第38話 絆と始まり
「みのりに颯太先輩! フォーチュンも!」
校舎に入ったところでみのりたちとばったり遭遇した幸奈。なにかを閃いたようで、幸奈はニッコリと笑う。
「これから駅前のクレープ屋さんに行くの。みのりと先輩も行きましょ!」
「なにいきなり」
「シーちゃんと契約したお祝いと、シーちゃんに人間界を案内するの!」
「別にあたしたちが行かなくてもいいでしょ」
「そんなことないよ。みのりたちがいたらもっと楽しくなるよ!」
勢いよく詰め寄る幸奈を、いつもの調子で呆れながら躱すみのり。
幸奈たちが話す様子を、シルフは少し離れて見守っていた。
「みのりとフォーチュンと、彼は颯太で合ってるわよね……」
「ごきげんよう。シルフ様」
一人呟くシルフに声をかけたのはフォーチュンだった。シルフが振り返ると、フォーチュンは恭しく頭を下げる。
「朝も言ったけど、様づけされるような存在じゃないわ。気軽に接してちょうだい」
「恐れ多いですが、あなたがそうおっしゃるならシルフさんとお呼びします」
会話が盛り上がっていく幸奈たちに視線を移すフォーチュン。
「シルフさんの事情を知ったときは驚きました」
「そうね。記憶がなくなりましたなんて言われたら誰だって驚くわよ」
自嘲気味に笑うシルフに、「実は」とフォーチュンは嬉しそうに言う。
「私も皆さんのことをまだ深くは知らないのです。ですから、シルフさんと同じように皆さんのことを知りたいと思っています」
「奇遇ね。あなたとは仲良くなれそうだわ」
「光栄です。どうぞよろしくお願いします」
二人が視線を戻すと、幸奈はみのりの肩を掴んで揺さぶっていた。颯太は幸奈たちから一歩退いて、ことの成り行きを見守っていた。
「だーかーらー! みのりたちも一緒に来てよー!」
「あたしたちが行ったらラインちゃんが怖がるでしょ」
「そのへんの誤解はなくなったでしょ!」
これ以上はさせないと、みのりはがしっと幸奈の腕を掴んで止める。
「あーもう分かった! 行くから! 先輩もいいですよね!?」
「あ、あぁ」
みのりの鋭い視線が向き、颯太は気圧されながら頷いた。
「ありがとうございます! じゃあ、みんな正門で待ってるので!」
幸奈は軽やかなステップで走り去り、フォーチュンと話していたシルフも慌てて幸奈を追いかけていった。
台風が過ぎ去ったかのような空気感に、颯太は呆然と幸奈が去った方向を見ていた。
「……春風って、あんなに騒がしかったか?」
「あれが通常運転です」
やれやれと溜め息をついているみのりに、颯太は「運上、良かったのか?」と尋ねる。
「いいですよ。久しぶりにクレープも食べたい気分だったので。あと行かなかったら幸奈が拗ねますし」
「そうじゃなくて。見たい映画があるって言ってただろ」
「まだやってますから。また今度行きましょ」
あっけらかんと答えるみのり。颯太も一応納得したようで、それ以上は追求しなかった。
「せっかくの二人きりの予定がなくなって不満か?」
フォーチュンがそっとみのりに囁く。フォーチュンの声はどこか弾んでいた。
みのりは慌ててフォーチュンのマントを掴み、颯太から距離を取った。
「違うから。そもそもあんたがいるから二人じゃないんだけど」
「残念だな。行きたい場所をあれこれ考えていたのに」
「考えてないから。嘘つかないで」
「昨日までのスマホの履歴を調べようか?」
にこやかに笑うフォーチュンに向けてみのりは鞄を振り回す。しかし、フォーチュンは空中で華麗に避け、楽しそうに微笑みかけた。
「また次の機会だな。私は応援しているぞ」
「はぁ!? なに笑ってんの!?」
「みのりはそろそろ素直になった方がいいんじゃないか?」
「あんた、最近調子乗りすぎ!」
自分を置いて盛り上がる二人に苦笑する颯太。じゃれあいを見ながら、契約している精霊を思い出していた。
自分はまだ再会できていない。しかし幸奈が再会できたのだから、いつか自分も。
「……待ってるからな」
足元から伸びる影に向けて、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
みのりたちが言われた通り正門に向かうと、洸矢たちがいつになく盛り上がっていた。賑やかな様子にみのりたちも思わず笑みがこぼれ、輪の中に混ざっていった。
* * *
「よし、これでばっちり!」
教室に戻り、机の中からスマホを回収した幸奈。廊下を出たところで風がふわりと当たり、幸奈は足を止めた。
「どうしたの?」
ニヤリと笑う幸奈は確実になにかを企んでいる様子で、シルフは首を傾げる。
「シーちゃん。あたし、やりたいことがあるの」
「どんなこと?」
「契約したからできること!」
幸奈は目の前にある、半分ほど開いていた窓を全開にする。
「まだ慣れてないから、危なかったら助けてね!」
身を乗り出して窓の下を覗き込む幸奈。キョロキョロと見渡した後、サッシを掴んで縁に足をかけた。
突然の出来事に、シルフは慌てて幸奈の制服を引き掴む。
「ちょっと、なにしてるのよ!」
「ルート短縮!」
「こんな高いところからなんて危ないわよ!」
「やったことあるから大丈夫!」
「私はやったことないわよ!」
動揺しているシルフとは反対に、幸奈は目を輝かせていた。大丈夫だと言わんばかりの視線をシルフに向ける。
「あたしを信じて!」
キラキラとした眼差しにシルフは耐え切れず、数秒の葛藤の後大きな溜め息をつく。
「……周りが幸奈を甘やかす理由がよく分かったわ」
「へへ、ありがと」
「褒めてないわよ」
窓枠に乗り、着地地点を見下ろす幸奈。何事かと廊下に集まる生徒たちに、「大丈夫ですから!」と笑顔で呼びかけ、視線を外に移した。
「せーのの後に飛ぶからね! それじゃあ行くよ、せーの!」
強く踏み込み、幸奈は空中に飛び出す。
「とーうっ!」
幸奈が空中で手を翳すと、幸奈を中心に勢いよく風が吹き始めた。
―完―




