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5.死ぬということ


 ラジュは、小さくうなずいた。

 

「……そうなのかなって、思ってた」

 

 魔動人形の動力部は、わたしが入れるくらいの大きさしかない。


 無機物のミスリル鋼鉄に対して、有機物である人のからだの体積が少ない方が、魔道人形の出力は大きくなる。そして、魔道具は基本的に、大きければ大きいほど制御が難しい。


 ミスリル鋼鉄を思うように加工するには、それなりに大きな魔力が必要だから、わたしの持つ魔力量も、けっこう多い。

 魔力持ちの魔力は、からだの成長に応じて増えることが多いから、子供の時から大きな魔力を宿していることは比較的まれだ。


 わたしか、わたしと同じくらい魔力を持った体格の小さい子ども。

 それが、わたしが魔動人形の心臓部に要求した条件だ。


 あたたかく透き通った西の海も、虹色に光る雪国の樹も、きっと、実物をみることは叶わない。

 行ったことのない場所に行きたい。

 知らないものをみたい。

 どれも叶わないなら、せめて外に出たい。たとえ、二度と目覚められないのだとしても。

 死ぬこと自体は、それほどおそろしくない。死んだらどこに行くかなんて、誰にもわからないんだから。


「わたしや、わたしみたいな子が死んだって、べつにかまわないと、思っていたの」


 研究棟を取り囲む高い壁をこえて、飛んでいきたかったから、宙に浮く魔道兵器を思いついた。

 自分の知らない景色を見てみたくて、役に立たないガラクタのような魔道具を作った。


 わたしはずっと、ここじゃないどこかに行きたかった。

 

 自分が死んだって、べつにかまわなかった。けれど国のえらい大人たちは、わたしを失うことを惜しんだ。

 だから、代わりにラジュが探し出されて、連れてこられた。


 膝の上で握りしめた拳に、ひとの手が重ねられた。

 ラジュが、わたしの手を握ってくれていた。


 _____あたたかい。

 彼は、たしかに今、そこにいる。


 死ぬ、というのは。

 やさしい声でわたしに語りかけてくれる人に、こうやって手を握ってくれる人に、二度と会えなくなるということだ。

 わたしにも、ラジュにも、そういう相手はもうずっといなかったから、自分が死んでしまうことも、こわくはなかった。


「……魔力持ちは、国のどうぐ。

 わたしはこの先も、ずっとここで魔道兵器をつくって、わたしのつくった魔道兵器は、だれかのいのちを奪い続ける」


 わたしは。

 誰かにとってのあたたかい手を奪うものを、いくつもつくった。

 

 それがわからないほど、わたしは馬鹿じゃない。


「でもしょうがないじゃない」


 一度おさえたこえが、どうしようもなく上ずって、おさえられなかった。


「だって、つくることが楽しいと思ってしまうの。わたしはきっと、どこかおかしい」


 こぼれ落ちそうになった涙を片手で乱暴に拭う。

 

 ひとのいのちを奪うものをつくることを、楽しいと思ってしまう。それはきっと、異常なことだ。

 異常なわたしのまわりには、だれも残らないし、異常なわたしは、きっと、生きたままここから出てはいけない。


 ラジュが口をひらく。

 

「アネットが好きなのは、魔道具をつくることで、人の命をうばうものをつくることじゃない」


 しずかな、(さと)すような口調だった。


「でも」


 ひとごろしの魔女。血染めの魔道技師(パラムファクタ)

 そう呼ばれて、責められた。


 なら、()()なんだろう。

 わたしは、人が死ぬことなんてなんとも思っていないイカれた魔女。


 ……そんなわたしが、いま、ラジュを死なせたくないと思ってしまっている。

 異常なわたしが、そんなことを願うのは。きっと間違いだ。

 

「じゃあ、どうしてこんな魔道具をつくったの?」

 

 ラジュは、手元の魔道具をかるく持ち上げた。

 少し、怒ったような、彼にしては珍しい強い声音。

 橙色の魔導結晶が、光を弾いてきらりとまたたく。

 

「魔道兵器は、だれかのいのちを奪って、壊すものかもしれない。だけど、だれかをしあわせにするものだって、アネットにはつくれる」


 魔道具を置き、わたしの手を両手で包み込む。祈るように。

 

「きみはおかしくなんかない。好奇心が強くて、きれいなものが好きで、すごい魔道具をいくつもつくれる、すてきな女の子だ」


「……どうしてそんなにやさしいの」


「だって……」


 ふっと表情がゆるんだ。痛みをこらえて笑ったような、やさしい笑顔。


「きみだけが、僕の存在を肯定してくれたから。

 ……だから、きみも、あんまり自分の存在を否定しないでほしいな」


 ぶわり、と感情がこみあげて、気がつけばその感情のままに叫んでいた。

 

「わたし、あなたが死んだってかまわないって、そう思って魔動人形をつくったのよ!?」


 みっともなく裏返ったわたしの声。対象的に、おだやかな声音でラジュは言う。


「ぼくだって、死んでいいと思ってた。むしろ、死に場所をつくってくれてありがとうって、感謝してたくらいだ」


「だけどあなた、目覚められなくなるのはこわいって……!」


「それは……だって……」


 彼は、やや困ったように言いよどんだ。


「……こんなに、楽しいと思わなかったんだ。

 もっときみと話していたいって、そう思った」


「わたしだってそうよ!!あなたと、もっと一緒にいたい!!たくさん話したい!!だけど、わたしがそんなこと望んだらいけないって、だから、ずっと……っ!」


「……アネット、」


「はじめて、魔道具以外のことが楽しいって思えた!幸せだって思えた……!もう、嫌なの、どこにも行けないのも、ここで、わたしだけずっと一人きりなのも……!」


「アネット、泣かないで……お願い」

 

 ラジュが、つないだわたしの手をひく。

 額がとん、と彼の肩に触れた。


「……なに、してるの」


「……わかんない」


 だれかに抱きしめられた記憶なんてまるでなくて、それはきっとラジュもおなじだ。


 お互いに、抱きしめることにも、抱きしめられることにも慣れていない、ひどくぎこちない抱擁だった。


 

 -*-


 わたしのつくったものが、たくさんのいのちを奪ったと言われても、あまり実感がなくて。

 人の生き死にも、たぶん、わたしにとっては本質的にどうでもいいのだと思う。


 だって、生きてたって、わたしのそばにはだれもいなかった。だれも、いてくれなかった。


 いのちって、そんなに大切なものなんだろうか。死ぬというのは、そんなに恐ろしいものなんだろうか。

 

 彼と、もっとはやく会えていたら。もっと長い時間を一緒に過ごすことができていたら。そうしたら、わたしにも、ちゃんと分かったんだろうか。


 わからない。

 たぶんわたしには、これからもずっと、わからないままだ。


「あの、ね」


 こんなわたしが、いまさら誰かを生かしたいと思うのはきっと滑稽で、それ以上に傲慢だ。


 それでも。

 彼と、もう2度と話せないのは、いやだ。

 

「……わたしね。

 できるかもしれないのに、やらなかったことがあるの」



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