1.棺桶と、少年と
_______声が、聞こえた気がした。
薄闇の中で目を開ける。
ずいぶん長く眠っていたような。
せまくて暗い小さな空間は、ぼくが発育不良の小柄な体を丸めてやっと収まるくらいの広さしかない。
けれど、不思議と温かくて居心地がいい。
怖くはなかった。
大きなものが動く音がして、空間が揺れる。
白い光が、黒い空間をくり抜いた。
眩しさに目を細める。吹きこんだ風から、しらない空気の匂いがした。
逆光の中に、シルエットが浮かぶ。
鮮烈な赤色の髪が、光を透かしてなびく。
「おそくなってごめんなさい」
どこかで見たような気がする面影。強い意志を宿したその目に、見覚えがある。
なつかしい声をした、大人の、女のひと。
なぜか、涙が出た。
雪のような、白い花弁がひとひら。舞い込んで、彼女の髪をいろどる。
自身の髪に落ちた花弁を無造作にはらい、知ってるような気がする彼女は、ぼくの知らない顔でほほえんだ。
「約束通り、迎えに来たわ」
かつての、少女だったころの面影を残した魔道技師。
彼女は、差し込んだ光よりもずっとまぶしい顔で笑っていた。
-*-
「同じ歳なのね」
わたしの言葉に、目の前の少年は目線だけを動かしてこちらを見た。
それ以上の反応を示すことが無意味だと思っているかのような、最小限の動き。変わらない表情はどこかぼんやりとしていて感情の起伏が見えないうえに、反応が鈍い。
話しかけてもずっとこの調子だ。さすがのわたしも少々イラつく。
歳だけくった無能な大人が数ヶ月かけて連れてきた、辺境産まれの魔力持ち。それが、見るからに栄養不良な細身の少年だったとしても、次の前線輸送に間に合うよう調整はできる。
だってわたしは天才。この国で、いちばんすごい魔道技師。
とはいえ彼はちょっと、弱り過ぎだ。そういう人間をあえて希望したとはいえ、これではすぐにつかうことができない。
人の身に余るほどの大きな魔力は、それを宿した者のからだを蝕む。
目の前の少年はおそらく、少しでも無理をきかせればすぐに熱を出す虚弱な体質。くわえて生まれは辺境の雪国だ。きっと、ろくなものを食べていないからこんなに小柄なんだろう。
「……とりあえず、波長の調整からね」
この、灰色の壁に囲まれた地下の研究室に、人はめったに来ない。たまに波長の調子を狂わせた魔力持ちが、武装した大人と一緒にやってくることはあるけれど、基本的にわたしは一人。
連れてこられた魔力持ちは、作業机の上にあるつくりかけの魔道兵器や棚いっぱいのガラクタに、たいていなにかしらの反応をしめすものだけど、今そこで突っ立っている少年の表情はぜんぜん変わらなくて、それもなかなか癪にさわる。
ミスリル鋼鉄で作られた金属の輪を手に取った。
精緻な魔導紋が刻まれたそれには、ミスリル鋼鉄を加工して作った細くて長い管がいくつも繋がっている。管の先は、私の手元の魔道具だ。
「なんとか言ったらどうなのよ」
「…………」
その辺に転がしていた、てきとうな椅子に彼を座らせ、輪を両手首に1つずつつける。
すすけた麻色の髪が、わずかにゆれた。
彼の生まれ故郷ではさしてめずらしくない髪色。きっとそれは、辺境の貧相な麦畑と同じいろだ。わたしは実物を見たことがないけれど。
手元の魔道具をいじり、感度を調節。自身の魔力を注ぎ込んで作動した。
魔道具にはめ込まれた魔導結晶が、一定の法則性をもって光る。魔力の波形に合わせて白く明滅するその光で、少年の魔力を観察する。
10とすこしの歳月、抑え込まれ続けた魔力の波形は、がたがたにゆがんでいた。……だけど、これは。
口の端が自然とつり上がる。
とてつもなく多い魔力量。期待以上だ。
「それ、そのままにしていて」
さて。忙しくなる。
次の前線輸送の日まで、だいたいひと月。それまでに、彼を魔道兵器の素材として完成させなければならない。
彼を座らせたまま、机の横に無造作に積まれた木箱の1つを漁る。行動食を取り出して、5本まとめて彼に押し付けた。
「まずは食べて、ある程度体力をつけること!」
1本で1日分のエネルギーに相当する行動食を複数本受け取った少年は、はじめて少しだけ表情を動かし、困惑した顔を見せた。
-*-
魔導兵器に魔力持ちを組み込むのは、今回がはじめての試みだ。
魔力は、魔導結晶に込めて使うものというのがこれまでの常識で、じっさい魔導結晶を介さずに直接エネルギーを取り出すのには、かなり複雑な調整がいる。
行動食を食べ、眠り、丸々3日かけて波長を調整したことで幾分か顔色がよくなった少年を、上から見下ろしてわたしは言った。
「あなたに動かしてもらうのは、これ」
辺りには、幾何学的な形をした筒や車輪のついた物々しい金属のかたまりなんかが無造作に転がっている。
地下にある研究室の、さらに下の階層に設けられた広大な空間。
「『動かす』って言っても、実際にはこの中に入って魔力を供給するだけでいいの」
ミスリル鋼鉄を加工し、人型に組み上げた魔動人形は、わたしがここ半年ほどで組み上げたものだ。今はちょうど人間が、膝をついて天をあおいでいるような体勢だが、立ち上がればわたしの身長の優に3倍はある。
人間であれば心臓にあたる動力部分を、突き上げるような姿勢をした魔動人形の上から、ずっとなにか言いたげな雰囲気の少年を見やって腕を組んだ。
「なに?言いたいことがあるなら、いい加減はっきりしてちょうだい」
ここまで言ってなお、彼は口を開くかどうか迷ったようだった。
「_____これ……きみが、作ったの?」
まだ、声変わりも迎えていない細い声。
「あたりまえでしょ」
「その……上にあった、銀色の、ちいさいやつも、ぜんぶ?」
「そうよ」
わたしに向けられる、憧憬のまなざし。
「きみは……すごいんだね」
「…………そんなことが、ずっと言いたかったわけ?」
彼は、身を固くした。
「……ごめん、なさい」
「謝れって、言ってるんじゃないわよ。べつに。そんなにビクつかないでちょうだい」
まあ……褒められれば気分はいい。
悪い気はしない。
「来て。ここからこうやって中に入るの」
かけた声が少しだけ弾んだのが、自分でも分かった。
手を差し伸べて引っ張りあげる。骨ばった細い手をした彼を、魔動人形の胸元にいざなう。
彼は自分の細身の体を抱きしめるようにして、魔動人形の心臓部にあたる小さなくぼみにおさまった。
なんだか、まるっきり棺桶ね
自分でつくっておいて、そんなことを思った。
-*-
魔道兵器をつくるのは、好きだ。
強力な兵器をつくれば褒めてもらえるし、おとなでも思いつけないような、あたらしいものをつくるのは楽しい。
命あるかぎり、魔道兵器をつくり続ける国のどうぐ。魔道技師。それがわたしで、それでよかった。
そう思っていたし、それはじつのところ、今もあまり変わっていないのだと思う。




