第31話 嘘と宿命
「すばしっこいわね……!」
シルフはつむじ風を起こして精霊もどきを巻き込もうとする。しかし、精霊もどきも同じようにつむじ風を起こして、シルフが起こした風を相殺した。
間髪入れずに鋭利な風を生み出し、刃となって精霊もどきへ発射する。精霊もどきの体が切り裂かれるが、すぐにシルフの真似をして風刃をシルフへ向けた。シルフは後方にいる幸奈を傷つけまいと、風で緩和しながらその身で刃を受け止めた。
精霊もどきはリヒトの奥にあるモニターで制御されているのだと、シルフは精霊もどきと相対しながら確認していた。リヒトへの説得は恐らく意味を成さない。ならばモニターを壊す方が早い。モニターを破壊すれば精霊もどきの動きを止められるはず。
頭の中では結論が出ていたが、行動では簡単にはいかず。精霊もどきはシルフの動きを全く同じようにコピーしていて、シルフを翻弄していた。
「四大精霊のデータを基にしていますから。強さもその辺の精霊とは訳が違います」
椅子に腰掛けたまま余裕の笑みを浮かべるリヒトを、シルフは強く睨みつける。
「私は他の風を司る精霊と同じよ」
「いいえ、違います。あなたは四大精霊の一人、風を司るシルフという存在です」
「特別扱いしないでちょうだい。私は私よ!」
シルフは直接リヒトに向けて突風を起こすが、精霊もどきが壁のように風を発生させて突風を打ち消した。
「私なんて、風を司る精霊がたくさんいる中から偶然選ばれただけよ」
「選ばれたのではありません。存在したそのときから、あなたが四大精霊として生きるのは決まっていたのです」
にこやかに微笑むリヒトは立ち尽くしている幸奈に視線を移す。幸奈は不安そうな表情でシルフの戦いを見守っていた。
「そういえば、春風さんは先ほどからなにもしていませんね。やはり四大精霊の力は強すぎるのですか?」
「え、えっと……」
突然の呼びかけに幸奈の肩が跳ねる。シルフが風を噴射して幸奈を守るように立つ。
「違うわ。幸奈の手を煩わせる必要がないからよ」
「なるほど。私としては、四大精霊と契約した人間がどのくらい精霊の力を使えるのかも知っておきたいですね」
「そんなことさせないわ」
シルフの表情はいつになく真剣だった。風を生み出して壁を作り、急襲に備える。
「今は春風さんの力を見たいので、あなたは避けていてください」
次の瞬間、精霊もどきは自身を中心にして風の衝撃波を生み出した。衝撃波は壁を簡単に破壊し、強力な風が幸奈たちに流れていく。その強さに幸奈たちは思わず顔を覆い、吹き飛ばされないように体を必死に抑える。
風に乗ってシルフを避け、精霊もどきが幸奈の前に立つ。幸奈に向けて無言で微笑みかける姿は、普段のシルフと全く同じだった。
風が精霊もどきを中心にして巻き起こり、幸奈の髪がふわりと浮く。
「幸奈!」
シルフは風を高速で回転させて、無数の小さな竜巻を生み出す。精霊もどきめがけて放ち、精霊もどきは避けきれずに竜巻に巻き込まれる。しかし自身を中心にシルフが生み出したものより大きな竜巻を生み出し、竜巻を無効化した。
「邪魔をしないでください」
精霊もどきはすぐに体勢を立て直して幸奈を捉える。槍のように鋭い風を作り出し、幸奈に向けて勢いよく発射した。
風は幸奈――ではなく、幸奈を庇って前に出たシルフの胸を貫いた。
「え……?」
風穴が開き、シルフはぽとりとその場に落ちる。
目の前で起きたことが理解できず、呆然と床に倒れるシルフを見つめる幸奈。
「――っ、シーちゃん!」
ようやく状況を飲み込めた幸奈は、悲鳴にも近い声でシルフを呼んだ。
「シーちゃん、シーちゃん!」
何度も名前を呼んで揺さぶるが、シルフからの反応はなかった。人形のように動かないシルフを見て、幸奈の顔がどんどんと青ざめていく。
「なぜ力を使ってくれないのですか? 体にかかる負担が尋常ではないからですか?」
動かないシルフなど見向きもせず、リヒトは笑顔で幸奈へ質問を投げかける。
「心配しないでください。精霊の力を使いすぎた際のケアも可能ですから。それでは改めて、お願いしますね」
リヒトの声を合図に、精霊もどきが周囲の空気を巻き込んで風を起こし始める。精霊もどきの手元に再び槍のように鋭い風が生み出され、幸奈に向けて勢いよく飛んでいく。
幸奈に避ける気力はなかった。その場に座り込み、絶望に塗れた表情で動かないシルフを見つめていた。
飛んできた風は幸奈を貫く――ことなく霧散した。
「無事か。人間の少女」
同時に部屋に低く、深い声が響いた。
「精霊王……?」
幸奈が見上げると、そこには精霊王の姿。玉座に腰掛けた巨体は悠然と幸奈を見下ろしていた。精霊王が作り出した光の壁によって、幸奈は風に貫かれずに守られていた。
「精霊王……!?」
人生で一度も見たことがない、目の前に突然現れた神に近しい存在に、リヒトは目を見開く。
「精霊王、シーちゃんが……」
光の壁の中では、泣きそうな顔をした幸奈が精霊王を力なく見上げる。
「落ち着け。シルフは無事だ」
精霊王が手を翳すと、淡く優しい光がシルフを包み込んだ。
幸奈は安心感から涙がこぼれそうになるのをぐっと堪え、精霊王に向き直る。
「……精霊王、力を貸してください。あたしの手でリヒトさんを止めたいです」
「もちろんだ。私の力があれば、あの人間を止めることなど容易い」
精霊王はリヒトに視線を送る。外からは光の壁を破ろうと、精霊もどきが風を起こして飛び回っていた。
だが、と精霊王は冷静な口調で続ける。
「私の力を貸す条件がある」
「どんな条件ですか?」
リヒトを止めるためならどんな条件でも飲む。精霊王を見上げる幸奈の覚悟は決まっていた。
「シルフとの契約を破棄しろ」
「……え?」
精霊王から告げられた言葉に、幸奈の表情が固まる。
「お前の体には既にシルフの力が宿っている。私の力を貸してしまえば、お前の体が耐えきれない。最悪の場合、お前が死んでしまう」
風が光の壁をなぞるように巻き起こる。しかし音も空気も一切伝わることはなく、無音が壁の中を支配していた。
「ただ、契約破棄は自ら繋がりを断つ行為。代償として、二度とシルフと契約を結ぶことはできない」
精霊王の言葉に答えず、静かに俯く幸奈。
幸奈の反応が来るのは分かっていたようで、精霊王は静かに息を吐く。
「……では、私自ら――」
「契約破棄はいらないです」
精霊王の言葉を遮り、俯いたまま幸奈は呟く。鎧の隙間から見える目が小さく開かれた。
「私の力は必要ないと?」
尋ねる精霊王に、幸奈は静かに首を振る。
「精霊王の力は貸してください」
「自ら死を選ぶのか?」
「そうじゃないです」
「だったらなんだ」
苛立ちからか、精霊王の低い声が幸奈に届く。だって、と幸奈は精霊王を見上げる。
「あたしは、シーちゃんと契約してないです」




