第2話 合流と団欒
「二人とも、見てみてー!」
幸奈たちが到着した駅は人で溢れていた。幸奈たちと同じように放課後を楽しむ学生や早足で通り過ぎるサラリーマンと、人々と契約している精霊たち。平日の昼下がりにも関わらず、人の波は忙しなく流れ続けていた。近くで流れている街頭広告では天候を司る精霊が明日の天気を知らせ、また別の街頭広告では知識を司る精霊が今日起こったニュースを伝えていた。
賑やかと表現するのが適切なこの場でも幸奈の朗らかな声は響き、改札前で待ち合わせていた生徒たち――結城日向と秋月瑞穂、二人と契約した精霊にもはっきりと届いた。
制服をきっちりと着用し、文学少女と形容するのが相応しい瑞穂。一方で、日向はネクタイを緩めてワイシャツのボタンもいくつか開けて着崩していた。
「幸奈、そんな大事な書類は人前で見せるものじゃないわ」
軽やかな足取りの幸奈は、瑞穂の冷静かつ的確な指摘に立ち止まり、しょんぼりとしながら書類をしまった。
「それにしても、日向が図書館に行くなんて珍しいね」
幸奈の横にいる凜が物珍しそうに日向へ視線を向ける。
「そりゃあ、俺が瑞穂を一人になんてさせるわけないからな!」
「とか言うが、着いた途端に漫画コーナーへ向かっていただろう」
落ち着いた声は日向の足元から聞こえた。
日向と契約している精霊――フレイムが訝しげに日向を見上げていた。カーバンクルの姿をしたフレイムはふわふわとした毛に覆われた可愛らしい姿をしているが、表情はその場にいる誰よりも凛々しかった。
「おい、言うなって! ちょっとくらいいい顔させろよ!」
日向は慌ててしゃがみ、それ以上言わせないとフレイムを力強く撫で回す。すぐに「ふざけるな」と痺れを切らしたフレイムに猫パンチをされたが。
「漫画もいいけど、日向はまずこの前のテストの復習よ」
「あ、は、はい……」
瑞穂に言われ、日向は気まずそうに視線を逸らした。
「で、ですが、日向様は先日のテストで赤点を回避していましたよね……?」
「そうよセレン。私たちが付きっきりで教えたからね」
瑞穂と契約した精霊――セレンがおずおずと問いかけた。人魚の姿をした愛らしいセレンの尾鰭は、動物の尻尾のように垂れ下がっていた。
セレンのフォローも瑞穂にあっさりと看破され、日向は「はは」と乾いた笑いをこぼすことしかできなかった。
「それじゃあみんな揃ったし、クレープ屋さんに行こーう!」
幸奈は落ち込む日向の様子など一切気にせず、意気揚々と歩き出した。
「あたしはトロピカルパーティークレープで、トッピングにバニラアイス!」
「俺はベリーベリースペシャルにベリーソース追加で!」
我先にとクレープを注文する幸奈と、先ほどのことなど忘れて嬉しそうな日向。
幸奈たちがいる店は、店員が考案する豪華なクレープメニューが豊富なことで有名だった。本物と見間違うようなサンプルと店の奥から漂う香ばしいクレープの匂いは、通り過ぎる人々の食欲をそそっていた。
「どっちも聞いてるだけで腹一杯になりそうな名前だな……」
「あの二人、どちらが先に全てのメニューを制覇できるか競争しているらしいですよ」
子供のようにはしゃいでいる幸奈と日向を、洸矢たちは後ろから保護者のように見守っていた。
「二人とも、お昼に学食で大盛りを頼んでいなかったっけ?」
「どうせ甘いものは別腹って言うんですよ。きっと幸奈は夜もがっつり食べます」
「あはは、大食いコンテストに出場できそうな勢いだね」
心配する三人をよそに、幸奈と日向は焼き上がった生地の上に飾られていくトッピングをキラキラとした目で追いかけていた。
一方で、カウンターの前で盛り上がる幸奈たちを、シルフたち精霊はさらに後ろから見守っていた。
「幸奈にはもう少し大人になって欲しいと願うのは私だけかしら……」
「日向にも言えるな。俺がいなくなったら一人で生きられるのか心配してしまう」
ぼそりと呟くフレイムに、シルフは「あぁ……」と憐れみに近い目を向ける。
「フレイムも大変そうね」
「お互い様だな」
溜め息をつくシルフとフレイムの横で、プレアはくすりと笑った。
「どうかした?」
「いえ、洸矢が楽しそうだなと思って見ていたんです」
シルフがカウンターに目をやると、クレープを受け取ってはしゃいでいる幸奈を諌める洸矢の光景があった。
「私には苦労しているようにしか見えないけど?」
「ああ見えて、洸矢も楽しんでいますよ」
幸奈と洸矢を視界に入れたまま、シルフは「どうかしら」とオーバーに肩を竦めた。
「皆様、仲が良くて本当に尊敬します……」
シルフの横でセレンが羨ましそうな表情を浮かべる。
「セレンも瑞穂とうまくやってるじゃない」
「私はまだ瑞穂様と契約して日が浅いですから……」
どこか寂しそうにも見えるセレンは、困り顔のまま指先をツンツンと合わせた。
「で、ですが、私は契約期間が一番長いシルフ様と幸奈様のような関係になれるよう、日々努力しているつもりです……!」
「……そうなの。応援してるわね」
少し歯切れの悪いシルフの返答。幸奈に苦労している過去を思い出しているのだろうと、特に誰も気に留めなかった。




