第3話 期待と祝杯
「かんぱーい!」
幸奈の掛け声に合わせて、全員がトッピングが崩れない程度の力でクレープを突き合わせた。
近くにあったベンチに腰掛け、幸奈は最早芸術作品と言えるくらいにトッピングされたクレープをぐるりと鑑賞して、一口目を口にする。
「もちもちの生地にマンゴーとパイナップルとパッションフルーツ、新鮮で甘酸っぱいトロピカルフルーツたちが豪快にトッピングされていて、追加されたバニラアイスがまろやかに混ざり合っている……まるで口の中がリゾート気分……!」
「随分と説明的な食レポね」
顔を綻ばせながら感想を述べる幸奈を見て、シルフは苦笑する。
「日向のクレープはどんなトッピングなの?」
瑞穂は隣で勢いよく食べ進めている日向の豪華なクレープに目が移る。
「これはストロベリーとブルーベリーとラズベリーが入ってて、あとはバニラアイスとクリームが乗っかってる。で、ベリーソースを追加! 瑞穂も一口食べる!?」
「目だけで味わわせてもらうわね」
捲し立てながら瑞穂にクレープを差し出す日向。しかし優しく戻され、日向はしゅんとしてクレープを口にした。
日向の瑞穂に対する恋心は積極的なアプローチのせいで公になっていて、当人である瑞穂にさえその想いを知られている。そんな瑞穂は日向のアプローチを日々華麗に躱していた。
「ねぇねぇ。みんなは精霊界に行ったらなにしたい?」
「なにしたいって、遊びに行くわけじゃないんだからな。レポート出すんだぞ?」
「分かってるよぉ。あたしは書くこと決めてるもん!」
唇を尖らせる幸奈に洸矢は眉を下げて笑う。
「精霊と何人友達になったとか書くのか?」
「ぶっぶー! どんな力かを聞いて、司る力が人間界にどんな影響が与えるかを聞くの!」
自慢げに答える幸奈と、信じられないといった表情で固まる洸矢たち。
「幸奈にしてはちゃんと考えてるな……」
「……確認だけど、シルフが考えたアイデアではないのよね?」
疑いに近い瑞穂の目がシルフに向くと、シルフは深く頷く。
「自分で考えたのよ。聞いたときは私もびっくりしたわ」
シルフの言葉を聞きながら、幸奈は得意げに鼻を鳴らした。
「洸矢兄はどんなレポートを出すの?」
「俺は自然環境についてだな。プレアから自然が豊かだって聞いてるから、どんな感じなのか気になるな。こっちの世界との違いも書けそうだし」
「なるほど……凜くんは?」
理解したのか怪しい頷き方で、幸奈は凜に視線を向ける。
「僕は生活環境を知りたいかな。司る力に適した環境で過ごしてるのか、全く関係ないのか。洸矢みたいに比較もできそうだね。あとは司る力が同じ精霊がいたら、姿の違いと理由についても聞いてみたいかな」
自分より遥かにしっかりしているレポート内容に戸惑ったのか、幸奈は口直しといった風にクレープを大きく一口飲み込んだ。
「み、瑞穂ちゃんはどんなレポートにするの?」
「私は精霊界の水について調べようと思ってるわ。セレンが水を司る精霊だからぴったりでしょ。セレンのおかげで多少知識はあるけど、自分の目で見たものを書いてみたくて」
「……ちなみに日向は決まってる?」
幸奈の問いかけにぎくりとする日向。
「せ、精霊は、どんな一日を過ごしてる……とか?」
「精霊界では精霊たちは思い思いに過ごしている。人間のように決められた生活はしていない」
「フレイム、今言うなよ!」
「考えていないのなら素直に言うべきだ」
日頃の仕返しと言わんばかりに、フレイムは小さくニヤリと笑った。
次第にクレープ店も賑わい始め、食べ終えた幸奈たちは帰路につく。
駅に向かう途中、すれ違う精霊たちは誰もが信じられないといった目で幸奈たちを見つめていた――正しくは、輪の中にいるシルフを見て。
シルフも向けられている視線には気がついているようで、無言で微笑みだけを返していた。表情は普段より陰っていたが、それを誰かに知られることはなかった。
「帰ったらなに食べようかなぁ」
シルフの横にいた幸奈から、いつもよりワントーン明るい声が上がった。
「ついさっきクレープ食べたばっかりだろ」
「ちっちっちっ、洸矢兄。自分の食欲には正直にならなきゃ」
「幸奈は正直すぎるんだよ」
「えー、そうかなぁ」
幸奈は満面の笑みを浮かべてシルフに視線を向ける。
「シーちゃん、今日はなに食べたい?」
幸奈なりに気にかけてくれたのだろう。夕焼けに照らされた幸奈の笑顔は、シルフにはいつもより眩しく映っていた。
(そう、私は風を司るだけ。他の精霊となにも変わらないわ)
自分自身に言い聞かせ、シルフは幸奈の横に再び飛んでいく。
「……そうね、久しぶりにハンバーグとかどうかしら」
「じゃあハンバーグに決定!」
無邪気に返す幸奈に、シルフは慈愛のこもった笑顔で応えた。




