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第30話 家族と安寧

「やっぱりここも入れない……」


 幸奈たちと別れて階段下へと降りた凜。一部屋ずつ確認するが、どの部屋にも鍵がかかっていて、中に入ることはできなかった。

 このままではリヒトに会って精霊もどきの話を聞くことも、ラインを探して会いに行くこともできない。一向に進展せず、凜は次第に焦り始めていた。

 焦る気持ちを抑えて探索を進めると、最奥の部屋に辿り着いた。

 ここになにかしらの手がかりがあって欲しい。

 凜がドアに触れようとすると、カチャリと音がしてドアが開いた。正しくは、向こう側から開けられた。


「凜……?」


 ドアの向こうにいたのは――ライン。

 凜の姿を確認するように、不安そうに上から下までじっくりと見つめていた。


「ライン……」


 目の前にいるのは本当にラインなのか。凜も驚きながらラインを見下ろしていた。


「凜だ……!」


 確信を得たラインは、唇を震わせて凜に飛びつく。凜もしゃがんでラインの抱擁を受け止めた。念願の再会を果たし、お互い強く抱きしめ合った。


「凜、会いたかった……!」

「僕もラインに会いたかった」


 しばらく抱きしめ合っていると、ラインから啜り泣く声が聞こえた。どれだけ不安だったのだろう。凜がラインを抱きしめる力が一層強くなる。

 泣き続けるラインを一度落ち着かせようと、凜はラインを部屋に入れた。

 部屋はブラウンを基調とした――リヒトの書斎だった。壁一面には本が収納されていて、端に小さなテーブルと椅子が置いてあった。奥には簡易ベッドが置かれていて、休憩室も兼ねているようなレイアウトだった。


「ライン。ラインに聞きたいことがあるんだ」

「なぁに?」


 目を腫らしたラインを椅子に座らせ、凜はラインに目線を合わせる。


「ラインの名前は、ライン・グレイアで合ってる?」


 真剣な表情で凜は問いかけた。

 精霊祭のとき、ラインを連れ戻すのを頼んだのは家族だとみのりが言っていた。そして今ラインがここにいるということは、ラインとリヒトは間違いなく血縁関係である。

 せめて本当の名前だけでも思い出して欲しい。凜は静かにラインの返答を待った。


「……分かんない」


 凜の願いに反してラインはか細く、弱々しい声で答えた。


「それがラインの名前なの?」

「……じゃあ、リヒトさんがラインの家族なのは思い出せる?」

「リヒトって、誰?」


 ラインは不安な表情を隠し切れないまま応える。

 家族の名前を出しても思い出せないのか。やはり駄目なのかと、凜は静かに眉を寄せた。


(もしかしたら、この部屋の中に……)


 ラインとリヒトの関係を決定づけるなにかがあるかもしれない。凜は本棚に視線を移した。近くにあった本を手に取り、パラパラとページを捲る。また別の本を手にしてページを捲る。

 専門書ばかりで、ラインに繋がりそうな本はなさそうだった。それでもなにかあると信じて、本を漁り始める。


「……凜には家族がいるんだよね」


 椅子に座ったまま、ラインは凜に問いかける。本を漁る手を止めて凜は頷く。


「今は一人暮らしをしているから別々に暮らしているけどね」

「忘れたことはない?」

「もちろんだよ。離れていても忘れたことなんてないよ」


 柔らかな笑みを浮かべて凜は答える。そっか、と俯くラインは膝に置いていた小さな拳を握りしめる。


「それなら、ラインはなんでなんにも覚えてないの……?」


 ラインの大きな瞳から、再びぽろぽろと涙がこぼれ始めた。


「楽しいことがあったかもしれないのに、名前しか覚えてないのはなんで……?」


 しゃくりあげながら、必死に言葉を紡ぐライン。

 凜はなにも答えられずに唇を噛む。答えを返す代わりに凜はラインを強く抱きしめた。少しでも不安な気持ちがなくなって欲しいと願うように。


「でも……今のラインには凜がいるから。家族じゃないけど、凜がいてくれたらラインは嬉しいよ」


 凜から離れ、ラインは泣き腫らした顔で微笑む。


「凜と一緒に暮らしてたの、とっても楽しかったから。また凜の家で色んなことがしたい」


 凜の頭に浮かぶのはラインと過ごした日々。日数は決して長くないが、充実した毎日の出来事は二人の思い出としてきちんと刻まれていた。


「また二人で遊びに行こうね」


 ラインの笑顔に応えるように、凜は微笑みを返した。


「ライン、リヒトさんとなにか話はした?」

「ここに来てすぐに寝ちゃったから。その人とはまだなにも話してないよ」

「それじゃあ、この後はリヒトさんのところに行こう。会って、ラインの気持ちを伝えよう」

「分かった」


 涙を拭い、ラインは笑顔で頷いた。

 ラインとリヒトが繋がっている情報は見つからないかと、二人でもう少しだけ本の山から手がかりを探すことにした。


「凜」

「なに?」

「ラインとずっと一緒にいて」


 ラインは凜に向き直る。それが本心から出た言葉なのだと、凜はすぐに読み取った。


「もちろんだよ。僕がずっとラインのそばにいる」


 凜は本を置き、ラインの前にそっと小指を差し出す。


「僕とラインは契約してるからね」

「……うん!」


 小指を取り、ラインは小さく微笑んだ。

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