第1話 時代を生き直す
今、私は真っ白な空の上にいる
というのも私は5分前、人生の幕を閉じた
それはいいものの、真っ白な世界に来てしまってつまらないと思い始めたのでもう少し生きたかったと後悔し始めた
何かないかなとゆっくり歩いていると私はドアを見つけた やり直すドアと書いてあるではないか
私は驚きの余り独り言が出てしまった「人生やり直す?いやないって.ドラマの世界じゃないんだから」
「いや、君にはまだ来世に行く教訓が身についてないんだ」いきなり後ろから男が話しかけてきた
「あの、あなた誰ですか。そして来世に行くドアはあるんですか」男は言った「君には見えないが私には見える。ドアは隣にある。」「じゃあ私は人生をやり直すしか道はないって事ですか」「ああ。そういうことだ じゃあいってらっしゃい」男に背中を押され思わずドアを開けてしまった
佐藤文子の時代をもう一回生きる物語の始まり始まり
時は1925年 大衆文化が花開く中、私は東京で生まれた 父は栃木で生まれ上京し、そしてサラリーマンとなった 母は東京で生まれ女学校の教師をしていた 仕事で忙しかったため1ヶ月で仕事に戻り私を女中に預けた 母や父の愛情が少なかった私は寂しく幼年期を生きた きっと2週目も変えられないかもしれない そう思いながら女中のヤスさんに抱っこされている ああ早く大人になりたい・・・
寝る時間になり読み聞かせの時間になった 読み聞かせの本はいつもヤスさんに選んでもらっていた
だけどこれから自分で選んでみようかなと思い英語の絵本をさしてニコッと笑った
ヤスさんは驚いた 「え、英語の絵本が読みたいの?」 私はニコッと笑った 私は1週目アメリカに留学し英語教師になりたかったのである しかし1週目ではアメリカに留学しようと準備していた15歳の時、太平洋戦争が始まり、母の女学校が無くなってしまって、そして何より母が亡くなってしまったためアメリカに行けなかった 母が亡くなってしまったときは疎開すれば良かったととても後悔している
なので2週目は絶対疎開して見せようと思いながら英語の読み聞かせを聞いていた こんな毎日を繰り返して早1年、私は1歳になって片言の言葉は言えるようになった もちろん片言の英語も
そして時は1926年。12月25日に大正天皇が崩御され激動の昭和2万余日が始まった 昭和になったのに親は全く見てくれない ヤスさんが育児をしていた ちなみに1週目ではあと半年でヤスさんが辞めることになってしまいいつも一人で泣いていた 私は[alone]と言った ヤスさんは「大丈夫 もうすぐお母さん帰ってくるからね」母は早く帰宅した日でも私を見たことがなかった 抱っこされたことが1回しかない
2週目でも親の愛情を注がれる事は無いんだな 毎日そう思っていた それから早く11年、私は女学校に進学した ここから私の人生が動き出す重要な5年間である




