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第33話 記憶と忘却

「今までも、あたしがシーちゃんの力を使えるように見せてくれてたんです」


 普段のルート短縮といった遊びも、あの島で精霊もどきと遭遇したときも、全てシルフの力だった。


「……そうか」


 精霊王は目を伏せて呟いた。


「……ごめんなさい」

「シルフが決めたことなら、私はそれ以上言及しない」


 怒ることなく、沈んだ顔をした幸奈に淡々と告げた。

 どうにか光の壁を破壊しようと精霊もどきを操っているリヒトを一瞥して、精霊王は静かに目を細める。


「では、今から仮契約として私の力の一部を貸し与えよう。多少なりともお前に負担はかかるが、それだけは了承しろ」

「……はい」


 精霊王が手を翳すと、幸奈の右手の甲に剣と盾を組み合わせたような紋章が浮かんだ。

 同時に、心臓をきゅっと掴まれたような感覚に襲われた。これが契約したときの繋がりなのかと、幸奈は表情を引き締める。


「……あたしは精霊もどきでも、シーちゃんの姿をしたあの子とは戦いたくないです」

「ならば、大元のデータを破壊すればいい。それが終わればどうとでもなる」


 リヒトの奥にあるモニターを見つめ、頷く幸奈。

 手の甲の紋章が光り、幸奈が手を翳すと手元に光輝く剣が現れる。まるでRPGに出てくる勇者の剣のような形をしていた。幸奈は剣をしっかりと握り、リヒトを見据える。


「恐れるな。私の力があれば造作もない」

「分かりました」


 幸奈は光の壁を抜け、ぐっと踏み込んでモニターへと駆け出す。


「精霊王、あなたのデータも取らせてくれないでしょうか!」

「そんなことさせないです!」


 幸奈を阻もうと、精霊もどきが幸奈の前に立ちはだかる。波のように風を生み出して幸奈を押し戻そうとするが、幸奈は左手で光の壁を盾のようにして具現化した。風を押し退け、スライディングで精霊もどきの下をくぐり抜ける。


「ごめんね、ちょっと避けてて!」


 幸奈は精霊もどきに手を翳し、精霊もどきを光の壁で囲う。精霊もどきは抜け出そうと必死に風を送るが、精霊王の力が込められた壁はびくともしなかった。


「なるほど……それが王の力ですか。非常に興味深いですね」


 リヒトは冷静さを保とうとしていたが、声は震え、興奮が顔に表れていた。立ち上がり、幸奈にゆっくりと歩み寄る。

 幸奈は剣を床に突き立て、それを軸にして宙を舞う。髪と制服が風に乗って揺れ、ひらりと身を翻した。


「なっ……!」


 リヒトを躱し、幸奈は別の剣を具現化させる。

 あっという間にモニターの目の前に辿り着き、幸奈は落ち着かせるように息を吐く。


「リヒトさんの思うようにはさせない……」


 自分勝手な理由で精霊界の一部の記憶を消したこと。精霊のデータを悪用したこと。研究のためにみのりと颯太を利用したこと。ラインを悲しませたこと。親友を傷つけたこと。

 精霊を冒涜した怒りと悲しみ。全ての感情が幸奈の握る剣に集約されていく。


「あたしが全部止めてやる!」


 剣を高々と振り上げ、モニターを真上から深々と突き刺した。

 火花が散り、亀裂が広がる。モニターが次々と黒い画面に変わり、部屋の全てが漆黒へと包まれていった。


「そんな……」


 幸奈へ伸ばした手は届かず、リヒトは愕然と膝をつく。これまでの努力が一瞬で全て消え去った。


「終わったんだ……」


 幸奈は光の剣を手放し、暗くなったモニターを見つめる。精霊王が言っていた通り、あまりにもあっけなく終わった。


「これらがお前の研究の副産物だな」


 振り返ると、精霊王の目の前に光球が浮いていた。

 光球の中にはシルフの姿をした精霊もどきと、猫の姿をした精霊もどきと、狼の姿をした精霊もどき。どれも必死に光球から脱出しようと足掻いていた。


「精霊を作り出すなどという愚かな行為は今後二度としないでもらおう」


 光が眩しくなり、光球が弾けると、そこにはなにもなくなっていた。


「男。貴様に問う」


 前方には精霊王、後方には精霊王の力を借りた幸奈。完全に追い詰められたリヒトは、絶望に染まった目で精霊王を見上げる。

 威圧感のある巨体を目にしてリヒトは思い知った。この精霊の前では、自分はちっぽけでなにもできない存在なのだと。


「契約している精霊の名を言ってみろ」


 精霊王からの質問は、リヒトが想像するものとはかけ離れていた。てっきり尋問のようなものをされると思っていたのに。リヒトは鼻で笑う。


「それはもちろん――」


 その先の言葉はリヒトの口からは出てこなかった。

 そういえば、彼はどこに行ったのだろう。


「別の質問だ。貴様の家族の名を全員言ってみろ」


 リヒトから答えが来る前に、精霊王は別の質問を投げかける。リヒトは口角が引き攣り、視線が段々と下がっていく。


「え、あ……」


 次の質問にもリヒトは答えなかった。否、答えられなかった。


「……やはりそうか」


 精霊王が呟く間にも、リヒトは答えようと口をはくはくと動かす。己の身になにが起こっているのか、ようやく理解したようだった。


「精霊王……リヒトさんになにがあったんですか?」

「この男は契約した精霊の力を最大限に活かしたのだろう。それは我々精霊が願ったことであり賞賛に値する。現に私を欺くほど強力だ。そんな強力な力は自分自身にも影響した」

「それって……」

「この男は無意識下で精霊の力を使い続けている。記憶は消え続け、いつしか自分が何者かさえ思い出せなくなるだろう」


 俯くリヒトの表情は憔悴しきっていた。


「……リヒトさん」


 幸奈は表情を引き締めながらリヒトに歩み寄り、膝をつく。リヒトが顔を上げると、幸奈は「安心してください」と頷く。


「大丈夫です。リヒトさんが自分のことを忘れても、あたしは忘れません。あたしが覚えていれば忘れたことにはなりません」

「春風さん……」

「だから、これから――」


 次の瞬間、幸奈の右手が勢いよくリヒトの首を掴んだ。

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