第25話 手がかりと王
「突然ですが、運上さんが少しの間学校を休むことになりました」
日が変わって月曜日。
幸奈たちのクラスのホームルームで、担任から告げられた言葉に幸奈たちは固まる。みのりが休むというのは誰も聞いていなかったらしく、教室が少しざわついた。
「休みと言っても、怪我をしたわけではないので安心してください」
ホームルームは別の話に変わって何事もなく進んでいく。幸奈や日向はみのりのことで頭がいっぱいで、以降の話は一切耳に入って来なかった。
ホームルームが終わるや否や、幸奈たちはすぐに洸矢たちにみのりのことを伝えた。
「一応みのりに連絡はしたけど、返事は来なさそうかな」
「家に行こうにも住所を知らねぇし、来るのを待つしかねぇか……?」
各々がどうすべきかと頭を悩ませる中、瑞穂が小さく挙手をした。
「私、運上さんの家を知っているわ」
思いもよらない言葉に驚く幸奈たちに向けて、瑞穂は続ける。
「実は運上さんとは同じ小学校だったの。と言っても、親同士の仲が良かっただけで、私と運上さんにほとんど関わりはなかったけれど」
「そうだったんだ……」
「変わっていなければ家の場所は知っているわ。ちょうど知っていることだし、私が直接話を聞きに行くわ」
任せて欲しいという自信に溢れた表情を見せる瑞穂。「瑞穂ちゃんにお願いするね」と幸奈は微笑みを返した。
「じゃあ、俺は瑞穂についてく」
「日向も?」
「瑞穂を一人にはさせねぇからな」
日向はニッと笑う。笑っているが言葉は真剣そのもので、幸奈は頷きで同意した。
「そしたら、俺は影井を探しに行く」
「洸矢兄……」
「今度こそ影井と話をする」
洸矢は決意を固めた表情で言う。幸奈は自身の頬を軽く叩き、「よし」と気合を入れた。
「あたしは精霊もどきのことを調べてみるね」
「僕はラインを探すよ」
「全部解決したら、またみんなで遊びに行こうね」
洸矢たちは頷き、放課後に早速動き出すことにした。
「それじゃあ、みんなよろしくね!」
放課後。それぞれ動き出した洸矢たちを見送り、幸奈とシルフと凜が正門に残った。
「幸奈は精霊もどきをどうやって調べる予定なの?」
「それなんだけどね……」
凜の問いかけに答える代わりに、幸奈はシルフに視線を移す。首を傾げるシルフと凜。
「シーちゃん。あたしを精霊界に連れてって欲しいの」
予想もしない発言に二人は目を見開いた。シルフはすぐに訝しげな表情に変わる。
「幸奈、あなた自分がなにを言ってるか分かってるの?」
「分かってるよ」
「精霊界に勝手に行くことは禁止されてるのよ」
「分かってる。精霊もどきから精霊の力を感じるんだから、きっと精霊が関わってるはずでしょ。もしかしたら、精霊界で解決できるなにかが見つかるかもしれないよ」
幸奈の迷いのない真っ直ぐな瞳がシルフを貫く。だがシルフは首を縦に振らなかった。
四大精霊であるシルフなら他の精霊と違い、精霊界を行き来することはできる。しかし誰かに幸奈を精霊界に連れて行ったことが知られてしまったら、責任は幸奈に降りかかる。
「……僕も連れて行って欲しい」
「凜くん?」
「幸奈だけに背負わせるわけにはいかない」
凜も幸奈と同じように、迷いのない瞳をしていた。唖然とするシルフに向けて凜は小さく笑う。
「同じチームだからね。リーダーだけに責任は負わせないよ。それに、精霊界に行ってからラインを探しても遅くはないはずだからね」
暫しの間逡巡していたシルフは、二人の顔を見てふぅと深く息を吐いた。
「仕方ないわね。今回だけよ」
「シーちゃん……!」
「ただし、こっちの時間で一分だけ。あっちだと七分になるわね。それなら誰にも疑われないギリギリの時間のはずよ」
幸奈たちは頷く。
正門で移動するわけにはいかないと、ほとんど人が通らない体育館裏に移動した。
「二人とも、私の手を取って」
シルフに言われ、二人はシルフの小さな手に触れる。
繋いだ手を中心に風が巻き起こり、段々と勢いが増していく。幸奈と凜が目も開けられないほどの強さになった瞬間、体がふわりと浮いた感覚がした。
風が弱まり、幸奈と凜がゆっくりと目を開けると、一面の花畑が視界に広がった。
新緑と咲き誇る色とりどりの花はどこまでも続いていて、空は絵に描いたような青空。まるで天国だと表現したくなるような場所だった。
「綺麗……」
辺りを見回した幸奈の口から思わず感嘆の声が漏れる。
「精霊界って、素敵なところだね」
暖かな日差しと柔らかい風が肌に当たり、永遠にいたいと思えるような場所だった。
「幸奈」
ぼんやりと花畑を眺めていた幸奈の意識は、シルフの声によって引き戻される。
遊びに来たわけではない。精霊もどきの手がかりを探しに来たのだ。
幸奈は表情を引き締めてこくりと頷く。歩き出そうと草を踏みしめた瞬間、
「何者だ」
低く、深い声が響いた。
「精霊王……」
シルフが空を見上げながら呆然と呟く。
幸奈たちもシルフに続くと、鎧を見に纏い、玉座に腰掛けた巨体があった。別次元から見下ろしているのか、巨大な体は上半身しか見えなかった。
「どうやら、人間の言うゲートを通ってきたわけではなさそうだな」
王という名前に相応しい威厳のある姿に、幸奈と凜は答えられずに圧倒される。
「精霊王、私です。シルフです」
「シルフか。久しいな」
シルフが幸奈たちの前に立ち、深く礼をする。
「なぜ人間を連れてきた」
「私たちが追っている謎の存在を解明するためです」
「謎の存在とはなんだ」
「私たちは、それを精霊もどきと呼んでいます」
「精霊にもどきという言葉を使うのか」
精霊王の声が一層低くなる。言葉を詰まらせるシルフの横に凜が並び、背筋を伸ばす。
「初めまして、精霊王。僕は神宮寺凜と言います」
「自己紹介など必要ない。精霊もどきとはなんだ」
「シルフたちはその生き物から精霊の力を感じたようです。ですが、なにもしていない僕たちを襲いかかってきました。精霊は理由なく人間を傷つけないと聞いています」
もちろんだ、と呟く精霊王。
凜の隣に立ち、真剣な表情で幸奈も精霊王を見上げる。
「シーちゃんの親友の春風幸奈です。精霊もどきは、精霊界とは別の世界で会ったんです」
「別の世界だと?」
精霊王の鎧の隙間から見える目が細くなる。気圧されながらも幸奈は静かに頷く。
「精霊界と人間界以外に、第三の世界が存在するはずがないだろう」
「精霊界に似てるってシーちゃんは言ってました。でも、そこは孤立した島だから、精霊界じゃなかったんです」
「孤立した島だと?」
「精霊界に孤立した島はないんですよね?」
「ない。そのような島があったら誰もが覚えているはずだ。それに、王である私が忘れるなど有り得ない――」
精霊王の言葉はそこで終わり、次の言葉を待つ幸奈たちの間に緊張が走る。
「……精霊もどきと呼ぶ存在は、精霊研究者と名乗っている人間たちに聞けばいい」
堂々とした居住まいで、精霊王は幸奈たちを見下ろす。突き刺すような視線が幸奈たちに向けられた。
「人間界に帰れ。精霊界にその謎を解明する手段はない」
幸奈たちが返すより早く、精霊王は鎧を纏った手を翳す。すると幸奈たちは白んだ淡い光に包まれ、精霊界に向かったときと同じように体がふわりと浮いた。
包んでいた光と浮遊感がなくなると、幸奈たちは体育館裏に立っていた。
「……戻されちゃった」
ぽつりと呟く幸奈。シルフと凜も、幸奈と同様にぼんやりと立ち尽くしていた。まるで先程の出来事が夢だと錯覚するほどに。
「精霊王は、精霊界に精霊もどきの謎を解明する手段がないって言ってたよね。てことは、精霊もどきは精霊界と関わりがないってことかな?」
「そうかもしれないね。どの話もピンと来ていない様子だったし、精霊王の言う通り、精霊研究をしている人に聞く方が良さそうだね」
精霊研究といえば、と幸奈は思い出したように話を切り出す。
「精霊研究をしている人って、リヒトさんも当て嵌まるよね?」
「そうね。話を聞きに行く価値はあるかもしれないわ」
顔を見合わせて頷き、幸奈たちはリヒトの研究所を目指すことにした。




