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第9話 謎と少女

「凜先輩。俺たちがここに来た原因はなんだと思いますか?」


 日向たちが精霊もどきと戦っていたのと同時刻。洸矢と凜とプレアは森の中を探索していた。周囲には洸矢たちが地面を踏み締める音だけが響いていて、他に人の気配はないようだった。


「僕も昨日から考えているけど、まだ結論は出ていないかな。ゲートが誤作動を起こすとは思えないし、そんな事例も聞いたことがないからね」


 顎に手を置いて思案する凜。


「ここがどこなのか、幸奈たちが会った精霊もどきの正体はなんなのか。分からないことだらけだね」

「今日なにか進展があればいいですけどね」


 歩いているうちに、周囲の景色は亜熱帯のような植物が多く生えている環境に変わっていく。木に巻きついた蔦や巨大な植物がいくつも生えていて、まるで洸矢たちが小さくなったと思えるような景色だった。


「結構雰囲気変わりましたね」

「拠点の近くとは植物の育ち方が違うみたいだけど、気候は関係ないのかな」


 洸矢は横に生えていた、自分の背丈ほどある巨大な葉を眺める。


「俺たちが住んでいるところではあんまり見ない植物だからか、なんか新鮮ですね」

「そういえば、洸矢のレポートのテーマは自然環境だったね」

「その予定でしたけど、今はレポートどころじゃないですから」

「敢えてここの自然を調べるのはどう?」

「それも面白いかもしれないですね」


 談笑しながら探索を進めていると、先頭を歩いていた凜が急に足を止めた。


「先輩、どうかしましたか?」


 洸矢が覗き込むと、凜は信じられないといった顔で目の前の光景に視線を注いでいた。

 洸矢とプレアが凜の視線を追うと、そこには白いワンピースを着た少女がいた。見た目からして十歳ほどの少女が、大きな葉に隠れるようにして不安そうに膝を抱えていた。


「精霊もどき、か?」

「……いえ。あの方から精霊の力は感じません」

「てことは、人間……?」


 洸矢たちは少女をまじまじと見つめる。

 少女は不安そうな表情のままゆっくりと立ち上がり、怯えながら一歩を踏み出す。踏み出したのは洸矢たちがいる方向で、少女と洸矢たちの目が合った。

 少女は目を見開き、反対方向に向きを変えて走り出した。まるで洸矢たちから逃げるように。


「待って!」


 凜は走り出し、洸矢とプレアも凜に続いて少女を追いかけた。

 少女は背丈ほどある葉や木を避け、振り返ることなく走り続ける。


「僕たちは君の味方だよ!」


 凜の呼びかけで少女の足がほんの少し遅くなった。

 走る速度を緩めた少女は近くの大木の裏に隠れ、少しだけ顔を覗かせる。瞳には不安と緊張が広がっていて、大木に添えられた手は静かに震えていた。


「どうしますか? 俺たちを警戒してるみたいです」


 追いついた洸矢たちは、少女から五メートルほど離れたところで立ち止まる。ここで一歩を踏み出せば少女に逃げられてしまう、そんな緊張感があった。


「……僕に任せて」


 凜はゆっくりと少女が隠れている大木に近づく。二メートルほど近づいたところで、少女と同じ目線までしゃがむ。


「僕は凜。さっきは怖がらせてごめんね」


 凜の優しい微笑みに安心したのか、少女の強張った表情が少しだけ和らいだ。


「……凜は、人間?」


 ぽつりと呟く少女。凜は頷き、笑みを浮かべたまま少女に問いかける。


「君の名前を教えてくれる?」

「……ライン」


 ラインと名乗った少女は木から姿を現し、凜の前までゆっくりと歩みを進める。

 白くてきめ細やかな肌とくっきりとした二重。ラインは人形のように愛らしい容姿をしていた。


「ラインだね。いくつか質問してもいいかな?」

「……うん。いいよ」

「君はどうしてここにいるの?」

「分かんない」

「分からない?」

「ラインも気がついたらここにいたの」


 ワンピースの裾を強く握るライン。表情がくしゃりと歪み、大きな瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


「ずっと一人で、寂しかった」


 しゃくりあげるラインから流れる涙を、凜はそっと拭う。


「安心して。僕たちがいるから、もう一人じゃないよ」


 優しく手を広げると、ラインは凜の胸に飛び込んだ。啜り泣くラインの涙が凜の服を濡らした。


「……もう大丈夫そうですね」

「だな」


 二人の元に洸矢とプレアが向かい、プレアがラインの肩を優しく叩く。


「僕はプレアと言います。あなたが元気になるためのお手伝いをさせてください」


 プレアが手を翳すと、淡く暖かい光が現れてラインを包み込む。光はラインの体のところどころにあった小さな傷と疲れを癒していった。


「俺は洸矢。甘い物好き?」


 洸矢は銀紙に包まれた一口サイズのチョコレート――幸奈が持ってきたおやつ――を差し出す。

 ありがとう、とラインはチョコレートを受け取り、銀紙を解いて口の中に入れる。じんわりとした優しい甘さがラインの口の中に広がっていった。


「ありがとう。ライン、元気になった」


 泣き腫らした顔に笑顔が浮かび、つられて洸矢たちもほっと安堵する。


「ラインは人間界から来たの?」

「多分、そう。ラインはラインって名前しか覚えてないの」


 自信がないと言った表情のラインに、洸矢たちは訝しげに顔を見合わせる。


「記憶喪失、なのか?」

「……もしかしたらそうかもしれないね」


 凜は険しい顔で頷く。


「とにかく、ラインを一人にするわけにはいかないね」


 凜の真剣な眼差しがラインに向き、ラインは不思議そうに首を傾げる。


「僕たちは人間界に戻る方法を探してるんだ。良ければラインも手伝ってくれないかな?」


 ラインは大きく首を縦に振り、洸矢たちもニコリと微笑みを返した。


 拠点に戻り、ラインは幸奈たちと合流した。

 洸矢たちと同じように、幸奈たちもラインを見て驚きの表情を浮かべる。

 話の中心になっているラインは会話から外れ、シルフたち精霊を見て目を輝かせていた。


「プレア以外にもたくさん精霊がいるんだね」

「そうよ。私はシルフ。よろしくね」


 シルフが小さな手を差し出すと、すっかり元気を取り戻したらしいラインは「よろしくね!」と優しく手を握った。

 微笑ましく見守っていた瑞穂は「早速情報共有ですが」と前置きをして、真剣な表情に変わる。


「私たちは水辺で精霊もどきに出会いました」

「精霊もどきに?」

「幸奈たちが会った精霊もどきとは違う、神話に出てくるグリフォンのような姿をしていました。雷を操っていたので、雷を司る精霊もどきと言えばいいでしょうか」


 幸奈たちは瑞穂の話を聞いて息を呑んだ。そんな状況にできれば遭遇したくないと。同時に全員無事でいてくれたことになによりも安心していた。


「そしたら、あたしとシーちゃんで見つけた場所に移動する?」

「どこかいいところでも見つけたの?」

「小さな湖なんだけどね。ここから離れてるし、瑞穂ちゃんたちの言う精霊もどきには見つからないと思うよ」

「それなら、明日は幸奈たちが見つけてくれた場所に移動するのが良さそうね」


 明日の行動を決めたところで夜を迎え、幸奈たちは寝る準備を始める。

 火をつけている間は日向とフレイムの負担が多くなると懸念して、幸奈たちは交代で見張りを行うことにした。落ちている木を燃料にして、万が一のときにだけ日向とフレイムに手助けをしてもらうというルールも設けた。


「ライン、凜と寝る!」


 凜に飛びつくライン。凜もラインを優しく受け止めた。


「ラインちゃん、凜くんに懐いてるね」

「凜先輩がラインと最初に仲良くなったからかもな」


 凜とラインの睦まじい様子を見守る幸奈たち。

 最初の見張りは瑞穂とセレンに決まり、幸奈たちは眠りについた。

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