第37話 告白と未来
「――で、精霊界を案内されて戻ってきたのか?」
「そゆこと!」
昼休み。賑わう食堂の一角――奥のテラス席で洸矢たちは呆気に取られていた。幸奈とシルフが再会した一部始終を、信じられない様子で聞いていた。
「家に帰ってからも、覚えていないのが悔しくなるくらい、幸奈から色んなことを教えてもらったわ。昔の知り合いに言うのも変な話だけど、これからよろしくね」
記憶がないなんてことを感じさせない振る舞いのシルフ。これまで関わっていたシルフとなにも変わらないと、洸矢たちは笑顔を返した。
「それでね、今日はいつものクレープ屋さんに行きたいなって。契約したお祝いと、シーちゃんに人間界を案内するの!」
幸奈は満面の笑みを浮かべる。幸奈の提案を否定する者は誰もいなかった。
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り、盛り上がっていた幸奈たちは小走りで教室に戻る。途中、瑞穂の歩みが遅いことに日向は気がついた。
「瑞穂?」
どこか上の空だった瑞穂は呼びかけられて我に返る。なにかを言いあぐねている様子だったが、決意したように小さく頷いて日向に向き直る。
「日向。放課後出かける前に、少しだけ時間をもらえるかしら」
窓から吹く風で瑞穂の髪が揺れる。儚げな表情も相まって、さながら映画のワンシーンのようだった。その姿にどきりとしながら日向は頷いた。
放課後。日向と瑞穂は校舎の外れの渡り廊下にいた。
用事がなければ誰も通らないそこは、込み入った話をするのに適した場所だった。フレイムとセレンは先に向かっていて、日向と瑞穂の二人きりの空間が出来上がっていた。
「忙しいのにごめんなさい。でも、今日どうしても日向に言わなきゃいけないと思ったの」
風が吹き、二人の制服を静かに揺らした。揺れる制服を押さえながら、瑞穂は日向を真っ直ぐ見つめる。
「私、あなたのことが――」
「待って瑞穂!」
瑞穂が言いかけた言葉を日向は慌てて遮る。遮られると思っていなかったのか、突然のことに瑞穂はきょとんとする。
「さ、先に俺から話があります……」
日向は大きく咳き払いをして背筋を伸ばす。瑞穂に向き直った顔は、言い逃れできないほど赤くなっていた。
「俺は瑞穂のことが好きです。付き合ってください」
真摯に、飾らない、シンプルな言葉。驚く瑞穂に日向は赤い顔をしたまま続ける。
「俺が瑞穂を好きだって言うのは瑞穂も多分知ってると思う。だけど、いつかちゃんと告白したかった。……それが、今、です……」
日向の声が段々と小さくなっていく。赤い顔をして俯く日向は告白の返事を待っているようだった。
瑞穂は柔らかな笑みを携えて、日向へ微笑みかける。
「私も、日向のことが好き」
日向が顔を上げると、瑞穂は気恥ずかしそうに髪を耳にかけていた。
「本当は場所を整えて告白するつもりだったわ。でも、幸奈とシルフの話を聞いて、すぐにこの気持ちを伝えなきゃと思ったの」
瑞穂は幸奈とシルフの姿を思い浮かべる。昼休みに楽しそうに話をしている姿を、瑞穂は母親のように話を聞いていた。
「人も精霊もいつ別れるか分からないわ。だから私は後悔したくなかった」
瑞穂が日向に視線を戻すと、日向は口をぽかんと開けていた。
「瑞穂が、俺を好き……?」
「そんなに驚くこと? これでもあなたの好意はそれなりに受け止めていたつもりよ」
夢じゃないよな、と混乱している様子の日向を見て、瑞穂は可笑しそうに笑う。
「改めて、これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします……?」
「どうして疑問系なのよ」
たどたどしい日向に瑞穂は苦笑し、くるりと身を翻す。
「それじゃあ行きましょうか。幸奈たちが待っているわ」
「瑞穂!」
歩き出そうとした瑞穂の手を掴んで引き止める日向。
「今度……で、デートしよ!」
「もちろんよ。色んなところに出かけましょ」
瑞穂は自分より大きな、日向の手を握り返す。微笑みを向けられ、日向も気恥ずかしそうに笑いかけた。
日向たちが待ち合わせ場所の正門に着くのと、ラインが正門で合流したのは同じタイミングだった。
「シルフがいる!」
到着するなり、ラインは満面の笑みを浮かべながらシルフに駆け寄った。
「えっと、この子がラインよね?」
純粋な瞳にたじろぎ、幸奈に小声で尋ねるシルフ。幸奈は頷き、ラインの視線に合わせてしゃがむ。
「ラインちゃん。凜くんからシーちゃんのことは聞いてる?」
幸奈に尋ねられ、不安そうに頷くライン。
「で、でも、覚えてないのはラインも同じだよ。だからシルフは安心してね!」
「ありがとう。これからは、今まで以上に仲良くしてくれると嬉しいわ」
優しく微笑みかけるシルフ。笑顔を取り戻したラインは元気よく頷いた。
「よぉし。みんな揃ったところで、クレープ屋さんに――」
拳を突き上げようとしたところで止まる幸奈。鞄を漁り、顔が青ざめていく。
「幸奈。どうしたの?」
「教室にスマホ忘れてきた!」
「もう、机の中でこっそり動画を見ていたせいでしょ」
「思い出したんだから褒めて! みんな、ちょっと待ってて!」
洸矢に鞄を押しつけ、幸奈は走り出す。「シーちゃんも来て!」と幸奈に呼ばれ、シルフは慌てて幸奈を追いかける。
「あの二人、変わらないな」
「そうだね。シルフの記憶が戻ってるんじゃないかって思うくらいだよ」
二人のやり取りは以前と変わらない、見慣れた光景だった。幸奈とシルフを見送りながら洸矢と凜は苦笑する。
「……そういえば、洸矢はまだなの?」
「なんのことですか?」
「言った方がいい?」
凜はラインと談笑する日向と瑞穂をちらりと見る。凜の視線がなにを意味しているのかすぐに気がつき、洸矢の視線が左右に泳ぐ。
「あー……ま、まだです」
「そうなんだ。いつするの?」
「多分、そのうちするかもしれない……です」
ぐいぐいと迫る凜に洸矢は言葉を詰まらせる。その様子が可笑しかったのか、凜はくすくすと笑う。
「僕が卒業するまでに告白してくれると嬉しいな」
「……先輩、楽しんでますよね」
「そんなことないよ。僕は誰よりも洸矢を応援してるよ」
にこやかな笑みを浮かべる凜。凜の横から話を聞いていたらしいプレアが顔を覗かせる。
「凜さん。洸矢にはシルフさんという強力なライバルがいますよ」
「そうだったね。洸矢はこれからもっと大変だね」
顔を見合わせて笑う凜とプレア。なにも言い返せない洸矢は代わりに溜め息をついた。
「洸矢のなにが大変なの?」
「なんでもないよ。ラインはとにかく洸矢を応援してあげて」
「洸矢、頑張ってー!」
ラインの純粋な声援を無碍にできず、洸矢は「が、頑張る……」と声を漏らした。
「へー。洸矢はまだなんだー」
「先輩をつけろ」
「幸奈に告白したらつけまーす」
洸矢の睨みをひらりと躱し、日向は飄々とした態度で笑う。
そんな洸矢たちのやり取りを、瑞穂とフレイムとセレンは少し離れた場所から見守っていた。
「瑞穂、さっき日向といたのはそういうことか?」
「えぇ。みんな気がついていると思うけどね」
フレイムの質問に瑞穂が頷いていると、セレンが感極まった表情で瑞穂に飛びついた。
「瑞穂様、おめでとうございます……!」
「ありがとう。セレンは一番近くで応援してくれたものね」
「こ、これから日向様と出かけるときは、私はお邪魔ですよね……?」
盛り上がる日向をちらりと見て、しょんぼりと目を伏せるセレン。セレンの胸中を察した瑞穂は「そんなことないわ」と微笑む。
「あなたたちがいてくれたら、出かけるのももっと楽しくなるわ。これからも私たちを一番近くで見守っていてちょうだい」
「は、はい……!」
フレイムは深く頷き、セレンは一層表情を明るくした。




