おかしなものね。
思いながら家の扉に手をかける。
そして、中に。
家の中はしんとしていた。
けれど、玄関に見慣れないヒールがあることからして、あの女がいるのは間違いない。
私は靴を脱ぐと、リビングに向かった。
「あら、おかえり」
「あんたにそんな言葉を言って貰う筋合いはないわ」
最初に出た言葉はそんなもの。
別に意識して口にしたわけではない。
自然と出てきたのだ。
改めて、自分はこの女が嫌いなのだと確認する。
それで……その上で、自分はなにをしにここに来たのだろう?
私はリビングの壁によりかかった。
あの女が座るソファからは離れた壁にだ。
「あんた、どうしてこの家に帰って来たの?」
「貴方に言いたいことがあるから」
私に、ねえ。
「なに?」
「……今日は随分とおとなしいのね?」
「悪い?」
折角話を聞いてやろうって言うのに、文句でもあるのだろうか。
なんだったら、今すぐにでもその顔を私とはかけ離れたものにしてやってもいいのだ。
……案外それはいいアイディアに思えた。
「ねえ、悠希」
「名前で呼ばないで。気持ちが悪い」
「私、再婚するの」
私の言葉は聞こえているのかいないのか、この女はそんなことを言い出した。
「――」
思わず、硬直した。
再婚?
……再婚、ね。
ああ。まあ、いいんじゃないの?
好きにすればいい。
何人もの男に尻を振るよりかはマシよ。
とはいえ、こんな女と結婚しようだなんて男がいるだなんてね。
そいつはこの女の本性を知っているのだろうか。
「そう。それで?」
どちらにせよ、私には関係のないことだ。
例えこの女が再婚しようが、私には何の影響もない。
だってこの女は私の母親でなんかないし、だから再婚相手も私の父親にはならない。
他人事だ。
「貴方も一緒に暮さない? SWなんてやめて、普通の女の子として――」
気付けば、近くの戸棚のところに置いてあったボールペンを手にとって、私はそれを投擲していた。
狙いは、あの女の目。
投げてから、自分でもマズいと感じたが……手遅れ。
そのペンはそのまま……空中で粉々に砕けた。
「へ……?」
「アイに連絡して、お前がどこかに出かけたって言うからまさかと思って来てみれば……この馬鹿が。人殺しなんて下らない真似する気かよ」
一つの拳が、そのペンを殴り砕いたのだ。
臣護の拳が。
いつ現れたのかも分からなかった。
多分、今の彼の身体能力の全力を出したのだと思う。それなら、人間の動体視力じゃ視認できないのもおかしくはないし。
あの女は、突然の事態に動揺することすら出来ずに固まっていた。
なにが起きたかは、半分も理解できていないだろう。
「……ごめん。でも……許せなかったから」
「ったく……」
臣護が頭を掻く。
「とりあえず落ちつけよな。お前も……それに、あんたも」
私とあの女を見て、臣護は溜息を吐きだす。
にしてもあれだ。
ほんと、長い。
これへたしたら一章分に相当すんじゃね?