プロローグ 夢を持つ青年
僕の名前は松本昭。
どこにでもいる、ごく普通の高校二年生だ。
そんな僕には、何がなんでも叶えたい夢がある。
それは・・・自分で考えた”決め台詞”を、完璧なシチュエーションで言うこと。
最初に考えたもので、『俺が、お前の生涯まで面倒みてやる』という台詞がある。
だが、この台詞を仕事の帰り道で言ったところで、感動も何もない。
花束と一緒に添えたり、難病を乗り越えた先で言ったり、彼女が車に轢かれそうなところを助けたり、そういう場面で言うからこそ感動するものなのだ。
最も理想のシチュエーションはこうだ。
彼氏と喧嘩をして、一人で家に帰る彼女。突然、鼓膜を震わせるクラクションが聞こえてきた。
振り返ると、大型トラックが猛スピードで迫ってきていた。
死を覚悟する彼女。その瞬間、彼氏が現れ、彼女の手を掴んで引き寄せる。
恐怖で震える彼女は経っていられず、助かった安堵から彼氏の胸に飛び込んだ。
そして彼氏は、泣き崩れる彼女の頭を撫でながら言うのだ。
『俺が、お前の生涯まで面倒みてやる』と。
・・・完璧だ。我ながら惚れ惚れしてしまいそうだ。
こんな台詞をこんな状況で言われたら、彼女は絶対にときめくに違いない。そう、断言できる。
だが、この夢を誰かに話すと、決まって鼻で笑われた。
大学進学や将来のことを考える時期に、「決め台詞を完璧なシチュで言いたい」なんて、普通の高校生が真剣に語る話ではないらしい。
それでも、僕にとっては本気だった。
胸の奥が熱く燃えるのは、この夢のことを考える時だけだった。
そして努力を続けていれば、いつかこの台詞を言える日が来るかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、僕は日々を過ごしていた。
しかし、何も進展がないまま季節は冬になった。
台詞を何度も読み上げ、自然に言えるようになるまで練習した。
・・・だが、肝心の彼女が一人もできなかった。
整った顔立ちをしていない。
面白い人間でもない。
身長が高いわけでもない。
自分で言うのも情けないが、こんな特徴のない男子と付き合いたい女子なんて、そうそういないだろう。
さらに最悪なことに、
この時期になると、他の生徒は受験に向けて勉強に集中し、恋愛に割いている時間がない。
そんな中で、ただ自分の夢のためだけに、誰かを巻き込むなんてできなかった。
一年生と付き合うという考えもあったが、ただでさえ知らない人と恋人関係になることは、自分にとって難易度が高いものだった。
だから、一旦夢のことは忘れることにした。
放課後、僕はコンビニでバイトをしていた。
勉強はそこそこできる方なので、今から本気を出せば、それなりの大学には受ける自信がある。
だけど、大学に合格することが人生の全てというわけではない。
それに、どうしてもここに進学したい、という大学も特になかった。
そのため、三年生の夏までの半年間は、お金を貯めることに決めたというわけだ。
自分の働いているコンビニは、反対側に大きなショッピングモールがあるせいか、夕方から夜にかけて利用客が少なかった。
そのこともあり、僕はレジに立ちながら、ぼんやりと将来のことを考えていた。
———このままで、僕は夢を叶えられるのだろうか。
そんな不安が胸を締め付けた。
努力しても実る気配がなく、心が折れそうだった。
「はあ・・・」
ため息をついた瞬間、店のドアが乱暴に開いた。
黒いフードを深くかぶった男。
顔は見えないが、肩が異様に上下していた。
嫌な予感がしたが、僕はいつも通り挨拶した。
「いらっしゃいませ」
男は何も持たず、ゆっくりとレジへ近づいてくる。
そして、その予感は的中したのだ。
「おい、金出せ」
低く押し殺した声。手には、光を反射する鋭いナイフを握っていた。
その瞬間、頭が真っ白になった。
強盗だ・・・なんで、こんな小さなコンビニに・・・?
いや、だからこそか。
今、この店には自分一人しかいない。
時刻は午後八時。店長が来るのは一時間後。
だが、この男がその時間まで待ってくれるはずがない。
「わ、わかりました。ちょっと待ってください」
震える手でレジを開けようとするが、恐怖で指が思うように動かない。
なんとか開けると、その事を確認した男は身を乗り出してきた。
「用は済んだ。ここでお前は死ね」
視界が揺れ、心臓が跳ね上がる。
男は現金を袋に詰め―――そして。
左胸に、鈍い衝撃が走った。何かがめり込むような感覚。
呼吸がうまくできない。痛い、熱い、苦しい。
男は逃げ出し、僕は床に崩れ落ち、天井を見上げた。
これは助かりそうにない。こういうシーンをドラマや映画で何回も見てきた。
妙に冷静でいられた。ポケットに携帯はあるが、119にかける気力がない。
もう無理そうだ。
だったら、せめて最後に、一度だけ練習した台詞言ってみるか。
「・・・俺が、お前の生涯まで・・・面倒みてやる・・・ゴホッ」
今にも消え入りそうな声で呟く。
こんな状況で、自分に向けて言うなんて、本当にどうかしている。
視界が暗くなり、意識が遠のく。
———その時だった。
『汝よ、今日ここで人生を終えていいのか?』
男性か女性なのか判別できない、不思議な声。
その問いに、答える気力が残っていなかったが、最後の気力を振り絞って心の中で願った。
嫌だ。まだ、夢を叶えることができていない。
それに、もっと言いたい台詞が山ほどある。
そこで松本昭の物語は終わりを告げた。
そして、新たな人生が始まることとなる。
異世界での、新しい人生が。




